漆
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漆(うるし、英語:Japanese lacquer)とは、ウルシ科のウルシノキ(漆の木)やブラックツリーから採取した樹液を加工した、ウルシオールを主成分とする天然樹脂塗料である。塗料とし、漆塗などに利用されるほか、接着剤としても利用される。
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[編集] 名称
うるしの語源は「麗し(うるわし)」とも「潤し(うるおし)」ともいわれている。
漆器は日本を象徴する工芸品である。漆に対応する英単語は japanese lacquer (大文字のJではない)だが、磁器を china ware または china と呼ぶのに対応して、漆器を japan ware または japan と呼ぶこともある(ただし文脈がないところでただ「japan」と言っても通じないので注意)。
[編集] 成分
主成分は漆樹によって異なり、主として日本・中国・韓国産漆樹はウルシオール (urushiol)、台湾・ベトナム産漆樹はラッコール (laccol)、タイやミャンマー産漆樹はチチオール(thitsiol)を主成分とする。
空気中の水蒸気がもつ酸素を用い、生漆に含まれる酵素の触媒作用によって常温で重合することで硬化する。
金属などに塗った場合、百数十度まで加熱することで焼き付け塗装することもできる。
[編集] 用途
[編集] 塗料
最も一般的な用途は塗料として用いることである。漆を塗られた道具を漆器という。黒く輝く漆塗りは伝統工芸としてその美しさと強靱さを評価され、食器や高級家具、楽器などに用いられる。
漆は熱や湿気、酸、アルカリにも強いが、紫外線を受けると劣化することが知られている。極度の乾燥状態に長期間曝すと、ひび割れたり、剥れたり、崩れたりする。腐敗防止、防虫の効果もあるため、食器や家具に適している。
黒漆と赤漆を用いて塗り分けることも行われる。昭和以後は酸化チタン系顔料(レーキ顔料)の登場により、赤と黒以外の色もかなり自由に出せるようになった。
漆を用いた日本の工芸品では京漆器がよく知られており、漆塗りの食器では、輪島塗などが有名。竹細工の駕籠を漆で塗り固めるもの(籃胎)や、厚く塗り重ねた漆に彫刻を施す工芸品(彫漆)もある。
碁盤の目も、伝統的な品では黒漆を用いて太刀目盛りという手法で書かれる。
[編集] 接着剤
江戸時代などには、漆を接着剤として用いることもよく行われた。例えば、小麦粉と漆を練り合わせて、割れた磁器を接着する例がある。乾燥には2週間程度を要する。接着後、接着部分の上に黒漆を塗って乾かし、さらに赤漆を塗り、金粉をまぶす手法は金継ぎ(きんつぎ)といい、鑑賞に堪える、ないしは工芸的価値を高めるものとして扱われる。
[編集] 製法
[編集] 樹液の採取
ウルシ科のウルシノキ(漆の木)やブラックツリーから採取する。ヤマウルシでもうるし成分は採れるが、量が少なく使われない。
対象とする樹の幹の表面にV字型などの切り込みを付け、しみ出す樹液を、缶などを使って貯める。切り込みの溝にも樹液が貯まっているので、これも合わせてかき集める。この様に集めた樹液を「あらみ」と呼ぶ。
うるし掻きの方法は,2通りある。一年で樹幹の全体に傷を付け,採りきってしまう「殺掻き(ころしがき)法」と,数年に渡って採り続ける「養生掻き(ようじょうがき) 法」である。
現在では「殺掻き法」が主流。「殺掻き法」は一年でうるし液を採りきり,その後萌芽更新のため木を切り倒してしまう。
殺掻法は、植付後4~5年ないし6~7年の樹周が20cm内外になるころ、また、樹齢の大きいものでは樹液がさかんに流動する5~6月ころから11月中旬に、採液をおこなう。
その方法は、外皮を削りとり、樹幹の地上25cmの箇所から梢方に35cmほどの間隔で樹幹の一側面に長さ2cm余の横溝をつけ(これを検付という)、次に反対面にもまた表面検付間のほぼ中央から検付をほどこし、梢方に向かって表面と同様におこない、螺旋状に傷を付ける(幹囲22~25cmの樹では樹の一方の側面からのみ採液し、これを「一腹掻」といい、幹囲27~45cmくらいのものは両面より採液し、これを「二腹掻」といい、幹囲のさらに大きいものは三腹掻をおこなう)。
傷の長さは2~3cm、深さは6mm、検付の数は、周囲22~25cmくらいのものでは9~11箇所、検付が終れば溝の上部6~9mmばかりの箇所にさらに横溝を付け、次に材部にまで達する傷を与え、流出する灰白色の乳状の液を漆壺内に採集する。 掻工は、1日に全担当樹の4分の1を採液し、全樹の採液が終ったら元の樹に返り、旧検付の上方6~9mmばかりの箇所に横溝をほどこして採液し、以上の作業を幾回も繰り返す。
溝の長さは回ごとに長くし、秋の彼岸までに十数回~二十数回の横溝を画して採液する(これを辺掻または本掻という)。
最下部は、表裏両面ともに検付の上下に横溝をほどこし、すると傷の配列は中央のくびれた鼓状をなすので、鼓掻といい、辺掻と区別される。
辺掻で得た液は初漆(6月中旬~7月中旬までに採集したもの)、盛漆(7月中旬~9月中旬までに採集したもの)、末漆(9月初旬~秋彼岸までに採集したもの)に区別される。
辺付が終ったら、検付の下部および幹の細い部分から採液し(この液は裏あるいは裏漆という)、さらに幹面不傷の部をえらんで採液し(この液を止あるいは留漆という)、また枝を伐採し小刀で傷を付け採液する。
採液がことごとく終了したら、樹幹を伐採し根株から発芽させ新林に備えることとする。
採液の収量は、樹幹18cmのもの110g内外、樹幹21cmのもの125g内外、樹幹24cmのもの140g内外、樹幹27cmのもの190g内外、樹幹30cmのもの245g内外、樹幹36cmのもの375g内外、樹幹42cmのもの490g内外、樹幹51cmのもの750g内外、樹幹66cmのもの1540g内外である。ただし、樹齢、土質、気候、掻方などにより多少ことなる。
[編集] 漆の精製
あらみには、樹皮やごみなどが混ざっているので、まず少し加熱して流動性を上げてから濾過をする。現在は、綿を加えた上で、遠心分離器で分離する方法も使われている。濾過が終わったものは生漆(きうるし)と呼ぶ。
生漆に鉄分を加えると、ウルシオールなどとの化学反応で、黒い色を出す事ができ、黒漆(くろうるし)となるが、鉄分を加えないと色の薄い透漆(すきうるし)となる。
生漆は、加熱しながらかき混ぜて、水分を蒸発させる。練って滑らかにすることを「なやし」、水分を飛ばして濃度を上げることを「くろめ」という。
精製が終わった透漆には、必要に応じて朱色(辰砂)などの顔料を加えて色を付けて使用する。
[編集] 漆とかぶれ
生の漆が肌につくとかぶれるが、これはウルシオールによるアレルギー反応である。ウルシオールのアレルギーを持つ人は、漆の木の近くを通過しただけでもかぶれることがある。果物のマンゴーもウルシ科の植物で、人によってはかぶれる事がある。かぶれの程度と症状は、人によって実にさまざまである。
古来人々は、漆には特別な力があると信じてきた。触るとひどくかぶれる漆には、邪悪なもの寄せ付けない力があると考えたからだ。
漆器ではかぶれることは無いが、まれに、作られて間もない場合、かぶれる事もある。これは重合され残ったウルシオールが揮発するためである。十分に重合が進んでいれば、かぶれることはない。
漆にかぶれた場合は、ワラビの根を煎じた汁、煮た沢蟹の汁、硼酸水などを患部に塗る民間療法がある。
[編集] 漆にまつわる伝承
[編集] 漆塗の起源
以呂波字類抄に、日本における漆塗の起源として次のような話が載っている。
倭武皇子(やまとたけるのみこ)は、宇陀の阿貴山で猟をしていたとき大猪を射たが、仕留めることができなかった。漆の木を折ってその汁を矢先に塗って再び射ると、とどめを刺すことができた。そのとき汁で皇子の手が黒く染まった。部下に木の汁を集めさせ、持っていた物に塗ると美しく染まった。そこでこの地を漆河原(現在の宇陀市大宇陀区嬉河原(うれしがわら))と名附け、漆の木が自生している曽爾郷に漆部造(ぬりべのみやつこ)を置いた。
[編集] 即身仏と漆
自分自身のミイラを仏像、すなわち即身仏とした修行者達は身体の防腐のために予めタンパク質含有量の少ない木の実のみを食する「木食」を行うと共に、「入定」(死して即身仏となること)の直前に漆を飲んでその防腐作用を利用したという。

