霞ヶ浦駅

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霞ヶ浦駅*
駅舎
駅舎
かすみがうら - KASUMIGAURA
近鉄富田 (1.9km)
(1.1km) 阿倉川
所在地 三重県四日市市八田一丁目14-2
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
所属路線 名古屋線
キロ程 33.5km(**近鉄名古屋起点)
電報略号 カスミ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,828人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1929年昭和4年)1月30日
備考 ** 正式な起点は伊勢中川駅
* 1950年に羽津駅から改称。ただし1929年-1943年の間、別に(初代)霞ヶ浦駅が臨時駅として存在した。詳細は#歴史を参照のこと。

霞ヶ浦駅(かすみがうらえき)は、三重県四日市市八田一丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)名古屋線である。

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を持つ地上駅。駅舎(改札口)は1番ホーム側四日市寄りにあり、反対側の2番ホームへは構内踏切で連絡している。2008年2月までは四日市競輪開催日に急行の臨時停車が実施される場合があったため、6両編成の列車が停まれるようになっている。便所は改札内にあり、男女別の水洗式

自動改札機設置駅(ただしスルッとKANSAI及びJスルーカードには対応していない)。

のりば[編集]

1 名古屋線(下り) 四日市大阪賢島方面
2 名古屋線(上り) 桑名名古屋方面

利用状況[編集]

「三重県統計書」によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
1997年 1,934
1998年 1,965
1999年 1,828
2000年 1,783
2001年 1,764
2002年 1,760
2003年 1,727
2004年 1,677
2005年 1,701
2006年 1,747
2007年 1,788
2008年 1,787
2009年 1,747
2010年 1,807
2011年 1,801
2012年 1,828
  • 霞ヶ浦駅の利用状況の変遷を下表に示す。
    • 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
    • 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
      • 2005年11月8日の調査結果によると、1日の利用客は3,220人。
        • 近鉄の全調査対象駅(323駅、但し調査当時の数)中、157位。
        • 名古屋線の駅(44駅、他線接続駅含む)の中では、21位。
        • 三重県内の近鉄の駅(116駅、但し調査当時の数)の中では、23位。
    • 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

生活バスよっかいち
  • かすみがうら駅かすみがうらクリニック
  • スーパーサンシ(いかるが経由) ※月 - 金曜日運行

歴史[編集]

  • 1929年昭和4年)
  • 1931年(昭和6年) - (旧)霞ヶ浦駅が常設駅となる。
  • 1936年(昭和11年)9月15日 - 参宮急行電鉄が伊勢電気鉄道を合併。羽津駅と(旧)霞ヶ浦駅が参宮急行電鉄伊勢線の駅となる。
  • 1938年(昭和13年)12月7日 - 線路名称改定。羽津駅と(旧)霞ヶ浦駅が名古屋線の所属となる。
  • 1941年(昭和16年)3月15日 - 大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併。羽津駅と(旧)霞ヶ浦駅が関西急行鉄道の駅となる。
  • 1943年(昭和18年)10月22日 - (旧)霞ヶ浦駅廃止、羽津駅を現在地に移設。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 関西急行鉄道が南海鉄道(現在の南海電気鉄道の前身)と合併、羽津駅が近畿日本鉄道の駅となる。
  • 1950年(昭和25年)6月5日 - 羽津駅が(現)霞ヶ浦駅に改称。
  • 2007年平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。
  • 2008年(平成20年)2月 - 当月開催時をもって、急行の臨時停車および四日市競輪場への送迎バス運行が廃止される。
旧羽津駅
  • 旧羽津駅は阿倉川駅との間にある2本のコンクリートトンネルあたりにあった。このトンネルの上部には羽津城と呼ばれる砦跡があり、この城山を崩して線路が通る形となっている。

隣の駅[編集]

近畿日本鉄道
名古屋線
急行
通過
準急・普通
近鉄富田駅 - 霞ヶ浦駅 - 阿倉川駅

関連項目[編集]

外部リンク[編集]