天王寺村
天王寺村(てんのうじむら)
| 天王寺村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1925年 |
| 廃止理由 | 編入合併 東成郡・西成郡計15町29村→大阪市 (大阪市第二次市域拡張) |
| 現在の自治体 | 大阪市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 | |
| 地方 | 近畿地方 |
| 都道府県 | 大阪府 |
| 郡 | 東成郡 |
| 隣接自治体 | 大阪市、今宮町、玉出町 住吉村、田辺町、北百済村 |
| 天王寺村役場 | |
| 所在地 | 大阪府東成郡天王寺村大字阿部野字南坂田 |
| ウィキプロジェクト | |
天王寺村(てんのうじむら)は、かつて大阪府東成郡にあった村。現在の大阪市天王寺区・阿倍野区の大半と、西成区東部(山王・天下茶屋)および浪速区東部(日東地区)にあたる。
目次 |
[編集] 概要
近世以前の歴史ははっきりしないが、江戸時代には江戸幕府の直轄領となっていた。明治時代初期までは天王寺村と阿部野村の2つの村に分かれていたが、1889年に合併し、町村制に基づく天王寺村が成立した。旧村の名称はそれぞれ天王寺村の大字(大字天王寺、大字阿部野)となった。
その後1897年4月1日、大阪市の第一次市域拡張がおこなわれた。これに伴い天王寺村は、大阪鉄道(現在の大阪環状線)の線路より北側の地域が大阪市に分割編入された。この時大阪市に編入された地域は南区に属し、のちに天王寺区(一部は浪速区)となった。また第一次市域拡張の際、大阪鉄道線路より東側に飛び地状の地域ができたため、その地域は東成郡鶴橋村に編入されている。
残った南側の地域は、東成郡天王寺村として引き続き存続した。村役場は天王寺村大字阿部野字南坂田(現在の大阪市阿倍野区晴明通、大阪市立晴明丘小学校敷地)におかれた。1897年の村分割直後には人口1300人程度だったが、その後人口が急増し、1920年代には人口5万人を超える巨大な村となった。
1925年、大阪市の第二次市域拡張がおこなわれた。その際に天王寺村は、全域が大阪市に編入されて廃止された。1925年に編入された旧天王寺村の地域は住吉区に属し、のちに阿倍野区・西成区に分割された。
[編集] 交通
村の西端を紀州街道が通っていた。紀州街道は今宮町を経て天王寺村の西端を南下し、玉出町へと至っていた。また四天王寺前から庚申街道が通り、村を南下し、途中で南東に向きを変えて田辺町・平野郷町方面へと向かっていた。
鉄道の便としては関西鉄道(現在の関西本線)、南海鉄道上町線、南海鉄道平野線が村内を通った。また村の西端を南海鉄道阪堺線が通り、南海天王寺支線も村の北西端を走っていた。大阪鉄道(現在の大阪環状線)は村内を通っていたが、1897年の村分割以降は村の北端を走る形になり、村と大阪市との境界となった。
[編集] 教育
[編集] 中等・高等教育
天王寺村には中等・高等教育機関も多く設置されていた。
大阪高等学校は1921年、天王寺村大字天王寺字播磨塚および住吉村にまたがる地(現在の阿倍野区王子町4丁目)に設置された。自由メソジスト神学校(現在の大阪キリスト教短期大学)は南区下寺町で創立したが、1923年に天王寺村大字天王寺1260番地(現在の阿倍野区丸山通)に移転している。
大阪府立天王寺中学校(現在の大阪府立天王寺高等学校)、阿部野高等女学校(現在の大阪府立阿倍野高等学校)、大阪市立工芸学校(現在の大阪市立工芸高等学校)、明浄高等女学校(現在の明浄学院高等学校)なども村内に設置された。
大阪道修薬学校(大阪薬科大学の前身)は、1920年から1924年にかけて天王寺村大字阿部野147番地に設置されていた。また私立天王寺高等女学校(現在の四天王寺中学校・高等学校)が天王寺村大字天王寺1740番地に設置されていたことがある。大阪道修薬学校・天王寺高等女学校はいずれも、のちに村外に移転している。
[編集] 初等教育
初等教育機関については、学制発布により、明治時代初期には村内に天王寺・天下茶屋・阿部野の小学校が成立した。3校は一時合併し、天下茶屋・阿部野の各校は天王寺尋常小学校の分校となったこともあるが、すぐに再独立している。天王寺尋常小学校は1897年の村分割の際に大阪市に移管され、その後現在の大阪市立天王寺小学校・大阪市立大江小学校の2校に分離している。
村分割後の天王寺村には天下茶屋・阿部野の2小学校が残る形となり、天下茶屋尋常小学校は大字天王寺を、阿部野尋常小学校は大字阿部野をそれぞれ校区とした。天下茶屋・阿部野の両小学校は1901年2月1日に合併し、村役場に隣接する地に天王寺尋常小学校(現在の大阪市立晴明丘小学校)を設置した。
その後人口の増加に伴い、天王寺第二尋常小学校(大阪市立常盤小学校、1912年4月1日創立)、天王寺第三尋常小学校(大阪市立丸山小学校、1919年9月5日創立)、天王寺第四尋常小学校(大阪市立天下茶屋小学校、1921年1月8日創立)、天王寺第五尋常小学校(大阪市立金塚小学校、1923年9月19日創立)、天王寺第六尋常小学校(大阪市立阿倍野小学校、1923年7月23日創立)の各学校が、相次いで開校した。
各校の所在地は以下の通りとなる。
- 天王寺尋常小学校 - 大字阿部野字南坂田(現・阿倍野区晴明通)
- 天王寺第二尋常小学校 - 大字天王寺字瓦釜(現・阿倍野区松崎町3丁目)
- 天王寺第三尋常小学校 - 大字天王寺字茶屋前(現・阿倍野区丸山通1丁目)
- 天王寺第四尋常小学校 - 大字天王寺字生田(現・西成区聖天下1丁目)
- 天王寺第五尋常小学校 - 大字天王寺字金塚(現・阿倍野区旭町3丁目)
- 天王寺第六尋常小学校 - 大字天王寺字新池(現・阿倍野区阪南町2丁目)
また開校は大阪市編入直後の1925年9月になるが、当時の天王寺村が設置を準備・具体化させた小学校として、大字天王寺字高松(大阪市編入後は大阪市住吉区天王寺町)に設置された大阪市高松尋常小学校(現在の大阪市立高松小学校)がある。