川西池田駅

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川西池田駅*
駅舎
駅舎
かわにしいけだ - Kawanishi-Ikeda
北伊丹 (3.1km)
(3.5km) 中山寺
所在地 兵庫県川西市栄根二丁目6-26
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線   G   福知山線(JR宝塚線)
キロ程 11.0km(尼崎起点)
大阪から18.7km
電報略号 イケ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
19,619人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1893年(明治26年)12月12日
乗換 川西能勢口駅阪急電鉄能勢電鉄
備考 直営駅
みどりの窓口
* 1951年に池田駅から改称。
ホーム
北口のロータリー

川西池田駅(かわにしいけだえき)は、兵庫県川西市栄根二丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)福知山線である。

「JR宝塚線」の愛称区間に含まれる直営駅宝塚駅の被管理駅)。ICOCAが利用可能(相互利用ICカードはICOCAの項を参照)。

駅構造[編集]

島式2面4線のホームを持つ地上駅で、橋上駅舎を有する。進行方向ごとに列車の待避が可能である。

本線は内側の2番のりばと3番のりばで、運転手の取り扱い上はそれぞれ「下り本線」と「上り本線」と呼ばれる。待避線の1・4番のりばは有効長がさらに長く造られている。

駅舎内には1階に旧小荷物取扱所を改装した託児所の『JR川西池田キッズルーム』、2階にコンビニハートイン』がある。

川西池田駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1・2   G   JR宝塚線 下り 宝塚三田方面
3・4   G   JR宝塚線 上り 尼崎大阪北新地方面
  • 上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で表記している。

ダイヤ[編集]

特急列車は通過するが、その他の営業列車は停車する。

日中時間帯の停車本数は1時間あたり8本で、快速(「丹波路快速」を含む)と普通列車がそれぞれ4本ずつ停車する。

ほとんどの時間帯に快速と普通の緩急接続が行われる。大阪方面については、朝晩に東西線に直通する快速も停車するほか、朝ラッシュ時は本数が非常に多い。

待避を行う普通列車の中には長時間(1・4番のりばで7分ほど)停車するものもあるため、夏季や冬季、2013年からは通年において車内の室温維持(節電)のためにドアが半自動扱いとなり、停車中は乗客がドア付近のボタンを押して開閉を操作する。

利用状況[編集]

兵庫県統計書[1]によると、近年の1日平均乗車人員は以下の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
1995年 11,780
1996年 12,718
1997年 16,707
1998年 18,041
1999年 18,728
2000年 19,066
2001年 19,032
2002年 19,206
2003年 19,753
2004年 20,177
2005年 18,359
2006年 20,060
2007年 20,373
2008年 20,555
2009年 20,195
2010年 19,867
2011年 19,619

駅周辺[編集]

約550m、徒歩約6分。屋根の付いたペデストリアンデッキ駅ビルを介して連絡している。
なお、1981年までは駅に隣接して能勢電鉄の川西国鉄前駅があった。

バス[編集]

阪急バスJR川西池田停留所)

  • 1番のりば杉生線けやき坂線
    • 1系統 清和台営業所前 行(川西バスターミナル・萩原台・鴬台・けやき坂口経由)
    • 3系統 けやき坂五丁目・清和台営業所前 行(川西バスターミナル・萩原台・鴬台・けやき坂二丁目経由)
    • 4系統 南野坂・湯山台 循環(川西バスターミナル・萩原台経由)
    • 6系統 パークタウン中央・日生中央 行(川西バスターミナル・萩原台・鴬台・けやき坂口・清和台・パークプラザ・白金三丁目経由)
    • 12系統 日生中央 行(川西バスターミナル・丸の内町・多田神社前・清和台・広根経由)

歴史[編集]

初代の駅は摂津鉄道の終点として開業した。当時の位置は現在とは異なり、猪名川を渡る呉服橋近く(当時の地名で小花村字大畑)に駅があった。このため駅名は「川西」を名乗らず、猪名川の対岸で栄えていた「池田」とされた。その後、阪鶴鉄道の駅となり、宝塚方面に延長するにあたって駅を移転。この時移転された駅の位置は、現在より西寄りの場所で、国道176号線の寺畑1丁目信号の前あたりにあり、一度仮停車場への移転を経て本停車場に移転している[2]

1925年に川西が町制を敷いて以降、所在地に合わせて駅名を改称する機運が高まり、数度に渡り駅名の改称を請願したが受理されなかった。川西の町制25周年にあたる1950年前後に運動は盛んになり、国鉄などに陳情が行われたが、池田市もそれに反対する陳情を行ったため、間を取って「川西池田」となった[3]

非電化当時の構内は、駅の北東部に貨物取り扱い施設と機関支区が設置され、広い敷地を有していた。また、阪鶴鉄道時代には駅前の丘に阪鶴鉄道本社があった[2]。乗客は箕面有馬電気鉄道(現在の阪急電鉄)の開業に伴って漸減し、福知山線の電化・複線化まで川西能勢口駅の一人勝ち状態が続いていた。

福知山線の電化・複線化にあたり、当駅を両方向で待避可能な駅に改造し、駅前にロータリーを作るため、元貨物ヤードがあった現在の位置に3度目の移転をした。移転後の旧駅の遺構として駅前広場が90年代初めまで形を残していたが、線路を跨ぐ道路の敷地になり姿を消した。

年表[編集]

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
  G   JR宝塚線(福知山線)
丹波路快速・快速
伊丹駅 - 川西池田駅 - 中山寺駅
普通
北伊丹駅 - 川西池田駅 - 中山寺駅

脚注[編集]

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  1. ^ 兵庫県統計書
  2. ^ a b c d e 川西市史編集専門委員会編 『かわにし 川西市史第三巻』、1980年、196 - 203頁
  3. ^ 川西市史編集専門委員会編 『かわにし 川西市史第三巻』、1980年、416, 417頁

関連項目[編集]

1903年(明治36年)に阪鶴鉄道から構内営業の許可を受け当駅で駅弁を売り出したのが、駅弁業者としての「淡路屋」の発祥(それ以前は大阪曽根崎新地で料亭「淡宇」を営んでいた)。のちに生瀬駅に移転し、戦後、神戸駅に移転して現在に至る。

外部リンク[編集]