川西能勢口駅

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川西能勢口駅*
駅舎
駅舎
かわにし のせぐち - Kawanishi-noseguchi
所在地 兵庫県川西市栄町
駅番号 HK-50(阪急)
NS01(能勢)
所属事業者 阪急電鉄
能勢電鉄
駅構造 高架駅
ホーム 3面5線
乗降人員
-統計年度-
(阪急電鉄)46,882人/日**
(能勢電鉄)47,435人/日
-2011年-
開業年月日 1913年(大正2年)4月8日
乗入路線 2 路線
所属路線 阪急宝塚本線
キロ程 17.2km(梅田起点)
HK-49 池田 (1.3km)
(1.0km) 雲雀丘花屋敷 HK-51
所属路線 能勢電鉄妙見線
キロ程 0.0km(川西能勢口起点)
(1.2km) 絹延橋 NS02►
乗換 川西池田駅
福知山線(JR宝塚線)
備考 共同使用駅(管理は阪急)
* 1965年に能勢口駅から改称
** 能勢電鉄との連絡人員は含まず
宝塚本線ホーム
能勢電鉄ホーム

川西能勢口駅(かわにしのせぐちえき)は、兵庫県川西市にある阪急電鉄能勢電鉄である。両者による共同使用駅となっている。

川西市の代表駅である[要出典]

利用可能な鉄道路線[編集]

阪急と能勢は全ての営業列車が停車する。

駅構造[編集]

島式1面2線櫛形2面3線、合計3面5線のホームを有する高架駅

改札口(東西に2か所)とコンコースは2階、ホームは3階にある。改札内には、ブックファーストの1号店がある。

のりば[編集]

阪急は島式ホームとその対面にある1 - 3号線、能勢は櫛形ホームのうち北側の4・5号線を使用する。

ただし、阪急・能勢間を直通する特急「日生エクスプレス」は阪急用の3号線を通る(詳しくは後述)。

1 宝塚本線(下り) 宝塚神戸西宮北口仁川今津方面
2 宝塚本線(上り) 大阪(梅田)十三箕面京都北千里方面 (平日朝ラッシュ時のみ使用)
3 宝塚本線(上り) 大阪(梅田)・十三・箕面・京都・北千里方面 (通常はこのホームから)
能勢電鉄妙見線 日生中央方面 (日生エクスプレス)
4 能勢電鉄妙見線 日生中央・妙見口方面 (普通)
5 能勢電鉄妙見線 日生中央・妙見口方面 (ラッシュ時の一部普通)

備考

  • 有効長について
    • 阪急用の3線は10両編成分、能勢用の2線は8両編成分[1]。ただし4号線は高架化後しばらくして、対面の5号線とをつなぐ通路が設けられたため、6両分程度に短縮された。
  • 配線について
    • 阪急の上り用ホームは2線あり、配線上は2号線が本線、3号線が待避線となっている。ただし、能勢の当駅止まりの列車との乗り換えをしやすくするため、原則として3号線を使用する。
    • 2号線は、朝ラッシュ時の特急「日生エクスプレス」及びその回送車が3号線でスイッチバックする(後述)際の待避や、日生エクスプレス増結(後述)用の回送車が3号線を塞いでいる場合に使用される。当駅始発の梅田行き通勤急行(車両は梅田方から回送)も特急待避のため2号線発車である。また、平井車庫からの回送列車は2号線を通過する。なお、この2線からは逆方向の宝塚方に出発することも可能である[2]
    • 能勢の列車は基本的に4号線を使用するが、朝夕ラッシュ時は5号線ホームも使用されるほか、それ以外の時間帯にも当駅止まりの列車が左右両側のドアを開き、5号線を降車用として使われている。
  • 日生エクスプレスについて
    • 阪急と能勢の間で直通運転を行っている日生エクスプレスは、上り下り問わず3号線でスイッチバックを行って進行方向を変える。
    • 朝ラッシュ時の上り(梅田行き)は当駅で梅田方に2両を増結する。増結用の2両は、あらかじめ平井車庫から当駅3号線を経て、梅田方にある留置線に送り込まれる。また、夕ラッシュ時に下り(日生中央行き)で運用された編成は、一部を除き日生中央に到着後当駅まで回送され、当駅始発の普通梅田行きとなる。
    • 日生エクスプレスが停車する3号線に限り、乗車位置の案内表示が掲出されている。これは、日生エクスプレスが他の列車よりも1メートルほど梅田寄りにずれた位置に停車するため。それに合わせて、日生エクスプレスを含む梅田方面から入線する列車は停止位置目標自体がずらされている。
    • また、この3号線では日生エクスプレスの下り(日生中央行き)など本来とは逆方向から列車が入線する場合、駅自動放送では列車が入線する方向も案内される[3]

配線図[編集]

川西能勢口駅 構内配線略図

宝塚線 石橋
十三梅田方面
川西能勢口駅 構内配線略図
宝塚線 宝塚方面
妙見線 日生中央妙見口方面
凡例
出典:川島令三、『東海道ライン 全線・全駅・全配線 第7巻 大阪エリア - 神戸駅』、
ISBN 978-479420498-1、21p、 講談社、2009年



利用状況[編集]

  • 阪急電鉄 - 2012年の平日1日平均乗降人員47,025人(乗車人員:22,592人、降車人員:24,433人)である[4]
    能勢電鉄との連絡人員を含まない。
  • 能勢電鉄 - 2012年の1日平均乗降人員は47,318人[5]である。
    阪急電鉄との連絡人員を含む。

当駅以北の川西市内や川辺郡猪名川町ニュータウン群(萩原台・錦松台・南野坂・湯山台・鶯台・けやき坂・清和台・つつじが丘・猪名川パークタウン阪急日生ニュータウン・大和団地・多田グリーンハイツなど)の住民にとっては、大阪市内方面への玄関口の一つとなっている。

近年の1日平均乗降・乗車人員の推移は下記の通り。

年次別1日平均乗降・乗車人員推移[6]
年次 阪急電鉄 能勢電鉄
平日限定
乗降人員
平日限定
乗車人員
乗降人員 乗車人員
2000年(平成12年) 45,536 22,827 61,197 29,715
2001年(平成13年) 44,950 22,533 59,947 29,173
2002年(平成14年) 51,663 24,652 54,834 26,588
2003年(平成15年) 51,593 24,492 54,707 26,673
2004年(平成16年) 50,900 24,156 53,510 26,036
2005年(平成17年) 49,874 23,714 53,246 25,940
2006年(平成18年) 50,851 24,171 53,120 25,669
2007年(平成19年) 50,402 23,943 52,691 25,484
2008年(平成20年) 49,977 23,829 52,274 25,445
2009年(平成21年) 47,258 23,042 50,500 24,785
2010年(平成22年) 47,741 22,914 47,474 23,155
2011年(平成23年) 46,882 22,542 47,435 23,203
2012年(平成24年) 47,025 22,592 47,318 23,150

駅周辺[編集]

駅の高架下の、スーパーや飲食店・専門店などが入居する商業施設は『ベルフローラかわにし』と名付けられており、道路を挟んで「EAST」と「WEST」に分かれる。また、屋上の一部は駐車場となっている。

駅の北側・南側共に市街地再開発事業が完了しており、駅前にはロータリーやペデストリアンデッキが整備され、再開発ビルやマンションが立ち並ぶ。

以下の金融機関のうち、特記しないものは「川西支店」である。

バス路線[編集]

阪急バスが乗り入れており、駅前にロータリー状の「川西バスターミナル」、駅の東を南北に通る兵庫県道12号川西篠山線沿いにも「パルティ川西前」停留所がある。

川西バスターミナル

  • 1番のりば(杉生線
    5系統 松が丘・萩原台・萩原方面行(循環。平日朝のみ運行)
    15系統 松が丘・萩原台・八皇子神社前・丸の内町方面行(循環)
    5系統 萩原台止(松が丘経由)
  • 2番のりば(杉生線・けやき坂線満願寺線
    12系統 日生中央行(丸の内町・矢問・多田神社前・清和台・広根・紫合経由)
    12系統 紫合止(丸の内町・矢問・多田神社前・清和台・広根経由)
    12系統 清和台営業所前止(丸の内町・矢問・多田神社前経由)
    13系統 けやき坂循環・けやき坂五丁目行(丸の内町・矢問・多田神社前経由)
    30系統 西多田一丁目・鴬台・萩原台方面行(循環)(丸の内町・矢問経由)
    150系統 愛宕原ゴルフ場行(雲雀丘花屋敷駅前満願寺経由)
    宝塚大学専用直行バス(時刻表
  • 3番のりば(杉生線・けやき坂線)
    4系統 南野坂・湯山台・明峰小学校前方面行(循環)(萩原台・錦松台経由)
    10系統 川西明峰高校前南野坂二丁目 行(パルティ川西前から萩原台まで無停車[7]
    3系統 けやき坂循環・けやき坂五丁目行(萩原台・鴬台・けやき坂二丁目経由)
    3系統 清和台営業所前行(萩原台・鴬台・けやき坂二丁目・けやき坂循環・けやき坂五丁目経由)
    33系統 けやき坂循環・けやき坂二丁目行(萩原台・鴬台・けやき坂五丁目経由)
    43系統 けやき坂循環・けやき坂五丁目行(萩原台・錦松台・南野坂・湯山台・けやき坂二丁目経由)
  • 4番のりば(杉生線・猪名川パークタウン線つつじが丘線
    1系統 清和台営業所前行(萩原台・鴬台経由)
    1系統 [特急]清和台営業所前行(パルティ川西前から清和台南まで無停車)
    2系統 紫合行(萩原台・鴬台・清和台・広根経由)
    9系統 日生中央行(萩原台・鴬台・清和台・つつじが丘一丁目・つつじが丘五丁目・つつじが丘・銀山口・大原公園前・紫合経由)
    9系統 パークタウン中央止(萩原台・鴬台・清和台・つつじが丘一丁目・つつじが丘五丁目・つつじが丘・銀山口・大原公園前経由)
    9系統 つつじが丘二丁目止(萩原台・鴬台・清和台・つつじが丘一丁目経由)
    9系統 つつじが丘五丁目止(萩原台・鴬台・清和台・つつじが丘一丁目経由)
    深夜バス パークタウン中央行(萩原台・鴬台・清和台・つつじが丘・パークプラザ前・白金三丁目経由)
    深夜バス 清和台営業所前 行(萩原台・鴬台経由)
  • 5番のりば(猪名川パークタウン線)
    6系統 日生中央行(萩原台・鴬台・清和台・つつじが丘・パークプラザ前・白金三丁目・紫合経由)
    6系統 パークタウン中央止(萩原台・鴬台・清和台・つつじが丘・パークプラザ前・白金三丁目経由)
    6系統 [急行]日生中央行(西多田-石道口間では清和台中央のみ停車、萩原台・鴬台・つつじが丘・パークプラザ前・白金三丁目・紫合経由)
    7系統 日生中央行(萩原台・鴬台・清和台・つつじが丘・パークプラザ前・大原公園前・紫合経由)
    8系統 日生中央行(萩原台・鴬台・清和台・つつじが丘・銀山口・白金三丁目・紫合経由)
  • 6番のりば(桃源台線
    62系統 阪急伊丹行(上加茂・総監部前・伊丹坂経由)
    64系統 JR伊丹行(上加茂・総監部前・伊丹坂・阪急伊丹経由)
    64系統 JR川西池田
    61系統 北村行(上加茂・総監部前経由)
  • 7番のりば(尼崎線
    56系統 阪神尼崎行(久代口・北村・伊丹中央・つかしん前・尾浜経由)
    56系統 伊丹営業所前止(久代口・北村・伊丹中央経由)

パルティ川西前

  • 北行きのりば
    • 川西バスターミナルの1番から5番のりばより発車したバスが停車(宝塚大学専用直行バスを除く)
  • 南行きのりば(阪急ベルフローラかわにし前)
    • 1・3・4・6・22・150系統 JR川西池田行
      • 上記の系統はいずれも川西バスターミナルを経由しないため、ここが当駅への最寄り停留所となる。

歴史[編集]

当駅は宝塚線の開業時から設置されていた駅ではなく、その駅名の示す通り1913年に能勢電気軌道(現在の能勢電鉄)との連絡を目的として設置された駅である。当初は能勢口駅を名乗ったが、市名を駅名に入れることを川西市が要望したため、1965年に現在の駅名となった[8]。なお、能勢電側の駅は一時的に川西駅を名乗ったこともある。

当駅は開業時から長らく地上駅であったが、利用者の増加に伴い駅の改良に迫られるようになった。さらに、駅東側で県道川西篠山線を横切る踏切があったが、ニュータウン開発により交通量が増加した上に、2つの路線に踏切があったため慢性的に渋滞が発生するようになった[9]。このため当駅付近の連続立体交差化事業が持ち上がり、当初の計画より3年遅れた1996年に当駅の高架化が竣工した。以下、地上にあった旧駅について詳説する。

地上駅時代[編集]

高架化以前は、阪急の駅と能勢電鉄の駅は並列していたものの、改札はそれぞれ分離されていた。両駅に跨がるホーム上には、1980年にラッシュ時の改札口混雑緩和対策として連絡改札が設置された。この連絡改札は、阪急の下り線が高架化された段階で廃止され、両者の間で改札を経ずに乗り換えることが可能になった。

阪急電鉄
有効長8両編成分の相対式ホームを有していた。10両編成での運転が開始されてからは、大阪側の2両がドアカットされ、該当する各ドアの位置にあたる軌道脇に、車内から見えるようにドアが開かない旨を知らせる看板が立てられていた。
東西に改札があり、東側は地下に、西側は上りホームの先端に改札があった。西側の改札から入って下りホームへ行く場合には、改札横にあった地下道(東改札口の地下道とは別)を通るようになっていた。東側の地下改札は、庄内駅の地下改札と酷似している。ただし、売店は庄内駅とは異なり地下にあった。東改札から階段で上がった宝塚行きホーム左側と、当時あったジャスコのはす向かいとの間に、改札内外両方から利用できた「阪急そば」が営業していた。
能勢電鉄
開業時は阪急の駅に対しほぼ垂直にホームが設置されていたが、池田駅前(後の川西国鉄前駅)まで路線が延長された際に、阪急の駅に対して平行なレイアウトとなった[10]。長らくホーム1面1線に側線1本という構造だったが、妙見線の複線化に伴い駅の改良が行われ、有効長4両編成(610系以前については5両)のホーム2面2線となった[10](阪急ホームに近い南側から2号線・1号線で、日中は2号線のみ使用)。
駅前再開発により廃止されるまで、妙見線は川西国鉄前駅まで線路が延びていたが、この区間は1960年頃から当駅 - 川西国鉄前駅間の1駅の間だけを列車が往復する盲腸線となっていた。川西国鉄前行きの列車は1番線の西端から発車し、列車が運行されない時間帯も車両は当駅に留置されていた[11]
駅のすぐ東側が急カーブとなっており、1966年に若干緩和されたものの、それでも半径30メートル(制限速度15km/h)と急で、阪急から譲渡された車両はこの急カーブを通過するために連結器を改造する必要があった。駅移転をともなう高架化の結果、このカーブ半径は大幅に緩和され、連結器も阪急との直通運転に備えて再度改造し阪急と統一した。
改札は長らく東側改札のみで、この改札の建物は能勢電鉄の本社社屋も兼ねていた。既に阪急の高架化が進められていた1990年ごろに、川西国鉄前への廃線跡を使って西改札口が設置されたが、1993年6月26日には高架橋用地確保のため、先に高架化されていた阪急の高架下に移転している。

年表[編集]

  • 1913年大正2年)
  • 1917年(大正6年)8月7日 - 能勢電気軌道の池田駅前駅(のちの川西国鉄前駅) - 能勢口駅間が開業。
  • 1938年昭和13年)1月31日 - 能勢電気軌道の駅舎を改築[10]
  • 1965年(昭和40年)
    • 4月1日 - 能勢電気軌道の駅を川西駅に改称。
    • 7月1日 - 京阪神急行能勢口駅・能勢電気軌道川西駅を川西能勢口駅と改称。
  • 1966年(昭和41年)4月20日 - 妙見線川西能勢口駅 - 鶯の森駅間複線化に備え駅改良。
  • 1980年(昭和55年)
    • 3月1日 - 阪急駅・能勢電駅間の連絡改札が設置される。
    • 6月30日 - 阪急駅の改築工事が竣工する[12]
  • 1981年(昭和56年)12月20日 - 能勢電鉄の川西国鉄前駅 - 当駅間が廃止。
  • 1990年平成2年)12月15日 - 阪急下り線を高架駅に切り替え。高架駅2階コンコースと地上ホームをつなぐ仮設連絡橋の供用開始。この仮設連絡橋は、能勢電鉄高架橋用地確保のため、1993年春に廃止。
  • 1992年(平成4年)12月20日 - 阪急上り線を高架駅に切り替え。高架駅2階コンコースと能勢電地上ホームとをつなぐ仮設通路の供用開始。10両編成列車のドアカット解消。
  • 1993年(平成5年)9月11日 - 能勢電高架橋用地確保のため、能勢電地上ホーム2号線を移設(阪急地上上りホーム跡地も一部活用した)。同様に、同年12月には1号線も移設。
  • 1995年(平成7年)6月4日 - 阪急宝塚本線に特急が新設され、停車駅となる。
  • 1996年(平成8年)3月24日 - 能勢電を高架駅に切り替え。この日をもって正式な高架駅舎供用開始とし、西方へ180m移転したことが運賃に反映された。この時点では、能勢電高架線と現3号線との接続は未完成。また、阪急の駅と能勢電の駅が一体化され、能勢電鉄が自社の川西能勢口駅業務を阪急電鉄に委託。さらに、池田駅にあった管区統括が川西能勢口駅に移転。
    • この時点では、東改札口は高架上に移転していたが阪急と能勢電で別々に設置され、両者は改札内ではつながっていなかった。加えて3号線は未完成で、阪急の上り列車はすべて2号線に停車していた。このため、能勢電と阪急の乗り換え客用に西改札口の西側に仮設の連絡階段が設置され、西改札口が過剰混雑するのを回避していた。
  • 1997年(平成9年)11月16日 - 能勢電・阪急の両社線と接続する3号線が完成、特急「日生エクスプレス」の運行を開始するとともに同列車の停車駅となる(曜日の関連で実際の運行は11月17日から)。東改札口が完成(高架化後、阪急・能勢電で別々に設置されていた東改札口を統合)。能勢電の定期券うりばで阪急定期券の発売を開始。
  • 2006年(平成18年)6月1日 - 定期券うりばをサービスセンター内に移転するとともに、定期券うりばの設置者が能勢電から阪急に変更される。
  • 2010年(平成22年)7月22日 - 能勢電鉄ホーム(4号線・5号線)の発車メロディが川西市のキャラクター「きんたくんのテーマソング」に変更。このメロディの後に続いて発車ベルも流れている。
  • 2013年(平成25年)12月21日 - 駅ナンバリングが導入される。阪急はHK-50、能勢電鉄はNS-01

その他[編集]

  • 第3回近畿の駅百選に選定された。
  • 阪急電鉄では「川西」と略される一方、能勢電鉄では「川能」と略される。また地元の人々の間では「能勢口」とも呼ばれている[要出典]
  • 能勢・阪急間の連絡乗車券や定期券では、「川西のせ口」(もしくは「のせ口」)と平仮名を含む表記がなされる。
  • 能勢の行先表示器では「川」と「能」の文字のみ比較的大きな文字で表示されている(黒字に白色で、西勢口という風に表示される)。なお、かつての阪急の駅名標でもこのような表記だった時期もある(漢字をメインに角ゴシックの横書き表記を採用していた時期)。

隣の駅[編集]

阪急電鉄
宝塚本線
特急「日生エクスプレス」
池田駅 (HK-49) - 川西能勢口駅 (HK-50) - 平野駅(能勢電鉄妙見線)
通勤急行・急行・準急・普通(準急は梅田行きのみ運転)
池田駅 (HK-49) - 川西能勢口駅 (HK-50) - 雲雀丘花屋敷駅 (HK-51)
1962年5月1日まで、宝塚方の隣の駅は花屋敷駅であった。
能勢電鉄
妙見線
特急「日生エクスプレス」
池田駅(阪急電鉄宝塚本線) - 川西能勢口駅 (NS01) - 平野駅 (NS07)
日生急行・妙見急行(到着列車のみ)
川西能勢口駅 (NS01) ← 平野駅 (NS07)
普通
川西能勢口駅 (NS01) - 絹延橋駅 (NS02)

かつて存在した路線[編集]

能勢電鉄
妙見線(廃止区間)
川西国鉄前駅 - 川西能勢口駅

脚注[編集]

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  1. ^ 阪急阪神ホールディングス株式会社編『100年のあゆみ 部門史』、2008年、62頁
  2. ^ 電気車研究会編『鉄道ピクトリアル』2010年8月臨時増刊号、2010年、209頁。
  3. ^ 例 - 梅田発日生中央行きの特急の場合「皆様、まもなく大阪梅田方面から3号線に電車が到着します。」
  4. ^ 阪急電鉄 鉄道情報ホームページ 駅別乗降人員(上位50位)
  5. ^ 川西市 統計要覧 平成23年度版 5-4. 能勢電鉄市内各駅の1日の乗降客数
  6. ^ 川西市統計要覧
  7. ^ 川西明峰高校・宝塚医療大学のいずれも休校の日は運休。
  8. ^ 川西市史編集専門委員会編 『かわにし 川西市史第三巻』、1980年、560・561頁。
  9. ^ 能勢電鉄株式会社編 『能勢電鉄100年史』、2008年、62頁。
  10. ^ a b c 能勢電気軌道株式会社編 『風雪60年』、1970年、139 - 141頁。
  11. ^ 寺田裕一『私鉄の廃線跡を歩くIII 北陸・上越・近畿編』、JTBパブリッシング、2008年、102頁。ISBN 978-4-533-07145-4
  12. ^ 阪急電鉄株式会社編 『75年のあゆみ<記述編>』、1982年、260頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]