針中野駅

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針中野駅
針中野駅の高架下西側(2007年2月17日撮影)
針中野駅の高架下西側(2007年2月17日撮影)
はりなかの - HARINAKANO
今川 (1.1km)
(1.3km) 矢田
所在地 大阪市東住吉区駒川五丁目24-8
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
所属路線 南大阪線
キロ程 3.8km(大阪阿部野橋起点)
電報略号 ハリナ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
9,856人/日
-2010年-
開業年月日 1923年大正12年)4月13日

針中野駅(はりなかのえき)は、大阪府大阪市東住吉区駒川五丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)南大阪線。同区のほぼ中心に位置する。

駅構造[編集]

  • 相対式2面2線ホームを持つ高架駅でホーム有効長は6両である。
  • 改札・コンコースは2階、ホームは3階にあり、改札口は1ヶ所のみである。
  • 地上~改札口(2階)、改札口(2階)~ホーム(3階)はエレベータ・上りエスカレータが完備されている。
  • 定期券・特急券は自動券売機で購入することができる。
  • 区内の近鉄の駅では唯一売店がある。

のりば[編集]

1 南大阪線(下り) 藤井寺古市橿原神宮前吉野河内長野御所方面
2 南大阪線(上り) 大阪阿部野橋行き
  • 構内案内表記は上記のようになっているが、御所方面へ直通する列車はないため最低でも1回は乗り換えを行わなければならない。

利用状況[編集]

2012年11月13日の1日乗降人員9,373人である[1]

昭和30年代、当駅は近鉄全駅の乗降人員でベスト10に入っており、さらに近鉄南大阪線では、阿部野橋駅に次ぐ乗降客数を誇っていた。その後1980年(昭和55年)の10 - 11月頃には、当駅の1日乗降人員が34,000人ほどあり、沿線では大阪阿部野橋、藤井寺、河内松原に次ぐ乗降客数であり、又夕方のラッシュ時には、最高5分間隔で普通電車が運行されていた。しかし、1980年(昭和55年)11月27日大阪市営地下鉄谷町線天王寺駅-八尾南駅間が開業、乗降人員の多くが近くの駒川中野駅に流れ、激減した。

近年の特定日における1日乗降・乗車人員は下表のとおりである。

年度 調査日 乗降人員 乗車人員 出典
2000年(平成12年) 14,300 7,065 [2]
2001年(平成13年) - - -
2002年(平成14年) - - -
2003年(平成15年) 12,551 6,244 [3]
2004年(平成16年) - - -
2005年(平成17年) 11月08日 11,419 5,680 [4]
2006年(平成18年) - - -
2007年(平成19年) - - -
2008年(平成20年) 11月18日 10,723 5,251 [5]
2009年(平成21年) - - -
2010年(平成22年) 11月09日 9,856 4,844 [6]
2011年(平成23年) - - -
2012年(平成24年) 11月13日 9,373 4,617 [7]

駅周辺[編集]

商業施設[編集]

学校[編集]

銀行[編集]

鉄道駅[編集]

徒歩で10分くらいの距離がある。

なお、廃止された南海平野線中野停留場も本駅の近くに所在していた。

その他[編集]

路線バス[編集]

大阪市営バス針中野駅停留所があり、以下の赤バス路線が走っていた。2013年3月31日をもって廃止された。

  • 東住吉北ループ: 中野中学校前方面
  • 東住吉南ループ: 東住吉区役所・駒川方面、鷹合4丁目・住道矢田方面

歴史[編集]

駅名の由来[編集]

大正時代に鍼灸師の中野家41代目が、大阪鉄道の開通に尽力し、そのお礼として1923年の開通時に鍼灸院の最寄り駅の名前を「針中野」にしたといわれている。現在も駅名は「針中野」のままで、地名としても残っている[8]。なお、当駅東側の針中野2丁目には「はりみち」「でんしゃのりば」と書かれた石の道標が存在し、「はりみち」はこの鍼灸院への道筋を示している。一方、この道標の完成した日は当駅開業前の大正3年(1913年)4月であるため「でんしゃのりば」は当駅ではなく、当駅が開業する前から営業されていた南海平野線の中野停留場を示していたとされる。南海平野線#廃止後の状況・廃止後も残る平野線の面影なども参照。

隣の駅[編集]

近畿日本鉄道
南大阪線
急行・区間急行・準急
通過
普通
今川駅 - 針中野駅 - 矢田駅

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]