京成八幡駅

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京成八幡駅
南側出入口(2013年9月17日)
南側出入口(2013年9月17日)
けいせいやわた - Keisei Yawata
KS15 菅野 (0.9km)
(1.0km) 鬼越 KS17
所在地 千葉県市川市八幡三丁目2番1号
駅番号 KS16
所属事業者 京成電鉄
所属路線 本線
キロ程 19.1km(京成上野起点)
駅構造 橋上駅
ホーム 1面2線
乗降人員
-統計年度-
31,336人/日
-2012年-
開業年月日 1915年大正4年)11月3日
乗換 本八幡駅東京都交通局JR東日本

京成八幡駅(けいせいやわたえき)は、千葉県市川市八幡三丁目にある、京成電鉄本線である。駅番号KS16

旅客向け案内では「京成」を省略して八幡とされるが、駅リニューアルに伴って駅名標をはじめとする構内案内は「京成八幡」と正式駅名を表記した新デザインへの移行が進められている。

駅構造[編集]

島式ホーム1面2線の地上駅で、駅舎は橋上駅舎である。南口でデッキにより京成電鉄の本社ビルと直結している。ホームは踏切に挟まれており、これらはいわゆる「開かずの踏切」となっている。

エスカレーターは改札内コンコースとホームの上野寄りを、エレベーターは北口出入口と改札外コンコースを結んでいる。トイレは改札内コンコース(階段横)に設置されている。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先
1 京成本線 上り 日暮里上野押上都営浅草線京急線方面
2 京成本線 下り 船橋千葉成田空港方面
  • 上表の路線名は成田空港線開業後の旅客案内の名称に基づいている。

利用状況[編集]

2012年度の1日平均乗降人員31,336人[1]で、京成線内69駅中第13位であった。

近年の1日平均乗降・乗車人員推移は下表のとおりである。

年度別1日平均乗降・乗車人員
年度 1日平均
乗降人員[2]
1日平均
乗車人員[3]
1998年(平成10年) 17,358
1999年(平成11年) 16,904
2000年(平成12年) 16,630
2001年(平成13年) 16,359
2002年(平成14年) 16,075
2003年(平成15年) 31,639 15,673
2004年(平成16年) 31,526 15,620
2005年(平成17年) 31,736 15,712
2006年(平成18年) 31,881 15,779
2007年(平成19年) 31,817 15,693
2008年(平成20年) 32,172 15,859
2009年(平成21年) 32,074 15,815
2010年(平成22年) 31,555 15,551
2011年(平成23年) 30,361 14,950
2012年(平成24年) 31,336

駅周辺[編集]

当駅との連絡口となる都営新宿線本八幡駅A6出入り口
京成電鉄新本社ビルとグランドターミナルタワー本八幡(2013年9月17日)

東京都交通局都営地下鉄新宿線本八幡駅とは南口の脇に出入口がある地下通路で連絡している。また、東日本旅客鉄道(JR東日本)総武線(各駅停車)の同駅とは都営新宿線の通路あるいは地上の一般道を挟んで連絡しているため、徒歩で5分程度かかる。

南口には駅ビル京成百貨店が建っていたが、本八幡駅北口再開発事業及び建物老朽化に伴い2007年3月で2 - 4階を閉店、1階のリブレ京成2010年2月28日に閉店した。再開発事業により、超高層マンション1棟とオフィスビル1棟が建設されたほか、商業施設棟が建設予定である。オフィスビル棟は京成電鉄の新本社ビルとなり、2013年9月17日に従前の押上地区から移転した[4]

駅周辺の再開発と絡み、当駅と当駅前後の立体交差化の計画もある[5]

駅周辺施設[編集]

バス路線[編集]

すべて京成バスによって運行されている。

系統 主要経由地 行先 備考
本11 市川学園・姫宮団地入口・大野町三丁目 市川北高校 姫宮団地入口・市川北高校行深夜バスあり
本12 市川学園・姫宮団地入口・大野町三丁目・医療福祉センター 平日のみ
本13 市川学園・姫宮団地入口・市川大野駅・大野町三丁目
本14 市川学園・姫宮団地入口・市川大野駅・市営霊園 柏井車庫
本15 市川学園・姫宮団地入口・市川大野駅 動植物園 土曜・休日のみ
本31 昭和学院・高塚入口・高塚 東松戸駅 高塚行深夜バスあり
本32 昭和学院・高塚入口・市川大野駅 大町駅
本33 昭和学院・高塚入口・市川大野駅・大町駅 柏井車庫 平日のみ
本36 昭和学院・高塚入口・市川大野駅・殿台入口 高塚
本72 市川学園
市63 昭和学院・市川総合病院・市川真間駅 市川駅
本11 - 本15
本31 - 本33
本36・本72・市63
本八幡駅

歴史[編集]

2007年まで営業していた京成百貨店(2007年2月26日)
  • 1915年大正4年)11月3日 - 新八幡駅として開業。当時は鬼越寄りの葛飾八幡宮付近に別に八幡駅が設置されていた(当駅と同日開業)。
  • 1942年昭和17年)8月15日 - 八幡駅が廃止され、当駅に統合される。
  • 1942年(昭和17年)11月1日 - 京成八幡駅に改称。
  • 1963年(昭和38年)9月 - 市川京成百貨店が営業開始。
  • 1984年(昭和59年) - 市川京成百貨店が京成ストアの経営となる。
  • 2007年平成19年)3月 - 市川京成百貨店がJR本八幡駅北口再開発事業に伴い1階を残して閉店。
  • 2010年(平成22年)2月28日 - 市川京成百貨店の1階部分で営業していたリブレ京成がJR本八幡駅北口再開発事業に伴い全フロア閉店。
  • 2013年(平成25年)9月17日 - 京成電鉄の本社移転および業務開始。

文豪永井荷風が晩年に当駅近くに住んでいたことで知られる。駅前の商店街には「荷風の散歩道」と名付けられた飾りの旗が見られる。荷風の行き付けだった日本料理店大黒家銭湯も現存する。

京成八幡第1号踏切事故[編集]

1970年(昭和45年)1月20日午前5時28分頃、当時自動化されていなかった京成八幡第1号踏切(駅の下り方向にある千葉県道51号市川柏線と交差する踏切)において、乗客約80名を乗せた京成成田発京成上野行4両編成上り電車と小型トラックが衝突する事故が発生した。電車は脱線、トラックの2名が即死、電車の乗客5名が重軽傷を負った。電車の1両目はトラックを巻き込みながら脱線し、当駅ホームの端をかすりながらホーム上り線に進入して、架線支柱と線路沿いの金網をなぎ倒し、約20メートル進んで停止した。

事故の原因は、踏切警手が酒に酔って寝過ごし、開閉機を下ろさなかったためだという。この踏切警手は、前日の最終電車が通過した後、当駅の詰所で当直の駅職員らと日本酒2合を飲んでから帰宅した。事故直後に警察官が急行した際、まだ酔っている駅職員もおり、「勝手にしやがれ」「やっちまったもの、しようがないじゃないか、そう騒ぐな」と語ったとされており、問題になった。その後の調べで、事故を起こした電車の前には4本の電車が通過していたが、その時も踏切は開いたままであったことがわかった。

京成電鉄は1968年(昭和43年)、1969年(昭和44年)とこの事故で3年連続で重大な踏切事故を起こしたことから、当時の運輸省関東運輸局より警告が出された。

隣の駅[編集]

京成電鉄
本線
快速特急・特急・通勤特急
京成高砂駅 (KS10) - 京成八幡駅 (KS16) - 京成船橋駅 (KS22)
快速
京成小岩駅 (KS11) - 京成八幡駅 (KS16) - 東中山駅 (KS19)
普通
菅野駅 (KS15) - 京成八幡駅 (KS16) - 鬼越駅 (KS17)

脚注[編集]

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  1. ^ 京成電鉄 駅別乗降人員
  2. ^ 各種報告書 - 関東交通広告協議会
  3. ^ 千葉県統計年鑑
  4. ^ “京成電鉄新本社業務開始日等決定のお知らせ” (pdf) (プレスリリース), 京成電鉄, (2013年8月30日), http://www.keisei.co.jp/keisei/kouhou/news/130830_01.pdf 2013年9月18日閲覧。 
  5. ^ 京成本線の立体化と沿線まちづくり”. 市川市 (2011年10月4日). 2013年9月18日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]