大塚家具

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
株式会社大塚家具
Otsuka Kagu, Ltd.
Tokyo Fashion Town.jpg
有明本社ショールーム(TFTビル)
種類 株式会社
市場情報
東証JQ 8186
略称 IDC大塚家具
本社所在地 日本の旗 日本
135-8071
東京都江東区有明三丁目6番11号
設立 1969年昭和44年)3月7日
業種 小売業
事業内容 家具販売業
代表者 大塚勝久代表取締役会長
大塚久美子(代表取締役社長)
(2015年1月28日就任)
資本金 10億8,000万円
(2013年12月31日現在)
発行済株式総数 1,940万株
(2013年12月31日現在)
売上高 562億3,051万8千円
(2013年12月31日現在)
純利益 8億5,624万2千円
(2013年12月31日現在)
純資産 362億5,029万9千円
(2013年12月31日現在)
総資産 476億5,730万9千円
(2013年12月31日現在)
従業員数 1,749人
(2013年12月31日現在)
決算期 12月31日
主要株主 大塚勝久 18.04%
株式会社ききょう企画 9.75%
日本生命保険 6.35%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 3.57%
東京海上日動火災保険 3.22%
日本トラスティ・サービス信託銀行(三井住友信託銀行再信託分・三井住友銀行退職給付信託口) 2.94%
大塚春雄 2.77%
大塚家具従業員持株会 2.69%
ジャックス 2.47%
大塚千代子 1.91%
(2013年12月31日現在)
外部リンク 株式会社大塚家具 公式サイト
特記事項:一級建築士事務所東京都知事登録
特定建設業東京都知事登録
IDC(International Design Center)
テンプレートを表示

株式会社大塚家具(おおつかかぐ、Otsuka Kagu,Ltd.)は、東京都に本社をおく家具販売会社である。

会社の商号としては株式会社大塚家具であるが、一般にはコーポーレートブランドネーム(商標)として「IDC大塚家具」(アイディーシーおおつかかぐ)の名称を用いている。

概要[編集]

1969年昭和44年)に埼玉県春日部市東武伊勢崎線春日部駅東口(現在の春日部ショールームとは反対側)に箪笥販売店「大塚家具センター」として創業。1993年平成5年)に会員制を導入し、現在の業態に移行した[1]

自らの業態を「インターナショナルデザインセンター」(International Design Center)と称し、頭文字を取った「IDC」を商標の一部としている[2]

小売りだけではなく法人向けのコントラクト事業も手がけており、ホテルや医療施設などの内装のトータルコーディネートなどを行っている[3]

沿革[編集]

  • 11月 - 株式会社不二越銃砲火薬(後の株式会社大塚家具)設立[6]
  • 3月 - 大塚勝久が大塚箪笥店から独立し、埼玉県春日部市にて、社員24名の株式会社大塚家具センターを設立、代表取締役社長に就任。
  • 4月 - 春日部駅西口に1号店開店。
  • 1972年(昭和47年)8月 - 販売部門を株式会社桔梗として設立し、春日部駅東口で営業を開始。
  • 1978年(昭和53年)
  • 7月 - 休眠会社だった株式会社不二越銃砲火薬店が株式会社大塚家具に商号変更。
  • 12月 - 株式会社大塚家具が、株式会社大塚家具センター、株式会社桔梗及び不動産業になっていた合資会社大塚箪笥店の3社を吸収合併。
  • 1979年(昭和54年)7月 - 東京都千代田区に本社を移転。
  • 1980年(昭和55年)6月 - 株式を店頭登録。
  • 1993年平成5年) - 会員制導入。4月の日比谷ショールーム開設を皮切りに、10月までに全店舗を会員制に転換。「IDC大塚家具」の商標の使用を開始。
  • 1996年(平成8年)3月 - 本社を現在の所在地である東京都江東区有明東京ファッションタウンビルに移転。
  • 2006年(平成18年)9月 - 非連結子会社として秋田木工株式会社設立。
  • 2007年(平成19年)5月8日 - 証券取引等監視委員会が、大塚家具が配当予想の修正を行うという重要事実を知りながら公表前の2006年2月10日から22日にかけて自己株7万9000株を買い付けたというインサイダー取引を行ったとして、金融庁に3044万円の課徴金納付命令を出すよう勧告[7]
  • 2009年(平成21年)3月 - 創業者の大塚勝久の娘である大塚久美子が社長に就任。
  • 2014年(平成26年)7月 - 大塚久美子社長が解任され取締役に、父の勝久会長が社長を兼任。
  • 2015年(平成27年)1月 - 大塚久美子取締役が社長に復帰。

店舗[編集]

宮城県埼玉県東京都神奈川県愛知県大阪府兵庫県福岡県に14店舗と、コンセプトショップとしてアウトレット家具を扱う「横浜アウトレット」(神奈川県)と、家具のセレクトショップである「モダンスタイルショップ淀屋橋」(大阪府)の2店舗の計16店舗を展開する。

大塚家具の店舗はコンセプトショップと日本橋店・銀座本店(いずれも東京都)以外は全て「ショールーム」と称しており、その大半がビルの複数フロアを借り上げた大規模なものとなっているのが特徴で、店舗ごとに「○○地区最大のインテリアショールーム」という謳い文句がつくことが多い。ショールームのうち春日部は旧イトーヨーカドー春日部店を、新宿は旧・新宿三越新館を、名古屋栄東海放送会館東海テレビ東海ラジオ)旧館を、大阪南港ATC ITM棟をそれぞれ一棟丸ごと借り上げて店舗としている。

店舗ギャラリー[編集]

過去に存在した店舗[編集]

吉祥寺ショールーム(2001年(平成13年)9月)
幕張ショールームが入っていたマリブWBGビル(千葉市美浜区)

経営方針を巡る内部対立[編集]

大塚家具は創業者である大塚勝久が取り入れた、広告宣伝費の大量投入と「入店時に顧客名簿を作成し(=会員制の導入)、店員が顧客について回る」という積極的な接客により“結婚後のまとめ買い”需要を取り込むことで成長。2001年12月期には営業利益75億円でピークを迎えた[8]が、その後住宅需要低迷やニトリイケアをはじめとする新興勢力の台頭、さらには自社株買いに伴う不祥事に伴い業績が低迷[9]。このため2009年3月の株主総会で、創業以来社長を務めてきた大塚勝久が会長に退き、後任に勝久の娘(長女)で旧富士銀行(現みずほ銀行)出身の大塚久美子を社長に昇格させた。

久美子は勝久の用いた接客方法が「利用客の心理的な負担になり、客足を遠のかせる」と判断、「(一人でも)入りやすく、見やすい、気楽に入れる店作り」を目指し、店舗にカジュアルな雰囲気を施して積極的な接客を控える手法を取り入れ、10年以上減り続けてきた入店者数を増加に転じさせるなど業績改善に一定の効果をもたらした[8]。しかし、これが「自身の築いた経営路線の否定」と映った勝久は2014年7月、取締役会で業績不振を理由として久美子社長の解任を提案[8][9]、これが成立した(週刊東洋経済は、久美子を除く7人の取締役のうち、5人が賛成、社外取締役の1人が反対、1人が棄権したと報じている[8]。)ことを受けて久美子は無役の取締役に降格。勝久が社長を兼務して現場に復帰し、久美子のとった路線変更をすべて否定、久美子の社長時代に新規顧客層の開拓のために開いた「Morgenmarked 目黒通り」(東京都目黒区)・「EDITION BLUE 青山」(東京都渋谷区)を共に2014年11月末で閉店させ、高額商品を前面に出した広告を大量投入するなど、従前の経営手法に戻した施策を採り始める[8]

ところが、社長交代後も業績はさらに低迷。平成26年12月期業績について2度の業績下方修正を経て4年ぶりの営業赤字に転落する事態となったことを受け、2015年1月28日の取締役会では、久美子の社長復帰・勝久の会長専任を決定する。このときの取締役会については、複数のメディアが取締役7人のうち4人が賛成、勝久を含む3人が反対という僅差で可決された[9][10][11]と報じている。

その翌日、今度は勝久が3月での株主総会で自身を含む新たな取締役の選任を求める株主提案(この中に久美子社長は含まれておらず、事実上の久美子社長の取締役解任動議)を提出するが、2月13日の取締役会で会社としてこの株主提案に反対する決議を可決。逆に久美子(会社側)が勝久を「当社経営を再度混乱かつ不透明にさせ、当社の企業価値・株主利益を毀損するものである」として、3月の株主総会で勝久を含まない新たな取締役を選任する会社提案(すなわち勝久の取締役解任決議案)を株主総会に提出することを決定した[9][10][12]読売新聞は、取締役専務の大塚勝之(勝久の長男)と、勝久の妻(久美子の母)の大塚千代子が勝久に近い立場とされ、逆に執行役員の大塚雅之(勝久の次男)と取締役上席執行役員の佐野春生(勝久の三女・智子の夫)及び次女、三女が久美子に近い立場と報じている[13]。大塚家具の筆頭株主は勝久で、逆に第2位の株主である株式会社ききょう企画(大塚家の資産保有会社、1985年9月設立[14])からは大塚勝之取締役、大塚千代子監査役が解任され、次男、次女が取締役に、三女が監査役に就任している[8](これについて、久美子が保有議決権を確保することを目的に貸付実績がないまま譲渡担保契約を締結する手法で虚偽の名義移転をしていたとして、株譲渡の際にききょう企画の社債を保有している勝久が株を返すよう求める民事訴訟を2月25日に東京地方裁判所に起こしたことも明らかになっている[11])など、創業者一族同士によるプロキシーファイト(委任状争奪戦)に発展するという、上場企業としては異例の経営対立(この事から「お家騒動」と呼ぶメディアも少なくない[15])が生じている。

スポンサー協賛[編集]

美術協力[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

その他のテレビ番組[編集]

関連企業[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 沿革”. 大塚家具. 2013年3月23日閲覧。
  2. ^ IDC大塚家具とは”. 大塚家具. 2013年3月23日閲覧。
  3. ^ コントラクト事業”. 大塚家具. 2013年3月23日閲覧。
  4. ^ a b IDC大塚家具の歴史”. 大塚家具. 2015年2月26日閲覧。
  5. ^ “大塚家具のお家騒動が映し出した「2代目のジレンマ」(後)”. NetIBニュース (データマックス). (2015年2月3日). http://www.data-max.co.jp/company_and_economy/2015/02/29503/0203_ks02/ 2015年2月26日閲覧。 
  6. ^ a b 2013年度有価証券報告書 (PDF)”. 大塚家具. 2015年2月26日閲覧。
  7. ^ “大塚家具の自社株買いにインサイダー取引=証券監視委”. ロイター. (2007年5月8日). http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-25871020070508 2015年2月25日閲覧。 
  8. ^ a b c d e f 続報! 大塚家具、父娘「激突」の舞台裏”. 東洋経済オンライン. 東洋経済新報社 (2015年1月25日). 2015年2月25日閲覧。
  9. ^ a b c d “【経済インサイド】大塚家具“泥沼内紛”招いた「父=職人気質」と「娘=現代才女」の水と油”. 産経新聞. (2015年2月20日). http://www.sankei.com/premium/news/150220/prm1502200006-n1.html 2015年2月25日閲覧。 
  10. ^ a b 磯山友幸 (2015年2月20日). “取締役会4対3、大塚家具の仁義なき戦い”. 日経ビジネス. 日経BP. 2015年2月26日閲覧。
  11. ^ a b 北川慧一 (2015年2月26日). “大塚家具、販売手法めぐり父娘が対立 互いに退陣要求”. 朝日新聞. http://www.asahi.com/articles/ASH2T7QZVH2TULFA031.html 2015年2月26日閲覧。 
  12. ^ 大塚家具、父娘が「解任」し合う激しい応酬”. r東洋経済オンライン. 東洋経済新報社 (2015年1月25日). 2015年2月25日閲覧。
  13. ^ “父には長男、娘には次男・次女らがつく大塚家具”. 読売新聞. (2015年2月26日). http://www.yomiuri.co.jp/economy/20150226-OYT1T50066.html 2015年2月26日閲覧。 
  14. ^ 株式会社ききょう企画 大量保有報告書 (PDF)”. 株主プロ. 有報データマイニング. 2015年2月27日閲覧。
  15. ^ “相いれぬ父娘 大塚家具、泥沼化する「お家騒動」”. 日本経済新聞電子版. (2015年2月25日). http://www.nikkei.com/article/DGXMZO83601740U5A220C1000000/ 2015年2月27日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]