神宮式年遷宮

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1953年(昭和28年)第59回内宮式年遷宮(上が新殿舎、下が旧殿舎)

神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)は、神宮(伊勢神宮)において行われる式年遷宮(定期的に行われる遷宮)のことである。

概要[編集]

2013年(平成25年)第62回式年遷宮に伴い建てられた外宮別宮多賀宮の新旧社殿

神宮式年遷宮は、神宮(伊勢神宮)において行われる式年遷宮(定期的に行われる遷宮)である。神宮では、原則として20年ごとに、内宮(皇大神宮)外宮(豊受大神宮)の二つの正宮の正殿、14の別宮の全ての社殿を造り替えて神座を遷す。このとき、宝殿外幣殿、鳥居、御垣、御饌殿など計65棟の殿舎のほか、装束・神宝、宇治橋[1]なども造り替えられる。

記録によれば神宮式年遷宮は、飛鳥時代天武天皇が定め、持統天皇の治世の690年(持統天皇4年)に第1回が行われた。その後、戦国時代の120年以上に及ぶ中断や幾度かの延期などはあったものの、1993年平成5年)の第61回式年遷宮まで、およそ1300年にわたって行われている。

2005年(平成17年)から第62回式年遷宮の各行事が進行し、2009年(平成21年)に主要な行事である内宮に係る「宇治渡始式」が、2013年(平成25年)には正遷宮(神体の渡御)が斎行された。

神宮司庁によると、8年前から始まる2013年(平成25年)の第62回式年遷宮全体の費用は、建築、衣服、宝物の製作を含め約550億円と公表。

意義[編集]

1953年(昭和28年)10月5日、外宮遷御の儀(史上初めて写真撮影が許可された)
2013年(平成25年)の式年遷宮による外宮(豊受大神宮)旧社殿
2014年3月撮影

式年遷宮を行うのは、萱葺屋根掘立柱建物正殿等が造られているためである。塗装していない白木を地面に突き刺した掘立柱は、風雨に晒されると礎石の上にある柱と比べて老朽化し易く、耐用年数が短い。そのため、一定期間後に従前の殿舎と寸分違わぬ弥生建築の殿舎が築かれる。

を木の塗装に用いるのは縄文時代から見られ、式年遷宮の制度が定められた天武天皇の時代、7世紀頃には、既に礎石を用いる建築技術も確立されていた。現に、この時代に創建(または再建)された法隆寺の堂宇は、世界最古の木造建築としての姿を今に伝えている。とすれば、当時の国力・技術をもってすれば、神宮も現在にも残る建物にすることは可能であったと思われる。それをあえて、定期的に膨大な国費を投じることとなる式年遷宮を行う途を選んだ理由は、神宮にも記録がないため不明である。

推測される主な理由としては、次の4点が考えられる。

  • 過去の建築様式である弥生建築の保存のため。当時においても、過去の建築様式である弥生建築を保つことに何らかの意義を見出していたために、式年遷宮によって建築様式の保存を図ったのではないか。
  • 神道の精神として、常に新たに清浄であること(「常若(とこわか)」)を求めたため。建物がいまだ使用可能の状態であっても、老朽化することは穢れであり、神の生命力を衰えさせることとして忌み嫌われたため、建物を新しくすることにより神の生命力を蘇らせ、活性化することになると考えられたのではないか。
  • 大嘗祭新嘗祭神嘗祭など、祭祀の意義が再構築されたため。毎年行われる天皇祭祀である新嘗祭に対して、天武天皇の時代に初めて行われた大嘗祭は、即位後初めて行われる新嘗祭であり、一世一度の行事として特別視された。これに対応して、毎年行われる神嘗祭に対して、20年に一度行われる大神嘗祭として、式年遷宮が行われるようになったのではないか。
  • 皇宮の遷移に代えて、遷宮が行われたため。天皇の住まいであり政庁である皇宮は、天武天皇の治世以前には、天皇の代替わりごとに移し替えられていた。しかし、恒久的な宮である藤原京が建設されることとなり、宮の遷移が行われなくなったため、その意義を神宮の遷宮に託したのではないか。

また、式年遷宮が20年ごとに行われる理由についても、同じく確たる記録はないため不明である。推測される主な理由としては、以下の5点が挙げられる。

  • 建物の「清浄さ」を保つ限度が、20年程度であるため。これは、耐用年数という意味ではなく、神道の宗教的な意味における「清浄さ」である。
  • 建替えの技術の伝承を行うためには、当時の寿命や実働年数から考えて、20年間隔が適当とされたため。建築を実際に担う大工は、10歳代から20歳代で見習いと下働き、30歳代から40歳代で中堅から棟梁となり、50歳代以上は後見となる。このため、20年に一度の遷宮であれば、少なくとも2度は遷宮に携わることができ、2度の遷宮を経験すれば技術の伝承を行うことができる。
  • 旧暦の「朔旦冬至(さくたんとうじ)」(11月1日冬至にあたること)が、19から20年に一度の周期(メトン周期)であるため。
  • 一世代がおよそ20年であるため。
  • 神嘗祭に供される穀物の保存年限が20年であるため。

用材[編集]

遷宮においては、1万本以上のヒノキ材が用いられる。その用材を伐りだす山は、御杣山(みそまやま)と呼ばれる。

御杣山は、14世紀に行われた第34回式年遷宮までは、3回ほど周辺地域に移動したことはあるものの、すべて神路山島路山[2]高倉山[3]という内宮・外宮背後の山であった。

その後、内宮の用材の御杣山は第35回式年遷宮から三河国に移り、外宮の用材の御杣山は第36回式年遷宮から美濃国に移り、第41回式年遷宮から第46回式年遷宮までは伊勢国大杉谷を御杣山とした。この伊勢国大杉谷は、徳川御三家の一つ・紀州徳川家の領地である紀州藩にあった。

しかし、原木の枯渇による伐り出しの困難さから、第47回式年遷宮から、同じ徳川御三家の一つ・尾張徳川家の領地である尾張藩木曾谷に御杣山は移された。以後、第51回式年遷宮のみ大杉谷に戻ったものの、300年以上にわたり木曾谷を御杣山としている。

明治時代には、木曾谷を含む尾張藩の森林は国有化された。明治時代後期から大正時代にかけて、木曾の赤沢をはじめとする地域に神宮備林が設定され、樹齢200年から300年の用材の安定提供を可能とする計画的植林が行われ始めた。第二次世界大戦後、神宮備林の指定は外されたものの、以後も遷宮用材の主な供給地となっている。

神宮では、1923年(大正12年)に森林経営計画を策定し、再び正宮周辺の神路山・島路山・高倉山の三山を御杣山とすべく、1925年(大正14年)または1926年(大正15年/昭和元年)から、三山へのヒノキの植林を続けている。遷宮の用材として使用できるまでには概ね200年以上かかるため、この三山の植林から生産された用材が本格的に使用されるのは110年以上後の2120年頃となる。また、この計画は、400年後の2400年頃には、三山からの重要用材の供給も目指す遠大なものである。なお、内宮正殿の御扉木について、本来の様式通りに一枚板とするためには、樹齢900年を超える用材が必要となると試算されている[4]。2013年(平成25年)に行われた第62回式年遷宮では、約700年ぶりに、この正宮周辺三山からの間伐材を一部に使用し、全用材の25%が賄われた。

さらに、明治100年記念として神宮が購入した宮崎県鹿児島県の記念林は、当初の目的は財政補給であったものの、ヒノキの生産に適していると見られることから、三山および瀧原宮の神域林とあわせて、用材の供給源となることが期待されている[5]

式年遷宮の際に解体される旧殿に使用された用材は、神宮内やその摂社・末社をはじめ、全国の神社の造営等に再利用される。例えば、内宮正殿の棟持柱については宇治橋神宮側鳥居となり、さらにの東の追分の鳥居となる習わしである。また、外宮正殿の棟持柱は宇治橋おはらい町側鳥居となり、さらに桑名七里の渡しの鳥居となる習わしである。

2013年(平成25年)の遷宮では、ヒノキ不足から遷宮史上初めて、青森産のあすなろが用いられた。

祭典と行事[編集]

式年遷宮では、多くの祭典と行事が行われる。

下記の年月日は、左側が第61回神宮式年遷宮の日程、右側が第62回神宮式年遷宮の日程である。年月日が記されていないものは、未決定のものである。なお、印が付されたものは、御治定(ごじじょう)といい、天皇が日程を定める。

山口祭(やまぐちさい)※
  • 1985年昭和60年)5月2日 / 2005年平成17年)5月2日
  • 遷宮の最初の行事。用材を切り出す御杣山の山口にある神を祭る儀式。
  • 現在、用材は木曽山中から切り出すが、この儀式は古来のまま内宮は神路山、外宮は高倉山と、いずれも境内背後の山で行われる。
木本祭(このもとさい)※
  • 1985年(昭和60年)5月2日 / 2005年(平成17年)5月2日
  • 心御柱(しんのみはしら)にする木を切り出す前に、その木の神を祭る儀式。
  • 深夜に行われ非公開。
御杣始祭(みそまはじめさい)
三ツ尾伐り
  • 1985年(昭和60年)6月3日 / 2005年(平成17年)6月3日
  • 御樋代(御神体を納める容器)にする木を切り出す行事。
  • 前回と同じく、長野県上松町で行われる。
  • 用材は、「三ツ尾伐り(三つ紐伐りともいう。)」という古くからの作法で切り出す。
  • 式典は、内宮・外宮の順で行われ、内宮用・外宮用各1本伐採される。2本が交差するように倒すのが習わしである。
裏木曽御用材伐採式(うらきそごようざいばっさいしき)
  • 1985年(昭和60年)6月5日 / 2005年(平成17年)6月5日
  • 御樋代木は裏木曽でも切るため、その安全を祈願する。
  • 前回と同じく、岐阜県中津川市(元加子母村)で行われる。
  • 式典次第は、御杣始祭と同様である。
御樋代木奉曳式(みひしろぎほうえいしき)
  • 内宮:1985年(昭和60年)6月10日 / 2005年(平成17年)6月9日
    外宮:1985年(昭和60年)6月11日 / 2005年(平成17年)6月10日
  • 木曽から切り出された御樋代木(両宮とも予備2本を含む。)を伊勢到着後両宮境内五丈殿まで運び入れる儀式。
  • 内宮へは五十鈴川を三重県営体育館裏から内宮境内風日祈宮橋まで木橇(きぞり)で遡る。(「川曳(かわびき)」)
  • 外宮へは宮川河畔の度会橋から市内を外宮まで奉曳車で曳く。(「陸曳(おかびき)」)厳密には市内の奉曳は地元奉曳本部主催の「奉曳行事」であり、神宮主催の「奉曳式」は、外宮北御門から五丈殿までである。
繰り糸はじめ式(くりいとはじめしき)
  • (前回不詳) / 2005年(平成17年)7月8日
  • 愛媛県西予市の製糸工場にて、御神宝・御装束に使う生糸の生産開始にあたり行う。
御船代祭(みふなしろさい)※
  • 内宮:1985年(昭和60年)9月17日 / 2005年(平成17年)9月17日
    外宮:1985年(昭和60年)9月19日 / 2005年(平成17年)9月19日
  • 両正宮および別宮の御樋代を納める御船代(船の形をしている。)の用材を切り出すにあたり行われる儀式。
  • 参進、修祓ののち宮山祭場(内宮:風日祈宮橋南東、外宮:土宮東方)で祭儀が行われる。
  • 最重要なのは「物忌」と呼ばれる童男(内宮)、童女(外宮)が忌斧で木を伐る儀式。
  • 実際の用材は、木曽(内宮)および裏木曽(外宮)で、この儀式の進行に合わせ伐り出される。
御装束神宝御料織初式(おんしょうぞくしんぽうごりょうおりぞめしき)
  • 前回不詳 / 2005年(平成17年)11月9日
  • 京都府京都市上京区にある織物工場で、御装束・御神宝の織り初めにあたり、祝詞奏上・雅楽奉納・清祓などを行う。
御木曳初式(おきひきぞめしき)
  • 内宮・同別宮:1986年(昭和61年)4月12日 / 2006年(平成18年)4月12日(但し瀧原2宮と伊雑宮は4月16日
    外宮・同別宮:1986年(昭和61年)4月13日 / 2006年(平成18年)4月13日
  • 御木曳行事の皮切りとして両宮正殿垂木などの重要な用材(「役木」という。)を、特定の「神領民(江戸時代以前の伊勢神宮領地の住民)」が運搬する儀式。第61回までは、「棟持柱など」という表現をしていたが、第62回には「棟持柱」は含まれないと公表している。
  • 役木は内宮・外宮とも正宮が各3本、別宮は各1本である。
  • 御樋代木奉曳式とほぼ同様であるが、以下の点が異なる。
    • 内宮境内への曳き上げは御手洗場(みたらしば)からとなる。
    • 陸曳は宮川から木を引き揚げ、宮川堤防で水を切る「どんでん」という作業を再現する。
    • 別宮役木は、御敷地まで運び入れるため、最後は木を担いで奉搬するところもある。また域外の内宮別宮へは橇または奉曳車による陸曳となる。
    • 奉曳車は各地域独自のものとなり、木遣り歌(きやりうた)なども異なる。
  • 役木曳(やくぎびき)とも言う。
木造始祭(こづくりはじめさい)
  • 1986年(昭和61年)4月21日 / 内宮・外宮:2006年(平成18年)4月21日荒祭宮多賀宮:4月22日月讀4宮:4月23日瀧原2宮伊雑宮:4月25日風日祈宮倭姫宮:4月27日土宮月夜見宮風宮:4月28日
  • 造営工事の開始にあたって作業安全を祈る儀式。
  • 御木曳初式で運び入れられた役木の前に神饌を供え、家屋の守護神である屋船大神(やふねのおおかみ)に祝詞を奏上する。
  • 小口を切り、を引き、忌斧を打ち入れる所作をおこなう。
  • 手斧始(ちょうなはじめ)とも事始神事(ことはじめしんじ)ともいう。
  • 内宮では祭儀の前に、外宮では祭儀の後に、「神宮司庁」が造営作業に携わる「神宮式年遷宮造営庁」の関係者を膳と神酒でもてなす饗膳(きょうぜん)の儀が行われる。
御木曳行事(おきひきぎょうじ)
川曳
陸曳・慶光院曳
  • 第1次陸曳(おかびき):1986年(昭和61年)4月26・27・29日5月10111718242531日6月1日 / 2006年(平成18年)5月567121314192021262728日6月234日(斜字は一日神領民のみの奉曳日)
  • 第1次川曳(かわびき):1986年(昭和61年)5月17・18・24・25日 / 2006年(平成18年)7月22232930日
  • 第2次陸曳:1987年(昭和62年)5月5日・9・10・16・17・23・24・25・30・31日・6月67日 / 2007年(平成19年)5月4・5・6・12・13・19・20・26・27日・6月2・3日(予備日は、各月曜日。)
  • 第2次川曳:1987年(昭和62年)5月10・17・24・31日 / 2007年(平成19年)7月21・22・28・29日(予備日8月4・5日)
  • 遷宮行事前半最大の大衆参加行事。
  • 全神領民が参加するほか、陸曳には全国から参集した「一日神領民」(第61回は約2万人、第62回は1年次約35千人。)も参加する。
  • 行事の概略は、御木曳初式と同様であるが、奉曳コースは以下のとおり若干異なるほか、用材は2本・3本の場合がある。
    • 陸曳は、外宮山田工作場の貯木池へ用材を納める。
    • 川曳は、内宮境内へ宇治橋手前で曳き上げ、参集殿前で神宮に用材を引き渡す。
    • 内宮用材は川曳を行うが、歴史的事情により陸曳を行う例外がある。
      • 遷宮復活に功績のあった慶光院(けいこういん)に与えられた領地であった磯町の住民が、内宮扉木を宮川河畔から外宮、倭姫宮を経由して内宮宇治工作場まで陸曳で奉曳する。慶光院曳(けいこういんびき)という。
      • 伊勢湾岸にあり、海運当時の用材集積地であった大湊町の住民が、内宮棟持柱を倭姫宮から内宮宇治工作場まで陸曳で奉曳する。
  • 伊勢の「お木曳き」行事として、国の選択無形民俗文化財(風俗習慣・祭礼(信仰))に選択されている。
仮御樋代木伐採式(かりみひしろぎばっさいしき)
  • 1986年(昭和61年)7月13日 / 2006年(平成18年)5月17日
  • 旧殿から新殿まで御神体を遷す際に御神体を入れる「仮御樋代」と「仮御船代」にする用材を切り出す儀式。
鎮地祭(ちんちさい)※
  • 1988年(昭和63年)4月25日 / 2008年(平成20年)4月25日(別宮は4月25日 - 5月2日)
  • 新宮建設予定地で作業安全を祈る儀式。一般の地鎮祭に相当。
  • 神職と物忌(神饌等を扱う童女)によって刈り初め式、穿ち初め式の祭事が斎行される[6]
宇治橋修造起工式(うじばししゅうぞうきこうしき)
  • 1988年(昭和63年)7月19日 / 2008年(平成20年)7月26日
  • 橋の架け替えを前に工事の安全を祈願する。
  • 橋を守護する饗土橋姫神社で祝詞奏上後、仮橋架橋位置で橋の杭を3度ずつ打ち固める。
仮橋修祓(かりばししゅはつ)
  • 1988年(昭和63年)12月27日 / 2008年(平成20年)12月27日
  • 仮橋完成時に安全祈願のお祓いをする。
宇治橋渡納(うじばしわたりおさめ)
  • 1989年(平成元年)1月16日 / 2009年(平成21年)2月1日
  • 架け替えられる宇治橋の最後の通行を儀式化。
  • 純市民行事として行われる。
宇治橋萬度麻奉下式(うじばしまんどぬさほうげしき)
  • 1989年(平成元年)1月17日 / 2009年(平成21年)2月2日
  • 宇治橋解体前に擬宝珠内に納められている萬度麻を下げる。
宇治橋渡始式(うじばしわたりはじめしき)
  • 1989年(平成元年)11月3日 / 2009年(平成21年)11月3日
  • 橋の安全祈願
  • 橋を守護する饗土橋姫神社で祈願した後、萬度麻を擬宝珠に納める。
  • 神領地から選ばれた「渡女(わたりめ)」を先頭に夫、子夫婦、孫夫婦が渡り初めを行い、全国から選ばれた三世代揃った夫婦が続く。
立柱祭(りっちゅうさい)※
御形祭(ごぎょうさい)
  • 内宮:1992年(平成4年)3月11日 / 2012年(平成24年)3月4日
    外宮:1992年(平成4年)3月13日 / 2012年(平成24年)3月6日
  • 御形(正殿の妻の束柱の装飾)を穿つ儀式。
  • 立柱祭に続き行われるが非公開。
上棟祭(じょうとうさい)※
  • 内宮:1992年(平成4年)3月26日 / 2012年(平成24年)3月26日
    外宮:1992年(平成4年)3月28日 / 2012年(平成24年)3月28日
  • 正殿の棟木を上げる儀式。
  • 綱を引っ張り棟木を上げる所作をする。
檐付祭(のきつけさい)
  • 内宮:1992年(平成4年)5月23日 / 2012年(平成24年)5月23日
    外宮:1992年(平成4年)5月25日 / 2012年(平成24年)5月25日
  • 新殿の屋根の萱を葺き始める儀式。
甍祭(いらかさい)
  • 内宮:1992年(平成4年)7月21日 / 2012年(平成24年)7月21日
    外宮:1992年(平成4年)7月23日 / 2012年(平成24年)7月23日
  • 新殿の屋根を葺き終える儀式。
お白石持行事(おしらいしもちぎょうじ)
  • 内宮:1993年(平成5年)7月31日 - 8月11日8月17日 - 19日 / 2013年(平成25年)7月26日 - 8月12日
    外宮:1993年(平成5年)8月2日 - 30日 / 2013年(平成25年)8月17日 - 9月1日
  • 遷宮行事後半最大の大衆参加行事。1993年は約21万人が参加した。2013年は226,000人が参加した。
  • 宮川河原から採集した「お白石」を御木曳同様に陸曳・川曳で運び、正殿用地に敷き詰める行事。
  • 神宮関係者以外にとっては、遷御後は絶対に立ち入ることのできない正殿そばまで入ることができる唯一の機会。
  • 基本的には、一日神領民も含め、御木曳行事参加者が参加する。
  • 伊勢の「白石持ち」行事として、国の選択無形民俗文化財(風俗習慣・祭礼(信仰))に選択されている。
御戸祭(みとさい)
  • 内宮:1993年(平成5年)9月13日 / 2013年(平成25年)9月13日
    外宮:1993年(平成5年)9月15日 / 2013年(平成25年)9月15日
  • 新殿に扉を取り付ける儀式。
御船代奉納式(みふなしろほうのうしき)
  • 内宮:1993年(平成5年)9月17日 / 2013年(平成25年)9月17日
    外宮:1993年(平成5年)9月19日 / 2013年(平成25年)9月19日
  • 御船代を正殿内に納める儀式。
洗清(あらいきよめ)
  • 内宮:1993年(平成5年)9月24日 / 2013年(平成25年)9月24日
    外宮:1993年(平成5年)9月26日 / 2013年(平成25年)9月26日
  • 文字通り新殿内を洗い清める儀式。
心御柱奉建(しんのみはしらほうけん)
  • 内宮:1993年(平成5年)9月25日 / 2013年(平成25年)9月25日
    外宮:1993年(平成5年)9月27日 / 2013年(平成25年)9月27日
  • 心御柱を新正殿床下に立てる儀式。
  • 夜間から深夜に行われ非公開。詳細不明。
杵築祭(こつきさい)※
  • 内宮:1993年(平成5年)9月28日 / 2013年(平成25年)9月28日
    外宮:1993年(平成5年)9月29日 / 2013年(平成25年)9月29日
  • 新殿敷地を撞き固める儀式。
後鎮祭(ごちんさい)
  • 内宮:1993年(平成5年)10月1日 / 2013年(平成25年)10月1日
    外宮:1993年(平成5年)10月4日 / 2013年(平成25年)10月4日
  • 新殿敷地の平安を祈る儀式。
御装束神宝読合(おんしょうぞくしんぽうとくごう)
  • 内宮:1993年(平成5年)10月1日 / 2013年(平成25年)10月1日
    外宮:1993年(平成5年)10月4日 / 2013年(平成25年)10月4日
  • 遷宮に合わせ作り替えられた御装束と御神宝を読み合わせる儀式。
川原大祓(かわらおおはらい)
  • 内宮:1993年(平成5年)10月1日 / 2013年(平成25年)10月1日
    外宮:1993年(平成5年)10月4日 / 2013年(平成25年)10月4日
  • 「仮御樋代」・「仮御船代」・御装束神宝や遷御参加者を祓い清める儀式。
御飾(おかざり)
  • 内宮:1993年(平成5年)10月2日 / 2013年(平成25年)10月2日
    外宮:1993年(平成5年)10月5日 / 2013年(平成25年)10月5日
  • 殿内装飾。
遷御(せんぎょ)※
  • 内宮:1993年(平成5年)10月2日 / 2013年(平成25年)10月2日
    外宮:1993年(平成5年)10月5日 / 2013年(平成25年)10月5日
  • 荒祭宮:1993年(平成5年)10月10日 / 2013年(平成25年)10月10日、多賀宮:1993年(平成5年)10月13日 / 2013年(平成25年)10月13日、月読宮・月読荒御魂宮:1994年(平成6年)10月6日 / 2014年10月、伊佐奈岐宮・伊佐奈弥宮:1994年(平成6年)10月10日 / 2014年10月、瀧原宮・瀧原竝宮:1994年(平成6年)10月28日 / 2014年10月、伊雑宮:1994年(平成6年)11月5日 / 2014年11月、風日祈宮:1994年(平成6年)11月9日 / 2014年11月、倭姫宮:1994年(平成6年)11月15日 / 2014年11月、土宮:1994年(平成6年)11月19日 / 2014年11月、月夜見宮:1994年(平成6年)12月4日 / 2014年12月、風宮:1994年(平成6年)12月10日 / 2014年12月
  • 御神体を旧殿から新殿へ遷す儀式。
  • 天岩戸伝説にちなみ鶏鳴三声は、内宮ではカケコー、外宮ではカケローの声で出御する。
  • 遷宮行事の中核神事。百名を超える奉仕員(神官)が参加する。また出御の時刻には、天皇が神嘉殿の前庭から伊勢を拝礼するとされる。
  • 皇族を始め多数の参列者が見守るが、儀式は夜間(2013年は20時より出御)行われ、照明も松明のみとなる。
大御饌(おおみけ)
  • 内宮:1993年(平成5年)10月3日 / 2013年(平成25年)10月3日
    外宮:1993年(平成5年)10月6日 / 2013年(平成25年)10月6日
  • 新殿において、初めて大御饌を奉る儀式。
奉幣(ほうへい)
  • 内宮:1993年(平成5年)10月3日 / 2013年(平成25年)10月3日
    外宮:1993年(平成5年)10月6日 / 2013年(平成25年)10月6日
  • 天皇から奉られる幣帛を奉納する儀式。
古物渡(こもつわたし)
  • 内宮:1993年(平成5年)10月3日 / 2013年(平成25年)10月3日
    外宮:1993年(平成5年)10月6日 / 2013年(平成25年)10月6日
  • 旧殿内の神宝類を新殿の西宝殿に移す儀式。
御神楽御饌(みかぐらみけ)
  • 内宮:1993年(平成5年)10月3日 / 2013年(平成25年)10月3日
    外宮:1993年(平成5年)10月6日 / 2013年(平成25年)10月6日
  • 御神楽に先立ち大御饌を奉る儀式。
御神楽(みかぐら)※
  • 内宮:1993年(平成5年)10月3日 / 2013年(平成25年)10月3日
    外宮:1993年(平成5年)10月6日 / 2013年(平成25年)10月6日
  • 天皇から派遣された宮内庁式部職楽師が御神楽などを奉納する儀式。

歴史[編集]

世紀 遷御 事柄(実施されたときの天皇)
西暦 和暦 日付
7世紀 685年 天武天皇14年 式年遷宮の制を制定(天武天皇)
690年[7] 持統天皇4年 10月 第1回内宮式年遷宮(持統天皇)
692年[8] 持統天皇6年 第1回外宮式年遷宮(同)
8世紀 709年 和銅2年 第2回内宮式年遷宮(元明天皇
711年 和銅4年 第2回外宮式年遷宮(同)
729年 天平元年 第3回内宮式年遷宮(聖武天皇
732年 天平4年 第3回外宮式年遷宮(同)
747年 天平19年 9月 第4回内宮式年遷宮(同)
749年 天平勝宝元年 第4回外宮式年遷宮(孝謙天皇
766年 天平神護2年 第5回内宮式年遷宮(称徳天皇
768年 神護景雲2年 第5回外宮式年遷宮(同)
785年 延暦4年 9月18日 第6回内宮式年遷宮(桓武天皇
787年 延暦6年 第6回外宮式年遷宮(同)
792年 延暦11年 内宮正殿焼失のため臨時遷宮(同)
9世紀 810年 弘仁元年 9月 第7回内宮式年遷宮(嵯峨天皇
812年 弘仁3年 9月 第7回外宮式年遷宮(同)
829年 天長6年 9月 第8回内宮式年遷宮(淳和天皇
831年 天長8年 9月 第8回外宮式年遷宮(同)
849年 嘉祥2年 9月 第9回内宮式年遷宮(仁明天皇
851年 仁寿元年 9月 第9回外宮式年遷宮(文徳天皇
868年 貞観10年 9月 第10回内宮式年遷宮(清和天皇
870年 貞観12年 9月 第10回外宮式年遷宮(同)
886年 仁和2年 9月 第11回内宮式年遷宮(光孝天皇
889年 寛平元年 10月 第11回外宮式年遷宮(宇多天皇
10世紀 905年 延喜5年 9月 第12回内宮式年遷宮(醍醐天皇
907年 延喜7年 第12回外宮式年遷宮(同)
924年 延長2年 9月 第13回内宮式年遷宮(同)
926年 延長4年 9月 第13回外宮式年遷宮(同)
943年 天慶6年 9月 第14回内宮式年遷宮(朱雀天皇
945年 天慶8年 12月 第14回外宮式年遷宮(同)
962年 応和2年 9月 第15回内宮式年遷宮(村上天皇
964年 康保元年 9月 第15回外宮式年遷宮(同)
981年 天元4年 9月17日 第16回内宮式年遷宮(円融天皇
983年 永観元年 9月 第16回外宮式年遷宮(同)
1000年 長保2年 9月16日 第17回内宮式年遷宮(一条天皇
11世紀 1002年 長保4年 9月 第17回外宮式年遷宮(同)
1019年 寛仁3年 9月17日 第18回内宮式年遷宮(後一条天皇
1021年 治安元年 9月16日 第18回外宮式年遷宮(同)
1038年 長暦2年 第19回内宮式年遷宮(後朱雀天皇
1040年 長久元年 9月15日 第19回外宮式年遷宮(同)
1057年 天喜5年 9月 第20回内宮式年遷宮(後冷泉天皇
1059年 康平2年 9月 第20回外宮式年遷宮(同)
1076年 承保3年 第21回内宮式年遷宮(白河天皇
1078年 承暦2年 第21回外宮式年遷宮(同)
1095年 嘉保2年 9月 第22回内宮式年遷宮(堀河天皇
1097年 承徳元年 9月 第22回外宮式年遷宮(同)
12世紀 1114年 永久2年 9月16日 第23回内宮式年遷宮(鳥羽天皇
1116年 永久4年 9月 第23回外宮式年遷宮(同)
1133年 長承2年 9月16日 第24回内宮式年遷宮(崇徳天皇
1135年 保延元年 9月 第24回外宮式年遷宮(同)
1152年 仁平2年 9月 第25回内宮式年遷宮(近衛天皇
1154年 久寿元年 9月 第25回外宮式年遷宮(同)
1169年 嘉応元年 内宮正殿焼失のため臨時遷宮(高倉天皇
1171年 承安元年 第26回内宮式年遷宮(同)
1173年 承安3年 第26回外宮式年遷宮(同)
1190年 建久元年 9月16日 第27回内宮式年遷宮(後鳥羽天皇
1192年 建久3年 9月 第27回外宮式年遷宮(同)
13世紀 1209年 承元3年 9月16日 第28回内宮式年遷宮(土御門天皇
1211年 建暦元年 9月 第28回外宮式年遷宮(順徳天皇
1228年 安貞2年 9月16日 第29回内宮式年遷宮(後堀河天皇
1230年 寛喜2年 第29回外宮式年遷宮(同)
1247年 宝治元年 9月16日 第30回内宮式年遷宮(後深草天皇
1249年 建長元年 9月26日 第30回外宮式年遷宮(同)
1266年 文永3年 9月16日 第31回内宮式年遷宮(亀山天皇
1268年 文永5年 9月15日 第31回外宮式年遷宮(同)
1285年 弘安8年 9月16日 第32回内宮式年遷宮(後宇多天皇
1287年 弘安10年 9月18日 第32回外宮式年遷宮(同)
14世紀 1304年 嘉元2年 12月22日 第33回内宮式年遷宮(後二条天皇
1306年 徳治元年 12月20日 第33回外宮式年遷宮(同)
1323年 元亨3年 9月16日 第34回内宮式年遷宮(後醍醐天皇
1325年 正中2年 第34回外宮式年遷宮(同)
1343年 興国4年/康永2年 12月28日 第35回内宮式年遷宮(後村上天皇/光明天皇
1345年 興国6年/貞和元年 12月27日 第35回外宮式年遷宮(同/同)
1364年 正平19年/貞治3年 2月16日 第36回内宮式年遷宮(同/後光厳天皇
1380年 天授6年/康暦2年 9月8日 第36回外宮式年遷宮(後亀山天皇/後円融天皇
1391年 元中8年/明徳2年 12月20日 第37回内宮式年遷宮(同/後小松天皇
1400年 応永7年 2月28日 第37回外宮式年遷宮(後小松天皇)
15世紀 1411年 応永18年 12月 第38回内宮式年遷宮(同)
1419年 応永26年 12月21日 第38回外宮式年遷宮(称光天皇
1431年 永享3年 12月20日 第39回内宮式年遷宮(後花園天皇
1434年 永享6年 9月23日 第39回外宮式年遷宮(同)
1462年 寛正3年 12月27日 第40回内宮式年遷宮(同)
16世紀 1563年 永禄6年 9月23日 第40回外宮式年遷宮(正親町天皇
1585年 天正13年 10月13日 第41回内宮式年遷宮(同)
10月15日 第41回外宮式年遷宮(同)
17世紀 1609年 慶長14年 9月21日 第42回内宮式年遷宮(後陽成天皇
9月27日 第42回外宮式年遷宮(同)
1629年 寛永6年 9月21日 第43回内宮式年遷宮(後水尾天皇
9月23日 第43回外宮式年遷宮(同)
1649年 慶安2年 9月25日 第44回内宮式年遷宮(後光明天皇
9月27日 第44回外宮式年遷宮(同)
1659年 万治2年 11月25日 内宮正殿焼失のため臨時遷宮(後西天皇
1669年 寛文9年 9月26日 第45回内宮式年遷宮(霊元天皇
9月28日 第45回外宮式年遷宮(同)
1683年 天和3年 3月10日 内宮正殿焼失のため臨時遷宮(同)
1689年 元禄2年 9月10日 第46回内宮式年遷宮(東山天皇
9月13日 第46回外宮式年遷宮(同)
18世紀 1709年 宝永6年 9月2日 第47回内宮式年遷宮(中御門天皇
9月5日 第47回外宮式年遷宮(同)
1729年 享保14年 9月3日 第48回内宮式年遷宮(同)
9月6日 第48回外宮式年遷宮(同)
1749年 寛延2年 9月1日 第49回内宮式年遷宮(桃園天皇
9月4日 第49回外宮式年遷宮(同)
1769年 明和6年 9月3日 第50回内宮式年遷宮(後桜町天皇
9月6日 第50回外宮式年遷宮(同)
1789年 寛政元年 9月1日 第51回内宮式年遷宮(光格天皇
第51回外宮式年遷宮(同)
19世紀 1809年 文化6年 10月16日 第52回内宮式年遷宮(同)
第52回外宮式年遷宮(同)
1829年 文政12年 9月2日 第53回内宮式年遷宮(仁孝天皇
9月5日 第53回外宮式年遷宮(同)
1849年 嘉永2年 9月2日 第54回内宮式年遷宮(孝明天皇
9月5日 第54回外宮式年遷宮(同)
1869年 明治2年 9月4日 第55回内宮式年遷宮(明治天皇
9月7日 第55回外宮式年遷宮(同)
1889年 明治22年 10月2日 第56回内宮式年遷宮(同)
10月5日 第56回外宮式年遷宮(同)
1900年 明治33年 10月2日 内宮正殿焼失のため臨時遷宮(同)
20世紀 1909年 明治42年 第57回内宮式年遷宮(同)
10月5日 第57回外宮式年遷宮(同)
1929年 昭和4年 10月2日 第58回内宮式年遷宮(昭和天皇
10月5日 第58回外宮式年遷宮(同)
1945年 昭和20年 第二次世界大戦終戦による影響が残り、第59回式年遷宮中止を告示(同)
1949年 昭和24年 宇治橋架け替えのみ実施(同)
1953年 昭和28年 10月2日 第59回内宮式年遷宮(同)
10月5日 第59回外宮式年遷宮(同)
1973年 昭和48年 10月2日 第60回内宮式年遷宮(同)
10月5日 第60回外宮式年遷宮(同)
1993年 平成5年 10月2日 第61回内宮式年遷宮(今上天皇
10月5日 第61回外宮式年遷宮(同)
21世紀 2013年 平成25年 10月2日 第62回内宮式年遷宮(同)
10月5日 第62回外宮式年遷宮(同)

※日付は1872年(明治5年)までは旧暦太陰太陽暦)。1873年(明治6年)からは新暦太陽暦)。

脚注[編集]

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  1. ^ 宇治橋が式年遷宮のときに架け替えられるようになったのは明治時代以降である。明治時代から昭和時代初期には式年遷宮の年に、1949年(昭和24年)以後は式年遷宮の4年前に、架け替えられるようになった。
  2. ^ 『遷宮論集』「三、御造営用材の供給源」、神社本庁1995年(平成7年)3月31日発行、473ページ。
  3. ^ 『神宮の式年遷宮』「三、遷宮行事の拡大と御杣山」、皇學館大学1986年(昭和61年)5月15日発行、89ページ。
  4. ^ 『遷宮論集』「六、神宮々域林の御用材生産計画」、479ページ。
  5. ^ 『遷宮論集』「八、神域林はおおくの使命を持っている」、482ページ。
  6. ^ 鎮地祭神宮会館崇敬会
  7. ^ 686年天武天皇15年)説もある。
  8. ^ 687年持統天皇元年)説もある。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]