近鉄百貨店

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株式会社近鉄百貨店
KINTETSU Department Store Co., Ltd.
Kintetu 百貨店ロゴ.jpg
種類 株式会社
市場情報
大証1部 8244
本社所在地 日本の旗 日本
〒545-8545
大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋一丁目1-43
設立 1934年昭和9年)9月29日(株式会社丸物)(注1)
業種 小売業
事業内容 百貨店業
代表者 代表者取締役社長 飯田圭児
資本金 132億5214万円
売上高 単体2757億円
連結2958億円
(2011年2月期)
営業利益 単体25億円
連結31億円
(2011年2月期)
純利益 単体16億円
連結18億円
(2011年2月期)
純資産 単体122億円
連結126億円
(2011年2月末現在)
総資産 単体1516億円
連結1609億円
(2011年2月末現在)
従業員数 2379名(2011年2月末現在)
決算期 2月末日
主要株主 近畿日本鉄道株式会社 72.8%
主要子会社 株式会社近鉄松下百貨店
株式会社近商ストア
株式会社近鉄友の会
外部リンク www.d-kintetsu.co.jp
特記事項:注1:2001年(平成13年)2月28日に株式会社京都近鉄百貨店が(旧)株式会社近鉄百貨店を吸収合併し現商号「株式会社近鉄百貨店」に変更した。創業は1920年(大正9年)1月の京都物産館。
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株式会社近鉄百貨店(きんてつひゃっかてん、: KINTETSU Department Store Co., Ltd.)は、日本の百貨店の一つ。近鉄グループの主要企業。本社・本店は大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43。旧・丸物時代から続き大阪証券取引所第1部に株式コード8244で上場する。

目次

[編集] 概要

前身は、1920年1月に創業した百貨店「丸物」(まるぶつ)をルーツとする旧京都近鉄百貨店と、近畿日本鉄道の直営百貨店部門から分離し発展した旧近鉄百貨店に分かれる。

[編集] 旧京都近鉄

旧京都近鉄の前身・丸物は、中林仁一郎によって創業。創業時は「京都物産館」という名前で、そのマーク(○の中に物産館の「物」)と他地域への出店とがきっかけになり1931年に「丸物」に改称。その後、最盛期には東京・池袋駅ビル(現在のパルコ本館)などにも東京丸物として店舗を展開していた。現在の枚方店(2012年2月末閉店予定)も元は「枚方丸物」であった。中林の死後経営が悪化し、近鉄グループ入りした。

最終的に岐阜店と本店の2店が残ったものの、経営状態は悪いまま推移した。本店については京都駅前に立地していることを意図した「FRONT KYOTO まるぶつ」のキャッチコピーが掲げられてきたが、1977年に社名・両店名とも「丸物」から「京都近鉄百貨店」に変更され、「FRONT KYOTO」のキャッチコピーもやがて消えた。なお、枚方丸物は京都近鉄百貨店とは別の「枚方近鉄百貨店」として近鉄グループ入りした後、1998年(平成10年)に近鉄百貨店に吸収された。

[編集] 旧近鉄百貨店

旧近鉄百貨店は、近畿日本鉄道の前身、大阪電気軌道の直営で開業した上本町店と、旧大阪鉄道の子会社で開店した阿倍野本店を基幹に、一時期はやはり東京吉祥寺にも進出するなど、各地に展開していた。

しかし、遠隔地の店は経営状態が悪く不採算店を閉鎖、また京都近鉄百貨店は岐阜店を閉鎖、京都店もジェイアール京都伊勢丹の開業で業績がさらに悪化したため、「プラッツ近鉄」に業態変更したのち、2001年に旧京都近鉄百貨店と旧近鉄百貨店は合併した。

旧京都近鉄百貨店が旧近鉄百貨店を合併する形ではあったが、目的は経営が悪化していた上場会社の旧京都近鉄百貨店を、非上場の旧近鉄百貨店が救済する合併であった(いわゆる逆さ合併)。合併時に、商号を「株式会社近鉄百貨店」に改めるとともに本店を旧近鉄百貨店の本店に移している。

[編集] 合併後

2007年(平成19年)2月28日には、もっとも古い京都店が閉鎖となった。渡辺節設計の文化財級名建築であった建物は2007年秋に取り壊されており、跡地にヨドバシカメラマルチメディア京都が2010年11月5日に出店している。

一方で阿倍野本店では、本館の西側(旧館)部分を改築して、あべのハルカス(2011年8月25日に正式名称が決定:仮称は「阿部野橋ターミナルビル・タワー館」)を建設し、日本最大級の店舗にする計画である。

また上本町店も、隣接の再開発ビル上本町YUFURAの開業に合わせて、全館改装が行なわれた。

近鉄グループは三重県にある三重交通グループを傘下に置いている。三重交通百貨店子会社であった三交百貨店は2006年12月30日に閉店したが、近鉄百貨店はその際、営業権の一部を譲り受け、三交百貨店が発行した商品券類の一部を、近鉄百貨店が発行したものとして取り扱う措置をとった。

[編集] 沿革

創業時の京都物産館
創業時の京都物産館
近鉄百貨店阿倍野本店(2007年5月撮影) 近鉄南大阪線大阪阿部野橋駅と併設。壁面に平仮名で「あべの橋駅」と表記されている。写真の7階建ての本館西側部分(旧館)は建て替えのため、2009年3月19日に閉鎖後、取り壊し済。
近鉄百貨店阿倍野本店(2007年5月撮影) 近鉄南大阪線大阪阿部野橋駅と併設。壁面に平仮名で「あべの橋駅」と表記されている。写真の7階建ての本館西側部分(旧館)は建て替えのため、2009年3月19日に閉鎖後、取り壊し済。
近鉄百貨店上本町店(改装前)大阪上本町駅と併設。(画像右側)
近鉄百貨店上本町店(改装前)大阪上本町駅と併設。(画像右側)
近鉄百貨店四日市店近鉄四日市駅と併設。
近鉄百貨店四日市店近鉄四日市駅と併設。
京都駅前の近鉄百貨店京都店『プラッツ近鉄』(前身は丸物)※2007年2月閉店・解体済。2010年11月5日には、跡地にヨドバシカメラ・マルチメディア京都(京都ヨドバシ)が開店。
京都駅前の近鉄百貨店京都店『プラッツ近鉄』(前身は丸物)※2007年2月閉店・解体済。2010年11月5日には、跡地にヨドバシカメラ・マルチメディア京都(京都ヨドバシ)が開店。
草津店 (草津駅前)
草津店 (草津駅前)
和歌山店 (和歌山駅前)
和歌山店 (和歌山駅前)
東大阪店 (布施駅高架下)
東大阪店 (布施駅高架下)
名古屋店(近鉄パッセ)
名古屋店(近鉄パッセ)
Fermer Mitsukoshi Kichijoji (Now Yodobashi camera) .jpg
旧・東京店(写真は閉店後に三越・IDC大塚家具として営業していた当時。2001年9月撮影。現ヨドバシ吉祥寺
  • 1920年(大正9年)1月 京都物産館が京都駅前で創業。
  • 1920年(大正9年)2月 合名会社京都物産館設立。
  • 1926年(大正15年) 大阪電気軌道(大軌・後の近鉄の直系母体)が上本町の大軌ビルディング内に直営食堂開業。同地下から3階まで三笠屋百貨店が開店。
  • 1930年(昭和5年) 合名会社京都物産館が岐阜市柳ヶ瀬に支店開店。
  • 1931年(昭和6年)9月 「合名会社京都物産館」を「合名会社丸物」に商号変更。
  • 1934年(昭和9年)9月 「合名会社丸物」を「株式会社丸物」に改組(資本金150万円)。
  • 1934年(昭和9年) 大阪鉄道(大鉄・現在の近鉄南大阪線などの当時の運営会社)、株式会社大鉄百貨店を創立。
  • 1936年(昭和11年)9月 大軌百貨店全館開業(上本町) 。
  • 1937年(昭和12年)11月 大鉄百貨店全館開業(阿倍野橋)。
  • 1941年(昭和16年)3月 大阪電気軌道参宮急行電鉄(参急・近鉄大阪線の多くや近鉄山田線などを当時運営していた大軌の子会社)を合併し、関西急行鉄道(関急)に社名変更。大軌百貨店は関急百貨店に改称。
  • 1944年(昭和19年)4月1日 関西急行鉄道は大阪鉄道を合併。大鉄百貨店は関急百貨店阿倍野店、関急百貨店は関急百貨店上本町店として再発足。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 関西急行鉄道と南海鉄道(南海。1947年(昭和22年)に再度分離して現在の南海電気鉄道となる)が合併して近畿日本鉄道(近畿日本)[1]が発足。百貨店は「日本鉄道上本町百貨店」と「日本鉄道阿倍野百貨店」に名称変更。
  • 1945年(昭和20年)3月14日 空襲により阿倍野店罹災 。
  • 1948年(昭和23年) 「近鉄百貨店上本町店」・「近鉄百貨店阿倍野店」と店名を変更。[2]
  • 1949年(昭和24年)7月 株式会社丸物が大証1部に上場。
  • 1960年(昭和35年)9月 別府近鉄会館開業。
  • 1961年(昭和36年)7月1日 「別府近鉄会館」を「別府近鉄百貨店」に変更。
  • 1972年(昭和47年)3月14日 奈良店開業(奈良ファミリーショッピングセンター内)。
  • 1972年(昭和47年)6月1日 「株式会社近鉄百貨店」として分離独立。
  • 1974年(昭和49年)5月11日 東京近鉄百貨店開業(武蔵野市中央本線吉祥寺駅前)。
  • 1977年(昭和52年)5月 「株式会社丸物」を「株式会社京都近鉄百貨店」に商号変更。
  • 1978年(昭和53年)10月5日 東大阪店開業。
  • 1982年(昭和57年)11月15日 西京都店開業(京都ファミリーショッピングセンター内)。
  • 1983年(昭和58年)3月1日 株式会社近鉄百貨店が株式会社東京近鉄百貨店を吸収合併。
  • 1986年(昭和61年)4月25日 橿原店開業。
  • 1988年(昭和63年)11月11日 阿倍野店増床。
  • 1991年(平成3年)3月1日 株式会社近鉄百貨店が株式会社別府近鉄百貨店を吸収合併。
  • 1991年(平成3年)4月12日 桜井店開業。
  • 1994年(平成6年)3月31日 桜井店閉店。
  • 1994年(平成6年)8月31日 別府店閉店。
  • 1995年(平成7年)2月28日 西京都店閉店。
  • 1995年(平成7年)3月 京都近鉄百貨店京都店が大規模に増床オープン。1997年に予定されていたJR京都伊勢丹を迎え撃つための措置であったが、この増築部分は結局12年使用されただけで解体された。
  • 1996年(平成8年)11月26日 桃山店開業。
  • 1997年(平成9年)3月19日 生駒店開業。
  • 1998年(平成10年)9月1日 株式会社近鉄百貨店が株式会社枚方近鉄百貨店を吸収合併。
  • 1998年(平成10年)9月19日 桔梗が丘近鉄百貨店開業。
  • 1999年(平成11年)9月30日 京都近鉄百貨店岐阜店閉店(跡地には中日新聞社岐阜支社が建設されている)。
  • 2000年(平成12年)3月25日 京都近鉄百貨店京都店全面改装。「プラッツ近鉄」として開業。
  • 2000年(平成12年)9月1日 本店南側にHOOP開業。
  • 2001年(平成13年)2月20日 東京店閉店(三越が営業権を継承し、同年6月より吉祥寺三越および大塚家具として営業開始したが、2006年5月で両店撤退。2007年6月29日にヨドバシカメラマルチメディア吉祥寺がオープン)。
  • 2001年(平成13年)2月28日 株式会社京都近鉄百貨店が株式会社近鉄百貨店を吸収合併し「株式会社近鉄百貨店」に商号変更。
  • 2005年(平成17年)6月 近鉄モータース株式をクインランドに売却。
  • 2005年(平成17年)7月29日 京都店の土地・建物をヨドバシカメラに売却。店舗2007年(平成19年)2月末までの営業となった。
  • 2005年(平成17年)8月25日 旧別府店の敷地を県内業者に売却。跡地に高層複合マンション建設予定。
  • 2006年(平成18年)7月31日 旧東京店の土地・建物を投資会社に売却。
  • 2006年(平成18年)12月30日 三重県三交百貨店がこの日で閉店。営業権の一部を譲り受けた。
  • 2007年(平成19年)2月28日 京都店を閉店。なお京都店の建物は解体され、跡地に建設される新ビルにヨドバシカメラが出店する予定となった。
  • 2008年(平成20年)3月頃 旧京都店の建物の解体が終了。これ以降ヨドバシカメラのビルへ建替(2010年11月5日にヨドバシカメラ・マルチメディア京都(京都ヨドバシ)が開店)。
  • 2008年(平成20年)9月9日 HOOP南側にand開業。
  • 2009年(平成21年)3月1日 株式会社中部近鉄百貨店持分法適用会社)と株式会社和歌山近鉄百貨店近畿日本鉄道完全子会社=兄弟会社に相当)を吸収合併し、四日市名古屋草津和歌山の4店舗を直営化。
  • 2009年(平成21年)3月19日 阿倍野本店の本館西側(旧館)部分を建て替えのため閉鎖。翌3月20日より、本館の東側(1988年に増床した新館)部分のみでの営業を開始(2014年の建て替え完成(あべのハルカス開業)まで)。
  • 2009年(平成21年)11月20日 大阪市住之江区咲洲(南港)のアジア太平洋トレードセンター(ATC)のITM棟に、2010年2月末までの期間限定店舗「近鉄百貨店ショップATC」を開設。
  • 2010年(平成22年)8月26日 上本町店の全館リニューアルが完成。同店南側に「上本町YUFURA」が開業。
  • 2011年(平成23年)8月10日 エイチ・ツー・オーリテイリング(阪急阪神百貨店)との間で、情報システムの共同開発に関する提携を発表。
  • 2011年(平成23年)9月21日 同日発表の新・中期経営計画にて、枚方店を2012年2月末に閉店、桔梗が丘店は同年3月より、直営売場面積を縮小する予定と発表。

[編集] 店舗

[編集] 現在の営業店

売場面積48,000㎡(2009年3月20日より。2009年3月19日に旧館部分が閉鎖するまでは67,811㎡)

近畿日本鉄道では、次の停車駅が近鉄百貨店の最寄駅の場合、車内放送で「次は、○○、近鉄百貨店前です」とアナウンスする(○○には駅名が入る。ただし大阪阿部野橋駅を除く)。またスルッとKANSAIが導入される前は途中下車指定駅に指定されていた(ただし大阪阿部野橋駅と桔梗が丘駅、近鉄名古屋駅を除く)。

[編集] 2009年3月1日より、近鉄百貨店の直営になった営業店

下記の店舗は2009年2月28日まで、旧和歌山近鉄百貨店の店舗
下記3店は2009年2月28日まで、旧中部近鉄百貨店の店舗

[編集] 商業施設

  • Hoop(近鉄百貨店阿倍野本店別館):大阪市阿倍野区阿倍野筋 営業面積14,825m² 阿倍野本店南側
  • and(近鉄百貨店阿倍野本店新館):大阪市阿倍野区阿倍野筋 営業面積14,000m² Hoop南側
  • スターアイランド:三重県四日市市諏訪栄町 近鉄四日市駅前 営業面積6,339m² 四日市店と連絡通路で直結
  • 近鉄ハーツ(2010年春に閉鎖、その後2011年に新施設として開業予定。):東大阪市西岩田 近畿日本鉄道玉川工場跡、中環沿い
  • 上本町YUFURA:大阪市天王寺区上本町 上本町店南側(旧近鉄劇場):2010年8月26日開業

[編集] 過去に存在した店舗

[編集] 丸物関連

[編集] 阿倍野本店再開発プロジェクト

[編集] 出店を中止した店舗

  • 岸和田店:大阪府岸和田市宮本町に出店を予定していたが、同じ場所に出店を予定していたニチイ(現:イオンリテール)が出店したため予定は白紙になった(ニチイものちに閉店した)。
  • 橋本店:相模原市、現在のイオン橋本店近辺に位置する。JR橋本駅前市街地再開発の一環で、賃料坪単価8,000円以上(競合した近鉄の2倍の提示額。なおこの場所は地元の京王百貨店の出店が有力視されていた。)でそごうはコンペを制した。だがそごうも1994年出店凍結。1997年出店断念。
  • 福山店:広島県福山市JR福山駅南西の伏見町再開発事業の一環。天満屋西武、そごう、近鉄が競合したものの、最終的にそごうが制した。後にそごうも出店断念。なお、後に福山ロッツとなった旧福山そごうとは別物である。

[編集] 阿倍野店(2009年3月20日から(本館東側部分のみの営業)のもの)

  • 地下2階 新鮮市場のフロア
  • 地下1階 食料専門店フロア
  • 1階 特選ブティックのフロア
  • 2階 靴・ハンドバッグ・アクセサリーのフロア
  • 3階 洋服・化粧品のフロア
  • 4階 洋服のフロア
  • 5階 洋服のフロア
  • 6階 紳士服・紳士洋品のフロア
  • 7階 こども服・おもちゃ・文具・旅行用品・スポーツ用品のフロア
  • 8階 和服・宝飾・時計・家具・家庭用品・美術工芸品のフロア
  • 9階 催会場・近鉄アート館・レストラン街のフロア
  • 10階 レストラン街・クレジットカウンターのフロア
  • 屋上 休憩スペース(エレベーターは止まらない)

[編集] 橿原店

  • 地下1階 食料品フロア
  • 1階 化粧品のフロア
  • 2階 洋服・肌着のフロア
  • 3階 洋服・宝石・時計・眼鏡のフロア
  • 4階 紳士服・洋品・こども服・おもちゃのフロア
  • 5階 家庭用品・手芸洋品・和服・美術工芸品のフロア
  • 6階 旅行・スポーツ・本・文具・商品券・催会場のフロア
  • 7階 レストラン街のフロア
  • 屋上 ビアガーデン(夏は アサヒ屋上スカイバイキング)

[編集] プロ野球の優勝・応援セールの扱い

近畿日本鉄道が大阪近鉄バファローズのオーナーとなっていた時代、近鉄グループである同社は、同球団のパシフィックリーグ優勝記念セール、および日本シリーズご声援感謝セール(いわゆる残念セール)を行ってきた[3]。2004年に同球団が売却され、合併による新球団オリックス・バファローズとなってからは、特に優勝記念セールや、ご声援感謝セールは行われなくなっていた。

しかし2008年には、同社各店(名古屋店(近鉄パッセ)・四日市店(当時は両店とも、旧中部近鉄百貨店の店舗だった)を除く)において、読売ジャイアンツセントラルリーグ優勝記念セールが行われた。これは、同球団の優勝記念セールの権利を持っている三越伊勢丹グループの店舗が少ない関西地区において(2011年現在、関西地区には「ジェイアール西日本伊勢丹」の2店(ジェイアール京都伊勢丹・JR大阪三越伊勢丹)のみがある)、それを補助するために行われている、とする事情に加え、オリックス・バファローズ発足後は近鉄グループが同球団へ20%出資し、ユニフォームの袖部分にも「近鉄」のロゴを掲示するという3年間の暫定処置が2007年に終了し、同球団から近鉄グループが完全に撤退したことも理由に考えられている。

また近鉄百貨店自身も、かつては三越との間で、商品券の相互利用を行ったり、中元歳暮など贈答品の共同配送を行う、などの提携関係があった他、関西地区の他の百貨店各社は、どちらかと言えば阪神タイガースの優勝・応援セールの方を行ってきた[4]こともあり、それを行ってこなかった近鉄百貨店が引き受けることになったもの、とも言われている。

また、近鉄球団は、1980年代~90年代にかけて、巨人フロントと相互連携を行っていた[5]

2009年度は、9月23日に読売ジャイアンツが3年連続でセントラルリーグの優勝を決めたことで、近鉄百貨店(名古屋・四日市両店を除き、近鉄松下百貨店を含む。)としては2度目となる、「セントラルリーグ優勝記念セール」が、翌9月24日から9月30日までの7日間開催された(阿倍野店のみ24日は閉店のため、翌25日から6日間の開催であった)。そして11月7日に、同球団が日本シリーズで優勝したことにより、翌8日から14日までの7日間、前述した各店舗にて、(旧近鉄バファローズ時代を含めて)同社としては初の「日本シリーズ優勝記念セール」が行われた(枚方・草津の両店舗は、12日は定休日であった)。

なお、名古屋店と四日市店が除かれているのは、どちらも中日ドラゴンズのホームテリトリーである、という事情によるものである。このため両店舗では、2008年と2009年にそれぞれ「中日ドラゴンズご声援感謝セール」が行われたほか、2010年と2011年には、中日ドラゴンズがセントラルリーグの優勝を決めたことで、両店舗では「セントラルリーグ優勝記念セール」が行われた。

[編集] ロゴマーク

ロゴマークは店名のローマ字がデザインされている。

「K ntetu」が海、「i」が緑(木)を表し、全体が地球を表しており、地球と調和しようとする姿勢を表現している。また、紙袋のデザインもロゴマークと同色の青と緑に統一されている。

  • かつて使用していたもの
    • 近鉄百貨店 近畿日本鉄道の社章
    • 大軌百貨店 通称「大軌」。大阪電気軌道直営だったが、同社の社章ではなく「大軌」を縦書きにして丸型にしたもの
    • 大鉄百貨店 大阪鉄道の社章の一部を変更したもの(中央に「百」の文字が入る)
    • 丸物 沿革の項にある通り、「物」を丸で囲ったもの

[編集] 関連会社

近鉄松下百貨店(山口県周南市)

[編集] 脚注

  1. ^ 近畿日本鉄道の発足当時、既に近江鉄道が「近鉄」(おうてつ)の通称で呼ばれていたことから、公式的には「近鉄」の略称を当面の間用いず、「近畿日本」ないし「日本鉄道」を公式略称としていた。
  2. ^ これは公式的に「近鉄」の略称を用いた初期の事例である。
  3. ^ 同百貨店の東京店は、バファローズ優勝時に関東地区でほぼ唯一の優勝セール実施店舗となっていた。また、学生時代からバファローズファンだった佐野正幸は同店(当時は東京近鉄百貨店)に就職した後にバファローズ私設応援団長となり、会社側の理解も得て、関東地方をはじめとした各地の球場で応援活動を続けていた。
  4. ^ 阪神百貨店阪神電気鉄道直系であるので「タイガース優勝セール」と表現できていたが、それ以外は阪神球団の許諾を得られず直接的に「タイガース優勝セール」とは表現できず、「大阪バンザイセール」と表現していたことがあった。また、阪急百貨店=阪急電鉄直系は阪急ブレーブスを運営したころは、阪急が優勝した年に「ブレーブス優勝セール」をしていたが、1985年の阪神優勝時は競合のため「阪神優勝セール」は行われなかった。
  5. ^ 「プロ野球トレード史Ⅱ」ベースボール・マガジン社1992年

[編集] 外部リンク

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