豊橋鉄道東田本線

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豊橋鉄道東田本線
T1000形「ほっトラム」2009年1月
T1000形「ほっトラム」
2009年1月
豊橋鉄道東田本線の路線図
軌間 1067 mm
電圧 600V 架空電車線方式 (直流)
最小半径 11 m
*: 旧線経由
**: 東田坂上起点
#: 1969休止、1973廃止
1: 東海道新幹線
2: 東海道本線
3: 飯田線
1 2 3 4
4: 名鉄名古屋本線
uexKBFa
0.5 市民病院前駅 #
uexBHF
城海津駅 #
ÜWo+r ÜWo+r ÜWo+r ÜWo+r uexSTR
豊橋駅
BHF BHF KBHFe KBHFe uxKBFa
0.0 駅前駅 -1969, 1998-
ÜWor STR KBHFa ueABZlf uexSTRlg
新豊橋駅
ÜWor ÜWc2 ÜWor ueBHF uexSTR
0.2 駅前駅 1969-1998
ÜWo+l ÜWc4 uSTR uexSTR
渥美線
LUECKE uSTR uexBHF
0.1* 西宿駅 -1950
uBHF uexSTR
0.3 駅前大通駅
uSTR uexBHF
0.4* 松葉町駅 -1950
uexSTRq
uexKRZBHFl + uBHF
uexKRZBHFl + uBHF
uexKRZBHFl
uexSTR
0.6 新川駅
uSTR uexSTR
柳生橋支線(下記)
uSTR uexBHF
0.6* 新銭町 -1950
ueABZrg uexSTRrf
ueBHF
0.8* 神明駅 -1971
uexSTRrg ueABZrf
uexSTR uBHF
1.0 札木駅
uexBHF uSTR
1.1* 札木駅 -1951
uexSTRlf ueABZlg
uBHF
1.4
1.3*
市役所前駅
uBHF
1.6 豊橋公園前駅
ueBHF
赤門前駅
uBHF
2.1 東八町駅
ueBHF
2.3 旭橋駅
uBHF
2.5 前畑駅
uexSTRrg ueABZrf
uexBHF uBHF
2.8 東田坂上駅
uexBHF uSTR
0.2** 本社前駅 -1950
uexSTR ueBHF
3.1 北臨済寺駅
uexKBFe uSTR
0.4** 東田駅 (I) -1950
uBHF
3.3 東田駅 (II)
uBHF
3.6 競輪場前駅
uABZlf uKDSl
留置線
uBHF
4.1
0.0
井原駅
uBHFr uABZrf
0.6 運動公園前駅
uKDSr uABZlg
車庫
uKBFe
4.8 赤岩口駅

柳生橋支線

uSTR
赤岩口方
ueABZrg
赤岩口方旧線
ueBHF
0.1 神明駅
ueABZrf
駅前方旧線
uexKRZBHFr + uBHF
uexKRZBHFr + uBHF
uexKRZBHFr
uexSTRlg
0.0 新川駅
uSTRrf uexSTR
駅前方
uexBHF
0.3 大手駅
uexBHF
0.5 中柴駅
uexBHF
0.7 松山駅
LUECKE uexKBFe
0.9 柳生橋駅
STRlf STRq BHFq
渥美線
800形

東田本線(あずまだほんせん)は、愛知県豊橋市駅前駅から赤岩口駅までと、井原駅から分岐し運動公園前駅までを結ぶ豊橋鉄道軌道路線である。本項目では廃止された柳生橋支線もあわせて取り上げる。

目次

[編集] 概要

全線が併用軌道路面電車である。市内線市電(市内電車の意味)とも呼ばれて親しまれている。1970年代、各地で路面電車の縮小・廃止が相次ぎ、豊橋鉄道でも新川から分岐していた柳生橋支線を廃止するなどしたが、当路線では1982年(昭和57年)に井原 - 運動公園前間を開業した。

その後、1998年(平成10年)に駅前停留場の移設による路線延長が行われた。路面電車が環境負荷の少ない交通機関として見直され、各地で新設・延伸が計画されながらも構想段階にとどまるものが多い中、珍しい例と言える。さらに、2005年(平成17年)に駅前停留場と新川停留場の間に駅前大通停留場が新設された。

1989年以降モ800形、T1000形、イベント用のモ3100形を除く大半の車両が全面広告電車となっている。

[編集] 路線データ

  • 路線距離(営業キロ):駅前 - 赤岩口間4.8km、井原 - 運動公園間0.6km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:14駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:駅前駅 - 競輪場前間
  • 電化区間:全線電化(直流600V)

札木 - 東八町間では、日本に現存する路面電車で唯一国道1号線上を走行する。また井原の分岐点には、鉄道路線としては日本一急な半径11mのカーブがある。このため一部車両はこの区間を通過することができず、車両の運行制限がある(後述の車両を参照)。

運賃は2006年5月1日現在、大人150円・子供80円均一制である。

[編集] 運行形態

昼間は駅前停留場から赤岩口行きと運動公園前行きが交互に、それぞれ14分間隔(駅前 - 井原間は7分間隔)で運転。朝夕には競輪場前折り返しの電車も設定され、最短5分間隔で走る。また乗客・下車客がいなければ停留場を通過する。さらに、「豊橋まつり」、「炎の祭典」、「納涼祭り(夜店)」、豊橋市民球場におけるプロ野球公式戦など、沿線でイベントが開催される時には臨時電車が増発される。車庫が赤岩口にある関係で、深夜の列車はほとんどが赤岩口行きとなっている(ただし、運動公園前 - 赤岩口間の回送列車も存在する)。

[編集] イベント電車

東田本線では、毎年様々なイベント電車が運行されている。イベント用に1両のみ残ったモ3100形が主に使用される。

主なイベント電車は以下の通り。

納涼ビール電車
6月から8月にかけて、駅前 - 運動公園前間で1日2往復運行される。要予約。
花電車
豊橋まつり」が近付くと祭り当日まで運行される。
おでんしゃ
11月から翌年の1月にかけて、駅前 - 運動公園前間で1日2往復運行される。要予約。「納涼ビール電車」の冬季版として2007年に運行開始。

[編集] 設備

工場兼車庫が赤岩口にある。これは赤岩口開業の際に設けられたもので、それまでは東田にあり、現在はスギ薬局東田店がその跡地に建っている。

最大2両留置できる留置線が競輪場前停留場にあり、東田本線の営業所がここに隣接している。昼間の運転士交代はここで行われ、また夕方のラッシュ時には、ここに留置してある車両も用いられる。

上下線の渡り線は、新川停留場の西と東田坂上交差点東の2か所にある。新川の渡り線は年に1度の豊橋まつりの際に使用される。これは、電車を同停留場で折り返し運転として、ここから(豊橋)駅前までが歩行者天国となり運休するためである。東田坂上のものは、井原方面からの車両を競輪場前の留置線へ回送する際に使用される。競輪場前の留置線は、本線の単線部分に接続されているが、接続点のすぐ駅前方から複線となるため、井原方面から留置線へ無理矢理入れるためには、一度駅前方行き本線を逆走する必要があり、安全上できない。これは、競輪場前付近は軌道線用場内信号機などが設置されているため、井原方面から留置線へ入線させるには、新たな車両検知器(トロリーコンタクター)や、入れ替え信号機の設置が必要となるためと考えられる。そのため、井原方面から留置線へ入る車両は、いったん東田坂上交差点まで行き、その東側にある渡り線を利用して引き返してから留置線に進入する。

[編集] 歴史

  • 1925年大正14年)
    • 7月14日 豊橋電気軌道により、本線 駅前 - 神明 - 札木十字路間 (0.8km)、支線 神明 - 柳生橋間 (1.1km) が開業。
    • 7月21日 札木十字路 - 赤門前(現在の東八町)間 (1.1km) が開業。
    • 12月25日 赤門前 - 東田間 (1.2km) が開業。
  • 1945年(昭和20年)
  • 1946年(昭和21年)2月13日 柳生橋支線全線復旧。
  • 1949年(昭和24年)
    • 9月1日 豊橋電気軌道が豊橋交通に社名変更。
    • 12月25日 市役所前 - 赤門前間複線化。
  • 1950年(昭和25年)
    • 4月7日 東田坂上 - 車庫前(のちの北臨済寺)間の新線が複線で開業。単線の旧線は非営業の車庫線に変更。
    • 9月17日 車庫前 - 競輪場前間が複線で開業。
    • 10月20日 駅前 - 神明間を広小路通から駅大通に移設・複線化。
  • 1951年(昭和26年)
    • 7月30日 東八町 - 前畑間複線化。
    • 10月30日 神明 - 市役所前間を大手通から新大手通に移設・複線化。柳生橋支線の起点を神明から新川に変更(0.2km短縮)。
  • 1952年(昭和27年)
    • 3月19日 前畑 - 東田坂上間複線化。
    • 10月5日 駅前 - 市民病院前間が単線で開業。
    • 12月25日 駅前 - 市民病院前間複線化。
  • 1954年(昭和29年)7月22日 豊橋交通が豊橋鉄道に社名変更。
  • 1960年(昭和35年)
    • 6月1日 競輪場前 - 赤岩口間 (1.2km) が開業。車庫移転に伴い、車庫線廃止。
    • 12月8日 柳生橋支線でワンマン運転を開始。
  • 1963年(昭和28年)7月28日 旭橋停留場を廃止。
  • 1969年(昭和44年)
    • 5月15日 駅前 - 市民病院前間を休止。駅前停留場移設。
    • 10月4日 名豊ビル前停留場を廃止。
  • 1971年(昭和46年)
    • 7月15日 神明町停留場・北臨済寺停留場を廃止。
    • 8月28日 東田本線でワンマン運転を開始。
  • 1973年(昭和48年)3月31日 駅前 - 市民病院前間廃止。
  • 1976年(昭和51年)3月7日 柳生橋支線 新川 - 柳生橋間を廃止。
  • 1982年(昭和57年)7月31日 井原 - 運動公園前間 (0.6km) が開業。日本国内の路面電車の路線延長は14年ぶり。
  • 1990年(平成2年)9月30日 駅前 - 新川間のセンターポール化完成。
  • 1995年(平成7年)7月27日 市役所前 - 東八町間のセンターポール化完成。
  • 1996年(平成8年)9月5日 新川 - 市役所前間のセンターポール化完成。
  • 1998年(平成10年)2月19日 駅前停留場を150m移設し、豊橋駅前ペデストリアンデッキ下に乗り入れる(実質、1969年休止線の復活)。
  • 2005年(平成17年)3月31日 駅前 - 新川間に駅前大通停留場が開業。
  • 2005年(平成17年)9月1日 豊橋市市制100周年を記念して、ドリームトレインとしてモ800形1両に豊橋市の小中学校から応募した絵を装飾。

[編集] 駅一覧

  • 全駅愛知県豊橋市に所在。
  • 駅名・接続路線名は廃止時点、営業キロ・所在地は路線(区間)廃止時点のもの。
  • 市民病院前 - 駅前間廃止時に駅前駅を新川寄りに0.1km移設しているので同区間の実際の廃止キロ数は0.6km。1998年に駅前駅が豊橋駅寄りに移設され0.1km「復活」している。
  • 各駅では駅ナンバリングを行っている。

[編集] 東田本線

駅番号 駅名 営業キロ 接続路線
市民病院前 - 駅前間(廃止)
  市民病院前駅 0.5  
  城海津駅 -  
駅前 - 赤岩口間(営業中)
1 駅前駅 0.0 東海旅客鉄道東海道新幹線東海道本線飯田線豊橋駅
名古屋鉄道名古屋本線(豊橋駅)
豊橋鉄道:渥美線新豊橋駅
2 駅前大通駅 0.3  
3 新川駅 0.6  
4 札木駅 1.0  
5 市役所前駅 1.4  
6 豊橋公園前駅 1.6  
7 東八町駅 2.1  
8 前畑駅 2.5  
9 東田坂上駅 2.8  
10 東田駅 3.3  
11 競輪場前駅 3.6  
12 井原駅 4.1  
13 赤岩口駅 4.8  
井原 - 運動公園前間(営業中)
12 井原駅 0.0  
14 運動公園前駅 0.6  

[編集] 柳生橋支線(廃止)

駅名 営業キロ 接続路線
新川駅 0.0 豊橋鉄道:東田本線
中柴駅 -  
松山駅 -  
柳生橋駅 0.9 豊橋鉄道:渥美線

[編集] 車両

[編集] 現在運用中の車両

モ3100形
1971年(昭和46年)に、名古屋市電(廃止)の1400形後期形車両を譲り受けた車両。2006年まで豊橋市電の主力車両として用いられてきたが、イベント用に1両が残るのみ。
モ3200形
1976年(昭和51年)と1981年(昭和56年)に、名古屋鉄道より岐阜市内線(美濃町線)のモ580形を合計3両譲り受たもの。
モ3500形
1992年(平成4年)と1999年(平成11年)に、東京都交通局都電荒川線)より7000形を合計4両譲り受けたもの。
モ780形
2005年(平成17年)より名古屋鉄道岐阜市内線揖斐線(廃止)で使用されていた車両を7両譲り受け、モ3100形電車の後継車として投入、豊橋市電の主力車両となっている。豊橋鉄道としては初のVVVFインバータ制御による高性能車両。
モ800形
2005年(平成17年)、名古屋鉄道美濃町線田神線(廃止)で使用されていた車両を1両を譲り受け投入。部分低床構造で、東田本線では初のLRV車両である。
T1000形
『豊橋路面電車活性化事業計画』の一環として、2008年(平成20年)12月19日より運用が開始されたLRV車両。車体構造は全面低床・全鋼製連接車(2台車3車体)でアルナ車両による製造。豊橋電気軌道創業以来83年ぶりの(他社車両の譲渡によらない)自社発注による新造車両。愛称は「ほっトラム」。

これらの車両のうち、モ800形とT1000形は井原 - 運動公園前間の急カーブを通過できないため、同区間には乗り入れない。

[編集] 過去に運用された車両

[編集] 単車

モハ100形
開業時の1925年(大正14年)に1形として新造された。1957年(昭和32年)に全車廃車。
モハ200形
1949年(昭和24年)に運用を開始した元旭川市街軌道の車両。市内線初の半鋼製車両。1965年(昭和40年)に全車廃車。
モハ300形
1950年(昭和25年)に名古屋市電より購入したダブルルーフ・オープンデッキの車両。1963年(昭和38年)に全車廃車。
モハ400形
1951年(昭和26年)に名古屋市電より購入した車両。旧・桑名電軌の車両と旧・下之一色電車軌道の車両の2種類あったが、同じ形式とされた。1963年に全車廃車。
モハ500形
1957年(昭和32年)に名古屋市電より購入した半鋼製電車。1968年(昭和43年)に全車廃車され、豊橋鉄道の単車は消滅。

[編集] ボギー車

モハ3600形
1961年(昭和36年)に三重交通神都線から譲り受けたもの。市内線初のボギー車になった。1971年(昭和46年)に全車廃車。
モ3700形
1963年(昭和38年)に、名古屋市電よりBLA形を譲り受けたもの。初期の狭軌用半鋼製低床ボギー車。4両が活躍していたが、1970年代に3両が廃車され、残った1両が「レトロ電車」として親しまれて来たが、2007年(平成19年)に運用終了。2008年(平成20年)から豊橋市の「こども未来館」に静態保存。
モ3800形
1963年(昭和38年)に名古屋市電より900形を譲り受けたもの。入線当初は800形だったが、1968年(昭和43年)の改番により3800形となった。1989年(平成元年)までに全車廃車。
モ3900形
1964年(昭和39年)に名古屋市電より1150形を譲り受けたもの。1971年(昭和46年)に全車廃車。
モ3300形
1967年(昭和42年)に、北陸鉄道金沢市内線(廃止)よりモハ2300形車両を合計2両譲り受けたもの。入線当初は300形(2代目)だったが、1968年(昭和43年)の改番により3300形となった。

[編集] 今後の動向

  • ICカード乗車券導入 - 2010年度に渥美線豊鉄バスと共通利用可能なICカード乗車券を導入する予定。JRや親会社の名鉄との相互利用については今のところ未定。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 日本路面電車同好会名古屋支部 『路面電車と街並み 岐阜・岡崎・豊橋』 トンボ出版、1999年。

[編集] 外部リンク

マルチメディア
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