京成百貨店
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
京成百貨店(けいせいひゃっかてん)は、京成グループの株式会社水戸京成百貨店が経営する百貨店である。ハイランドグループ加盟。東京都墨田区押上に営業拠点を有する。
目次 |
[編集] 概説
最盛期は上野(東京都台東区)、大森(東京都大田区)、市川(千葉県市川市八幡)、土浦(茨城県土浦市)、水戸(茨城県水戸市)の1都2県に5店舗を有していたが、親会社京成電鉄の経営悪化等により徐々に店舗売却し、現在は水戸の1店舗となっている。また、京成グループ等の企業向け業務用資材の販売や外商も行っている。水戸、市川の2店舗時代は水戸京成百貨店、市川京成百貨店と称することが多かった。
[編集] 店舗
- 京成百貨店
- 茨城県水戸市泉町
- 店舗は、水戸駅から約1.5km離れた市街中心部に位置している。2006年3月17日、旧ボンベルタ伊勢甚水戸店(ボンベルタ百貨店)跡地(泉町1丁目南地区再開発事業)に建設された新店舗に移転した。新店舗は、地上10階地下2階で、店舗面積は34,000m²(旧店舗:15,000m²)に拡大した。移転と同時に、商圏拡大を意図して、店舗名を「水戸京成百貨店」(水戸京成)から「京成百貨店」に変更した。
- 商圏の南半分は京成グループ関東鉄道・関鉄グリーンバスの路線バス営業地域でもある。
[編集] 沿革
ここでは、水戸市の店舗についての沿革を記述する。
- 1908年(明治41年)5月 志満津呉服店として茨城県常陸太田市に創業
- 1946年(昭和21年)10月 水戸市に水戸店を開店
- 1949年(昭和24年)7月 志満津百貨店に改称
- 1971年(昭和46年)5月 京成電鉄と資本提携、本店を水戸に移転し京成志満津百貨店に社名変更
- 1982年(昭和57年)3月24日 水戸京成百貨店設立
- 2006年(平成18年)3月17日 新築移転し、店舗名称を京成百貨店に変更
[編集] かつて存在した店舗
市川京成百貨店(京成八幡駅)
- 1963年(昭和38年)9月、京成百貨店初の店舗として開業。京成八幡駅の駅ビルとして営業していた。1984年(昭和59年)10月から京成ストアが経営を行い、1階にリブレ京成八幡駅前店食料品売場、2 - 4階には多数のテナントが出店し、テナントビルの様相を呈していた。本八幡駅北口再開発事業及び建物老朽化に伴い、2007年3月で2 - 4階は閉店となったが、1階部分の営業は当分の間継続される。
- 元々は霞百貨店として開業。1964年(昭和39年)9月に京成傘下となり、のち「京成霞百貨店」を経て「土浦京成百貨店」に改称。1979年(昭和54年)5月売却。「土浦京成百貨店」の名称のまま営業を継続するが、1989年(平成元年)閉店。建物は解体され駐車場となっている。なお、茨城県を地盤とするカスミ(スーパーマーケット)は旧・霞百貨店関係者が創業したもの。
- 京成百貨店の核的店舗。上野駅前に立地。1972年(昭和47年)5月開業。建物は「京成上野ビル」として、京成電鉄と他社の区分所有である。ハイランドグループとして高島屋と商品提携を行っていたが、1984年(昭和59年)12月閉店。現在は、京成電鉄が賃貸を行う形で、丸井上野店(マルイシティ上野)として営業されている。
- 大森駅山王口に立地。1973年(昭和48年)11月開業。1981年(昭和56年)2月、イトーヨーカドーに売却。暫く「オーモリ京成」として営業した後、イトーヨーカドー大森店となるが2000年3月に閉店。現在はオオゼキ・100円ショップ・日本マクドナルドおよびマタハリーが出店。
- 上野(旧本社・京成聚楽ビル)
- 第二次世界大戦終結前に構えていた。
- 京成志満津→水戸京成百貨店(初代店舗)
- 現在は「水戸ショッピングストリート キミット」。
- 国道50号線を隔てて新店舗の向かい側にあたる、水戸市泉町1丁目7-5にあった。
- 2008年1月25日に食料品店など数店が入居し、キミットがオープンしたが、これが周辺再開発までの暫定利用となっている。

