大名古屋ビルヂング

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大名古屋ビルヂング
DAINAGOYA BUILDING
大名古屋ビルヂング
情報
設計者 三菱地所
建築主 三菱地所
構造形式 SRC造[1]
敷地面積 6,782.73 m²m²
延床面積 75,955 m²m²
階数 地上12階・地下4階
高さ 41.0m(最高部53.0m)[1]
竣工 1965年5月11日
解体 2013年
所在地 450-0002
名古屋市中村区名駅3丁目28-12
位置 北緯35度10分19.01秒
東経136度53分3.92秒
座標: 北緯35度10分19.01秒 東経136度53分3.92秒
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大名古屋ビルヂング(だいなごやビルヂング)は、愛知県名古屋市中村区名駅三丁目にあった三菱地所所有のオフィス兼商業ビル。初代の建物は2012年9月の閉鎖後に取り壊され、2015年10月竣工予定で、新ビルへの建替が進められている。

概要[編集]

東海道新幹線開通後まもなく名古屋駅桜通口正面に竣工して以来、その存在感と特徴あるビル名の看板(「大名古屋ビルジング」でも「大名古屋ビルディング」でもない「大名古屋ビルヂング」)が掲げられているため、全国的に知名度の高い建物の一つとなっている。建物の形状よりも、名称が知名度アップに貢献している好例であるが、名古屋市民の間では有名であるものの、全国的に有名なビルであるという意識は低いといわれる。

古くは伊勢湾台風が起こった1959年に遡る。当時東京駅周辺のビル管理を手がけていた三菱地所は、かねてから地方進出の機会を伺っていた。そんな中、当時の三菱地所社長渡辺武次郎が被災直後の名古屋を訪れた際、その被害の惨たんたる状況から、地方進出の第一号として名古屋駅前に大型ビルを建設することを決めた。1965年5月の完工記念式典で配布されたパンフレットには、『伊勢湾台風災害の御見舞にまいりました時であります。名古屋駅に着く前、汽車の窓から見ますと、罹災後1ヶ月を経ているのに一面に海のようにまだ水が溜まっており、人々が戸板に乗って家から出入りしておりました。(中略)ひとつここに耐震不燃の高層ビルヂングを決意致したのであります』と、その経緯が記されている。[2]

全体の完成は1965年であるが、1962年にビルの正面中央部分、1963年にビルの左側部分、1965年にビルの右側部分と、三段階に分けて完成させている。

2004年度都道府県地価調査では、大名古屋ビルヂングが9.9%上昇して商業地の上昇率において全国1位を記録した。

地下1階は飲食店等が入居し、「ダイナード」の愛称が付けられている。ユニモールやメイチカなどとも繋がり、実質的に名駅地区の地下街の一部となっている。

かつて屋上には象徴的な球形回転型ネオンサイン(広告主:森永製菓コカコーラ)が備え付けられていたが、2007年秋頃に撤去され、2008年4月現在は土岐プレミアムアウトレットの看板が設置されている。

屋上には、毎年5月~9月上旬の期間限定で営業されるビアガーデンマイアミ」があり、夏になると賑わいを見せた。

2009年12月15日、三菱地所が大名古屋ビルヂングと隣接するホテルロイヤルパークイン名古屋の一体的な建替計画を発表。地上34階、高さ180m[3]超高層ビルとなる予定で2012年に着工、2015年の竣工を目指している[4]。これに伴い大名古屋ビルヂングは2012年9月30日をもって閉鎖された[5]。2013年5月半ばに解体工事が終了し、同年5月23日から新築工事が開始された。[6]

「大名古屋ビルヂング」の名称は建設する新しいビルに継承される。[7] なお、ホテルロイヤルパークイン名古屋は建替えに伴い営業を終了し、新ビルへの入居も行わず、同桜通沿いに建設された別ビルに「ロイヤルパークホテル ザ 名古屋」として2013年11月1日に新規オープンした。

2014年2月24日には現在建設中の新ビル、地下1階~地上2階に三越伊勢丹ホールディングスの店舗が出店する計画を発表した。[8]

名称について[編集]

この名称は、英語のディはdを含む発音であるため、日本語に直すときにザ行の「ジ」(日本式ローマ字でzi)ではなく、ダ行の「」(日本式ローマ字でdi)を当てたために生まれたとされている。ディの音を「ヂ」で表現するのは戦前では「後楽園スタヂアム」などでも用いられている普通の表記であった。なお「丸ビル」など、かつて三菱地所系のビルはほとんどの正式名が「ビルヂング」表記となっていた。[9]

また、「名古屋ビルヂング」でなく「名古屋ビルヂング」となった理由は、伊勢湾台風による被災などの経緯から、当時の三菱地所社長渡辺武次郎が「大名古屋圏の御用を務めてほしい」との願いを込めたものとされている。[10]
近郊のJR岐阜駅前にもかつて「大岐阜ビルヂング」が存在しており(現在は大岐阜ビル)、大名古屋ビルヂングを意識したという説がある。

ビアガーデン・マイアミ[編集]

最終営業日(2012年9月17日)のビアガーデン・マイアミ

屋上では、北名古屋市に本社を置く外食業者のチタカ・インターナショナル・フーズ社が夏季限定で「ビアガーデンマイアミ」を運営していた。長い間地元名古屋の人たちに親しまれたが、これも建て替えに伴って2012年9月17日をもって閉店した。

2010年NHK名古屋放送局はこのビアガーデンの表と裏に取材を敢行し、同年シーズン営業終了後の9月20日未明、『ドキュメント20min.』で全国放送した。撤退については番組でも触れられた。

なお、「ビアガーデン・マイアミ」自体は名古屋三越栄店の屋上に移転し、2013年5月に「ビアガーデン・マイアミ 名古屋栄店」としてオープンしている。

入居施設[編集]

大名古屋ビルヂング(2005年)

ダイナード[編集]

ダイナードとは、大名古屋ビルヂングの地下階(地下街)を指す。

開業は1963年(昭和38年)3月でサンロード、新名フード、メイチカに続く4番目の地下街として誕生した。

延べ面積897m²、店舗面積549m²。管理は三菱地所子会社の三菱地所プロパティマネジメントが行っている。

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 物件詳細(三菱地所オフィス情報)
  2. ^ 2010年2月7日 毎日新聞より
  3. ^ 粟田晃『今月でお別れ 大名古屋ビルヂング』「中日新聞」2012年9月23日
  4. ^ 三菱地所のニュースリリース (PDF)
  5. ^ 大名古屋ビルヂング閉館=駅前の「顔」、50年の歴史に幕 - 時事通信・2012年9月30日
  6. ^ 三菱地所/大名古屋ビルヂング建替計画/清水で5月本格着工(2013年2月4日、建設通信新聞)
  7. ^ 『「大名古屋ビルヂング」の名称残る』 - 中日新聞・2012年11月29日
  8. ^ 三越伊勢丹、名古屋駅前に出店 三菱地所開発の高層ビル - 47NEWS(よんななニュース)2014年2月24日(2014年2月25日閲覧)
  9. ^ 現在では、「ヂ」は、訓令式ローマ字では「zi」と表記され、ヘボン式ローマ字では「ji」と表記されるが、昭和12年に訓令式ローマ字が出来る以前に使われていた、田中館愛橘が明治18年に考案した「日本式ローマ字」では、「ヂ」を「di」と表記していた
  10. ^ 2010年2月7日 毎日新聞より

外部リンク[編集]