山田上口駅
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| 山田上口駅* | |
|---|---|
駅舎
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| やまだかみぐち - Yamada-kamiguchi | |
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◄宮川 (2.2km)
(1.8km) 伊勢市►
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| 所在地 | 三重県伊勢市常磐一丁目17-15 |
| 所属事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海) |
| 所属路線 | 参宮線 |
| キロ程 | 13.2km(多気起点) |
| 電報略号 | ヤク |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
96人/日(降車客含まず) -2011年- |
| 開業年月日 | 1897年(明治30年)11月11日 |
| 備考 | 駅員無配置駅 * 1917年に筋向橋駅から改称。 |
山田上口駅(やまだかみぐちえき)は、三重県伊勢市常磐一丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)参宮線の駅である。
快速「みえ」は伊勢市発着の列車(下り4本、上り1本)のみ停車し、他は全て通過する。
目次 |
駅構造 [編集]
相対式ホーム2面2線を有する地上駅。互いのホームは跨線橋で連絡している。駅舎は背が高い木造モルタルのもの。
伊勢市駅管理の無人駅である。無人化後もしばらくキヨスクが残っていたが、現在は閉鎖された。伊勢神宮奉納全国花火大会開催日のみ、臨時で駅員が配置される。
自動券売機が2台設置されているが、伊勢神宮奉納全国花火大会開催日のみ稼動である。
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | ■参宮線 | 上り | 松阪・名古屋方面[1] |
| 2 | ■参宮線 | 下り | 伊勢市・鳥羽方面[1] |
利用状況 [編集]
三重県統計書によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。
| 年度 | 一日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 1998年 | 106 |
| 1999年 | 94 |
| 2000年 | 93 |
| 2001年 | 84 |
| 2002年 | 83 |
| 2003年 | 82 |
| 2004年 | 78 |
| 2005年 | 89 |
| 2006年 | 103 |
| 2007年 | 93 |
| 2008年 | 90 |
| 2009年 | 86 |
| 2010年 | 97 |
| 2011年 | 96 |
駅周辺 [編集]
駅の裏手(北)には横浜ゴムの三重工場がある。正面(南)は非常に開けた伊勢市街地である。
- 伊勢市消防署 西分署
- 伊勢市立中島小学校
- 三重県立宇治山田高等学校
- 伊勢市立早修小学校
- ぎゅーとらエンジェル店
- 近鉄山田線宮町駅
- 宮川堤 - 桜で有名。
- 草奈伎神社・大間国生神社
- 清野井庭神社
- 筋向橋 - 当初の駅名になった橋。伊勢街道(参宮街道)と伊勢本街道の合流点にある。宮川支流・清川に架けられていた。現在の清川は暗渠となっており、形だけの欄干が作られている。
バス路線 [編集]
歴史 [編集]
- 1897年(明治30年)11月11日 - 参宮鉄道宮川 - 山田(現・伊勢市)間延伸時に筋向橋駅(すじかいばしえき)として開業。
- 1907年(明治40年)10月1日 - 国有化。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。参宮線の所属となる。
- 1916年(大正5年)11月 - 宇治山田市長が鉄道院総裁に、駅名改称および通過列車廃止の請願を提出[2][3]。
- 1917年(大正6年)10月10日 - 山田上口駅に改称。
- 1983年(昭和58年)12月21日 - 無人駅化[4]。跨線橋が竣功する[5]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道の駅となる。
駅名改称等の請願について [編集]
1916年(大正5年)11月、宇治山田市長より、鉄道院総裁宛てに、『参宮線筋向橋駅名改称并通過列車廃止ノ儀ニ付請願』(参宮線筋向橋駅の駅名改称と通過列車廃止の請願)が提出されている。要約は以下の通り[2][3]。
- 駅名となっている筋向橋は駅から数百間も離れた小橋であり(実際は駅から約400m南にある)、旅客等が混乱する。
- 駅名が読みにくい。
- 駅周辺は産業が発展し、観光地でもあるが、通過列車が多く、不便である。
- 駅名を「宮川」または「山田上口」と変更すると共に、全ての列車を停車させて欲しい。
隣の駅 [編集]
※伊勢市発着の列車が停車する快速「みえ」の隣の停車駅は列車記事を参照のこと。
出典・脚注 [編集]
関連項目 [編集]
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