塚口駅 (JR西日本)

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塚口駅
駅舎
駅舎
つかぐち - Tsukaguchi
尼崎 (2.5km)
(1.4km) 猪名寺
所在地 兵庫県尼崎市東塚口町一丁目9-1
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 福知山線(JR宝塚線)
キロ程 2.5km(尼崎起点)
大阪から10.2km
電報略号 ツカ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
8,859人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1894年明治27年)3月6日
備考 直営駅
みどりの窓口
塚口駅
つかぐち - Tsukaguchi
所在地 兵庫県尼崎市東塚口町一丁目9-1
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 福知山線(尼崎港線)
キロ程 0.0km(当駅起点)
電報略号 ツカ
駅構造 地上駅
開業年月日 1894年明治27年)3月6日
廃止年月日 1984年昭和59年)2月1日
ホーム

塚口駅(つかぐちえき)は、兵庫県尼崎市東塚口町一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)福知山線である。

アーバンネットワークおよび「JR宝塚線」の愛称区間に含まれている。かつては、福知山線の支線に当たる尼崎港線の起点でもあった。

駅構造[編集]

島式と単式の複合型2面3線のホームを持つ地上駅で、橋上駅舎を有している。ホーム間の移動には跨線橋を使う。

単式ホームの屋根は島式ホーム分ほどの大きさで、ホームの外側にも張り出している(掲載写真を参照)。

3番線の外側や尼崎駅方の本線脇(共に東側)には数本の留置線があり、前者は尼崎駅発着の列車(夜間以外にも設定)など、後者は保線用車両の留置に使われている。

直営駅(尼崎駅の被管理駅)で、ICOCA(および相互利用対象のICカード)が利用できる。

塚口駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先 備考
1 JR宝塚線 下り 宝塚三田方面 土休日の初発のみ2番のりば
2・3 JR宝塚線 上り 尼崎大阪北新地方面 2番のりばは当駅始発・待避用

上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で記載している。

1番のりばが単式ホーム、2・3番のりばが島式ホーム。本線は下りが1番のりば、上りが3番のりばである。中線である2番のりばは折り返しのほか、大阪方面行きの普通が入線し、快速や特急の通過待ちを行うことがある。

JR東西線の開通前、上り線は2番線が本線、3番線が待避線として使用されていた(現行の逆)[注記 1]。また、尼崎港線の旅客扱いが行われていた頃は、3番線が起終点となっていた。

ダイヤ[編集]

日中は1時間あたり8本で、JR京都線に直通する普通とJR東西線に直通する快速(当駅折り返し)がそれぞれ4本ずつ発車する。朝のラッシュ時はさらに本数が多く設定されている。

快速は東西線経由で当駅を始発・終着とするもののみが停車し、その他は全て通過する。これらは、2011年3月12日のダイヤ改正で、昼間宝塚駅まで運転していたものを当駅折り返しに変更したものである。(一部の列車は折り返さず、当駅の留置線に入る)[注記 2][出典 1]。このような「快速始発駅」には、他に大和路線柏原駅がある。

利用状況[編集]

兵庫県統計書[出典 2]によると、近年の1日平均乗車人員は以下の通り。当駅周辺の道路が広くなったことに加え、JR東西線の開通などにより利用者が以前より増えている。

年度 一日平均
乗車人員
1995年 6,631
1996年 6,435
1997年 7,196
1998年 7,595
1999年 7,897
2000年 8,100
2001年 8,183
2002年 7,994
2003年 7,960
2004年 8,084
2005年 7,532
2006年 8,224
2007年 8,449
2008年 8,673
2009年 8,705
2010年 8,859

駅周辺[編集]

住宅街が広がる。留置線のすぐ脇には森永製菓の塚口工場があり、ホームに甘い香りを漂わせることもあったが、2013年6月に閉鎖された[出典 3]

南側で交差する県道は2000年代立体交差化され、併せて県道の東側にロータリーが整備された。

なお、阪急神戸本線塚口駅とは直線距離で800mほど離れているが、神戸本線は当駅の北側で立体交差(オーバーパス)している。

バス路線[編集]

駅南東の県道沿いにあるロータリーに、尼崎市営バスが乗り入れている。

また、駅の東側にはタクシー乗り場がある。

  • 3番標柱
    • 12番 阪神杭瀬 行(若王寺・近松公園・JR尼崎(北)・常光寺経由)
    • 21番 阪急園田 行(若王寺・園田支所・競馬場経由)
    • 21-2番 戸ノ内 行(若王寺・園田支所・競馬場・阪急園田経由)
  • 4番標柱

歴史[編集]

当駅が所属する福知山線は、長年にわたって単線非電化という低規格の路線であったため、ターミナル駅である大阪駅からさほど離れていない[注記 3]割りに利便性は劣っていた。改札も、列車の到着時刻が近付くまで行われないローカル線方式だった。

しかし1981年の複線電化を機に、橋上駅舎が整備されるなど近代化が進み、ようやく大都市近郊駅としての機能を果たすようになった。

1984年までは、尼崎港駅へ至る支線(通称・尼崎港線)が当駅 - 尼崎駅間で分岐していた。開業当時はそれが本線とされ、尼崎港方面へ向かう線路が直線的に敷設(現在でも路盤の跡が残っている)されていたのに対し、現在の本線は一旦西にそれて大きく回り込むような線形となっている[注記 4]。この迂回ルート上にあるカーブで、2005年4月25日脱線事故が発生した[注記 5]

東海道本線東京駅 - 大阪駅間で運転されていた長距離特急『つばめ』や『はと』は、大阪駅に到着した後に当駅まで回送された上、当駅で機関車を編成の後端に付け替えた後、宮原操車場へ入り方向転換を行っていた。これは各列車の先頭に展望車があり、展望車側を先頭にする必要があったためである。こういった運用に対応すべく、1956年11月のダイヤ改正を機に尼崎駅 - 当駅間は早々に電化された。その後も1978年10月のダイヤ改正まで、宮原操車場への回送の際の時間調整のため、大阪駅から一部の特急が当駅まで回送されて運行まで待機していた。同改正をもって電気運転は一旦廃止されたものの、電化設備はそのまま残され、1981年の線内電化の際に再利用された[注記 6]

また、かつては貨物取扱を実施しており、駅東側の現在の留置線のあたりに貨物取り扱い線と貨物ホームが設けられ、近隣の森永製菓三菱電機の工場からの貨物を主に取り扱っていた。駅北側には三菱電機への引き込み線があり、蓄電池式の機関車が入れ替えを行っていた。また引き込み線横の側線には、1980年代半ばまで、廃車となっていた国鉄シキ400形貨車が長らく留置されていた。貨物取扱量は多く、駅の北側と南側の両方には信号所が設置されていた。

阪神・淡路大震災が発生した折には、発生翌日から東海道本線の尼崎駅 - 甲子園口駅間が復旧するまでの数日間のみ、大阪方面からの列車の一部が当駅で折り返していた。

年表[編集]

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
JR宝塚線(福知山線)
丹波路快速・快速(下記以外)
通過
快速(JR東西線直通・当駅始発)
尼崎駅 - 塚口駅
普通
尼崎駅 - 塚口駅 - 猪名寺駅

かつて存在した路線[編集]

日本国有鉄道
福知山線支線(尼崎港線)
塚口駅 - 尼崎駅(尼崎臨時乗降場)

脚注[編集]

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注記
  1. ^ 東西線の開通後も、2番線では逆方向の新三田行き普通が特急『北近畿』を退避していたことがあり、改札口には『次の普通新三田行きは2番線から発車する』旨の掲示がなされていた。
  2. ^ 同改正までは、朝のラッシュ時と毎日21時台にのみ設定されていた。なお、尼崎駅構内にある引き上げ線は配線の関係で東西線方面からの折り返しができないため、同改正以前から当駅まで回送されて方向転換していた。
  3. ^ 当駅 - 大阪駅間の営業キロは10.2km、所要駅数は普通列車で3駅(1997年8月31日までは、普通を含む全便が塚本駅を通過していたため、2駅のみ)である。
  4. ^ JR東西線の開業以前は接続線は上りと下りでややルートが異なり、それぞれ東海道本線の列車線(外側線)に接続していた。
  5. ^ なお、列車が突っ込んだ線路脇のマンションは、上り接続線跡と下り接続線(現在の本線)に挟まる位置にある。
  6. ^ 線内電化までは、現在の阪急神戸本線との立体交差部の下まで架線が張られ、以北は非電化であった。
出典
  1. ^ 平成23年春ダイヤ改正について 近畿統括本部のプレスリリースを参照。
  2. ^ 兵庫県統計書
  3. ^ 森永・塚口工場6月で閉鎖 跡地を長谷工に売却へ”. 神戸新聞 (2013年2月6日). 2013年9月4日閲覧。
  4. ^ a b 川辺馬車鉄道乗客貨物運賃収入表 尼崎市史第7巻p698 (1976)
  5. ^ 尼崎市史第3巻p268 (1970)
  6. ^ 「琴陽雑誌」摂津鉄道塚口停車場の開設 尼崎市史第7巻p700 (1976)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]