佐賀電気軌道

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佐賀電気軌道(さがでんききどう)は、かつて佐賀県佐賀市から佐賀郡川上村(現在の佐賀市)の間を結んでいた馬車鉄道軽便鉄道の運営会社。後に、軽便鉄道線は電化されて路面電車になった。

国鉄路線には接しない孤立路線であったが、起点となる神野(こうの)と佐賀駅の間をバスで国鉄列車に接続して連絡輸送を行っていた。しかし、バスに輸送を一本化する方針になったため廃線となった。

路線データ[編集]

廃線時

運行概要[編集]

1934年12月1日改正当時

  • 運行本数:日中ほぼ16分間隔(なお、佐賀駅前 - 神野間は国鉄列車に接続してバス運行)

沿革[編集]

  • 1913年(大正2年)10月10日 川上軌道により、蒸気機関車使用の軽便鉄道として神野 - 都渡城(ととぎ、後の肥前川上)間開通(軌間914mm)。
  • 1917年(大正6年)1月27日 神野 - 中ノ小路間開通。
  • 1919年(大正8年)12月1日 1904年(明治37年)に水ヶ江 - 諸富(筑後川畔)間の馬車鉄道を開通させていた佐賀馬車鉄道と合併、社名を佐賀軌道とする。
  • 1927年(昭和2年)12月12日 佐賀電気軌道と社名改称。
  • 1928年(昭和3年)6月26日 馬車鉄道と、軽便鉄道線の神野 - 中ノ小路間休止。
  • 1930年(昭和5年)4月10日 残存路線を改軌電化し、路面電車となる。
  • 1937年(昭和12年)2月26日 馬車鉄道・軽便鉄道の休止区間を廃止[2]
  • 1937年(昭和12年)8月20日 バスに転換して廃止[3]

駅一覧[編集]

廃線時

神野 - 上佐賀 - 高木瀬 - 三本松 - 肥前朝日 - 肥前川上

輸送・収支実績[編集]

年度 輸送人員(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 営業益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 備考
1913 54,670 156 3,009 2,767 242 利子496 旧川上軌道
1914 323,174 325 19,521 10,746 8,775 利子608 旧川上軌道
1915 299,174 336 19,645 12,095 7,550 利子203 旧川上軌道
1916 292,267 120 20,295 13,195 7,100 旧川上軌道
1917 339,504 300 28,323 19,101 9,222 旧川上軌道
1918 345,985 985 32,763 23,547 9,216 旧川上軌道
1919 317,126 1,073 35,465 32,051 3,414 蒸気
408,286 971 40,348 35,121 5,227 馬車
1920 358,539 1,332 56,073 60,040 ▲ 3,967 蒸気
561,846 382 59,321 39,697 19,624 馬車
1921 326,260 842 60,921 54,022 6,899 蒸気
489,436 443 63,329 47,249 16,080 馬車
1922 352,305 6,192 64,473 51,359 13,114 蒸気
573,239 305 65,840 51,406 14,434 馬車
1923 367,276 2,449 55,572 46,700 8,872 蒸気
446,723 675 54,929 39,963 14,966 馬車
1924 315,345 1,264 54,352 45,016 9,336 蒸気
460,712 508 48,960 40,377 8,583 馬車
1925 314,462 709 48,997 41,046 7,951 蒸気
388,457 335 46,738 35,489 11,249 2,096 馬車
1926 713,346 2,442 89,910 80,477 9,433 58 雑損378 1,268
1927 689,619 2,654 85,562 78,915 6,647 153 雑損415 4,058
1928 433,901 3,871 55,277 49,793 5,484 自動車692 雑損及差損金6,123 2,645
1929 120,113 117 16,640 21,943 ▲ 5,303 自動車7,494 雑損592 4,738
1930 246,664 29,407 44,905 ▲ 15,498 自動車11,086 雑損329 10,087
1931 371,586 377 38,963 64,161 ▲ 25,198 自動車17,294 雑損及訴訟費293 14,018
1932 529,695 446 40,530 55,339 ▲ 14,809 自動車及雑損181,458 19,615
1933 554,255 509 57,304 46,309 10,995 自動車4,911 雑損31,654 3,670
1934 564,811 454 45,234 37,533 7,701 雑損償却金15,819自動車11,561 497
1935 495,114 491 56,206 39,104 17,102 雑損779自動車8,866 29,457
1936 387,356 449 36,020 74,792 ▲ 38,772 雑益58,858 雑損19,425自動車15,115 174
1937 156,158 177 22,786 47,121 ▲ 24,335 雑損22自動車4,997
  • 鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版

車両[編集]

電化にあたり汽車製造より木造単車(定員50人)6両を購入している。また1935年に鹿本鉄道よりガソリンカージハ2を譲り受ける認可を得ている。この電車の購入に関与したのは汽車製造の代理店奥村商会の奥村競であった。奥村は先に札幌郊外電気軌道に汽車製造の電車を売り込み次いで社長となり、さらにガソリンカーを貸付け法外な使用料をとっていた[4]。その奥村が佐賀電気軌道においてもガソリンカー導入時の社長[5]となる。

脚注[編集]

  1. ^ 『電気事業要覧. 第25回 昭和9年3月』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  2. ^ 「軌道営業廃止」『官報』1937年3月2日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 1935年時点で営業キロ28キロ、保有車両17台。『全国乗合自動車業者名簿 : 昭和10年』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  4. ^ 札幌郊外電気軌道キハ1形気動車を参照
  5. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第43回』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)

参考文献[編集]

  • 和久田康雄『日本の市内電車-1895-1945-』、 成山堂書店 、2009年
  • 湯口徹『内燃動車発達史 上巻』ネコパブリッシング、2004年、312頁