南海天王寺支線

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南海天王寺支線
今池町駅に進入する1521系上のガードは阪堺電気軌道阪堺線(1991年)
今池町駅に進入する1521系
上のガードは阪堺電気軌道阪堺線(1991年)
路線総延長 2.4 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式 (直流)
1: JR西関西本線大和路線
2: 天王寺支線
3: 地下鉄御堂筋線
1 2 3 4
4:近鉄南大阪線
ABZlg tSTR STR
JR西:大阪環状線
ABZrg STRq tKRZ KRZo
JR西:阪和線
STR tSTR
KBHFe + HUB81
KBHFe + HUB81
KBHFe
大阪阿部野橋駅
BHF + HUB84
BHF + HUB84
BHF
exKBHFa + HUB25
exKBHFa + HUB25
exKBHFa
tBHF + HUB54
tBHF + HUB54
tBHF
HUB51
2.4 天王寺駅
KRZt xKRZt
tTBHFt + HUB14
tTBHFt + HUB14
tTBHFt
tSTRq + HUB58
tSTRq + HUB58
tSTRq
地下鉄:谷町線
STRrf exSTR tSTR
uBHFr + HUB83
uBHFr + HUB83
uBHFr
天王寺駅前駅
tSTRq xKRZt tSTRrf
阪堺上町線
exBHF
1.5 飛田本通駅
exBHF
1.4 大門通駅 -1949
exBUE
堺筋
tSTRq xKRZt tSTRlg
地下鉄:堺筋線
uBHFq + HUB81
uBHFq + HUB81
uBHFq
xmKRZu mtKRZ uxABZ3lg
今池駅 平野線
STRlg + HUB73
STRlg + HUB73
STRlg
exBHF + HUB82
exBHF + HUB82
exBHF
tSTR uSTR
1.1 今池町駅
BHF + HUB83
BHF + HUB83
BHF
exSTR tSTR uSTR
萩ノ茶屋駅
STR exSTR tSTR uÜWol
阪堺:阪堺線
STR exBHF tSTR
0.9 曳舟駅 -1949
eABZrg exSTRrf tSTR
BHF tKHSTe
0.0 天下茶屋駅
STR
南海本線

天王寺支線(てんのうじしせん)は、大阪府大阪市西成区にある南海本線天下茶屋駅から分岐し、同市天王寺区にある天王寺駅までを結んでいた南海電気鉄道鉄道路線1993年に全線が廃止された。

目次

[編集] 路線データ

  • 路線距離(営業キロ):天下茶屋 - 天王寺間2.4km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:6駅(起終点駅および、路線廃止以前に廃止された2駅、部分廃止後に新設された飛田本通駅を含む)
  • 複線区間:全線複線(天下茶屋 - 今池町間廃止以後は単線
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)

[編集] 運行形態

部分廃止前は1521系などの2両編成で運行されていたが、1984年11月18日の部分廃止後は1521系の単行運転での往復運転となった。この時、天王寺支線に閉じ込められたのは1524と1526の2両で、路線廃止後に現地で解体されるものと思われていたが、結局は運び出された。後に汐見橋線も一時的にであるが他路線と分断され(高架化工事の影響による)、車両が不足気味になったためである。

1965年時刻表によると、10 - 15分間隔の運転形態をとっていた。また、部分廃止後の1988年では15 - 20分間隔の運転となっていた。

[編集] 歴史

当線は1900年明治33年)、南海電気鉄道の前身の南海鉄道が大阪鉄道 (初代)との相互乗り入れを目的に天王寺 - 天下茶屋間を開通させたもので、開通後大阪 - 住吉(現在の住吉大社)間の乗り入れ旅客列車貨物列車を運行し、南海線方面から大阪駅への貴重な足となっていた。なお、天王寺 - 大阪間は、大阪鉄道が1895年に開通させていたが、天王寺支線開業前の1900年6月には関西鉄道に譲渡されている。

戦後も南海と国鉄の中継路線として重要な線区であったが、1961年に国鉄大阪環状線が開業した後、1964年に南海線との交差付近へ新今宮駅が設置され、次いで1966年に南海線も同所に新今宮駅を開業して国鉄との連絡が可能になると、天王寺線の利用者は激減することになった。

大阪市営地下鉄堺筋線天下茶屋駅延伸による用地確保と南海電鉄の天下茶屋駅の高架化との関連で、まず天下茶屋 - 今池町間を1984年に廃止し、天王寺支線は他の南海線と接続しない孤立路線となった。このことで同線の今池町駅は萩ノ茶屋駅との接続運輸上、同一駅扱いされることになった。また、地元対策として新駅「飛田本通駅」が設けられたが、結局堺筋線工事の進展で1993年に全廃された。

[編集] 年表

  • 1900年(明治33年)1月6日 天王寺支線・天下茶屋 - 天王寺間2.4km着工。
  • 1900年(明治33年)10月26日 天下茶屋 - 天王寺間2.4km(単線)開業。
  • 1907年(明治40年)11月11日 天下茶屋 - 天王寺間が電化、電車併用運転を開始。
  • 1908年(明治41年)3月1日 曳舟駅開業[1]
  • 1931年(昭和6年)8月20日 天下茶屋 - 天王寺間が複線化。大門通駅開業。
  • 1933年(昭和8年)2月16日 城東線の電化に伴い、列車増発。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 会社合併により近畿日本鉄道の路線となる。
  • 1947年(昭和22年)6月1日 路線譲渡により南海電気鉄道の路線となる。
  • 1949年(昭和24年)6月20日 天下茶屋 - 天王寺間の曳舟駅、大門通駅を廃止統合し、今池町駅開業。
  • 1972年(昭和47年)1月10日 天下茶屋駅付近における南海本線の大阪市内連続立体化事業、及び都市計画が決定。
  • (この間) 南海電気鉄道が天下茶屋駅付近における南海本線の大阪市内連続立体化事業に関連し、天王寺支線・天下茶屋 - 天王寺間2.4kmの廃止の方針を打ち出す。
  • 1972年(昭和47年)3月15日 天下茶屋駅付近における南海本線の大阪市内連続立体化事業に関し、南海電気鉄道と地元が天王寺支線・今池 - 天王寺間1.2kmについては、合意後10年間運行し、今池 - 天王寺間に新駅を1か所設置する事で合意。
  • 1984年(昭和59年)11月18日 天下茶屋 - 今池町間1.2km廃止。今池町 - 天王寺間が単線化。南海天王寺駅移転により路線距離が0.1km短縮。今池町駅と南海線高野線萩ノ茶屋駅間が徒歩連絡となる。
  • 1984年(昭和59年)12月10日 今池町 - 天王寺間に飛田本通駅が開業。飛田本通商店街(現在の動物園前1番街)と平面交差する踏切の東側、旧上り線・天下茶屋方面行き線路跡(複線跡)に開設。
  • 1993年(平成5年)4月1日 今池町 - 天王寺間1.2kmが廃止され、全線廃止。

[編集] その他

  • かつて南紀方面に設定されていた急行きのくに」が、南海天王寺駅を発車した後当路線を通って天下茶屋駅で待機し、同駅で難波方面から来た車両と併結されて運行していた時期があった。
  • 線路には駅周辺以外バラスト(砂利)が敷かれていなかった。理由は、周辺地域の事情から投石されるなどの危険があり、それをあらかじめ防ぐためといわれる。
  • 貨物兼用路線時は、深夜まで騒音がひどく沿線住民の悩みの種だったが、最終的には当路線の存在が国道の渋滞の引き金になるとして廃線になったのは一種の皮肉と言える。
  • 1984年の部分廃止後は、天王寺支線内のみ乗車する旅客は乗車時もしくは降車時に天王寺駅で運賃を支払うようにしていた。天王寺駅から今池町駅・萩ノ茶屋駅を介して南海本線・高野線の駅へ向かう旅客には天王寺駅で乗車券が発行されていた。

[編集] 駅一覧

全駅大阪府大阪市に所在。

駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線・備考 所在地
*1 天下茶屋駅 - 0.0 南海電気鉄道:南海本線 西成区
曳舟駅 0.9 0.9 1949年廃止
今池町駅 0.2 1.1 阪堺電気軌道:阪堺線今池駅
南海電気鉄道:平野線(今池駅)・南海本線(萩ノ茶屋駅:天下茶屋 - 今池町間廃止後の徒歩連絡
*2
大門通駅 0.2 1.4 1949年廃止
飛田本通駅 0.1 1.5  
天王寺駅 0.9 2.4 西日本旅客鉄道:大阪環状線関西本線大和路線)・阪和線
大阪市営地下鉄:御堂筋線谷町線
阪堺電気軌道:上町線天王寺駅前駅
近畿日本鉄道:南大阪線大阪阿部野橋駅
天王寺区
  1. 1984年11月18日廃止区間
  2. 1993年4月1日廃止区間

[編集] 廃線後の状況

天王寺駅付近の廃線跡(2007年8月)
天下茶屋駅付近の廃線跡(2007年8月)
  • 天下茶屋駅 - 今池町駅間が廃止されたのは、大阪市営地下鉄堺筋線延伸の際に線路用地を供出するためであったこともあり、ほぼ同区間の線路真下に堺筋線が通っている。ただ、複線トンネルとしては空間が不足していたため、同区間は上下2層式トンネルとなっている。
  • ほとんどの通路・道路からはバリヤーにより遮断されているが、駐車場になっている地点や、(出入り口は閉鎖されているが)花壇つきの遊歩道になっている地点、ホームレス対策としての無料宿泊施設が建っている地点などがある。
  • 旧今池町駅跡には、アパートが建っている。
  • 天王寺駅付近は架線柱や線路も残されているが、半ば放置状態で、今のところ再開発等は予定されていない。部分廃止後の仮設ホームがどうなっているかは不明だが、部分廃止前の天王寺支線のりばであった天王寺駅19・20番線は同線廃止後に天王寺MIOがこの辺りに建てられたため現存していない。しかし、外部リンクにある、一部で「魔境」と言われた天王寺駅は、部分廃止時に約100m営業距離が短縮されたため阿部野橋のほぼ真下(それゆえいつも暗く、「魔境」という評が存在する)にあり、一部のホーム等残存の可能性は否定できない。

[編集] 脚注

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  1. ^ 明治40年度『鉄道局年報』p.29(国立国会図書館近代デジタルライブラリーより) なお、年報では駅名は「曳」となっている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク