五十鈴川駅
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| 五十鈴川駅 | |
|---|---|
駅舎(2009年9月21日)
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| いすずがわ - ISUZUGAWA | |
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◄宇治山田 (1.9km)
(3.0km) 朝熊►
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| 所在地 | 三重県伊勢市中村町325 |
| 所属事業者 | 近畿日本鉄道(近鉄) |
| 所属路線 | 鳥羽線 |
| キロ程 | 1.9km(宇治山田起点) 伊勢中川から30.2km |
| 電報略号 | イス |
| 駅構造 | 高架駅(盛土上) |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
2,091人/日 -2008年- |
| 開業年月日 | 1969年(昭和44年)12月15日 |
五十鈴川駅(いすずがわえき)は、三重県伊勢市中村町にある、近畿日本鉄道(近鉄)鳥羽線の駅。
目次 |
[編集] 駅構造
待避設備を備えた島式2面4線のホームの盛土上の高架駅。ホーム有効長は特急の発着を考慮して10両分ある。駅舎は下り線(東北)側にある。改札口は1ヶ所のみ。PiTaPa・ICOCAは専用の簡易改札機による対応。
[編集] のりば
| 1・2 | ■鳥羽線(下り) | 鳥羽・賢島方面 |
|---|---|---|
| 3・4 | ■鳥羽線(上り) | 名古屋・大阪・神戸・京都方面(一部1番のりば) |
- 特記事項
- 内側2線(2番線と3番線)が主本線、外側2線(1番線と4番線)が待避線である。
- 五十鈴川始発の上り列車の一部は、本来下りホームである1番のりばから発車する。
- 1番のりばのほか、2番のりばも宇治山田方面へ発車が可能である(2番のりば発の上り定期列車の設定はないが、年末年始には2番のりばから宇治山田方面行き始発列車の発車がある)。また、4番のりばからは鳥羽方面への発車も可能である。
[編集] 利用状況
- 主として行楽・通学・通勤用に利用される。
- 五十鈴川駅の利用状況の変遷を下表に示す。
- 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
- 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
- 2008年11月18日の調査結果によると、1日の利用客は2,091人(前回2005年11月8日の調査では2,229人)。この数字は…
- 近鉄の全調査対象駅(287駅)中、187位。
- 山田線・鳥羽線・志摩線の駅(33駅、他線接続駅含む)の中では、8位。
- 三重県内の近鉄の駅(116駅、但し調査当時の数)の中では、38位。
- 2008年11月18日の調査結果によると、1日の利用客は2,091人(前回2005年11月8日の調査では2,229人)。この数字は…
- 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
年度別利用状況(五十鈴川駅)
| 年 度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 |
特 記 事 項 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合 計 | 調査日 | 調査結果 | ||
| 1969年(昭和44年) | 17,520 | ←←←← | 249,710 | 267,230 | 開業 | ||
| 1970年(昭和45年) | 110,280 | ←←←← | 319,316 | 429,596 | |||
| 1971年(昭和46年) | 101,580 | ←←←← | 294,044 | 395,624 | |||
| 1972年(昭和47年) | 111,120 | ←←←← | 287,406 | 398,526 | |||
| 1973年(昭和48年) | 133,500 | ←←←← | 367,212 | 500,712 | |||
| 1974年(昭和49年) | 157,200 | ←←←← | 312,684 | 469,884 | |||
| 1975年(昭和50年) | 155,490 | ←←←← | 381,546 | 537,036 | |||
| 1976年(昭和51年) | 161,190 | ←←←← | 354,488 | 515,678 | |||
| 1977年(昭和52年) | 172,770 | ←←←← | 388,570 | 561,340 | |||
| 1978年(昭和53年) | 188,880 | ←←←← | 400,854 | 589,734 | |||
| 1979年(昭和54年) | 195,600 | ←←←← | 408,808 | 604,408 | |||
| 1980年(昭和55年) | 204,540 | ←←←← | 433,336 | 637,876 | |||
| 1981年(昭和56年) | 221,490 | ←←←← | 437,382 | 658,872 | |||
| 1982年(昭和57年) | 219,510 | ←←←← | 428,473 | 647,983 | 11月16日 | 2,055 | |
| 1983年(昭和58年) | 229,470 | ←←←← | 409,085 | 638,555 | 11月8日 | 3,385 | |
| 1984年(昭和59年) | 234,780 | ←←←← | 425,018 | 659,798 | 11月6日 | 1,993 | |
| 1985年(昭和60年) | 248,640 | ←←←← | 436,442 | 685,082 | 11月12日 | 2,055 | |
| 1986年(昭和61年) | 255,240 | ←←←← | 445,228 | 700,468 | 11月11日 | 2,337 | |
| 1987年(昭和62年) | 251,190 | ←←←← | 451,618 | 702,808 | 11月10日 | 2,191 | |
| 1988年(昭和63年) | 254,610 | ←←←← | 432,238 | 686,848 | 11月8日 | 2,290 | |
| 1989年(平成元年) | 258,960 | ←←←← | 470,344 | 729,304 | 11月14日 | 2,343 | |
| 1990年(平成2年) | 255,120 | ←←←← | 439,650 | 694,770 | 11月6日 | 2,643 | |
| 1991年(平成3年) | 249,570 | ←←←← | 426,147 | 675,717 | |||
| 1992年(平成4年) | 251,310 | ←←←← | 419,363 | 670,673 | 11月10日 | 2,860 | |
| 1993年(平成5年) | 243,360 | ←←←← | 431,570 | 674,930 | |||
| 1994年(平成6年) | 335,370 | ←←←← | 600,213 | 935,583 | |||
| 1995年(平成7年) | 263,520 | ←←←← | 345,613 | 609,133 | 12月5日 | 2,018 | |
| 1996年(平成8年) | 251,160 | ←←←← | 354,152 | 605,312 | |||
| 1997年(平成9年) | 264,960 | ←←←← | 389,542 | 654,502 | |||
| 1998年(平成10年) | 252,360 | ←←←← | 339,701 | 592,061 | |||
| 1999年(平成11年) | 244,560 | ←←←← | 227,996 | 472,556 | |||
| 2000年(平成12年) | 240,240 | ←←←← | 230,757 | 470,997 | |||
| 2001年(平成13年) | 235,650 | ←←←← | 230,692 | 466,342 | |||
| 2002年(平成14年) | 228,450 | ←←←← | 224,853 | 453,303 | |||
| 2003年(平成15年) | 226,140 | ←←←← | 222,615 | 448,755 | |||
| 2004年(平成16年) | 224,370 | ←←←← | 211,924 | 436,294 | |||
| 2005年(平成17年) | 216,510 | ←←←← | 217,253 | 433,763 | 11月8日 | 2,229 | |
| 2006年(平成18年) | 214,350 | ←←←← | 234,076 | 448,426 | |||
| 2007年(平成19年) | 210,060 | ←←←← | 235,357 | 445,417 | |||
| 2008年(平成20年) | ←←←← | 11月18日 | 2,091 | ||||
| 2009年(平成21年) | 218,610 | ←←←← | 237,075 | 455,685 | |||
[編集] 特徴
- 以前は車内放送で「五十鈴川・内宮前」と呼称されていたが、2009年5月現在、一部の車内自動放送を除いて「内宮前」の呼称は省かれている。現在も内宮への最寄駅とされているが、駅から内宮までは徒歩30分程度(約2km)要する(当駅から出ている三重交通バスの「内宮」行きバスを利用すると便利である。また、「伊勢・二見・鳥羽周遊バス CANばす」も当駅を経由する)。
- 近鉄特急の停車駅ではあるが、ノンストップ特急(阪伊甲特急・名伊甲特急)と、大阪難波駅発着特急(阪伊乙特急)に併結しない京都駅発着の特急(京伊特急)は通過する。
- 特急券は購入できるが、定期券は購入できない。
- 構内アナウンスは2010年頃より自動放送化された。以前は、駅員による到着・発車案内放送が行われていた。
- 朝夕に大阪上本町駅・名古屋駅発着の快速急行・急行列車で、当駅始発ないし終着のものが設定されている。また平日ダイヤの上本町駅行き快速急行[1]2本は、日中であるが当駅1番線始発である。なお、運用変更がない限り16:54分発は5800系または5820系のL/Cカーが充当される。上本町駅発宇治山田駅行き急行の内2本が宇治山田駅の3番線到着後、五十鈴川駅へ回送される形の運用となっている。
- 開業時、当駅の近くの地名古市から古市口駅の駅名を予定していたが、南大阪線の古市駅と混同するため、近くを流れる五十鈴川を駅名に採用した。
- 駅近傍の国道23号沿いに、大型店舗が(駅近にイオン伊勢店がある)つぎつぎに進出し、空洞化の激しい伊勢市駅周辺とは対照的に賑やかになっている。
- 大晦日の越年終夜運転時の大阪・京都・名古屋方面の特急列車は、宇治山田駅始発でなく当駅始発となっているが、1990年代中頃以降は鳥羽線および志摩線方面に直通する特急列車も多くなっているため現在は始発列車が減少している。
[編集] 駅周辺
- 伊勢神宮内宮(皇大神宮)
- 月讀宮
- 倭姫宮
- 猿田彦神社
- 皇學館大学・皇學館高等学校・皇學館中学校
- 神宮徴古館・神宮農業館・神宮美術館・神宮文庫
- 伊勢市立伊勢総合病院
- 伊勢自動車道・伊勢二見鳥羽有料道路 伊勢IC
- イオン伊勢店
- 洋服の青山伊勢インター店
- 宮脇書店伊勢店
[編集] 路線バス
- 2番乗り場
- 51系統 内宮前
- 伊勢市コミュニティバス「おかげバス」
[編集] 歴史
- 1969年(昭和44年)12月15日 - 鳥羽線の宇治山田 - 五十鈴川間開通時に開業。
- 1970年(昭和45年)3月1日 - 鳥羽線が鳥羽駅まで延伸。
- 1971年(昭和46年)12月25日 - 当駅から宇治山田駅まで複線化。
- 1975年(昭和50年)4月11日 - 当駅から朝熊駅まで複線化。
- 2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。
[編集] 駅名問題
近鉄側は駅開業直前の1969年(昭和44年)11月となって駅名を仮称の古市口から「内宮前」(ないくうまえ)にしようとした[2]。
しかし、駅名を内宮前とすることにより伊勢神宮へ参拝する客のほとんどが伊勢神宮の外宮前(げくうまえ)の駅(伊勢市駅および宇治山田駅)を素通りして直接内宮に行ってしまうことを懸念した伊勢市長が同年11月10日に近鉄側に反対を申し入れ[3]、伊勢市議会も同年11月11日に行われた近鉄対策特別委員会で反対することを決めた[4]。
また、伊勢神宮側(神宮司庁)も駅から内宮まで約2kmも離れており、内宮の近くと思って降車した参拝客に迷惑をかけることを理由に反対した[5]。
試運転の開始直前まで、近鉄側は駅名変更の調整を続け[6]、同年11月21日に近鉄の副社長が伊勢市長と会談し駅名を「五十鈴川(内宮前)」とすることを伝え、市長の了承を得たため運輸省に届け出ることとなり、駅名問題は決着した[7]。
[編集] 隣の駅
[編集] 脚注
- ^ 奈良線の快速急行とは異なり、難波線に乗り入れておらず、阪神線と相互直通運転も実施していないため、難波線・阪神線とは鶴橋駅で乗り換える必要がある。大阪上本町駅でも乗り換え可能だが、対面乗り換えはできない。
- ^ 「試運転は15日ごろ 近鉄鳥羽新線 宇治山田-古市口間」伊勢新聞 1969年(昭和44年)11月7日付 1面
- ^ 「古市口の名 変更には反対 伊勢市が近鉄に申し入れ」伊勢新聞 1969年(昭和44年)11月11日付 1面
- ^ 「内宮前駅名に絶対反対 伊勢市議会も決める」伊勢新聞 1969年(昭和44年)11月12日付 1面
- ^ 「神宮側も反対 近鉄「内宮前」駅名」伊勢新聞 1969年(昭和44年)11月13日付 1面
- ^ 「24日から試運転 近鉄鳥羽新線 宇治山田-古市口間」伊勢新聞 1969年(昭和44年)11月20日付 1面
- ^ 「駅名は五十鈴川(内宮前) 近鉄安藤副社長ら 慶谷市長と会談」伊勢新聞 1969年(昭和44年)11月22日付 1面
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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