伊勢市駅
| 伊勢市駅* | |
|---|---|
JR駅舎(南口)
|
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| いせし - Iseshi | |
| 三重県伊勢市吹上一丁目1-4(JR東海) 三重県伊勢市吹上一丁目1-57(近鉄) |
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| 所属事業者 | ■東海旅客鉄道(JR東海) ■近畿日本鉄道(近鉄) |
| 電報略号 | イセ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 4面5線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
(JR東海)982人/日 (近鉄)3,552人/日(降車客含まず) -2009年- |
| 開業年月日 | 1897年(明治30年)11月11日(JR) 1930年(昭和5年)9月21日(近鉄) |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■参宮線 |
| キロ程 | 15.0km(多気起点) |
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◄山田上口 (1.8km)
(2.9km) 五十鈴ヶ丘►
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| 所属路線 | ■山田線 |
| キロ程 | 27.7km(伊勢中川起点) |
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◄宮町 (1.4km)
(0.6km) 宇治山田►
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| 備考 | 共同使用駅 JR東海:駅長配置駅(管理駅) JR東海:みどりの窓口 有 * 1959年に山田駅から改称。 |
伊勢市駅(いせしえき)は、三重県伊勢市吹上一丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)・近畿日本鉄道(近鉄)の駅である。
目次 |
[編集] 概要
伊勢志摩の中心都市・伊勢市の代表駅。古くから伊勢参りの玄関口として利用されてきた。過去には、市電(神都線)など交通の乗り継ぎ点、近鉄鳥羽線開通前は近鉄から二見・鳥羽への乗継駅としての役割の大きい駅であった。
以前は、ジャスコ駅前店・三交百貨店といったデパートや高柳・新道などの商店街に近隣の市町村から訪れる人が多く、年末の買い出し・正月の初詣は特に混雑する駅でもあった。その後、郊外の大型店が充実して、ジャスコ駅前店・三交百貨店といったデパートは閉店したため、現在は、通勤・通学客の他は、駅の南側に位置する伊勢神宮外宮への乗降客や、近鉄線への乗り換え客で利用することが多い駅となっている。
また、伊勢市内・郊外への三重交通バス路線の拠点となっており、宇治山田駅よりも乗り入れバス路線が多い。東京池袋駅・さいたま大宮駅・福岡西鉄天神バスセンターへの夜行高速バスや、京都駅への昼行高速バスも乗り入れている。三重交通バス路線の廃止などにより、伊勢市コミュニティバス(おかげバス)のバス路線も運行されている。
先述したように、ジャスコ・三交百貨店などの閉店で駅前を含めた中心市街地の空洞化が激しいため、自治体では空洞化対策が検討されているが、今のところ具体化はしていない。ジャスコ跡地については、2010年12月に四日市市の不動産会社が再開発計画を発表、2012年12月開業を目標に事業が進められている[1]。
[編集] 乗り入れ路線
JR東海の参宮線と近鉄の山田線の2路線が乗り入れ、接続駅となっている。JR東海は全ての列車が、近鉄はノンストップ特急(甲特急)以外の列車が停車する。なお、近鉄のノンストップ特急は当駅の次駅である宇治山田駅に全列車が停車する。
近鉄線利用時にはPiTaPa(スルッとKANSAI協議会)およびその提携ICカードの使用が可能である。ただしJR東海利用時にはこれらの利用ができず、同社のTOICAもサービスエリア外である。
[編集] 駅構造
双方とも地上駅である。JR線は単式ホーム1面1線(1番線)と島式ホーム1面2線(2・3番線)、合計2面3線を使用し、近鉄線は相対式ホーム2面2線(4・5番線)を使用する。各ホームは跨線橋で連絡している。近鉄線とJR線との間にはJRの伊勢車両区車庫線があり、距離は長い。なお、JR参宮線は1番線が上り本線、2番線が下り本線となっており、3番線は上下列車が発着する副本線である。夜間滞泊が設定されている。
JR東海の駅は駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、田丸駅 - 鳥羽駅間の各駅を管理している。
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ■JR参宮線 | 上り | 松阪・名古屋方面[2] | |
| 2 | ■JR参宮線 | 下り | 鳥羽方面[2] | |
| 3 | ■JR参宮線 | 下り | 鳥羽方面 | 当駅始発の一部 |
| 上り | 松阪・名古屋方面 | |||
| 4 | ■近鉄山田線 | 上り | 四日市・名古屋・大阪・神戸・京都方面 | |
| 5 | ■近鉄山田線 | 下り | 五十鈴川(内宮前)・鳥羽・賢島方面 |
[編集] 駅設備
駅舎はJR線の1番線の南側と近鉄線5番線ホームの北側の2か所ある。両事業者が構内を分割して管理する共同使用駅となっており、南側はJR東海が、北側は近鉄が管理している。
- 南側の駅舎にはJRの自動改札機(東芝製)が設置されている。ICカード対応機は、2枚一括投入対応機だが、近鉄線の乗車券類を2枚以上投入すると「枚数超過」となり通過できない。近鉄の回数券カードには対応している。
- 北側の駅舎には近鉄改札口が設置されている。自動改札機はなく、ICカード簡易改札機が設置されている。
- スルッとKANSAI及びJスルーカードは本来はエリア外のため使用できないが、JR側の駅舎に設置されている近鉄のタッチパネル式の自動券売機では、スルッとKANSAI及びJスルーカードが使用可能である(このことは公式にはアナウンスされていない)。
- 近鉄の切符は双方の駅舎で購入窓口があるが、北側にはJRの切符専門の購入窓口がない(但し、近鉄の切符購入窓口で一部の駅までのJR乗車券が購入可能)。近鉄4番線ホームには売店がある。
- 以前に鳴動していた出発承認合図器(発車ブザー)が撤去され、信号反応灯が設置されている。同時に、それまで全て係員が行っていた到着・発車案内放送が、詳細型自動放送に変更された。名古屋輸送統括部管内の詳細型自動放送では初めて、言い回しの簡略化(例:「…でございます」を「…です」に変更)を導入した文面となったが、これ以降に自動放送が更新された駅(桑名駅など)ではアナウンス担当者自体も変更されたため、結果的にこの駅の自動放送の他駅への流用はなされず、この駅の放送自体も運行管理システム導入前後に桑名駅などのフォーマットに沿った放送に変更されている。
- 便所はJR側と近鉄側の二ヶ所にある。2011年に入って5番線ホームに多目的トイレが設置され、同年12月には5番線ホームのトイレが完全水洗化された。なお、4番線ホームにあったトイレは撤去された。
- 以前は北口(北側の駅舎)には近鉄の特急券うりばが無かった為、北口から近鉄特急に乗車する場合、乗車券のみを購入し、4番線ホームにある「特急券うりば」又は特急車内で特急券を購入する必要があった。しかし、2008年2月28日に4番線ホームの「特急券うりば」が撤去、北口に移転した為、北口での特急券の購入が可能になった。但し、鳥羽・賢島方面から特急に乗り換える乗客等の為に、4番線ホームには四日市・名古屋方面専用と大阪・京都方面専用の特急券自動発売機がそれぞれ1台ずつ(計2台)設置されている。
- 2010年にJRホームに2基、近鉄ホームに2基、計4基のエレベータ設置工事が行われた。同年12月上旬に近鉄ホームが、2011年3月1日にJRホームがそれぞれ完成した。総工費は2億1000万円で、国と三重県が、それぞれ費用の1/3を助成した[3]。
[編集] 利用状況
JR東海
- 三重県統計書によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。
- 1,173人(1998年度)
- 1,193人(1999年度)
- 1,149人(2000年度)
- 1,050人(2001年度)
- 990人(2002年度)
- 935人(2003年度)
- 884人(2004年度)
- 902人(2005年度)
- 950人(2006年度)
- 990人(2007年度)
- 1,020人(2008年度)
- 982人(2009年度)
近鉄
- 主として観光・通学・通勤用に利用される。
- 伊勢市駅の利用状況の変遷を下表に示す。
- 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
- 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
- 2008年11月18日の調査結果によると、1日の利用客は6,306人(前回2005年11月8日の調査では6,476人)。この数字は…
- 近鉄の全調査対象駅(287駅)中、100位。
- 山田線・鳥羽線・志摩線の駅(33駅、他線接続駅含む)の中では、4位。
- 三重県内の近鉄の駅(116駅、但し調査当時の数)の中では、14位。
- 2008年11月18日の調査結果によると、1日の利用客は6,306人(前回2005年11月8日の調査では6,476人)。この数字は…
- 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
| 年 度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 |
特 記 事 項 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合 計 | 調査日 | 調査結果 | ||
| 1950年(昭和25年) | 68,070 | ←←←← | 435,574 | 503,644 | |||
| 1951年(昭和26年) | 89,070 | ←←←← | 483,165 | 572,235 | |||
| 1952年(昭和27年) | 124,080 | ←←←← | 494,976 | 619,056 | |||
| 1953年(昭和28年) | 138,840 | ←←←← | 546,466 | 685,306 | |||
| 1954年(昭和29年) | 147,060 | ←←←← | 534,332 | 681,392 | |||
| 1955年(昭和30年) | 166,590 | ←←←← | 555,535 | 722,125 | |||
| 1956年(昭和31年) | 206,820 | ←←←← | 601,126 | 807,946 | |||
| 1957年(昭和32年) | 230,160 | ←←←← | 618,868 | 849,028 | |||
| 1958年(昭和33年) | 239,220 | ←←←← | 647,586 | 886,806 | |||
| 1959年(昭和34年) | 302,370 | ←←←← | 551,809 | 854,179 | |||
| 1960年(昭和35年) | 417,540 | ←←←← | 560,924 | 978,464 | |||
| 1961年(昭和36年) | 460,620 | ←←←← | 556,300 | 1,016,920 | |||
| 1962年(昭和37年) | 457,170 | ←←←← | 555,434 | 1,012,604 | |||
| 1963年(昭和38年) | 500,010 | ←←←← | 508,983 | 1,008,993 | |||
| 1964年(昭和39年) | 497,970 | ←←←← | 502,235 | 1,000,205 | |||
| 1965年(昭和40年) | 514,890 | ←←←← | 496,142 | 1,011,032 | |||
| 1966年(昭和41年) | 538,380 | ←←←← | 485,968 | 1,024,348 | |||
| 1967年(昭和42年) | 595,200 | ←←←← | 517,696 | 1,112,896 | |||
| 1968年(昭和43年) | 617,010 | ←←←← | 648,821 | 1,265,831 | |||
| 1969年(昭和44年) | 674,310 | ←←←← | 695,765 | 1,370,075 | |||
| 1970年(昭和45年) | 706,170 | ←←←← | 754,889 | 1,461,059 | |||
| 1971年(昭和46年) | 808,140 | ←←←← | 634,908 | 1,443,048 | |||
| 1972年(昭和47年) | 898,890 | ←←←← | 698,350 | 1,597,240 | |||
| 1973年(昭和48年) | 1,012,530 | ←←←← | 857,912 | 1,870,442 | |||
| 1974年(昭和49年) | 1,097,550 | ←←←← | 926,359 | 2,023,909 | |||
| 1975年(昭和50年) | 1,060,110 | ←←←← | 931,676 | 1,991,786 | |||
| 1976年(昭和51年) | 1,022,490 | ←←←← | 915,237 | 1,937,727 | |||
| 1977年(昭和52年) | 989,880 | ←←←← | 940,043 | 1,929,923 | |||
| 1978年(昭和53年) | 998,970 | ←←←← | 975,345 | 1,974,315 | |||
| 1979年(昭和54年) | 1,024,980 | ←←←← | 1,123,803 | 2,148,783 | |||
| 1980年(昭和55年) | 1,025,430 | ←←←← | 1,104,846 | 2,130,276 | |||
| 1981年(昭和56年) | 1,010,160 | ←←←← | 1,079,747 | 2,089,907 | |||
| 1982年(昭和57年) | 958,590 | ←←←← | 1,046,874 | 2,005,464 | 11月16日 | 11,980 | |
| 1983年(昭和58年) | 975,990 | ←←←← | 1,022,510 | 1,998,500 | 11月8日 | 13,018 | |
| 1984年(昭和59年) | 956,580 | ←←←← | 979,118 | 1,935,698 | 11月6日 | 12,721 | |
| 1985年(昭和60年) | 963,810 | ←←←← | 976,824 | 1,940,634 | 11月12日 | 11,500 | |
| 1986年(昭和61年) | 956,580 | ←←←← | 976,161 | 1,932,741 | 11月11日 | 11,357 | |
| 1987年(昭和62年) | 1,000,020 | ←←←← | 931,575 | 1,931,595 | 11月10日 | 11,096 | |
| 1988年(昭和63年) | 1,034,670 | ←←←← | 919,867 | 1,954,537 | 11月8日 | 11,187 | |
| 1989年(平成元年) | 1,056,990 | ←←←← | 918,094 | 1,975,084 | 11月14日 | 10,608 | |
| 1990年(平成2年) | 1,083,300 | ←←←← | 939,403 | 2,022,703 | 11月6日 | 10,907 | |
| 1991年(平成3年) | 1,077,720 | ←←←← | 933,510 | 2,011,230 | |||
| 1992年(平成4年) | 999,690 | ←←←← | 921,013 | 1,920,703 | 11月10日 | 10,954 | |
| 1993年(平成5年) | 943,620 | ←←←← | 948,427 | 1,892,047 | |||
| 1994年(平成6年) | 925,590 | ←←←← | 874,549 | 1,800,139 | |||
| 1995年(平成7年) | 925,710 | ←←←← | 821,874 | 1,747,584 | 12月5日 | 8,514 | |
| 1996年(平成8年) | 875,790 | ←←←← | 811,567 | 1,687,357 | |||
| 1997年(平成9年) | 818,130 | ←←←← | 753,604 | 1,571,734 | |||
| 1998年(平成10年) | 797,550 | ←←←← | 727,685 | 1,525,235 | |||
| 1999年(平成11年) | 794,760 | ←←←← | 793,116 | 1,587,876 | |||
| 2000年(平成12年) | 791,730 | ←←←← | 807,104 | 1,598,834 | |||
| 2001年(平成13年) | 746,430 | ←←←← | 767,614 | 1,514,044 | |||
| 2002年(平成14年) | 724,470 | ←←←← | 733,277 | 1,457,747 | |||
| 2003年(平成15年) | 676,200 | ←←←← | 702,100 | 1,378,300 | |||
| 2004年(平成16年) | 686,250 | ←←←← | 652,723 | 1,338,973 | |||
| 2005年(平成17年) | 712,320 | ←←←← | 648,499 | 1,360,819 | 11月8日 | 6,476 | |
| 2006年(平成18年) | 729,150 | ←←←← | 606,841 | 1,335,991 | |||
| 2007年(平成19年) | 721,800 | ←←←← | 610,690 | 1,332,490 | |||
| 2008年(平成20年) | 726,330 | ←←←← | 602,347 | 1,328,677 | 11月18日 | 6,306 | |
| 2009年(平成21年) | 701,190 | ←←←← | 595,538 | 1,296,728 | |||
[編集] 駅周辺
1905年 - 1961年には、駅前から伊勢神宮の外宮・内宮や二見浦へ向かう路面電車の三重交通神都線が発着していた。
[編集] バス路線
- 1番乗り場
- 2番乗り場
- 20系統 世古
- 20系統 早馬瀬口(世古経由)
- 3番乗り場
- 02系統 宮川中学前
- 07系統 大倉うぐいす台
- 08系統 大倉うぐいす台(松尾観音経由)
- 4番乗り場
- 東京高速 西武バス大宮営業所(池袋駅東口、大宮駅西口経由)
- 福岡高速 「お伊勢さんエクスプレス福岡号」 西鉄天神バスセンター(小倉駅、博多バスターミナル経由)
- 5番乗り場
- 6番乗り場
- 23系統 玉城町役場(三交伊勢志摩交通運行)
- 7番乗り場
- 8番乗り場
- 03系統 大湊
- 03系統 大湊(ララパーク 経由)
- 04系統 一色町(ララパーク 経由)
- 9番乗り場
- 10番乗り場
- 60系統 御座港
- 60系統 御座港 (志摩病院経由)
- 60系統 御座港 (畔名丸岡経由)
- 62系統 御座港(山商口・畔名丸岡経由)
- 70系統 宿浦
- 11番乗り場
伊勢市コミュニティバス「おかげバス」
- 辻久留・藤里ルート
- 宇治山田駅(伊勢市役所・三郷山経由)
- 宇治山田駅
[編集] 歴史
紀勢本線・参宮線の前身となる参宮鉄道により、当初は山田駅として開業。これは宇治山田町の山田地区に設けられたことから命名された。宇治山田町の市制施行後もそのままであったが、伊勢市に改称された4年後、駅名も新市名に合わせて伊勢市駅と改称された。
戦前 - 戦後しばらくは、国鉄駅には東京駅・大阪駅などから直通する列車が発着するなど、「神都」の玄関口としての役目を担っていた。
しかし国鉄の乗客は、次第に並行して走る近鉄の方へ流れるようになり、広い構内を持つ国鉄(→JR)の駅は閑散としていて、その一方で狭い近鉄の駅に客が集まるという状態になった。昨今では若干JRの乗客も持ち直したが、大きく変わったとは言い難い状況である。
[編集] 年表
- 1897年(明治30年)11月11日 - 参宮鉄道(現在の参宮線)宮川 - 山田間延伸により、山田駅(やまだえき)として開業。
- 1907年(明治40年)10月1日 - 参宮鉄道が国有化され、国有鉄道が継承。
- 1909年(明治42年)2月21日 - 線路名称制定。当駅は参宮線の所属となる。
- 1911年(明治44年)7月21日 - 参宮線が鳥羽駅まで延伸。
- 1930年(昭和5年)9月21日 - 参宮急行電鉄本線(現在の近鉄山田線)が外宮前駅(現・宮町駅)から延伸し当駅に乗り入れ。国有鉄道と参宮急行電鉄の共同使用駅となる。
- 1931年(昭和6年)3月17日 - 参宮急行電鉄本線が宇治山田駅まで延伸。
- 1941年(昭和16年)3月15日 - 大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併し関西急行鉄道発足、国有鉄道と関西急行鉄道の駅となる。この時の線路名称改定により、関西急行鉄道の駅としては山田線所属となる。
- 1944年(昭和19年)6月1日 - 関西急行鉄道が南海鉄道(現在の南海電気鉄道の前身)と合併し近畿日本鉄道発足、国有鉄道と近鉄の駅となる。
- 1944年(昭和19年)頃 - 北口(近鉄側出入口)を設置[4]。
- 1950年(昭和25年)4月15日 - 国鉄側駅舎の改築工事が完了、落成式を挙行[5]。
- 1953年(昭和28年)頃 - 近鉄側駅舎(木造平屋)が完成[4]。
- 1959年(昭和34年)7月15日 - 伊勢市駅に改称。
- 1972年(昭和47年)4月1日 - 国鉄駅構内に近鉄専用の乗車券売場を設置[6]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄の駅は東海旅客鉄道が継承。
- 2007年(平成19年)4月1日 - 近鉄山田線PiTaPa使用開始。
[編集] 隣の駅
- 近畿日本鉄道
- 山田線
[編集] 脚注
- ^ 渡辺大地「JR伊勢市駅前 再開発事業の大幅縮小検討 民間事業者、採算を考慮」2011年4月29日付、中日新聞朝刊、三重版22ページ
- ^ a b 駅掲示用時刻表の案内表記。これらはJR東海公式サイトの各駅の時刻表で参照可能(2011年1月現在)。
- ^ 『伊勢新聞』2011年3月1日 2011/3/1(火) JR伊勢市駅エレベーター 連絡路に手すりも設置
- ^ a b “みえ駅ものがたり 近鉄山田線・JR参宮線 伊勢市 神宮参拝者の玄関口 JR側に南口 近鉄側は北口”. 中日新聞 朝刊 三重版: p. 10. (2010年11月4日)
- ^ “15日落成式 改築急ぐ国鉄山田駅”. 伊勢新聞: p. 2. (1950年4月7日)
- ^ “近鉄券の売り場が登場 国鉄伊勢市駅構内”. 中日新聞 朝刊 伊勢志摩版: p. 9. (1972年3月28日)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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