そごう
そごう(英称:Sogo)はセブン&アイ・ホールディングスの傘下の株式会社そごう・西武が運営する日本の百貨店。
2009年8月1日付で、かつての運営会社「株式会社そごう」が、西武百貨店と持株会社のミレニアムリテイリングを吸収合併し、株式会社そごう・西武に商号変更した。
目次 |
[編集] 概要
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒102-0084 東京都千代田区二番町5-25 二番町センタービル |
| 設立 | 1969年(昭和44年)5月21日 (株式会社横浜そごう)(注1) |
| 業種 | 小売業 |
| 事業内容 | 百貨店 |
| 代表者 | 代表取締役社長 山下國夫 (元ミレニアムリテイリング取締役、西武百貨店出身) |
| 資本金 | 11,000,000円 |
| 売上高 | 4,689億94百万円(2006年2月期) |
| 従業員数 | 2,845名(2006年2月末現在) |
| 主要株主 | セブン&アイ・ホールディングス100% |
| 関係する人物 | 十合伊兵衛(創業者)、水島廣雄、和田繁明 |
| 外部リンク | http://www.sogo-gogo.com |
| 特記事項:2009年8月1日合併直前のもの。1830年(天保元年)「大和屋」として創業(のちに十合呉服店に改称) 注1:2002年2月に、(旧)株式会社そごう(1919年12月30日設立)を吸収合併し(2代め)株式会社そごうに商号変更。 |
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1830年創業の古着屋「大和屋」の流れを継承する老舗百貨店である。本社は創業から大阪店閉店までと心斎橋本店開店からそごう・西武への再編前までの長期間大阪の心斎橋にあった。横浜店は売場面積 (83,654m²) と売上高(1,000億強)が最大。1957年、有楽町に東京店を開店させ、テレビコマーシャルの「有楽町で逢いましょう」が流行した。「人、街、世界をつなぐ、そごうネットワーク」なるキャッチフレーズも存在した。西武百貨店と統合したことで、MDや売場編集を西武流に。POSシステムの技術提供も受け、従来のイメージは良いにつけ悪いにつけ一掃された。横浜店・千葉店・神戸店・広島店の売上は好調。また呉店は好調な広島店と外商機能などが効率的に統合。
イメージフラワーはダリアで、包装紙や紙袋に印刷されるほか、関連組織の名称にもダリアを冠したものがある(ダリアルーム、ダリア友の会など)。
[編集] 民事再生法適用
日本興業銀行(現:みずほ銀行・みずほコーポレート銀行)出身の水島廣雄の下で、旧名称「十合」の十にちなんで、「ダブルそごう(全国20店舗)」「トリプルそごう(同30)」などと称して積極的な展開をしたが[1]、この際土地の値上がりを見込んで土地買収を行っていたため、これが元で負債を抱え、2000年7月に小売業としては日本最大の負債総額を抱えて民事再生法適用の運びとなった。また1995年の阪神・淡路大震災で神戸店が被災し、そごう本社が直接打撃を受けたこともグループ破綻の原因の1つとなった。
株式会社そごう(初代)として運営していた店舗は大阪店、神戸店、東京店のみであった。それ以外はすべて1店舗1社制とし、資本金は各地元からの出資及び、そごう及び千葉そごうを筆頭としたそごうグループ各社や、水島が個人で出資するなど、極めて複雑な資本関係であった。これは、そごうがどこへ出店しても利益は本社へ行くが、税金が同じように行くことを阻止する仕組みである。発案者は水島で、各地方の地元へ安易に出店しやすくするシステムともいえる。 民事再生法の適用の申請前は、そごうに関しての再建問題、経営不振の報道を連日のようにされていた。これは、債権放棄を求めるそごう側に対する新生銀行の処理方法に一悶着あった関係による。
有楽町そごうで読売ジャイアンツの応援セールを行っていたが、これは建物所有者が読売グループであることによる(読売会館。7階には「よみうりホール」がある[2])。しかし同社の経営再建に伴い、応援セールの権利は三越が引き継ぐことになった。なお現在は西武百貨店・ロビンソン百貨店全店と同様、埼玉西武ライオンズの応援セールを行っているが、セールを行う店舗は埼玉県を商圏に含む大宮・川口・柏の3店舗のみで実施されている[3]。
[編集] 債権放棄問題
そごうは自主再建を施行するため、1999年より融資を受けている金融機関へ債権放棄を求めた。そごうのメインバンクで最大の債権者である日本興業銀行は応じる方針であったものの、もう一つのメインバンクである日本長期信用銀行(1998年経営破綻。一時国有化を経て現:新生銀行)については、2000年3月に預金保険機構からリップルウッドへ売却する際に有利な条件を付したことがネックとなり、次第にそごうの経営危機が報道されることになる。
その条件とは、瑕疵担保条項である。これはリップルウッドが長銀を譲受する以前(旧長銀)の融資債権で2割以上の損失が有ると認定された場合には、融資時の金額まで損失を預金保険機構が補填する仕組みである。新生銀行の場合は債権放棄に応じるよりも瑕疵担保条項を適用させる方が非常に有利であったため、金融再生委員会が2000億円程度の損失処理と見込んで推した債権放棄案は暗礁に乗り上げた。
そのためメディアでは「一企業のために国が助ける」との見出し[要出典]や、旧長銀の譲渡の仕方や国民負担などについて批判されることになる。2000年7月6日に亀井静香自民党政調会長(当時)と山田恭一そごう社長の電話連絡を経て、そごうはそれまでの自主再建を断念し、株式会社そごう(上場企業)とそごうグループは大企業として初となる民事再生法を申請した。そごうグループ各社(28件)約2兆9000億近い負債額で倒産し、株式会社そごう単体で6800億円余りの負債が返済不能となった。
結果的に瑕疵担保条項適用分は他の不良債権と合わせて国が負担することになったが、自主再建の場合に比べて再建の流れが公になるというとのことでこの問題の決着がつくとされた。「そごう問題」や、「そごう債権問題」などと言われた。
[編集] ロゴマーク
そごうのロゴマークは創業以来、初代十合伊兵衛の生家・絹屋の家紋であったちきり(縦糸を巻くための織機の付属部品。また石材や木材を繋ぎ止める部品の名)を丸で囲んだ「まるちきり」が使われている。ちきりはまた「ちきり」という言葉と「契り」の連想から、お客様との結びつきを末長く大切にといった意味も含んでいる。
ロゴマークの形状自体に変更はないが、色については、赤→紺→金・翡翠を経て、民事再生直後に原点回帰志向のもとで赤に、さらにミレニアムリテイリンググループのカラーとしての青に変更している。また、民事再生以前については、「そごう」ロゴと「SOGO」ロゴとが存在した(後者が後発ではあるが、前者も民事再生時点まで併用されてはいた。ほか、ロゴカラーが緑の時代には、続け字で右上がりの「Sogo」をCIに採用した時期もある:外装への採用例としては1996年から2001年の神戸店本館北側の壁面がある)。
[編集] 沿革
[編集] 民事再生手続以前
- 1830年 - 十合伊兵衛(そごう いへえ)が、大阪の坐摩神社(陶器神社)近くに古手屋(古着屋)「大和屋」を開業。
- 1877年 - 大阪の心斎橋筋に大和屋を移転。十合呉服店と名付ける。これが後のそごう心斎橋本店(旧そごう大阪店)である。
- 1919年12月 - 法人改組、株式會社十合呉服店設立。
- 1933年 - 神戸支店、元町より三宮阪神ビル(現在地)に移転、新築開店。
- 1935年 - (昭和10年) 村野藤吾設計のモダニズム建築の傑作、大阪本店が御堂筋とともに竣工(2003年解体)。
- 1940年 - 株式會社十合と商号変更。
- 1946年 - 大阪本店がアメリカ進駐軍に接収される。
- 1949年 - 大証一部上場。
- 1952年 - 接収が解除される。「大阪本店」が「大阪店」に、「神戸支店」が「神戸店」に呼称が変更。
- 1957年 - 東京地区初の店舗として、国鉄有楽町駅前の読売会館にそごう東京店(通称:有楽町そごう)を開店。
- 1958年 - 水島廣雄入社。副社長に就任(1962年社長就任)。
- 1961年 - 東証一部上場。
- 1967年 - 株式会社千葉そごう設立。株式の大半を水島廣雄が保有したため、株式会社そごうの連結対象外企業であった。
- 1969年 - 法人改組50周年を機に株式会社そごうに商号変更。株式会社横浜そごうを千葉と同じく連結対象外企業として設立。以後、全国各地に地域会社を設立のうえ多店舗展開を行った。
- 1979年10月6日 - 黒崎そごう(北九州市)開店により、百貨店業界初の北海道・本州・四国・九州全4島への出店を達成。
- 1983年4月15日 - 東京ディズニーランドの開園と共に、アトラクション「イッツ・ア・スモールワールド」のスポンサーに就任。
- 1985年 - 毎正時に「イッツ・ア・スモールワールド」が演奏される「世界の人形時計」が一部店舗で設置、運用開始。
- 1992年 - 千葉そごう新築開店に伴い同店舗運営会社「株式会社新千葉そごう」を設立。
[編集] 民事再生手続以降
- 2000年7月12日 - 株式会社そごうなどグループ22法人が民事再生法の適用を申請し事実上倒産。負債総額1兆8,700億円。また同日、株式会社多摩そごうが特別清算開始を申請。半数以上の店舗を閉鎖。
- 2000年7月13日 - 木更津そごう・長野そごう、自己破産申立。
- 2000年7月26日 - 民事再生手続開始決定[4]。元西武百貨店社長・和田繁明を特別顧問に迎える。
- 2000年12月25日 - 大阪店を閉店。この閉店自体は民事再生法の適用申請前(水島時代)に決定されていたことであったが、閉店の目的については、和田を始めとする新経営陣が「撤退のためではなく、そごう発祥の地にふさわしい店舗として再生させるため」へ方針転換したうえでの閉店となった。
- 2001年1月31日 - 再生計画認可。
- 2001年2月 - グループ各社の受け皿となる予定の休眠子会社「株式会社十合」が株式会社西武百貨店と包括的業務提携を締結。再生13社は100%減資し十合から全額出資を受けて同社の完全子会社となる。本社機能を東京都心から横浜市西区の横浜新都市ビルと横浜スカイビルへ移転。
- 2001年5月 - 西武百貨店からPOSシステムなど販売業務の情報技術供与を受けて、「クラブ・オンメンバーズシステム」同等のポイントシステム「そごうミレニアムカード」サービスを開始。テレビCMが短期間スポット放映された。
- 2002年2月 - 「十合」傘下の再生各社のうち、「株式会社横浜そごう」が、旧上場会社の「株式会社そごう」を吸収合併し「株式会社そごう」に商号変更(この時点で、本店は横浜市のままで、心斎橋本店完成時に旧そごうと同一の地に移転)。
- 2002年9月1日 - 「十合」傘下の再生各社の合併により、百貨店運営会社「株式会社そごう(旧株式会社横浜そごう)」へ一本化完了。
- 2003年1月30日 - 東京地裁より再生手続終結決定。
- 2003年4月 - 1935年に建てられた大阪店を解体。
- 2003年3月 - 業務提携先である西武百貨店の再生計画に伴い、十合が西武百貨店の第三者割当増資を引受。「そごう」「西武百貨店」が「十合」傘下となり、事業会社として再編を進める。
- 2003年4月12日 - 東京ディズニーシーの劇場「ドックサイド・ステージ」のスポンサーに就任。
- 2003年6月1日 - 「十合」、「そごう」ならびに「西武百貨店」の3社はグループ経営への移行で正式合意。ミレニアムリテイリンググループを発足し、株式会社十合を株式会社ミレニアムリテイリングに商号変更。
- 2003年12月12日 - 心斎橋本店起工式。
- 2005年5月31日 - 大阪市心斎橋の旧そごう大阪店を改修して開店させる「心斎橋本店」を、同年9月7日に開店することを発表。
- 2005年6月13日 - 本社機能と本店を(株式会社横浜そごうの時代から維持していた)横浜市から、(旧株式会社そごうの本店であった)大阪市(旧大阪店ならびに新規開店する心斎橋本店の地)に移転。
- 2005年8月2日 - 9月7日に開店する「心斎橋本店」に、計約1300台分の駐車場を確保することを明らかにした。確保した駐車場は、自前駐車場が274台分、クリスタ長堀と契約した1030台分。
- 2005年9月7日 - 心斎橋本店が新装開店。開店記念のCMに宮沢りえを起用。
- 2005年10月12日 - 伊勢丹出身の池田昭喜が9月13日に顧問に就任。10月12日に(株)そごう臨時株主総会にて取締役に選任。
- 2005年12月26日 - ミレニアムリテイリングの和田繁明から買収防衛策のためにセブン&アイ・ホールディングスの傘下入りできないか鈴木敏文に打診。野村プリンシパル・ファイナンスがミレニアムの保有株式をセブン&アイに売却し、ミレニアムはセブン&アイの傘下入りすることを表明。当初、鈴木は対等合併の理念から和田に対し共同で代表取締役に就任するよう勧めたが、和田が固辞した経緯がある。
- 2006年6月1日 - ミレニアムリテイリングはセブン&アイの完全子会社となった。
- 2008年4月15日 - 装置の老朽化及び東京ディズニーリゾートの「イッツ・ア・スモールワールド」「ドックサイド・ステージ」のスポンサー契約終了に伴い各店舗の正面口外壁に掲げられていた、毎正時に「イッツ・ア・スモールワールド」が演奏される「世界の人形時計」の運用を、設置していた全店舗で終了。翌日より時計および鐘のみとなる。このため「おにんぎょうさんたちは、おやくそくでおうちへかえることになりました。」の案内板を掲示。
- 2008年9月 - 呉店をブランチ化。広島店と外商・企画部門などを統合。
- 2009年度より、セブン&アイグループのプライベートブランド(PB商品)「セブンプレミアム」を、西武百貨店とともに、全店への順次導入を進めている。
- 2009年8月1日 - 株式会社そごうが、株式会社ミレニアムリテイリングと株式会社西武百貨店を吸収合併し、株式会社そごう・西武に商号変更(店名は、「そごう」「西武百貨店」を維持)。株式会社ミレニアムリテイリングと株式会社西武百貨店は、法人としては解散。
- 2009年8月31日 - 心斎橋本店が閉店。土地・建物は、隣接する大丸(Jフロントリテイリング)へ売却。その後改装し、2009年11月14日に同社心斎橋店の北館として開店した。
- 2012年1月31日 - 八王子店が閉店。
[編集] 店舗
2012年2月現在、国内10店舗。
経営破たん時、東京・旧大阪・神戸の各店は上場会社である「株式会社そごう(千葉そごう・興銀が大株主)」の直営店であったが、それ以外は水島廣雄が過半数株主の「千葉そごう(資本金1億円)」と、同社100%出資で完全子会社の「柏そごう」「廣島そごう」の出資によって、店舗ごとに子会社が設立されて経営が行われた。前述の3社と各地の店舗運営子会社の間で株式持ち合いが行われ、メインバンク(かつての長銀・興銀)を筆頭に、地方銀行からも出資会社の債務保証を取り付けて多額の融資を受けていた。この複雑な資本関係のため、経営破綻するまで、店舗ごとの財務状態は明らかにされなかった。報道では「そごうグループXX社」と称されていた。後項も参照のこと。
現在は全店「そごう○○店」の名称であるが、民事再生計画以前に前述の子会社が運営していた店舗は店名が先に来る「○○そごう」であり、一般には経営破綻前の名残から現在も通称として使われている(西武百貨店も同様)。
なお、東日本地域のほとんどの店舗は再開発組合や鉄道・デベロッパー会社など他の事業体によって竣工されたテナントビルに入居する形式を取り、1980年代以降1997年の錦糸町店(閉店、現在は「アルカキット錦糸町」で完全に無関係)まで立て続けに出店を行っていた。そごうのテナント区画外にある店舗・飲食店ではミレニアムカードや「全国百貨店共通商品券」などが使用できない。
[編集] 日本国内店舗
- 大宮店(大宮そごう。大宮駅西口の街区再開発ビル「大宮スカイビル」の核店舗)売場面積40,295m²
- 川口店(川口そごう。川口駅東口の「川口再開発ビル」核店舗)売場面積39,149m²
- 柏店(柏そごう。柏駅東口)売場面積32,593m²
- かつては本館・プラザ館の2館体制だったが[5]、2005年より本館及び旧プラザ館8階(催し会場等)のみとなり、旧プラザ館の大半はビックカメラ柏店となった。この他、読売・日本テレビ文化センター柏等があるアネックス館がある。
- かつてのそごう名物の一つ、最上階の回転展望レストランが営業しているのは、現在もそごうとして営業している店舗の中では柏店が唯一である[6]。
- 同店の近くには、イトーヨーカドー柏店がある。
川口・柏の両店のように、そごう・西武が運営する各百貨店と、セブン&アイ・ホールディングスの店舗が近接するケースとしては、他に関東地区の船橋(西武百貨店とイトーヨーカドー)、春日部と小田原(ロビンソン百貨店とイトーヨーカドー)、および関西地区の八尾(西武百貨店とイトーヨーカドー(アリオ八尾))のケースがある。
- 千葉店(千葉そごう、運営会社は新千葉そごう。再開発ビル「センシティビルディング」の核店舗。京成千葉駅直結)売場面積69,648m²
- 売上高はそごう各店の中で横浜店につぐ第2位を誇っている。
- 横浜店(横浜そごう。横浜駅東口。横浜新都市ビルの核テナント)売場面積83,654m²
- 心斎橋店閉店中の一時期、本社機能が移されていた。
- 開店初年度売上額世界一のデパートであり、現在も破られていない。
- そごう美術館を設置している。
- 神戸店(開店時より直営、倒産前の通称は「神戸三ノ宮そごう」)売場面積42,563m²
- 西神店(西神そごう。神戸市営地下鉄西神中央駅前、ダイエー西神店と2核1モールを形成)売場面積17,904m²
- 広島店(廣島そごう+廣島そごう新館。広島バスセンタービル+基町クレドビル。広島電鉄紙屋町西電停前)売場面積57,839m²
- 呉店(呉そごう。呉駅前)売場面積21,395m²
- 2008年に広島店と外商機能などが統合された。呉そごう時代から資本上でも広島店の分店的存在。
- 徳島店(徳島そごう。徳島駅前)売場面積26,738m²
- セブン&アイ・ホールディングスの完全子会社となったのに伴い、従来四国には店舗を持たなかったセブン&アイグループが店舗を持つこととなった。
[編集] 日本国外店舗
海外では倒産直前の時点でアマリン、エラワン(タイ王国・バンコク)、香港、北京(中華人民共和国)、シンガポール、台北、中壢、台中、高雄、新竹(中華民国(台湾))、クアラルンプール、ペナン(マレーシア)、ジャカルタ、クラパガディン(インドネシア)に出店していた。
民事再生法申請前後に現地運営会社との提携が切り離され、現在はライセンス供与・フランチャイズ店舗の形で「そごう」の名称を用いる地場系商業施設として存続している。このため、日本のそごうでは国内店舗のみとされている。
- 香港そごう → 香港SOGO(香港):2店 (現地会社:利福国際グループの香港崇光)
- 太平洋そごう → 太平洋SOGO(台湾) - 台北に4店、中壢に2店、新竹に1店、高雄に1店(その他、中国大陸に太平洋百貨店などを出店)
- 廣三そごう(台湾) → 廣三SOGO - 台中に1店。
- クアラルンプールそごう(マレーシア) - クアラルンプールに1店。
- インドネシアそごう(インドネシア) - ジャカルタに4店、バリに1店、その他インドネシア国内に4店。
- 荘勝そごう(中国) - 北京に1店、武漢に1店。
-
香港銅鑼湾にある香港そごう
[編集] 過去に存在したそごうの店舗
かつて、東北の仙台駅前へ出店予定であったが、地元関係から出店を猛反対され、以降東北へは出店していない。
また、茨木や中百舌鳥(堺市)への出店予定もあったが、こちらは経営不振の上での未進出である。
参考:茨木そごう、タカシマヤタイムズスクエア参照
諏訪丸光も参照
詳細は「そごう心斎橋本店」を参照
- 札幌そごう(北海道札幌市)・札幌エスタ→「札幌エスタ」
- 茂原そごう(千葉県茂原市)→「茂原サンヴェルプラザ」(南総通運が運営する専門店ビル)
- 2010年現在、ディズニーの時計は針のみ撤去されているが、本体は撤去されていない(ディズニーのロゴも消去されていない)。また、1階には同じセブン&アイ系列のセブン-イレブンが出店している。
- 木更津そごう(千葉県木更津市)→「アクア木更津」
- 1988年に木更津駅西口駅前の「アインスビル」のキーテナントとしてオープンし、房総半島唯一の百貨店として存在していた。今はアクアラインの開通で、横浜そごうへの利用者が増えている。
- サカモトそごう×(上記「木更津そごう」の旧店舗)
- 1978年に、地元百貨店「サカモト」と提携する形で開店。1988年以前まで営業していて、木更津駅西口徒歩3分程度の「富士見通り」沿いにあった。しばらく建物はそのままで廃墟状態であったが、2005年頃に解体され、現在跡地はマンションとなっている。
- Bee-One(千葉市中央区、旧千葉そごう本館・塚本総業ビル)1993年開店、売場面積17,000m²→専門店ビル「塚本大千葉ビル」(核テナントはヨドバシカメラ千葉店)
- 船橋そごう×(千葉県船橋市)→「ららぽーとTOKYO-BAY西館」(2012年1月29日に閉館し、建物は取り壊し工事中)
- 錦糸町そごう(東京都墨田区)→「アルカキット錦糸町」
- そごう東京店[7](有楽町そごう、東京都千代田区有楽町の読売会館ビルのB2-6階区画)→ビックカメラ有楽町店
- 多摩そごう(東京都多摩市)→2000.11.15、三越多摩センター店
- ディズニーの時計は撤去され、その周辺に『三越店のライオン像』がある。
- 柚木そごう(東京都八王子市柚木、忠実屋(1994年からダイエー)南大沢店と共同入居の「ガレリア・ユギ」内)→イトーヨーカ堂南大沢店
- 1992年6月開店、1994年10月閉店[8]。
- 八王子店(旧:八王子そごう。旧国鉄が竣工した「八王子駅ビル」の核テナント。家主はJR東京西駅ビル開発)売場面積35,538m²。1983年11月開店、2012年1月31日閉店[9][10]。跡地は、下記「八王子ナウ」と共に2012年秋にリニューアルし、「セレオ八王子」となる予定。
- 飲食店街は八王子ナウ側に置かれていた。そごう閉店後も八王子ナウは営業を継続し、飲食店街も営業を継続する。
- 長野そごう×(丸光そごう、長野県長野市)→長野市再開発複合施設「TOiGO」(信越放送本社)
- 豊田そごう(愛知県豊田市)→松坂屋豊田店・Tフェイス
- 奈良そごう(奈良県奈良市:埋蔵文化財、長屋王邸宅跡に建設された)→イトーヨーカドー奈良店
- 奈良そごう跡地に三越の出店予定もあった。
- そごうホップ(大阪市阿倍野区)阿倍野そごう・広島そごう共同出資→「あべのベルタ」の完成に伴いDIY・生活雑貨・文具などの生活雑貨の専門店として開店→2000年12月閉鎖
- そごう難波店→1963年閉鎖
- 加古川そごう(兵庫県加古川市)→ヤマトヤシキ加古川店
- そごう神戸店岡山分店→1975年、岡山ターミナルホテル(現・ホテルグランヴィア岡山)内に開店→ホテル改築により閉鎖
- 福山そごう(広島県福山市)→福山ロッツ(天満屋系不動産会社設立の専門店ビルへ変換。メインテナントとして、ファイブフォックスなど)
- 小倉そごう(福岡県北九州市小倉北区)→小倉玉屋仮店舗(廃業)→小倉伊勢丹→コレット
- 黒崎そごう(福岡県北九州市八幡西区)→井筒屋黒崎店
- シンガポールそごう→ラッフルズ・シティ・ショッピングセンター(イギリス資本のデパート「ロビンソンズ」、「マークスアンドスペンサー」などが入店)
- バルセロナそごう
- ロンドンそごう→ヴァージン・メガストア
以下2店は、そごうとは業務提携中心で親会社は別の企業であったが、そごうグループ破綻の影響を受けている。
[編集] 構想はあったが出店を断念した店舗
北海道地方
- 札幌そごう新館
東北地方
- 仙台そごう - 水島そごう時代およびミレニアムグループの新店舗として仙台にそごうの出店計画が数度あったが、その後断念。
- 郡山そごう - 国鉄郡山駅前西口市街地再開発において、商業ビルの核テナントとなる予定で運営会社も設立されたが、出店推進派の市長交代により1986年1月出店断念。
関東地方
- 成田そごう - 京成公津の杜駅前・ユアエルム成田の核テナントとして出店予定だったが、経営不振により出店断念。その後イトーヨーカドーが出店。
- 千葉ニュータウンそごう ‐ 1996年に印西市に出店予定だったが、ジャスコ(イオンモール千葉ニュータウン)が出店したため断念。
- 八千代そごう - 東葉高速鉄道開通に伴い、沿線に出店を計画するも、地元の反対、成田・幕張・千葉そごうとの兼ね合いなどの諸般の事情で頓挫。イトーヨーカドーやイオンが出店している。
- JR東日本幕張そごう - JR東日本との共同計画。千葉市美浜区の幕張新都心にあるJR海浜幕張駅前への出店。地主の千葉県企業庁から約5,300m²を購入。当初計画1996年春開店予定。1992年3月白紙撤回、断念。
- 池袋そごう - 現在のサンシャインシティへの出店計画。池袋駅から地下道を通す条件がクリアできず出店断念。三越直営による「サンシャインシティ・アルタ」などが入居している。
- 新宿そごう - 現在のタカシマヤタイムズスクエアの位置に出店計画があった。
- JR東日本立川そごう - JR東日本との共同計画。1993年12月出店発表(共同子会社設立合意)。当初計画1997年開店予定。JR立川駅南口の商業ビルの核店舗として入居予定であったが、1996年6月出店断念。1999年に阪急百貨店との折半出資によるグランデュオが開業。
- 橋本そごう - 現在のイオン橋本店(相模原市)近辺に位置する。JR橋本駅前市街地再開発の一環で、賃料坪単価8,000円以上(競合した近鉄百貨店の2倍の提示額。また、当初は地元の京王百貨店の出店が有力視されていた)でコンペを制した。1989年出店発表。1994年出店凍結。1997年正式に出店断念。
- 横浜そごう新館(新・横浜スカイビル) - 1992年6月出店凍結、自然消滅。1996年9月の竣工により丸井横浜東口店(現・マルイシティ横浜)が出店。
- 港北ニュータウンそごう - タウンセンター第2地区の開発計画の一環。コンペには他に横浜高島屋、西武、東急の3百貨店が参加していた。当初計画では建物面積約50,000m2、事業費約500億円。1995年開店予定であったが、その後出店を断念。
- 北千住そごう - 北千住駅の再開発に向けて1988年出店を発表したが断念をし、2004年に丸井が出店。
- ※そごうが出店を断念し丸井が出店したのはマルイシティ横浜と北千住店のみである。
関西地方
- 茨木そごう - JR茨木駅にほど近い日本たばこ産業の工場跡地に出店を計画したが、経営不振から計画が中止となった。出店予定地にはマイカル茨木(現:イオン茨木ショッピングセンター)が建設され2001年より営業している。開店していた場合は当時最大規模となる郊外型百貨店であった。
- 阿倍野そごう - 現在のあべのキューズタウン(2011年4月26日開業:核テナントはイトーヨーカドーあべの店)の場所に出店を予定していた。
- 中百舌鳥そごう - 南海高野線中百舌鳥駅前再開発。1993年7月出店断念。
- 湊町そごう - 湊町駅前の再開発計画の一環。駅ビルの商業層への出店計画であったが、1992年6月に出店を凍結。
- りんくうタウンそごう - 関西国際空港の対岸部の埋立地「りんくうタウン」に出店を計画。1989年出店構想発表。1990年競合していた三菱・近鉄グループと共同分譲を締結した。
中国地方
- 伏見町そごう - 福山駅前の伏見町市街地再開発計画の一環。
- 防府そごう - 防府駅北東に位置する街区の再開発計画の一環。防府商工会議所が再開発会社「防府商業近代化株式会社」を設立し、防府市も全面協力という計画であった。当初計画では、建物は面積約20,000m2、初年度売上目標は百数十億円で、1984年開業予定であったが、その後出店を断念した。同街区は現在、再開発によりマンションや中小規模の商店、防府市立図書館などが入居する複合施設「ルルサス防府」となっている。
- 宇部そごう - 宇部市役所前の新天町一丁目西地区市街地再開発計画の一環。当初構想は、地上14階・地下2階のオフィスタワー、地上8階・地下2階の商業棟(約30,000m2)、地上9階・地下1階の駐車場ビルからなる複合施設を建設するというものであった。1988年に出店表明、1991年に基本構想が宇部市より発表され、1993年の開業を目指していたが、既存の百貨店や地元商店街の反対を受け徐々に開発計画が縮小されてゆき、1994年5月に出店断念。
九州地方
- 福岡そごう - 事前のコンペではそごうの出店がほぼ決定していたが、政治的な動きにより、三越となった。
- 長崎そごう - 長崎県と国が造成していた長崎港元船地区埋立地への出店計画。1993年に出店を表明したものの、地元商店街からの激しい反対運動を受け、1994年に出店断念。
- 鹿児島そごう - 関係者の話によれば1980年代後半から1992年頃に西鹿児島駅(現・鹿児島中央駅)前の一番街アーケード一帯のすべての街区をまるごと潰して再開発する構想があったようだが1993年以降は交渉が進展せず自然消滅した。順調に実現していれば、錦糸町そごう(現在のアルカキット錦糸町)と同時に開店する見込みであった。
海外
- シドニーそごう - 熊谷組が現地ボンド・コーポレーションから買収したシドニーの中心部「パークプラザ」に出店を計画。1998年11月出店断念。
- イスタンブールそごう - イスタンブール市街のタクシム広場周辺に出店を計画。1991年に出店を発表したが、その後断念。
[編集] イッツ・ア・スモールワールド時計(世界の人形時計)
東京ディズニーランドのアトラクション「イッツ・ア・スモールワールド」のスポンサーであったそごうの一部の店舗には、正時の約5分前になるとアトラクションに登場するからくり人形と共にテーマ曲である「小さな世界」を演奏する「イッツ・ア・スモールワールド時計」(世界の人形時計)が設置されていた。1985年に運用を開始。店舗ごとにそれぞれデザインが異なっており、正方形(大)型・正方形(小)型・長方形(横)形・長方形(イッツ・ア・スモールワールド仕様で横)型の4種類がある。一部の店舗では時計の両端、もしくは上にカリヨンが併設されていた。時計1つの金額は1億円以上と言われている。
2008年4月15日を以って「老朽化のため」として、設置されている全店舗で時計のからくり機能の運用を一斉に終了した。この日、最後の運用時に各店舗の店長が観覧客に対して感謝の意を表した。奇しくもこの日は、東京ディズニーランド開園25周年の記念日であった。そのため、これらのからくり機能を楽しみにしていた子供達に対し、「おにんぎょうさんたちは、おやくそくがあって、おうちにかえることになりました。」と全てひらがなで書かれた終了告知が一般の告知と共に掲示された。なお、時計自体は撤去されず、時刻表示のみの「鐘が鳴る大時計」として現在も使用されている。
そごうの公式ウェブサイトでは、そごう横浜店(横浜そごう)のページのみ4月16日付けで告知された(朝日新聞大阪本社版や神戸新聞でも報道あり)。なお、この措置はそごうが同アトラクションのスポンサー契約を同日を以って終了したことが実際の理由であり(案内文中の「おやくそく」とは契約の事、「おうちにかえる」は人形の撤去をそれぞれ指していると思われる)、時計の下にあった「イッツ・ア・スモール・ワールド」関連の掲示物は全て撤去され、一部店舗の時計にあった東京ディズニーランドのロゴも消去されている。しかし、太平洋SOGOの一部店舗では香港ディズニーランドのロゴ・仕様に変更(契約先の変更)した上で、現在も運用されている。その為、太平洋SOGOが香港ディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールドのスポンサーとなっている。
なお、この時計は同じくかつて東京ディズニーランドのスポンサーであったセイコー製である。
[編集] イッツ・ア・スモールワールド時計が設置されていたそごうの店舗
- 正方形(大)型の設置店舗は○。
- 正方形(小)型の設置店舗は●。
- 長方形(横)形の設置店舗は△。
- 長方形(イッツ・ア・スモールワールド仕様で横)型の設置店舗は▲。
[編集] 日本のそごうの店舗
横浜(○)・大宮(●)・川口(○)・柏(○)・千葉(△)・茂原(○)・多摩(○)・柚木(○)・豊田(○)・奈良(○)・神戸(△)・西神(○)・加古川(○)・福山(○)・呉(○)・広島(○)・徳島(○)・小倉(△)
[編集] 日本国外のそごうの店舗(太平洋SOGO)
台北忠孝館(▲)・中壢元化館(▲)・台中廣三(○)・高雄(▲)
[編集] 広告
[編集] POSシステム
[編集] 補足
- ^ レインボーの法則に基づき店舗拡大をした(東京を囲むように出店)。
- ^ 東京進出に際して建物がなかなか見つからずにいたところに、読売グループが建物を快く提供したため、これに対する恩返しの意味もあったとされる。
- ^ 2010年までは八王子店もセール対象であった。
- ^ 再生手続22社の経過は以下の通り。
- 再生手続廃止決定を経て破産宣告
- 札幌そごう、船橋そごう(船橋ららぽーと内)、錦糸町そごう、豊田そごう、奈良そごう、加古川そごう、福山そごう、小倉そごう、黒崎そごう
- 以上の店舗は順次閉店。
- 再生計画認可(13社)
- そごう(※)、大宮そごう、川口そごう、柏そごう、千葉そごう、新千葉そごう、八王子そごう、横浜そごう、西神そごう、廣島そごう、廣島そごう新館、呉そごう、徳島そごう
- ※破綻当時に株式会社そごうの直営店であった、そごう東京店は2000年9月24日に閉店し撤退(同店が入居していた読売会館にはビックカメラ有楽町店が入居。有楽町で逢いましょうも参照)。そごう大阪店は詳述を参照。
- そごう神戸店は営業を続けながら大改装を実施した。 本館は阪神大震災復旧のなかで大改装が行われていたが、隣接して重複設置されていたエスカレーターの撤去により売場を拡大した。また、震災復旧中も営業していた本館地階ならびに新館は、民事再生後のこの時期に大改装が行われたうえで、新館の1階から4階には、西武百貨店とグループ化されてゆくそごうを象徴するかのごとく、神戸ロフトが誕生した。
- ^ 一時期、本館を「タワー館」と、プラザ館を「別館」と称していた時期もあった
- ^ 他に大宮店にもかつてあったが、現在は美容室や歯科医院等が営業。かつてそごうだった店舗では、旧豊田店(現:Tフェイス)は紅虎餃子房・旧小倉店(現:アイム)で鮮魚旬菜 益正が現在も回転展望レストランとして営業している。旧船橋店(現:ららぽーとWEST)は美容室に、旧奈良店(現:イトーヨーカドー奈良店)は展望室となっている。
- ^ 有楽町で逢いましょう - 1957年にフランク永井が歌った流行歌。翌1958年には大映で映画化された。元々はそごう東京店開店時のキャッチコピー。
- ^ 八王子辞典 p922
- ^ “お知らせ”. そごう・西武. (2011年2月23日)
- ^ “そごう八王子店閉店のごあいさつ”. そごう・西武. (2012年1月31日)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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