能勢電鉄妙見の森ケーブル

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Noseden-logo.svg 鋼索線
(妙見の森ケーブル)
妙見ケーブル
妙見ケーブル
能勢電鉄妙見の森ケーブルの路線図
路線総延長 0.6 km
軌間 1435 mm
停車場・施設・接続路線
KBHFa
0.0 黒川駅
STR
SPLa
鋼索線
SPLe
(旧下部線
STR
0.6 ケーブル山上駅
0.0 中間駅
exSTR uKHSTa
ふれあい広場駅
exSPLa uSTR
上部線
exSPLe
妙見の森リフト
exSTR uSTR
exKBHFe uKHSTe
0.8 妙見山駅

妙見の森ケーブル(みょうけんのもりケーブル)は、兵庫県川西市の黒川駅からケーブル山上駅に至る能勢電鉄が運営するケーブルカーである。2013年3月16日に妙見ケーブルから改称した[1]。なお、正式名称は鋼索線であるが、国土交通省監修の『鉄道要覧』に路線名称は記載されていない。

能勢妙見堂のある妙見山への足である。山上へはさらにケーブル山上駅から5分ほど歩いたふれあい広場駅から出ている妙見の森リフトに乗り継ぐ。

1067mm軌間の多い日本のケーブルカーとしては珍しく標準軌を採用している。車両は、1号車に「ほほえみ」、2号車に「ときめき」という愛称がついている。車両はナニワ工機製(アルナ工機を経て現在はアルナ車両)で、1960年の再開業時の車両である。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):0.6km
  • 軌間:1435mm
  • 駅数:2駅(起終点駅含む)
  • 高低差:229m
  • 最急勾配:424
  • 最緩勾配:151‰

運行形態[編集]

通常は20分間隔、多客期は10分間隔の運行である。所要時間は5分。2006年12月から冬期は年始と能勢妙見堂の行事がある2月11日の祝日および「のせでんハイキング」の日を除き、週末も含めて運休するようになった。

歴史[編集]

1919年、東谷村、多田村、川西村(いずれも現在の川西市)の有志8名が妙見山の麓から山上までを結ぶ妙見鋼索鉄道を申請したが、能勢電気軌道(現在の能勢電鉄)も同様の計画を持っていたので、交渉の結果、能勢電軌が妙見鋼索鉄道の資本金の半分を出資することになった。1922年に鋼索線の免許状が下付され、1924年に鋼索線と能勢電軌妙見駅(妙見口駅)を連絡すべく電気鉄道線(軌間1435mm、距離1哩24鎖、建設費15万円)の免許を得た(1937年免許失効)[2]1925年になり完成したケーブルカーは滝谷 - 中間間の下部線と中間 - 妙見山間の上部線からなり、年間約37万人の乗客を運んだが、戦時中に不要不急線として全線の撤去という憂き目に遭うことになる。ちなみに、このとき撤去された上部線の機材は、戦後1956年に開通した伊豆箱根鉄道十国鋼索線に転用され、現在も1925年の製造当時のまま使用されている。

戦後、妙見線の乗客誘致策の一環として能勢電気軌道により下部線が復活され、現在の妙見の森ケーブルとなる(上部線は妙見の森リフトに代替)。しかし、阪急池田駅から山頂に直通する路線バスの存在や、能勢妙見堂への参拝客自体の減少により、妙見の森ケーブル・リフトの乗客は戦前の1/2 - 1/3程度に留まった。

  • 1922年大正11年)
    • 2月18日 - 妙見鋼索鉄道発起人に対し鉄道免許状下付[3]
    • 5月 - 妙見鋼索鉄道株式会社設立。能勢電気軌道も出資[4][5]
  • 1924年(大正13年)
    • 7月18日 - 鉄道延長敷設免許状下付(大阪府豊能郡吉川村-兵庫県川辺郡東谷村間)[6]。自社鋼索線と能勢電気軌道妙見線との連絡。
    • 11月30日 - 工事竣工期限延期許可(1回目)(理由 工事困難ノ為 期限1925年5月31日迄)[7]
  • 1925年(大正14年)
    • 6月16日 - 工事竣工期限延期許可(2回目)(理由 土木工事方法変更申請中ノ為 期限1925年8月31日迄)[8]
    • 8月1日 - 妙見鋼索鉄道 下部線滝谷 - 中間間、上部線中間 - 妙見山間開業[9]
  • 1937年(昭和12年)2月5日 - 鉄道免許失効(大阪府豊能郡吉川村-兵庫県川辺郡東谷村間、指定の期限まで工事施工の認可申請を為さざるため)[10]
  • 1944年昭和19年)2月11日 - 妙見鋼索鉄道 下部線・上部線を不要不急線として廃止。資材は供出[11]
  • 1945年(昭和20年)4月1日 - 妙見鋼索鉄道株式会社が解散[11]
  • 1949年(昭和24年) - ケーブルカー再建のため能勢妙見鋼索鉄道株式会社設立[12]
  • 1950年(昭和25年)5月18日 - 能勢妙見鋼索鉄道が下部線・上部線の敷設免許取得[13][14][12]
  • 1952年(昭和27年)4月 - 能勢妙見鋼索鉄道が下部線・上部線の敷設免許を能勢電気軌道に譲渡[14][12]
  • 1959年(昭和34年)6月16日 - 上部線の敷設免許失効[14]。リフトに変更するため。
  • 1960年(昭和35年)4月22日 - 能勢電気軌道(現在の能勢電鉄)が黒川 - 山上間を再開業[13][12]
  • 1965年(昭和40年)4月1日 - 山上駅をケーブル山上駅に改称[15]
  • 2013年(平成25年)3月16日 - 「妙見ケーブル」から「妙見の森ケーブル」に改称[1]

駅一覧[編集]

黒川駅が麓側、ケーブル山上駅が名前の通り山上側に位置する。戦前の下部線の撤去前には、黒川駅を滝谷駅、ケーブル山上駅を中間駅と称し、中間駅が下部線と上部線との乗り換え駅となっていた。かつての妙見山駅の位置には、同じ名前で妙見の森リフトの乗り場が設置されている。

鋼索線(旧下部線)[編集]

黒川駅 - ケーブル山上駅

上部線(廃止)[編集]

中間駅 - 妙見山駅

接続路線[編集]

輸送・収支実績[編集]

年度 旅客輸送人員(千人) 一日1Km平均通過人員(人) 鉄道業営業収入(千円) 鉄道業営業費(千円)
1979 148
1982 145 417
1983
1984 131 381
1985
1986 120 347
1987 110 318
1988 105 306
1989 115 333 22,432 95,196
1990 108 312 20,962 105,811
1991 117 343 22,956 118,801
1992 120 354 24,682 98,753
1993 136 393 28,318 109,800
1994 147 440 30,939 134,099
1995 131 373 33,524 97,494
1996 134 389 34,193 124,696
1997 129 374 32,698 111,811
1998 131 383 33,133 108,586
1999 129 449 32,735 68,332
2000 108 376 27,946 60,560
2001 131 458 34,445 63,814
2002 120 451 31,617 68,786
2003 102 364 26,970 55,352
2004 98 345
  • 民鉄主要統計『年鑑世界の鉄道』1983年、朝日新聞社、『年鑑日本の鉄道』1985、1987、1989-2007年、鉄道ジャーナル社
妙見鋼索鉄道
年度 輸送人員(人) 営業収入(円) 営業費(円) 営業益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円)
1925 273,375 60,976 40,066 20,910 他事業649 償却金2,226 12,620
1926 391,803 88,015 49,810 38,205 土地建物賃貸業1,033 15,826
1927 355,030 80,776 44,746 36,030 15,249
1928 318,501 89,956 49,863 40,093 土地業46償却金1,000 14,796
1929 280,116 79,772 44,272 35,500 土地建物2,625
償却金500
9,950
1930 251,728 70,113 42,329 27,784 土地建物業其他3,757 9,084
1931 215,344 61,941 35,769 26,172 土地建物業2,137
雑損1,907
8,804
1932 198,515 56,993 34,494 22,499 土地業6,084
償却金6,800
5,857
1933 204,911 56,377 34,239 22,138 土地建物12,047 5,024
1934 223,098 60,347 33,467 26,880 土地建物業4,746
償却金8,000
2,660
1935 220,828 61,962 34,470 27,492 土地建物業112 償却金4,000 6,250
1936 236,450 66,817 38,639 28,178 土地建物業720 償却金2,000 5,358
1937 217,307 61,278 37,389 23,889 土地建物業其の他888 雑損4,150 5,378
1939 305,703
1941 377,335
  • 鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版より

脚注[編集]

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  1. ^ a b 妙見山の各施設が生まれ変わります! (PDF) - 能勢電鉄ニュースリリース、2013年2月28日
  2. ^ 計画線の大部分は山間地であり建設には比較的多額の工費を要し、開業の初期においては収支相償し難きと申請書に記載されている「吉川村東谷村間延長線敷設免許ノ件」『第十門・地方鉄道及軌道・二、地方鉄道・妙見鋼索鉄道・巻一・大正十一年~大正十五年』
  3. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1922年2月20日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第42回』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  5. ^ 川西市史編集専門委員会『川西市史』第三巻、兵庫県川西市、1980年、p.283
  6. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1927年7月23日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ No.11「黒川妙見山間工事竣功期限延期ノ件」『第十門・地方鉄道及軌道・二、地方鉄道・妙見鋼索鉄道・巻一・大正十一年~大正十五年』
  8. ^ No.12「黒川妙見山間工事竣功期限延期ノ件」『第十門・地方鉄道及軌道・二、地方鉄道・妙見鋼索鉄道・巻一・大正十一年~大正十五年』
  9. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1925年8月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 「鉄道免許失効」『官報』1937年2月5日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  11. ^ a b 川西市史編集専門委員会『川西市史』第三巻、兵庫県川西市、1980年、p.386
  12. ^ a b c d 川西市史編集専門委員会『川西市史』第三巻、兵庫県川西市、1980年、p.568
  13. ^ a b 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』平成十八年度版、電気車研究会・鉄道図書刊行会、p.189
  14. ^ a b c 森口誠之『鉄道未成線を歩く〈私鉄編〉』、JTB、2001年、p.178
  15. ^ 川西市史編集専門委員会『川西市史』第三巻、兵庫県川西市、1980年、p.571

参考文献[編集]

  • 川西市史編集専門委員会『川西市史』第三巻、兵庫県川西市、1980年、pp.283,386, 568-569, 571
  • 『能勢電鉄80年史』 能勢電鉄株式会社、1991年、p54, 55, 84
  • 森口誠之『鉄道未成線を歩く〈私鉄編〉』JTB、2001年、p.178
  • 『第十門・地方鉄道及軌道・二、地方鉄道・妙見鋼索鉄道・巻一・大正十一年~大正十五年』(国立公文書館デジタルアーカイブ で画像閲覧可)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]