阪急百貨店うめだ本店

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阪急百貨店うめだ本店
阪急うめだ本店が入居する梅田阪急ビル。
阪急うめだ本店が入居する梅田阪急ビル。
店舗概要
正式名称 阪急阪神百貨店阪急百貨店うめだ本店
建物名称 梅田阪急ビル
所在地 大阪府大阪市北区角田町8番1号[1]
北緯34度42分8.2秒東経135度29分55.7秒
開業日 1929年(昭和4年)4月15日[2]
施設所有者 阪急電鉄[3]
施設管理者 阪急阪神百貨店
敷地面積 約17,465[1]m2
商業施設面積 第1期棟:約27,000[4]
全館開業時:約80,000[5]m2
延床面積 約252,000[4]m2
最寄駅 阪急電鉄阪神電気鉄道大阪市営地下鉄梅田駅
JR大阪駅
大阪市営地下鉄東梅田駅[1]
外部リンク 公式ウェブサイト
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阪急百貨店うめだ本店(はんきゅうひゃっかてんうめだほんてん)[5]は、大阪府大阪市北区角田町にある、阪急阪神百貨店が運営する百貨店阪急百貨店本店で、通称は「阪急うめだ本店」、「うめだ阪急」。地元や雑誌等では、「うめだ阪急」を略して「うめ阪(はん)」とも呼ばれている。

2008年(平成20年)9月30日までは(株式会社阪急百貨店の)「大阪・うめだ本店」と称していたが、会社合併の際の百貨店ブランド維持方針に基づき(すなわち「阪神百貨店梅田本店」との兼ね合いから)「阪急うめだ本店」に2008年(平成20年)10月1日に改称された。

概要[編集]

ファッションやコスメ・ビューティー関連の商品力においては関西随一と言われ、「東の新宿伊勢丹・西のうめだ阪急」と呼ばれるほど(一時期、伊勢丹と阪急百貨店は業務提携をしていたが、現在は提携を解消した)、女性ファッションの流行発信基地として幅広い年齢層の女性に人気の高い店舗である。

阪急電鉄梅田駅南部の梅田阪急ビルに入居する本館と、HEP NAVIOに入居する阪急メンズ大阪(旧:阪急百貨店メンズ館)[6]で構成される。かつてはスポーツ用品や子供服などを扱う阪急イングス館(旧:阪急イングス)も存在したが、2012年(平成24年)10月25日に子供服・玩具売場が新本館11階に移転し[7]、同年11月21日の新本館全面開業[8]時に新本館の8階に「スポーツファッション・イングス」として開業した[7]ことから、同年11月18日に閉鎖された[7]

本館[編集]

旧店舗[編集]

解体前の旧梅田阪急ビル(阪急百貨店うめだ本店)
旧うめだ本店玄関前(2005年撮影)

1920年(大正9年)11月1日に5階建ての阪急梅田ビル1階に東京日本橋の老舗呉服店系百貨店・白木屋を招致して[9]白木屋梅田出張店として営業させたのが始まりであった[10]

梅田駅ビルを地上8階地下2階に全面改築して大幅に拡張し[11]、敷地面積328坪で延べ床面積3,280坪[12]1929年(昭和4年)4月15日に鉄道会社直営=電鉄系百貨店として開業したターミナル百貨店である[9][2]

開業直前の1929年(昭和4年)4月13日・14日掲載の開店新聞広告に「どこよりもよい品物を、どこよりも安く売りたい」とのコピーを入れた[10]ように、開業当初は大衆向けの路線を採った[13]。開業当初、1日平均約2万円だった売上は[12]1931年(昭和6年)11月に敷地面積628坪で延べ床面積6,191坪として1日平均3.1万円の売上を上げ[12]1932年(昭和7年)12月に延べ床面積12,000坪で1日平均5万円の売上[12]へと阪急梅田ビルの増築工事を完成させて増床を行い[9]、大衆路線が受けたことと合せて売上を順調に伸ばした[13]1936年(昭和11年)には、阪急梅田ビルの第4期増築工事が完成して[14]売り場面積は53,435m²にまで拡大した[15]など、急速に売上を伸ばした。

第2次世界大戦後も、1957年(昭和32年)6月12日と1961年(昭和36年)4月25日と1969年(昭和44年)11月23日に相次いで阪急梅田ビルの増築工事が相次いで竣工して梅田本店の増床を行い[16]、営業力の拡大・強化を図っていった。

大食堂[編集]

旧本館7・8階の大食堂は[11]、高層階からの眺望や食券方式などの目新しさに加えて看板メニューは当時は当時高級品だったライスカレーをコーヒー付き25銭で提供して人気を博し[17]、第2次世界大戦前に1日で1万3千食売れた記録も残っていた[18]

開業直後に襲った昭和恐慌の時代には、ライスのみを注文してテーブルに備えられていた[19]ウスターソースをかけただけで食べるソーライスが流行した[20]。不景気により商売がふるわず、他の店舗[20]や当店の大食堂の店員は、ライスだけを注文する客を締め出そうとした[19]。しかし、創業者の小林一三は「今は貧しいが、やがて結婚し子供ができる。その時ここでの食事を思い出し、家族で来てくれるだろう」と考え、「ライスだけのお客様を歓迎します」との張り紙を貼り[19]、福神漬けまで付けて提供するなど[20]、裏メニューとして話題となった。

2002年(平成14年)8月19日で阪急百貨店の開業時の面影を残すレトロな雰囲気の大食堂の営業を終了し[17]、和食の名店や授乳室やベビーベッドを備えた子供連れ用レストラン[17]、カフェなど11店の入るレストラン街阪急ダイニングステージとして同年10月26日に新装開業した[21]。改装後にも、開業当時からあるステンドグラスや柱などは残され、大食堂の名物のライスカレーはザ・グリル阪急に引き継がれたが、価格は改装前の750円から1,200円に値上げされた[21]

2011年(平成23年)3月1日にはハウス食品の協力を得て開店当時の味を再現したカレーをレトルトで復活させて当店や阪急オアシスなどで発売している[18]

新店舗への建て替え[編集]

阪急うめだ本店サン広場館(手前)
2005年(平成17年)8月19日-2009年(平成21年)9月3日)
雑貨エリア「Umeda SOUQ」
第2期分の祝祭広場
うめだ本店1階 南北コンコース
うめだ本店 コンコース広場入口

JR大阪駅ビルへのJR大阪三越伊勢丹ルクアの開業や、大丸大阪梅田店の大幅な増床の計画に触発された大阪市内の百貨店の売り場面積が約3年間で約1.5倍に増大する百貨店の増床競争[22]に対応して旧店舗を2期に分けて解体して全面的に建替えることになり、2005年(平成17年)8月16日に解体工事を着工して初日から3日間休業して売り場を北側に移して19日から営業を再開した[23]

改装工事に入って売場面積が43,000m²[24]に減少した。しかし、その後の2006年(平成18年)3月期下期の減収幅が予想値の28%減よりも小さい12%減に留まり[25]2008年(平成20年)度も売上高約1728.87億円を上げて日経MJの百貨店店舗別売上高ランキングで全国で第3位で、大阪で第1位となる[26]など、強い競争力を保った。

地下に過去の建造物が残っているにも関らず、建設当時の図面が完全な形で保存されていないため、正確な構造が把握出来ない[27]上、周辺のビル・地下鉄・地下街も考慮しつつ[28]百貨店の営業を継続しながら半分ずつ解体・建設するという難工事であった[29]。そのため、工事の進捗は当初の予定よりも大幅に遅れ[30]2009年(平成21年)9月3日に南側部分の第1期棟が売り場面積約27,000m²で開業した[4]

この新店舗第1期棟での営業開始に伴い、売場面積が約27,000m²へと大幅に減少したことに伴って海外高級ブランド品の売場面積を20%以上減らした。それにも拘らず、売上高は前年比10%以上伸ばすなど高級路線を維持している[31]

第1期棟百貨店部分の営業開始を受けて、北側部分である第2期棟部分の解体工事に入った[4]。しかし、第2期の建替え工事に伴う売場減少の影響は大きく、2010年(平成22年)3月期の売上高は前年比9%減を記録した。これは、日本経済新聞社の2010年度百貨店調査の調査対象226店で最大の落ち込みとなって[32]同年3月期に売上高約1440.75億円[33]2011年(平成23年)3月期に売上高約1310.87億円[34]2012年(平成24年)3月期に前期比5.1%減の売上高約1244.58億円にまで落ち込んでいる[35]

また、この第2期工事に伴い、JR大阪駅と阪急梅田駅を結ぶ屋内通路も閉鎖された。当百貨店のすぐ北側にある飲食店街「新梅田食道街」の幅約3mの通路が迂回ルートになったが、通行量は屋内通路閉鎖前の約10倍相当にあたる1日約1万人超へ急増した。朝夕のラッシュ時には、信号待ちが重なると通路の中程まで動かなくなるほど混雑するようになり、売上が減少する店が出た。その一方で、閉鎖された通路から東側に繋がっていた阪急東通商店街は通行量が平日1日約8000人から5000 - 6000人に減少して、売り上げが20 - 30%減少するなど、周辺の店舗にも大きな影響を与えることになった[36]

第2期の工事も難航したため[28]2011年(平成23年)4月22日に3度目の全面開業時期の延期が報道される状況になり[27][28][30]2012年(平成24年)4月17日に同年11月下旬に当初の予定から約1年半遅れて開業することを発表した[5]

そして、2012年(平成24年)10月25日に新店舗の第2期分(北側部分)を先行開業させた後[37]、スポーツ用品などの売場を本館8階の「スポーツファッション イングス」へ移設するため2012年(平成24年)11月18日にイングス館を閉鎖した[7]

新店舗開業後[編集]

2012年(平成24年)11月21日の新店舗の全面開業[8]後は「暮らしの劇場」をコンセプトに[38]、エンターテインメントや期間限定のマーケットの場ととなる9階には12階まで4層吹き抜けで壁面に映像アートを発信する大型ビジョンを設置する高さ16メートルの情報発信空間祝祭広場や座席数408席の阪急うめだホール[39]、600m²の阪急うめだギャラリー[39]、関西発の新人アーティストを紹介するアートステージ[39]、各売場に設けられた顧客参加型のイベント広場で調理教室や食育、着こなしやコーディネートの講座など取扱商品に関連するイベントを開いて生活シーンや使用価値を提案するコトコトステージ[40]を各フロアに設置する[41]など売場面積80,000m²[5]の20%に当たる16,000m²を情報発信・サービス空間とし[38]、「驚きや発見、学び、感動、憧れが詰まっていたかつての百貨店の楽しさを取り戻した」[39]価格競争でなく文化価値を提供する劇場型百貨店[38]で「百貨店の原点である価値の提供」をする店舗にして国内最大級の初年度売上高2130億円を目指すとしている[5]

また、13階のレストランフロアの「シャンデリアテーブル」には、建て替え前の旧阪急梅田駅コンコースに飾られていた[42]伊東忠太がデザインした龍と天馬、獅子と鳳凰を描いたモザイク壁画[43]が復元された[42][44]

増床分の売場にはライバルの大丸の手法を参考に専門店の招致も進めた[45]ほか、大丸のうふふガールズや三越伊勢丹のイセタンガール、高島屋大阪店のgokai(ゴカイ)など競合他店で導入された若い女性向けのカジュアルファッションの売場を参考にして20歳前後の学生向けの「うめはんシスターズ」と20代の社会人の女性を対象にした「うめはんジェンヌ」を導入し、従来の主要顧客のは50~60歳代に加えて百貨店離れが進んでいるといわれる若い世代の取り込みも狙うなど地上13階から地下2階のうち6階分を女性向けの売場とした[46]。また、服飾売場に隣接して同じ階に化粧品や靴などの関連する商品の売り場を設置するなど従来の様な品目別のフロア構成に拘らない売場構成も行われている[46]

更に、10階は仕入れ担当者(バイヤー)が世界から集めた1点ものも含む[47]雑貨や文具、手芸、服飾の4分野の商品を[42]、斜めになった通路や商品実演のコーナーを売場に[42]混在させて迷ってしまうような感覚を与えて[47]街歩きのような楽しさを演出した[42]うめだスーク(SOUQ)[47]とするなど、百貨店の楽しさを追求した店舗として顧客の滞在時間を延ばすことで新たな顧客層の獲得と売上拡大を目指している[42]

1 - 6歳の子供を最大2時間まで有料で預けることができる保育施設キッズルームを設置して、小さい子供がいる若い女性客がゆったり買い物できるようにしたり[48]、会員制の化粧室を設置して常連客にゆったりと着替えなどを出来る場所を提供する[49]など、従来百貨店に足を向けにくかった顧客層の取り込み[48]や上質な顧客へのサービスの充実も図っている[46]

その他、8階にはスポーツ用品売場のイングスが移転[50]したほか、紳士服・紳士用品が扱われるようになり、2008年に阪急百貨店・メンズ館(現:阪急メンズ大阪)が開店して以来、4年ぶりに本館にメンズファッションフロアが復活した。

この増床により、営業面積を6万m²から8万m²へと拡大することになった[8]。これにより2012年(平成24年)11月時点で、関西地区最大級[42][注釈 1]の百貨店になった。また、地下1階部分の不自然な盛り上がりや、周辺地下街との段差(いずれも建設時期の関係によってできたもの)も解消することになった。

2011年(平成23年)に阪急阪神百貨店が店舗運営を3つの事業部に分けた際には当店は主力店を担当する第一店舗事業部の所属となり、販売部門と商品部門を分けて各々の責任を明確化する体制へ移行した[52]

阪急メンズ大阪[編集]

阪急メンズ大阪
HEP NAVIO.JPG
店舗概要
正式名称 阪急阪神百貨店阪急メンズ大阪
所在地 530-0017
大阪府大阪市北区角田町7-10
北緯34度42分12.3秒東経135度30分0.6秒
開業日 2008年(平成20年)2月1日[6]
施設管理者 阪急阪神百貨店
商業施設面積 約16,000[6]m2
最寄駅 阪急電鉄阪神電気鉄道大阪市営地下鉄梅田駅
JR大阪駅
大阪市営地下鉄東梅田駅[1]
外部リンク 公式ウェブサイト
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HEP NAVIOを改装して、2008年(平成20年)2月1日にうめだ本店の別館として開業した[6]。開業時の名称は「阪急百貨店メンズ館」であった[6]

うめだ本店の紳士服売場時代の約5,300m²の約3倍の6フロアに広がる約16,000m²の売場[53]に約300ブランドの紳士服の関連商品を集めた、伊勢丹新宿店メンズ館の約1.6倍の規模を誇る日本最大のメンズファッションの専門館で[6]、紳士物のスーパーブランドショップと呼ばれている[54]

専属のスタイリストが顧客の好みや予算を考慮しながら買い物に付き添って帽子から靴までトータルコーディネートをする会員制のスタイルメイキングクラブなどサービスにも力を入れている[54]。専門性の強さから中・四国や北陸を含む広大なエリアからポイントカード会員約18万人を集める広域の商圏を誇る店舗となっている[54]

開業から半年でうめだ本店にあった前年同期比で約70%増の売上高約135億円を記録した[53]。開業初年度の年間でも約870万人の来店客を集めて約265億円を記録し、うめだ本店にあった前年同期比で約60%増となるなど、順調に売上を伸ばした[6]

2011年(平成23年)に阪急阪神百貨店が店舗運営を3つの事業部に分けた際には当店は主力店を担当する第一店舗事業部の所属となり、販売部門と商品部門を分けて各々の責任を明確化する体制へ移行した[52]

2012年(平成24年)のうめだ本店の全館開業にあわせて、同店の名称も「阪急メンズ大阪」に改称された[50]

イングス館[編集]

阪急百貨店イングス館
Hankyu ings.JPG
店舗概要
正式名称 阪急阪神百貨店阪急百貨店イングス館
北緯34度42分17.2秒東経135度29分58.5秒
開業日 1982年(昭和57年)10月8日[2]
閉店日 2012年(平成24年)11月18日[7]
施設所有者 エイアイジー・グローバル・リアルエステイト・インベストメント・ジャパン・コーポレーション[55]
施設管理者 阪急阪神百貨店
商業施設面積 5,780[56]m2
延床面積 9,280[55]m2
最寄駅 阪急電鉄阪神電気鉄道大阪市営地下鉄梅田駅
JR大阪駅
大阪市営地下鉄東梅田駅[1]
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1982年(昭和57年)10月8日にうめだ本店の別館の阪急イングスとして開業した[2]。開業当初はスポーツ用品や音楽・映像関連の商品を扱って、1990年代前半に売上高約120億円を上げていた[56]。ingsというネオンサインが目印だった。

2004年(平成16年)4月19日に阪急イングスから阪急イングス館としてリニューアルされて子供服やスポーツ用品を扱うようになっていたが、2010年(平成22年)3月期に売上高約80億円に落ち込んでいるため、うめだ本店が全館開業する際に本店へ売場を集約して廃止することになった[56]

そして2012年(平成24年)10月25日付けで子供服・玩具売場を新・本館11階に移転させた後、同年11月18日にイングス館を閉鎖し[7]、新本館の8階に「スポーツファッション・イングス」として移転し[7]、同年11月21日にうめだ本店新店舗を全館開業した[8]のに合せて新たな売場での営業を開始することになった[50]

かつての阪急ドラマシリーズでは、「阪急イングス」単体でCMが放送されていた。キャッチコピーは「何か始めたい人、どこか物足りない人、イングスならもっと夢中になれること、ずっと夢中になれること、(阪急)イングス」であった。

跡地(ABC-MART梅田ビル)の地下1階・2階にはファッションビルを運営するOPAが「梅田OPA」として出店[57]、地上1 - 3階には、H&Mが「H&M UMEDA」を出店、また、地上1階・2階には、ABC-MARTが「ABC-MART Grand Stage 梅田」を出店した(いずれも2013年4月19日開業)。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 梅田阪急ビル建て替えプロジェクト「梅田阪急ビル オフィスタワー」が竣工します (Report). 阪急電鉄. (2010-3-10). 
  2. ^ a b c d 50年史編集委員会 『株式会社阪急百貨店50年史』 阪急百貨店、1998年4月
  3. ^ “中高層部、5月6日開業 梅田阪急ビル「オフィスタワー」”. 京都新聞 (京都新聞社). (2010年3月10日) 
  4. ^ a b c d “阪急うめだ本店、建て替え棟開店 1階も食品売り場”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2009年9月3日) 
  5. ^ a b c d e “阪急本店、11月増床開業、大阪・梅田、年商2100億円めざす”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2012年4月18日) 
  6. ^ a b c d e f g h 岸本英樹 (2009年2月17日). “阪急メンズ館、1年目順調 新鮮さ維持がカギ”. 読売新聞 (読売新聞社) 
  7. ^ a b c d e f g “惜しまれつつ…阪急イングス館が閉館 本館に移転”. 産経新聞 (産経新聞社). (2012年11月19日) 
  8. ^ a b c d 南敦子 (2012年11月21日). “<阪急百貨店>梅田本店が全館オープン”. 毎日新聞 (毎日新聞社) 
  9. ^ a b c 『75年の歩み』 阪急電鉄、1982年
  10. ^ a b 『株式会社阪急百貨店25年史』 阪急百貨店、1976年9月
  11. ^ a b “【大阪の20世紀】(24)小林一三 宝塚歌劇、沿線開発型鉄道…“夢”咲かせ続けた経営者”. 産経新聞 (産経新聞社). (1999年10月10日) 
  12. ^ a b c d 谷内正往 (2009-7-31). “戦前のターミナル・デパート-大鉄百貨店の創立”. 生駒経済論叢 第7巻第1号 (近畿大学 経済学会). 
  13. ^ a b 山本真紗子 (2010). “阪急百貨店美術部と新たな美術愛好者層の開拓”. コア・エシックス Vol.6 (立命館大学大学院先端総合学術研究科). 
  14. ^ 栗本智代. “大阪再発見VOL2 大阪ターミナルものがたり 梅田と駅のアイデンティティ”. 季刊誌CEL 60号 (大阪ガスエネルギー・文化研究所) (2002-3). 
  15. ^ 谷内正往. “戦前、 阪神の百貨店構想 ‐大阪駅前の土地争いを中心として”. 梅信 No.568 (近畿大学 通信教育部) (2012-1-1). 
  16. ^ 阪急阪神ホールディングス株式会社グループ経営企画部(広報担当)編集 『100年のあゆみ』 阪急阪神ホールディングス、2008年3月
  17. ^ a b c “阪急大食堂73年の歴史に幕 面影残して全面改装へ”. 京都新聞 (京都新聞社). (2002年8月16日) 
  18. ^ a b “阪急百貨店「大食堂の名物カレー」復活”. 産経新聞 (産経新聞社). (2011年3月1日) 
  19. ^ a b c “<気流>ソーライス。文字通りソースをかけただけの白飯…”. 西日本新聞 (西日本新聞社). (2011年3月4日) 
  20. ^ a b c “産経抄”. 産経新聞 (産経新聞社). (2008年1月4日) 
  21. ^ a b “名物カレーは1200円/阪急大食堂改装オープン”. 四国新聞 (四国新聞社). (2002年2月28日) 
  22. ^ “JR、小売り再編走らす-独自性、生き残りの切符に”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2011年5月16日) 
  23. ^ “阪急百梅田本店、建て替え16日着工-「売り尽くしセール」2ヵ月間で売上高1割増”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年8月16日) 
  24. ^ “関西の百貨店、増床控えテコ入れ―阪急本店、JR西伊勢丹、京阪百。”. 日経MJ (日本経済新聞社). (2009年7月20日) 
  25. ^ “阪急百梅田本店、減収幅 予想下回る”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2006年5月13日) 
  26. ^ “2008年度百貨店店舗別売上ランキング”. 日経MJ (日本経済新聞社). (2009年8月13日) 
  27. ^ a b “阪急百貨店本店、全面開業先送り…1年遅れも”. 読売新聞 (読売新聞社). (2011年4月22日) 
  28. ^ a b c “これで3度目 どうして?阪急梅田本店の開業延期”. スポーツニッポン (スポーツニッポン新聞社). (2011年4月22日) 
  29. ^ “阪急百本店建て替え工事、大林組に施工業者交代-大成建、受注額折り合わず”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2007年1月16日) 
  30. ^ a b “阪急梅田本店の開業延期 3度目、1年遅れも”. 京都新聞 (京都新聞社). (2011年4月22日) 
  31. ^ 船木七月、井戸田崇志 (2010年1月14日). “百貨店、着々と新戦略…大阪市内 増床ラッシュ”. 読売新聞 (読売新聞社) 
  32. ^ “2010年度百貨店調査-売上高5年連続減、減収幅縮小、底入れも”. 日経MJ (日本経済新聞社). (2011年8月17日) 
  33. ^ エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 第91期営業報告書 (Report). エイチ・ツー・オー リテイリング. (2010-6-25). 
  34. ^ エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 第92期営業報告書 (Report). エイチ・ツー・オー リテイリング. (2011-6-23). 
  35. ^ エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 平成24年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結) (Report). エイチ・ツー・オー リテイリング. (2012-5-10). 
  36. ^ “迂回利用で通行量激増!でも客足は減少?…新梅田食道街ため息 梅田・阪急工事で道路閉鎖“とばっちり””. 読売新聞 (読売新聞社). (2009年11月2日) 
  37. ^ “阪急うめだ本店が増床開業 開店前から長蛇の列”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2012年10月25日) 
  38. ^ a b c “阪急うめだ本店、11月下旬オープン 初年度1900億円目標”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2012年4月23日) 
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  40. ^ “博多阪急、駅ビルに開業、絶好立地、奇策で挑む、高級婦人服・外商なし”. 日経MJ (日本経済新聞社). (2011年3月4日) 
  41. ^ 株主通信 (Report). エイチ・ツー・オー リテイリング. (2012-6). 
  42. ^ a b c d e f g 松村信仁 (2012年10月20日). “ビジネスの裏側 百貨店業界に神風?それとも共倒れ?新生・阪急梅田本店のスゴさと懸念”. 産経新聞 (産経新聞社) 
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  44. ^ シャンデリアテーブルのインテリア(公式サイト)http://www.chandeliertable.com/interior/
  45. ^ “Jフロント、パルコ買収、「奥田改革」最終章へ-弱さ知り「脱百貨店」加速”. 日経MJ (日本経済新聞社). (2012年2月27日) 
  46. ^ a b c “女性のための店作り極める 阪急梅田本店、25日先行開業”. 産経新聞 (産経新聞社). (2012年10月25日) 
  47. ^ a b c 南敦子 (2012年10月6日). “阪急百貨店梅田本店:改装大詰め 大阪・キタ、雑貨で勝負”. 毎日新聞 (毎日新聞社) 
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  49. ^ “関西の雄「くつろぎ」で攻勢 阪急梅田本店あす先行開業”. 産経新聞 (産経新聞社). (2012年10月24日) 
  50. ^ a b c “阪急うめだ、21日全面開業 日本最大級の売り場面積”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2012年11月21日) 
  51. ^ 早川麗 (2012年2月18日). “大阪「アベノ」、衣食住で吸引力 商業施設開発が刺激”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社) 
  52. ^ a b “阪急阪神百、店舗管理3分割、組織再編、郊外店テコ入れ急ぐ。”. 日経MJ (日本経済新聞社). (2011年4月11日) 
  53. ^ a b “阪急メンズ館、客足好調”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2008年8月23日) 
  54. ^ a b c “【百貨繚乱 2011年問題の行方】(5)メンズ戦争 おしゃれ男子、囲い込み”. 産経新聞 (産経新聞社). (2011年4月30日) 
  55. ^ a b 阪急百貨店 第87期有価証券報告書 (Report). 阪急百貨店. (2006-6-28). 
  56. ^ a b c “H2O、来年イングス閉鎖へ 「本店への集約」検討”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2011年10月28日) 
  57. ^ OPA/6年ぶりの出店で、4月に梅田オーパをオープン (流通ニュース 2013年1月23日)

注釈[編集]

  1. ^ 完成時点での日本最大は松坂屋名古屋本店(名古屋市矢場町)の86,758m²である。ただし、メンズ館(16,000m²)[6]を含めると松坂屋を上回る。また、2014年(平成26年)には近鉄百貨店阿倍野本店が本館100,000m²となる予定である[51]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]