賢島駅

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賢島駅
北口
北口
かしこじま - KASHIKOJIMA
志摩神明 (1.4km)
所在地 三重県志摩市阿児町神明747-17
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
所属路線 志摩線
キロ程 24.5km(鳥羽起点)
伊勢中川から66.0km
電報略号 カコ
駅構造 地上駅
ホーム 4面5線
乗車人員
-統計年度-
769人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1929年昭和4年)7月23日
南口
賢島駅ホーム
駅名標
現存する旧駅舎(2012年8月)

賢島駅(かしこじまえき)は、三重県志摩市阿児町神明賢島)にある近畿日本鉄道(近鉄)志摩線である。志摩線の終着駅

駅構造[編集]

頭端式ホーム4面5線を持つ地上駅留置線はない。もともと特急車両の車内サービスなどでワゴンを出し入れするなど物の移動も考慮されており、プラットホームからバスタクシーのりば等のある北出口までほとんど階段などの段差がなく車いすなどでも容易に乗降できる構造になっている。[1][2]PiTaPaICOCAは簡易改札機による対応である。

かつて、普通列車は東側の志摩電気鉄道時代からの、1フロア下にある(傾斜面にあるので両方とも地上)ホームより発着していたが、現在は特急と同じフロアのホームを使用している。

志摩電気鉄道時代からの駅舎が、南口駅舎の西隣に現存している。

のりば[編集]

1・2 特急用ホーム(8連長) 主として名古屋行き特急
  2・3番線降車ホーム
3・4 特急用ホーム(8連長) 主として大阪難波大阪上本町京都行き特急
5 普通用ホーム(2連長) 鳥羽宇治山田伊勢中川方面
  • 1・4・5番ホームには降車ホームがない。

利用状況[編集]

「三重県統計書」によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
1997年 1,075
1998年 912
1999年 810
2000年 866
2001年 854
2002年 881
2003年 887
2004年 894
2005年 875
2006年 849
2007年 821
2008年 846
2009年 773
2010年 735
2011年 730
2012年 769
  • 賢島駅の利用状況の変遷を下表に示す。
    • 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
    • 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
      • 2008年平成20年)11月18日の調査結果によると、1日の利用客は993人(前回2005年11月8日の調査では1,141人)。この数字は
        • 当時の近鉄の全調査対象駅(287駅)中、239位。
        • 山田線・鳥羽線・志摩線の駅(33駅、他線接続駅含む)の中では、16位。
        • 三重県内の近鉄の駅(116駅)の中では、65位。
    • 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

駅前にバス乗り場があり、以下の路線が乗り入れている。運行は、三重交通により行われている。

歴史[編集]

開業直前の賢島駅
普通列車ホームに停車する680系さよなら列車
簡易改札機

当駅は志摩電気鉄道の路線計画には入っていなかった。着工直前までは2つ手前の鵜方浜(鵜方駅)を終点とする計画であったが[3]目黒蒲田電鉄幹部に参宮客を英虞湾まで誘致しなければ利益が見込めないと指摘され、重役会議で英虞湾岸のかしこ島の真珠港駅まで延長することとなった。当時のかしこ島は真珠養殖場はあるものの無人島であったが、鉄道駅開設を祝し土地が寄付されたことから観光地としての開発が始まり、賢島と漢字表記されるようになった[4]

隣の駅[編集]

近畿日本鉄道
志摩線
普通
志摩神明駅 - 賢島駅

かつて存在した路線[編集]

近畿日本鉄道
志摩線(廃止区間)
賢島駅 - 真珠港駅

特別駅長「志摩ちゃん」[編集]

2009年(平成21年)11月に賢島駅の近くにある志摩マリンランドのメスフンボルトペンギン「志摩ちゃん」が特別駅長に就任した[7]。志摩ちゃんは、近鉄志摩線の活性化を目的に駅長となり、1年間で20日、帽子ネクタイ姿で改札に立った[8]2001年(平成13年)5月4日生まれである[8]

2010年(平成22年)11月21日には、就任1周年記念式典が賢島駅で開かれ、感謝状とアジ1年分(約220kg)が送られた[8]。同式典では、動物駅長の「先輩」である和歌山電鐵貴志駅たま駅長から祝電が届いた[8]。また、同日は、鳥羽 - 賢島間の「ペンギン列車」に乗務し、他のペンギン3匹とともに近鉄電車車内を行進した[8]。翌年の2011年(平成23年)の5月29日にはコンコースに「ペンギン駅長室」が設置され[9]、同年11月20日には志摩市の観光特使に就任した[7]

以上のように活躍を続けてきた志摩ちゃんであったが、2012年(平成24年)6月24日の「出勤」をもって任期満了により退任することが、同年7月30日に近鉄から発表された[5]

その他[編集]

  • 近鉄では最南端の駅である(最東端と最北端は近鉄名古屋駅、最西端は大阪難波駅)。
  • 1969年昭和44年)7月に廃止された真珠港貨物駅の跡は、その後も長い間留置線(賢島車庫)として使われ、かつての名残をとどめていた。上記の普通列車ホーム廃止に際して撤去され、その姿を消した。線路跡は長らく雑草が生い茂っていたが、現在は駐車場と化した。
  • 2007年(平成19年)4月1日から、PiTaPaICOCAといったICカードが使用が可能になり、簡易改札機が設置されている。
  • 2009年(平成21年)3月20日に阪神なんば線が開業したことで山陽網干駅もしくは山陽姫路駅から当駅まで標準軌私鉄の路線が繋がった。しかし、4社通しの切符は現在のところ発売されていない(ICOCA・PiTaPa利用なら4社通しで乗車可能[10])。2012年末、もしくは2013年春を目標に当駅から阪神三宮駅までの特急列車を運行する計画があると報道されたが、2014年3月22日にようやく実現に至った[6]

脚注[編集]

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  1. ^ 同様の駅構造には西武鉄道西武球場前駅がある。
  2. ^ ただし1フロア下の賢島港側南出口へは階段と上りエスカレータによって結ばれている。
  3. ^ 『阿児町史』(阿児町史編纂委員会、2000年3月15日発行)285頁
  4. ^ 『図説伊勢・志摩の歴史 下巻』(伊勢・志摩の歴史刊行会編、1992年8月15日郷土出版社発行、ISBN 4-87670-028-1)86頁
  5. ^ a b c 近畿日本鉄道株式会社秘書広報部"ペンギン駅長「志摩ちゃん」の退任について"<ウェブ魚拓>KINTETSU NEWS RELEASE平成24年7月30日(2012年8月29日閲覧。)
  6. ^ a b 近鉄特急 阪神三宮〜近鉄賢島 22日から運行”. MBSテレビ (2014年3月22日). 2014年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月22日閲覧。
  7. ^ a b 朝日新聞社"志摩ちゃん大忙し 三重のペンギン駅長、観光大使就任 - 朝日新聞デジタル"<ウェブ魚拓>2011年11月21日(2012年8月29日閲覧。)
  8. ^ a b c d e 伊勢志摩経済新聞"ペンギン駅長就任1周年で感謝状とアジ1年分-「ペンギン列車」も大好評"<ウェブ魚拓>2010年11月22日(2012年8月29日閲覧。)
  9. ^ 伊勢志摩経済新聞"近鉄賢島駅のペンギン駅長「志摩ちゃん」に駅長室、ペンギン列車も大人気"<ウェブ魚拓>2011年5月30日(2012年8月29日閲覧。)
  10. ^ 因みに近鉄特急を利用せずに通勤型列車のみ利用でICOCA・PiTaPaなど交通系ICカード全国相互利用カードを利用した場合、賢島駅と山陽姫路駅の料金は3,680円かかる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]