イビデン

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イビデン株式会社
IBIDEN CO.,LTD.
IBIDEN CO., LTD. logo.png
Honsya 03.jpg
本社
種類 株式会社
市場情報
東証1部 4062 1949年5月上場
名証1部 4062 1949年5月上場
本社所在地 日本の旗 日本
503-8604
岐阜県大垣市神田町2丁目1番地
設立 1912年11月25日
(揖斐川電力株式会社)
業種 電気機器
事業内容 電子関連事業
セラミック事業
代表者 代表取締役社長:竹中裕紀
資本金 641億52百万円(2011年3月)
発行済株式総数 1億5086万0557株
売上高 連結3,049億円、単体2,117億円
(2011年3月期)
純資産 連結2,712億円、単体2,040億円
(2011年3月)
総資産 連結3,975億円、単体3,048億円
(2011年3月)
従業員数 連結13,051名、単体3,226名
(2011年3月)
決算期 3月31日
主要株主 株式会社豊田自動織機 4.35%
(2011年3月31日現在)
主要子会社 イビデン産業株式会社 78.5%
イビケン株式会社 100%
イビデングリーンテック株式会社 100%
タック株式会社 100%
関係する人物 立川勇次郎(創業者)
外部リンク http://www.ibiden.co.jp/
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東横山発電所(1921年建設)

イビデン株式会社: IBIDEN CO.,LTD. )は、岐阜県大垣市に本社をおくICパッケージ、プリント基板などの電子関連製品、セラミックス製品などを扱う企業。

概要[編集]

当初は電力事業を行う会社として創業、時代とともに電気化学事業、電気機器事業へと事業分野を移してきた。一時期、電気鉄道(現在の養老鉄道養老線)を経営していたこともあった。

かつてはカーバイド窒素肥料メラミン樹脂化粧板、建材等を生産していたため、東証上場時は化学メーカーに分類されていたが、1994年、電気機器メーカーに変更された。旧ロゴマークはIBMに似ていた。トヨタグループ、特に豊田自動織機との関わりが深く、協豊会トヨタ自動車の部品サプライヤーの任意団体)の一員である。

沿革[編集]

  • 1906年 - 岐阜県安八郡大垣町(現・大垣市)の有志により、揖斐川電力株式会社の設立が計画される。
  • 1907年 - 大垣電力紡績株式会社に社名を変更しての設立計画が行われたが、資金難で延期となる。
  • 1912年11月25日 - 立川勇次郎を初代社長に迎え、揖斐川電力株式会社として創業(創業はこの年になる)[1]。本店(本社)は東京市赤坂区(後に麹町区、京橋区などに移転)、支店は岐阜県安八郡大垣町。
  • 1916年6月 - 西横山発電所完成。
  • 1917年 - カーバイド製造工場(現:大垣事業場)[2]開設。
  • 1918年12月 - 揖斐川電化工業、東海電化工業、日本電気製鉄所と合併、揖斐川電化株式会社に社名変更。
  • 1921年
    • 2月 - 揖斐川電気株式会社に社名変更。
    • 6月 - 東横山発電所完成。
  • 1922年 - 養老鉄道(2007年設立の養老鉄道とは別)を合併。カーボン工場(後の木戸工場)開設。
  • 1923年 - 養老線の電化完了。
  • 1925年 - 初代社長である立川勇次郎の死去により、桜内幸雄が社長に就任。
  • 1926年 - 田中徳次郎が社長に就任。東邦電力(現中部電力の前身)の傘下に入る。
  • 1928年5月 - 鉄道事業(養老線)を養老電気鉄道へ分離譲渡[3]。田中徳次郎が社長を辞任。しばらく社長不在の時期が続く。
  • 1937年 - 社長代理の久留島政治が正式に社長に就任し、社長不在状況が終了する。
  • 1939年 - 河間工場(現:河間事業場)開設。
  • 1940年 - 揖斐川電気工業に社名変更。
  • 1942年4月 - 電力管理施行令により、電力供給事業から撤退。西横山発電所[4]と西平発電所は日本発送電・中部配電(現中部電力)に現物出資[5]宮寺敏雄が社長に就任する。
  • 1943年 - 青柳工場(現:青柳事業場)開設。
  • 1945年 - 本社を東京都から岐阜県大垣市に移転する。
  • 1949年 - 東証1部、大証1部、名証1部に上場。
  • 1962年 - 須崎潔が社長に就任する。
  • 1969年 - 衣浦工場(現:衣浦事業場)
  • 1973年 - 須崎潔の死去により、矢橋浩吉が社長に就任する。
  • 1981年 - 多賀潤一郎が社長に就任する。
  • 1982年11月 - イビデン株式会社に社名を変更。
  • 1989年4月 - 大垣北工場(現:大垣北事業場)開設。
  • 1991年 - 遠藤優が社長に就任する。
  • 1999年 - 岩田義文が社長に就任する。
  • 2000年 - 木戸工場を閉鎖し、大垣事業場と統合。旧・大垣事業場(カーバイド製造工場)を閉鎖し、旧・木戸工場跡地に新・大垣事業場(電子関連製造工場)を開設。
  • 2004年 - 大阪証券取引所の上場廃止
  • 2005年 - 新本社ビル完成。名証2部上場のイビデングリーンテックを株式交換により完全子会社化。建材事業部をイビデン建装販売株式会社と統合。建材事業部をイビデン建装株式会社に移管。
  • 2007年 - 竹中裕紀が社長に就任する。大垣中央事業場開設。
  • 2008年 - 神戸事業場開設。
  • 2010年 - 名古屋国税局より、海外子会社の取引などを巡り、49億円の申告漏れを指摘される。同社は異議申し立て[6]

事業場[編集]

  • 大垣事業場(大垣市木戸町)
  • 青柳事業場(大垣市青柳町)
  • 河間事業場(大垣市河間町)
  • 大垣北事業場(岐阜県揖斐郡揖斐川町
  • 衣浦事業場(愛知県高浜市
  • 大垣中央事業場(大垣市笠縫町)
  • 神戸事業場(岐阜県安八郡神戸町

養老鉄道の痕跡[編集]

  • 養老鉄道(初代)は設立時より立川勇次郎が社長を務めており、電化実現のために合併した。現在でも発電所からの送電線の一部が養老鉄道養老線の線路敷地を利用している。
  • 青柳事業場には養老線からの貨物引き込み線があり、昭和40年代まで使用された。現在も養老鉄道美濃青柳駅の構内には、青柳事業場、及び神鋼造機へ向かった引き込み線の名残がある。更に神鋼造機構内には当時のプラットホームが現存している。
  • 河間事業場には養老線からの貨物引き込み線があり、昭和30年代まで使用された。また、かつては河間駅が隣接していたが、この駅は河間事業場の前身となった会社の従業員用に開設されたという経緯がある。
  • 2000年頃までは西大垣駅の北東に隣接していた旧・大垣事業場(カーバイド製造工場)内には線路や貨物積み込み施設等が完全に残っていたが、現在は完全に撤去されている。なお、現在の大垣事業場に隣接している。

事業[編集]

イビデンのプリント配線板(サブトラクティブ法)
  • プリント配線板製造
    • 同社はプリント配線板の製法としてサブトラクティブ法のほか、独自のアディティブ工法によるプリント配線板製造技術「AAP/10」を開発、採用している。フルアディティブ工法は銅パターンとレジスト厚の差が少なく、表面がフラットな仕上がりであり、日立化成や日立化成エレクトロニクスのCC-41工法と並んでフルアディティブ工法を採用する代表的な企業である。
    • ビルドアップ工法においても「AAP/10」を応用した技術を採用している。
  • 半導体用パッケージ
    • インテルをはじめとする半導体メーカー各社にインターポーザなど半導体パッケージを供給している。
  • セラミック関連
    • DPFでは、同社と日本碍子の2社でシェアの大半を占めている。

関連会社[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ イビデン株式会社社史編集室編、参考文献、pp. 9f。
  2. ^ 正確には大垣市神田町に存在していた工場。現在の大垣事業場と所在地は異なる。
  3. ^ 養老線は後に参宮急行電鉄、関西急行鉄道を経て近畿日本鉄道の路線となり、2007年10月からは同年2月に設立された養老鉄道が経営している。
  4. ^ 横山ダム建設により運用終了・水没。
  5. ^ 川上発電所・広瀬発電所・東横山発電所は自家用発電所として現在も運用中。
  6. ^ イビデン申告漏れ49億円 海外子会社めぐり、異議申し立てへ産経新聞、2010年7月1日

参考文献[編集]

  • 『イビデン70年史』 イビデン株式会社社史編集室編、イビデン、1982年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]