近鉄名古屋駅
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| 近鉄名古屋駅* | |
|---|---|
駅ビルの近鉄パッセビル
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| きんてつなごや - KINTETSU-NAGOYA | |
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(1.1km) 米野►
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| 所在地 | 名古屋市中村区名駅一丁目2-2 |
| 所属事業者 | 近畿日本鉄道 |
| 所属路線 | 名古屋線 |
| キロ程 | 0.0km(**近鉄名古屋起点) |
| 電報略号 | ナコ |
| 駅構造 | 地下駅 |
| ホーム | 4面5線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
108,792人/日 -2008年- |
| 開業年月日 | 1938年(昭和13年)6月26日 |
| 乗換 | 名古屋駅 - 東海旅客鉄道(JR東海) - 名古屋市交通局(地下鉄) - 名古屋臨海高速鉄道(あおなみ線) 名鉄名古屋駅-名鉄名古屋本線 |
| 備考 | ** 正式な起点は伊勢中川駅 |
近鉄名古屋駅(きんてつなごやえき)は、愛知県名古屋市中村区名駅一丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)名古屋線の駅。
正式には名古屋線の終着駅であるが、列車運行上は当駅が起点となっている。近鉄の前身となる大軌グループの東方進出の区切りとなった駅でもあった。歴史も参照。東海旅客鉄道(JR東海)の名古屋駅や、名古屋鉄道(名鉄)の名鉄名古屋駅と隣接している。
目次 |
[編集] 当駅からの接続路線
[編集] 駅構造
頭端式ホーム4面5線の地下駅。頭端部にJR連絡改札口、地下改札口、名鉄連絡改札口がある。ホーム中央連絡階段からの通路の端、近鉄ビル(近鉄パッセ)の中地下1階に正面改札口がある。
| 番号 | 発着種別 | 開扉 | ホーム長 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ■普通 | 片側 | 4連 | |
| 2 | ■準急 | 両側 | 5連 | 1番線側のホーム長は4連 |
| 3 | ■急行 ■準急(一部) |
両側 | 6連 | |
| 4 | □特急 | 両側 | 8連 | ラッシュ時は急行・準急も使用 |
| 5 | □特急 | 片側 | 8連 |
2 - 4番ホームは乗車側と反対側を降車ホームとしているが、朝ラッシュ時は両側をすぐに開き乗車側からも降車できるようにしている。ただし2番ホームの5両編成は降車側(1番ホーム側)のホームが短いため、乗車側(3番ホーム側)しか開けることができない。
特急については主に名伊特急が4番ホームを、名阪特急が5番ホームを使用する。到着列車はそのまま折り返し大阪/伊勢志摩方面行きになるのではなく、一度隣の米野駅3番ホームまで回送し、さらに折り返して車庫(富吉検車区米野車庫)に入庫し、座席の方向転換や清掃などの措置が行われた後、大阪または伊勢志摩方面行き特急として再び名古屋駅ホームに入線する。
[編集] 配線図
| → 黄金駅 |
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| 凡例 出典:[1]、および、[2] 左端が近鉄名古屋駅で白線クロスハッチは降車用ホーム、 中央のトンネル坑口脇が米野車庫、右端が米野駅 地下区間で立体交差するJR在来線・新幹線・あおなみ線の配線は、 本図では省略している。 |
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[編集] 利用状況
当駅の利用状況の変遷を下表に示す。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
- 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
- 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事などの要因によって変動が大きいので、年度間の比較には注意を要する。
| 年 度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 |
特 記 事 項 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合 計 | 調査日 | 調査結果 | ||
| 1978年(昭和53年) | 16,009,920 | ←←←← | 10,706,120 | 26,716,040 | |||
| 1979年(昭和54年) | 16,458,540 | ←←←← | 11,064,271 | 27,522,811 | |||
| 1980年(昭和55年) | 16,943,160 | ←←←← | 11,372,432 | 28,315,592 | |||
| 1981年(昭和56年) | 17,316,480 | ←←←← | 11,227,906 | 28,544,386 | |||
| 1982年(昭和57年) | 16,797,420 | ←←←← | 11,242,219 | 28,039,639 | 11月16日 | 130,775 | |
| 1983年(昭和58年) | 16,776,780 | ←←←← | 11,116,094 | 27,892,874 | 11月8日 | 134,432 | |
| 1984年(昭和59年) | 16,450,650 | ←←←← | 11,081,530 | 27,532,180 | 11月6日 | 135,918 | |
| 1985年(昭和60年) | 16,188,030 | ←←←← | 11,218,189 | 27,406,219 | 11月12日 | 132,626 | |
| 1986年(昭和61年) | 16,461,990 | ←←←← | 11,384,160 | 27,846,150 | 11月11日 | 130,130 | |
| 1987年(昭和62年) | 16,549,920 | ←←←← | 11,110,185 | 27,660,105 | 11月10日 | 133,224 | |
| 1988年(昭和63年) | 16,568,820 | ←←←← | 11,372,672 | 27,941,492 | 11月8日 | 133,719 | |
| 1989年(平成元年) | 16,491,930 | ←←←← | 11,504,069 | 27,995,999 | 11月14日 | 136,477 | |
| 1990年(平成2年) | 16,945,350 | ←←←← | 11,721,278 | 28,666,628 | 11月6日 | 137,991 | |
| 1991年(平成3年) | 17,662,170 | ←←←← | 11,853,079 | 29,515,249 | |||
| 1992年(平成4年) | 17,613,720 | ←←←← | 11,623,307 | 29,237,027 | 11月10日 | 139,535 | |
| 1993年(平成5年) | 17,517,420 | ←←←← | 11,624,297 | 29,141,717 | |||
| 1994年(平成6年) | 17,336,070 | ←←←← | 11,328,356 | 28,664,426 | |||
| 1995年(平成7年) | 17,058,300 | ←←←← | 10,864,655 | 27,922,955 | 12月5日 | 129,504 | |
| 1996年(平成8年) | 16,301,880 | ←←←← | 10,609,885 | 26,911,765 | |||
| 1997年(平成9年) | 15,520,110 | ←←←← | 10,326,998 | 25,847,108 | |||
| 1998年(平成10年) | 15,288,600 | ←←←← | 10,025,577 | 25,314,177 | |||
| 1999年(平成11年) | 15,050,010 | ←←←← | 10,127,835 | 25,177,845 | |||
| 2000年(平成12年) | 14,832,420 | ←←←← | 10,207,100 | 25,039,520 | |||
| 2001年(平成13年) | 14,599,320 | ←←←← | 10,135,237 | 24,734,557 | |||
| 2002年(平成14年) | 14,484,990 | ←←←← | 9,888,960 | 24,373,950 | |||
| 2003年(平成15年) | 14,303,730 | ←←←← | 9,763,883 | 24,067,613 | |||
| 2004年(平成16年) | 14,217,990 | ←←←← | 9,618,473 | 23,836,463 | |||
| 2005年(平成17年) | 14,054,790 | ←←←← | 9,920,526 | 23,975,316 | 11月8日 | 110,144 | |
| 2006年(平成18年) | 13,979,310 | ←←←← | 9,588,292 | 23,567,602 | |||
| 2007年(平成19年) | ←←←← | ||||||
| 2008年(平成20年) | ←←←← | 11月18日 | 108,792 | ||||
| 2009年(平成21年) | ←←←← | ||||||
[編集] 駅周辺
その他の施設は、名古屋駅の駅周辺を参照。
[編集] バス路線
[編集] 歴史
当初、近鉄名古屋線の前身の一つとなる伊勢電気鉄道が名古屋進出を計画した時は、現在の名古屋駅のかなり南方の地点に設ける予定であったという。しかし、国鉄との連絡を図るべきという事から鉄道省の用地を利用して桜通側に地下ループ線(方向転換を要しない構造)を建設する計画に変更し、その上に駅ビルを建設する予定であった。しかし、伊勢電気鉄道は伊勢進出で体力を使い切って経営に行き詰まり、大阪電気軌道(大軌)傘下の参宮急行電鉄(参急)に合併され、名古屋進出は大軌・参急などが出資した新設会社の関西急行電鉄(関急)によって果たされる事になった。この時に通常の折り返しターミナル構造に変更されている。
当駅の開業により、大軌グループによって大阪から名古屋に至るまでの路線が完成した事になった。特に、名古屋~伊勢間の輸送では鉄道省の運営する参宮線(当時は亀山駅 - 鳥羽駅間)の乗客が7割も減る程の影響を与えたという。
なお、予算の都合から1面1線の配線にする予定もあったと言われるが、結局は将来の発展を見込んで3面3線となった。しかし、それでも戦後の輸送量増加には対応できず、1967年に4面5線への拡幅改造が行われている。
また、1938年の開業後、1941年に隣接して名古屋鉄道(名鉄)の新名古屋駅(現:名鉄名古屋駅)が設置されたが、この当時は名古屋線も狭軌(1067mm)を採用していたため、戦中・戦後を通じて線路が接続されていた事があり、戦後には団体専用列車に限って相互直通運転が実施されていた事もあった。詳しくは名鉄名古屋駅を参照。
[編集] 年表
- 1938年(昭和13年)6月26日 - 関西急行電鉄のターミナルとして開業。当初の駅名は「関急名古屋駅」だった。開業時より地下駅であった。
- 1940年(昭和15年)1月1日 - 参宮急行電鉄が関西急行電鉄を合併。駅名を「参急名古屋駅」に改称。
- 1941年(昭和16年)3月15日 - 大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併し、関西急行鉄道に改称。駅名を再び「関急名古屋駅」に改称。
- 1941年(昭和16年)8月12日 - 名古屋鉄道が新名古屋駅(現:名鉄名古屋駅)に乗り入れ。地下連絡開始。
- 1944年(昭和19年)6月1日 - 関西急行鉄道と南海鉄道が合併し、近畿日本鉄道が成立。駅名を「近畿日本名古屋駅」と改称。
- 1950年(昭和25年)8月4日 - 名古屋鉄道との団体臨時列車の相互直通運転実施(~1952年9月30日)。
- 1959年(昭和34年)11月27日 - 標準軌化工事完成。
- 1966年(昭和41年)11月 - 名古屋近鉄ビル完成。
- 1967年(昭和42年)12月1日 - 2面2線増の改良工事完成。
- 1969年(昭和44年)4月 - 国鉄連絡改札開設。
- 1970年(昭和45年)3月1日 - 駅名を「近鉄名古屋駅」に改称。
- 2006年(平成18年)3月23日 - 名古屋近鉄ビルが公示地価上昇率1位になる(前年比38%上昇)。
- 2006年(平成18年)10月14日 - 改札内精算所を移転。自動精算機が更新され、JR線連絡改札口付近にも1台増設された。
- 2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。同時にICOCAとも相互利用開始。
[編集] 備考
[編集] きっぷ、カード、改札等について
- 自動改札機は日本信号製のものが設置されている(回数券カード対応)。
- 赤い筐体の自動改札機 (GX7) は2枚一括処理・PiTaPa、ICOCA対応である。
- スルッとKANSAIカードおよびJスルーカードはエリア外のため使用できない。
- JR連絡改札口では、PiTaPaまたはICOCAとTOICAまたはSuicaを2枚重ねでタッチすれば入・出場が可能なシステムを導入している。なお、ICOCAとTOICAはSuicaと合わせて2008年3月29日から相互利用を開始したが、相互利用開始後もTOICA・Suicaは近鉄線で利用することができない。
- ICOCAとTOICAの相互利用が開始されているため、一見、JRと近鉄の連絡改札口はICOCA一枚で通れそうに見えるが、ここでのICOCAはPiTaPaエリアでの相互利用として使用しているため、ICOCAはJR側のカードとして認識されない。よって、JRと近鉄線をICOCA一枚だけで乗り換える場合は、一度通常の改札口を出場の上、改めて乗り換え先の通常の改札口を入場しなければならない。
- 名鉄連絡改札口ではトランパスが利用できる。普通乗車券と同様に2枚まとめて投入すれば正しく処理が行われる。有人窓口には近鉄と名鉄の職員が交代で配置されている。近鉄線でのPiTaPa・ICOCA取り扱い開始時から約8か月程はICカードに対応していなかったため一旦改札口を出る必要があったが、その後ICカード対応となっており、近鉄線ICカード+名鉄線乗車券で乗り換えができる。
- 自動精算機設置(回数券カード、PiTaPa、ICOCAに対応。ただしスルッとKANSAIカードおよびJスルーカードには非対応)。
- 特急券および定期券の購入が可能である。
[編集] 到着・発車時の放送
- 特急アーバンライナーplus、およびアーバンライナーnextが到着する時の車内チャイムは、山田耕筰作曲の「この道」のアレンジが流れる。
- 特急の発車時に限り、ウェストミンスターの鐘(チャイム)とヨシフ・イヴァノヴィチ作曲の「ドナウ川のさざ波」が発車メロディとして流れる(1970年代には「ベンのテーマ」のメロディを用いたこともあった)。なお、普通、準急、急行の発車時はアナウンスとブザーのみである。
- 自動構内放送は、到着時に流れるものは男声で、発車時に流れるものは女声になっている。
[編集] その他
- 近鉄の駅では最東端かつ最北端[3]に位置する駅である。
- 2009年3月20日に阪神電気鉄道阪神なんば線が開業し、当駅から標準軌の路線で、山陽姫路駅あるいは最西端の山陽網干駅まで線路が続くことになる。ただし名古屋と姫路、網干間を直通する列車は2009年現在存在せず、該当方面へ向かうには少なくとも鶴橋(もしくは難波)と尼崎(もしくは三宮)での合計2回の乗り換えが必要となる(網干方面へは飾磨での乗り換えも要する)。また、当駅も含めた名古屋線の駅では阪神電車・神戸高速鉄道・山陽電鉄・神戸電鉄の駅への乗車券を発売していない為、大阪難波までの乗車券を購入し、下車駅で難波からの不足運賃を精算することになるが、近鉄線の乗車券では神戸高速鉄道の西元町駅以西まで乗車した場合、下車駅に設置の神戸高速・山陽・神鉄の精算機が利用できない場合がある(係員または無人駅ではインターホンでの対応)ので大阪難波駅で一旦改札を出て阪神線用きっぷうりばで目的地までの切符を購入するのが望ましい。PiTaPa・ICOCAについては4社連続で乗車が可能である。
- 開業時からあるホームの柱は丸型で、拡幅されて建設されたホームには角型の柱である。
- 駅構内および1階改札口にあるコンビニニエンスストア「K PLAT」では買い物の決済手段としてPiTaPaを使用することが可能である。名古屋地区でPiTaPaが使用できる数少ない店舗である。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 川島令三、『全国鉄道事情大研究 - 名古屋都心部・三重篇』、ISBN 978-4-7942-0700-5、168p、草思社、1996
- ^ 川島令三 編著、『東海道ライン 全線・全駅・全配線 第4巻 豊橋駅 - 名古屋エリア』、ISBN 978-406-270014-6、15p、 講談社、2009
- ^ 2007年(平成19年)9月30日までは現在の養老鉄道揖斐駅が最北端だった。
[編集] 外部リンク
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