大阪阿部野橋駅

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大阪阿部野橋駅*
大阪阿部野橋駅(2004年7月)駅舎は近鉄百貨店が入居壁面には「あべの橋駅」と表示されている写真の右側・7階建ての阿部野橋ターミナルビル本館の西側(旧館)部分は建て替えのため、2009年3月19日で閉鎖後、取り壊し済。
大阪阿部野橋駅(2004年7月)
駅舎は近鉄百貨店が入居
壁面には「あべの橋駅」と表示されている
写真の右側・7階建ての阿部野橋ターミナルビル本館の西側(旧館)部分は建て替えのため、2009年3月19日で閉鎖後、取り壊し済。
おおさか あべのばし
- ŌSAKA-ABENOBASHI -
(1.0km) 河堀口
大阪市阿倍野区阿倍野筋一丁目1
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
所属路線 南大阪線
キロ程 0.0km(大阪阿部野橋起点)
電報略号 アヘ
駅構造 地上駅
ホーム 6面5線
乗降人員
-統計年度-
163,977人/日
-2010年11月9日-
開業年月日 1923年大正12年)4月13日
乗換 天王寺駅
- 西日本旅客鉄道(JR西日本)
- 大阪市交通局(地下鉄)
天王寺駅前駅
- 阪堺電気軌道
*1924年に大阪天王寺駅から改称

大阪阿部野橋駅
配線図
6・5 4 3 2 1


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河堀口駅

大阪阿部野橋駅
(2007年5月、別角度から撮影)
写真の7階建て阿部野橋ターミナル本館の西側(旧館)部分は、2009年3月19日に建て替えのため閉鎖後、取り壊し済
大阪阿部野橋駅西改札口
(2010年3月撮影)
西口地上改札:2009年3月20日に移設される前のもの
駅名の由来となった阿倍野橋

大阪阿部野橋駅(おおさかあべのばしえき)は、大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋一丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)南大阪線起点駅

目次

[編集] 概要

近鉄の南のターミナル駅である。以前、近鉄の本社が置かれていたこともあった(1943年-1969年)。

[編集] 駅名について

旅客営業制度上は「大阪阿部野橋」で乗車券類などは以前からそのように記載されており、列車行先表示板ももともとは「阿部野橋」と記されていた。仮名混じりが初登場したのは、1957年6800系充当列車で使用された円形列車行先表示板での「あべの橋」である。16000系特急車が登場した1965年あたりからは、行先表示板表記が「あべの」のみになり、それよりのちの行先表示器では「あべの橋」と戻った。さらに、26000系特急車が登場した1990年からは、駅名標表記が「近鉄あべの橋」に変更されていた。

しかし、2004年3月のダイヤ変更から、行先表示器や駅名標などが順次大阪阿部野橋に変更された。これは、現大阪運輸統括部内で慣例化していた旧国名を省略した表記を、旧国名を併記した正式な表記に改めたためである(例:「西大寺」→「大和西大寺」)。車内放送でも「大阪阿部野橋、阿部野橋です」と放送する方式に改められた。なお、広告・宣伝上の表記では、「大阪阿部野橋(あべの橋)」と括弧書きされることもある。

ちなみに、大阪市営バスは「あべの橋」(正式には「阿倍野橋」)を停留所名としている。

[編集] 由来

1889年大阪鉄道湊町駅 - 柏原駅間を開通させた際、上町台地掘割部に架けられた阿倍野橋が駅名の由来である。地名ではなく橋梁名であるのは、阿倍野駅上町線)が先に開業していたことによる。

[編集] 阿倍野と阿部野

阿倍野橋や阿倍野区など、現在見られる表記の大半は「阿倍野」であるが、当駅は「阿部野」と異なる。他には阿部野神社などがある。

「阿部野」は、中近世において主流であった表記で、当地の前身にあたる東成郡阿部野村もこちらの表記である。阿部野村は1663年に同郡天王寺村から分村。1889年に天王寺村と合併し、天王寺村大字阿部野となった。1923年の開業当初は大阪天王寺駅と称していたが、翌1924年には大阪阿部野橋駅に改称されている。改称および「阿部野」を採用した理由は大字阿部野への配慮からとも言われるが真相は不明である。なお、翌1925年に天王寺村(1897年南区へ編入された地域を除く)は住吉区へ編入され、この時に「阿部野」から「阿倍野」(住吉区阿倍野町)へ表記が変更されている。

以上のような経緯から近現代において主流となった「阿倍野」ではあるが、地名の由来として最も有力な説とされる阿倍寺やその建立者である阿倍氏に基く表記であり、正誤・新旧の分別があるわけではない。

[編集] 利用可能な他の鉄道路線

以下の駅とは横断歩道歩道橋、地下道などを通じて乗り換えが可能である。

[編集] 駅構造

櫛形6面5線のホームを持つ地上駅である。改札口は頭端部の西口地上改札、百貨店地下売り場正面の地下中央改札、南北連絡地下道に面した地下東改札の3ヶ所で、地下コンコースと各ホームの間にはエスカレーターがある。

[編集] のりば

南大阪線(藤井寺道明寺古市尺土橿原神宮前吉野河内長野方面)
  1番線降車ホーム  
1・2 普通(各駅停車) (6時台 - 23時台に使用)
  2・3番線降車ホーム  
3・4 主に急行・準急 (土曜・休日は区間急行も使用。
 5時台・深夜0時台は普通も使用)
  4番線降車ホーム (5番のりばと同一平面上)
5 ラッシュ時の急行・区間急行 (稀に準急も使用。6番のりば降車用も兼ねる)
6 特急専用ホーム (5番のりば降車用も兼ねる)
  • 5・6番のりばは同じ線路を共有しており、特急到着時には6番のりばを乗車用、5番のりばを降車用として扱う。それ以外の種別の場合はこの逆となる。
  • 自動改札機は、オムロン製が設置されている。赤い自動改札機(U-PG)は、出場時2枚一括処理、PiTaPaICOCA対応。

[編集] 利用状況

南大阪線では当駅がターミナル駅となっているため、南大阪線の中では当駅の利用者が突出して多い。一方、大阪線奈良線の大阪市内のターミナル駅は、鶴橋駅大阪上本町駅近鉄日本橋駅大阪難波駅に分散している。このため、調査年度によっては、乗降客数最多の駅として当駅と大阪難波駅や鶴橋駅が入れ替わることがある[2]

近年における一日乗降人員は以下の通り。

  • 2005年11月8日:178,527人
  • 2008年11月18日:175,002人[3]
  • 2010年11月9日:163,977人[4]

2005年では近鉄全線で2位、2008年と2010年では近鉄全線で最も利用客数の多い駅となっている。 なお、大阪市統計書によると、2007年度の1日平均乗車人員は96,287人で、大阪難波駅(104,722人)に次いで2位となっている。

[編集] 駅周辺

2007年8月8日、近鉄は阿部野橋ターミナルビル旧館を建て替え、高さ約300m、59階建てのあべのハルカスを建設すると発表した。これが完成すると、日本一高いビルとなる(現在日本一高い横浜ランドマークタワーの高さは295.8 m)。

周辺の詳細に関しては天王寺駅#駅周辺も参照のこと。

[編集] バス

[編集] 歴史

  • 1923年大正12年)4月13日 - 大阪鉄道大阪天王寺 - 布忍間開通時に「大阪天王寺駅」として開業。
  • 1924年(大正13年)6月 - 「大阪阿部野橋駅」に改称。
  • 1937年昭和12年)11月 - 阿部野橋ターミナルビル開業(後の本館西側(旧館)部分の北半分)。
  • 1943年(昭和18年)2月1日 - 関西急行鉄道が大阪鉄道を合併。関西急行鉄道天王寺線の駅となる。この時、上本町より本社が移転した。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 戦時統合により関西急行鉄道が南海鉄道(現在の南海電気鉄道の前身。後に再独立)と合併。近畿日本鉄道南大阪線の駅となる。
  • 1945年(昭和20年)3月14日 - 大阪大空襲でターミナルビルの2階以上を焼失。同年12月から復旧工事を行い、1948年4月までに全館が復旧し、営業を再開。
  • 1956年(昭和31年)2月にターミナルビルを南側に増床する工事を着工。翌1957年4月に竣工、同年12月に北側部分と外装を統一した上で、全館オープン(この時点で本館西側(旧館)部分が完成)。
  • 1963年(昭和38年)5月18日 - 構内で電車正面衝突事故。
  • 1966年(昭和41年)3月 - 穿孔式定期券用自動改札機の試用開始。
  • 1969年(昭和44年)12月4日 - この日をもって同駅付近に位置していた近鉄本社の業務を終了。近鉄本社は翌5日より再度上本町に戻った。
  • 1971年(昭和46年)4月 - 磁気方式の自動改札機を設置。
  • 1987年(昭和62年)7月1日 - 庚申街道を地下通路化。
  • 1987年(昭和62年)9月21日 - 東口改札開設。
  • 1988年(昭和63年)11月11日 - 阿部野橋ターミナルビル新館が完成(現・本館東側部分)。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。
  • 2009年(平成21年)
    • 3月19日 - 阿部野橋ターミナルビルの本館西側(旧館)部分を、建て替えのため閉鎖。
    • 3月20日 - 西口改札を橿原神宮前寄りに35m移設し、大阪阿部野橋 - 河堀口間0.1km短縮。これによりこれまで全線路の有効長が8両編成対応であったが、1・2番線の有効長が最大7両編成までに短縮された。

[編集] その他

  • 第2回近畿の駅百選に選定されている。
  • 駅長は大阪南管区支配人を兼務している。副駅長が配置されている。
  • 大阪側ターミナル駅名の頭に「大阪 - 」をつけて案内することがあったが、正式駅名にまで「大阪」が入るのは当駅の他、阪神なんば線開業後に改称された大阪難波駅(旧・近鉄難波駅)と大阪上本町駅(旧・上本町駅)がある。
  • かつては車内放送で乗り換え案内が行われていなかったが、2004年3月のダイヤ変更に合わせて、駅名の後に「地下鉄線・JR線・阪堺電車」への乗り換え案内が行われるようになった。
  • 2007年11月28日近畿日本鉄道は、鉄道向け自動改札システムの開発・実用化に関して、電気電子学会(IEEE)より、「IEEEマイルストーン」に認定され、同システムを共同で研究・開発してきた、大阪大学オムロン阪急電鉄と共に受賞したと発表した。前述の歴史欄にも示したように、かつて自動改札機の試験導入が行われた、同駅の地上西口改札には、受賞記念の銘板が設置されている。
  • 16600系特急用車両における到着時・発車前の車内放送チャイムは、フリッツ・クライスラーの「愛の喜び」。

[編集] 隣の駅

近畿日本鉄道
南大阪線
急行・区間急行
大阪阿部野橋駅 - 古市駅
準急
大阪阿部野橋駅 - 河内松原駅
普通
大阪阿部野橋駅 - 河堀口駅

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 但し、距離的には天王寺駅より一駅隣の阿倍野駅が近い(約200m)。
  2. ^ 例えば、大阪市統計書と近鉄の自主調査で順位が異なっていることがある。
  3. ^ 近鉄の自主調査
  4. ^ 駅別乗降人員 近鉄南大阪線 - 近畿日本鉄道

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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