JR難波駅
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| JR難波駅* | |
|---|---|
JR難波駅現駅舎が入居している「OCAT」
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| じぇいあーるなんば - JR-Namba | |
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◄今宮 (1.3km)
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| 所在地 | 大阪市浪速区湊町一丁目4-1 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | ■関西本線(大和路線) |
| キロ程 | 174.9km(名古屋起点) 加茂から54.0km |
| 電報略号 | ナハ |
| 駅構造 | 地下駅 |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
27,963人/日(降車客含まず) -2007年- |
| 開業年月日 | 1889年(明治22年)5月14日 |
| 乗換 | 難波駅 - 南海電気鉄道 - 大阪市交通局 大阪難波駅 - 近畿日本鉄道 - 阪神電気鉄道 |
| 備考 | みどりの窓口 有 * 1994年に湊町駅から改称。 |
JR難波駅(じぇいあーるなんばえき)は、大阪府大阪市浪速区湊町一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)関西本線(大和路線)の駅。同線の終着駅である。
近接して近畿日本鉄道・阪神電気鉄道の大阪難波駅と、大阪市営地下鉄・南海電気鉄道の難波駅がある。
目次 |
[編集] 駅構造
2面4線の島式ホームを持つ地下駅。大阪シティエアターミナル(OCAT)の真下にある。
地下道を通り、近鉄難波線・阪神なんば線の大阪難波駅や地下鉄四つ橋線・千日前線の難波駅に行くことができる。なお、難波駅の地下鉄御堂筋線、南海線のりばとはかなり離れている(徒歩10分程度はかかる)。むしろ地下鉄千日前線・阪神なんば線の桜川駅の方が近く、千日前通りを西へ徒歩数分程度で行くことができる(場所的には、JR難波駅は地下鉄千日前線の難波駅と桜川駅のちょうど中間ぐらいの所にある)。
ICOCA利用可能駅(相互利用対象ICカードはICOCAの項を参照)。
当駅発着の長距離乗車券に際するJRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属する。
[編集] のりば
| 1 - 4 | ■大和路線 | 天王寺・王寺・奈良・高田方面 |
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主として快速は1・2番のりば、普通列車は3・4番のりばから発車するが、ラッシュ時には逆になる場合もある。1・4番のりばの北側には留置線がある。
[編集] 湊町駅時代
湊町駅時代は地上駅で、終着駅としての「コの字型」のホームを設置していた。ホームの表示は2・3・5・6番線(後に2・3・4・5番線、更には1・2・4・5番線、そして、0・1・2・3・4番線に変更)となっていて、欠番となっている番号は蒸気機関車付け替えのための機回し線にあてられていた(後に撤去)。ちなみに、急行「かすが」号は2番線、夜行寝台急行「大和」号は3番線からの発車であった。
西側に貨車入れ替え用の線路が広がっていた。また、駅操車場内の南端には蒸気機関車の転車台が設けられていた(現在は振興局詰所)。
南側に車両留置用の線路が広がり、夜間滞泊の車両が留置されていた。
駅には、町の東西を結ぶ歩行者用の跨線橋(地元の人は単に「たかばし」と呼称していた)がかけられていた。駅の東側の跨線橋上り口付近には、駅職員のための厚生施設(理髪室、浴場)も設けられており、地元の人も利用できた。
また当時、車両が通行できる踏切は、現在の大浪通よりも南にある道路だった。それも貨車入換線内の幅50m近い踏切であったため、しばしば「開かずの踏み切り」となっていた。
地元の人は利用して降車するときに、北端の改札まで行かずに車掌に切符を渡し、ホームの南端から跨線橋下の通用門から出るというようなこともあった。
[編集] 利用状況
2007度の1日平均の乗車人員は約27,963人。これはJR西日本の駅では第28位。
かつては立地条件が悪いことが災いして、昼間時は閑散としていたが、近年は湊町地区の再開発事業もあり、増加傾向にある。
[編集] 駅周辺
- 大阪シティエアターミナル(OCAT)
- 湊町リバープレイス なんばHatch
- FM大阪
- 産業経済新聞社大阪本社
[編集] バス
OCAT2階にバスターミナルがあり、関西国際空港、大阪国際空港へのシャトルバスのほか、日本各所への高速バスが発着している。
以下はすべて大阪市営バス。
- JR難波駅前停留所(千日前通のりば)
- 西行
- 29号系統 芦原橋駅前経由 地下鉄住之江公園 行
- JR難波駅前 - 地下鉄桜川 - 芦原橋駅前 - 地下鉄住之江公園
- 48A号系統 長橋二丁目経由 あべの橋 行
- JR難波駅前 - 塩草 - 浪速東二丁目 - 長橋二丁目 - あべの橋
- 60号系統 地下鉄桜川経由 天保山 行
- JR難波駅前 - 地下鉄桜川 - 大正橋 - 境川 - 地下鉄朝潮橋 - 天保山
- 70A号系統 大正橋経由 西船町 行
- JR難波駅前 - 地下鉄桜川 - 大正橋 - 大運橋通 - 西船町
- 71・71A号系統 大正橋経由 鶴町四丁目 行
- JR難波駅前 - 地下鉄桜川 - 大正橋 - 大運橋通 - 鶴町四丁目
- 108号系統 大正橋・千歳橋経由 鶴町四丁目 行
- JR難波駅前 - 地下鉄桜川 - 大正橋 - 新千歳 - 鶴町四丁目
- 29号系統 芦原橋駅前経由 地下鉄住之江公園 行
- 東行
- 西行
- JR難波駅前停留所(四つ橋筋のりば)
- 北行
- 84号系統 弁天町バスターミナル 行
- JR難波駅前 - 弁天町バスターミナル
- 85号系統 玉造経由 杭全 行
- JR難波駅前 - 玉造 - 杭全
- 103・103A号系統 四つ橋筋経由 大阪駅前 行
- 84号系統 弁天町バスターミナル 行
- 北行
[編集] 歴史
- 1889年(明治22年)5月14日 - 大阪鉄道の湊町駅(みなとまちえき、一般駅)として開業。開業当初から終着駅であった。
- 1900年(明治33年)6月6日 - 大阪鉄道の路線を関西鉄道が承継。同社の駅となる。
- 1907年(明治40年)10月1日 - 国有化により国有鉄道の駅になる。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定により、関西本線所属となる。
- 1973年(昭和48年)9月20日 - 当駅を発着する優等列車が消滅。
- 1985年(昭和60年)3月14日 - 貨物営業を廃止(旅客駅となる)。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
- 1989年(平成元年)12月28日 - 南西へ約100m移転させる。
- 1994年(平成6年)9月4日 - JR難波駅に改称。関西空港へのアクセス列車として、阪和線・関西空港線へ直通する関空快速運行開始。
- 1996年(平成8年)3月22日 - 地下駅化。関西圏を走るJRで初の地下トンネル内駅誕生となる。
- (地下路線のJR東西線が開業したのは1997年3月。また、天王寺駅の大和路線、大阪環状線ホームは地下ホームとして取り扱われているメディアもあるが、駅はほぼ掘割状になっている。ちなみにJR西日本管内での初のトンネル内駅は、1969年10月に北陸本線の複線化などにより移設された筒石駅。)
[編集] 駅名の由来
1994年まで湊町駅と名乗っていたが、関西国際空港開港を機に現駅名のJR難波駅と改称した。
周辺には南海電気鉄道・大阪市営地下鉄の難波駅、近畿日本鉄道・阪神電気鉄道の大阪難波駅があるが、いずれも町名は難波(大阪市中央区難波、または浪速区難波中)であり(ただし、駅が出来て後に住居表示変更により付けられた町名)、JR駅のみは難波の町名が付かない湊町である。大阪難波駅、地下鉄四つ橋線、千日前線「なんば」とも連絡していることもあり、JRも難波駅と改称することになった。また、利用客に判り易いようにするため駅名に「JR」を冠した[1]。これはJR各社を通して初めてである。また、正式駅名にアルファベットが入ったのも日本初である。これ以降、JR西日本管内の駅、路線には、頭に「JR」を冠した駅名が増えてゆくことになる。
同様な駅名や路線名に、
がある。
[編集] 優等列車
かつては関西本線の始発駅として、東京、名古屋、伊勢方面の優等列車が当駅始発で運転されていたが、東海道新幹線や東海道本線経由の列車、近鉄特急との競合に負け、1973年に全廃された。詳細は近鉄特急史の項に詳しい。
[編集] 隣の駅
[編集] 脚注
- ^ これと同様の理由で駅名を改称した駅に、名鉄名古屋本線の名鉄岐阜駅、名鉄一宮駅、名鉄名古屋駅がある。かつてはそれぞれ新岐阜駅(しんぎふえき)、新一宮駅(しんいちのみやえき)、新名古屋駅(しんなごやえき)と名乗っていたが、2005年の中部国際空港(セントレア)開港を機に「外国人にも分かりやすい駅名に」と、現在の駅名にそれぞれ改称した。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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