倉吉市

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くらよしし
倉吉市
Flag of Kurayoshi, Tottori.svg
倉吉市旗
Symbol of Kurayoshi, Tottori.svg
倉吉市章
1954年昭和29年)3月29日制定
日本の旗 日本
地方 中国地方山陰地方
中国・四国地方
都道府県 鳥取県
団体コード 31203-7
面積 272.15km²
総人口 49,136
推計人口、2014年6月1日)
人口密度 181人/km²
隣接自治体 東伯郡北栄町琴浦町湯梨浜町三朝町
日野郡江府町
岡山県真庭市
市の木 ツバキ
市の花 ツツジ
倉吉市役所
所在地 682-8611
鳥取県倉吉市葵町722番地
北緯35度25分48.4秒東経133度49分31.9秒
倉吉市役所
外部リンク 倉吉市

倉吉市位置図

― 市 / ― 町・村

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倉吉市(くらよしし)は、鳥取県中部の。当市は鳥取県中部の玄関口としての役割もある。

市内には打吹玉川地区をはじめ土蔵が多く、白壁土蔵の街として知られている。 当市を含めた中部の市や町は、「とっとり梨の花温泉郷」を形成している。生活や習慣については鳥取市など鳥取県東部の影響を強く受けているところが多い。

地理[編集]

市内の中心部
西町で撮影
市内にある田園地帯
北面で撮影

市の東部に天神川、市の南西部から北東部にかけて天神川支流の小鴨川がそれぞれ流れる。
旧倉吉市のほぼ中央に打吹山があり、その北側と上記の2河川に挟まれた地域に市街地が東西に伸びるように広がる。

人口[編集]

Demography31203.svg
倉吉市と全国の年齢別人口分布(2005年) 倉吉市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 倉吉市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
倉吉市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 54,740人
1975年 55,709人
1980年 57,252人
1985年 57,306人
1990年 56,602人
1995年 55,669人
2000年 54,027人
2005年 52,592人
2010年 50,728人
総務省統計局 国勢調査より

歴史[編集]

古代・中世[編集]

古代には、伯耆国国府国分寺国分尼寺がおかれていた。在庁官人出身の小鴨氏は、岩倉城を本拠地として国人領主として成長し、鎌倉時代以後は守護代として勢力を広げた。

南北朝時代から室町時代にかけて田内城打吹山城が築かれ、山名氏守護所が置かれた。打吹山城の城下に広がったのが現在の倉吉の町の起こりである。山名氏の衰退後は羽衣石城(湯梨浜町)を拠点とする国人南条氏の支配下に入った。南条元続は豊臣秀吉に従って伯耆東部を治める大名の地位を安堵され、打吹城と城下町倉吉の整備が行われた。

近世[編集]

関ヶ原の戦いで西軍についた南条元忠が改易されると、倉吉は米子藩主となった中村一忠の所領となったが、慶長14年(1609年)の中村氏改易により以後は天領とされた。慶長19年(1614年)には安房国館山藩から安房里見氏が倉吉に移されているが(倉吉藩)、実際には配流に等しく「支配」とは言い難い。元和3年(1617年)に池田光政が鳥取藩主として入封すると、重臣伊木忠貞が倉吉に入った。寛永9年(1632年)、池田光政と入れ替わりで池田光仲が鳥取藩主になると、家老倉吉荒尾氏の封地となった。自分手政治を許された荒尾氏は、打吹山麓に陣屋を設けて倉吉を治めた。江戸時代の倉吉は商工業の中心として繁栄した。江戸時代中期以降に倉吉で特産品となったものとしては、「稲扱千歯」や「倉吉絣」が挙げられる。打吹玉川地区(重要伝統的建造物群保存地区)には江戸時代後期から近代にかけての伝統的建築物が残されている。

里見家最後の当主であった館山藩里見忠義は、江戸幕府によって伯耆国に事実上配流され、1622年にその地で没した。このとき忠義に殉死した8人の家臣があり、戒名に共通して「賢」の字が入ることから八賢士と称される。彼らの墓は倉吉市の大岳院にあり、また倉吉から分骨した墓が館山城の麓に建てられている。この「八賢士」を『南総里見八犬伝』での八犬士のモデルに求める説もある。もっとも、この言説が広まったのは『八犬伝』が一世を風靡してからとも指摘される。

沿革[編集]

行政[編集]

  • 本庁舎の他に、関金庁舎もある。
所在地:〒682-0498 鳥取県倉吉市関金町大鳥居193番地1
  • また、住民票(本人または同一世帯)、戸籍(本人または同一戸籍)、納税証明(本人のみ)及び印鑑登録(本人のみ)に関する証明の発行業務を山守郵便局(貯金・保険窓口)に委託している。これは、2002年4月1日に当時の関金町役場山守支所が廃止されたためである。
所在地:〒682-0422 鳥取県倉吉市関金町堀1898番地7

経済[編集]

産業[編集]

  • 倉吉絣 - 倉吉の伝統産業の織物で、山陰三大の一つに数えられる。
  • その他
    • 江戸時代には稲扱千歯の製造が盛んで、全国に供給していた。
市内に本社を置く主な企業

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

海外[編集]

地域[編集]

教育[編集]

小学校[編集]

中学校[編集]

高等学校[編集]

大学・短期大学[編集]

特別支援学校[編集]

隣接する自治体[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

西日本旅客鉄道

代表駅ではあるが、市の中心部からは離れている。1994年平成6年)に智頭急行が開業して以降、この駅は関西方面への特急スーパーはくとの始発駅になり、京阪神と当市を結んでいる。かつては倉吉駅から倉吉線が分岐していたが、1985年に廃止されている。倉吉線の打吹(うつぶき)駅付近が市の中心部に相当し、一時は打吹駅が倉吉駅と名乗っていて、その間、現在の倉吉駅は上井駅と名乗っていた時期があった。
市の中心部へは、倉吉駅から路線バス(日本交通日ノ丸自動車)を利用する。

路線バス[編集]

道路[編集]


名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

二十世紀梨記念館館内、シンボルツリー
名所・旧跡
スポーツ・レジャー施設
祭事・行事

倉吉市出身の有名人[編集]

政治家[編集]

実業家[編集]

教育者・学者[編集]

文化人[編集]

芸能[編集]

スポーツ[編集]

その他[編集]

ゆかりの有名人[編集]

  • 浜名千広 - 元プロ野球選手(内野手)。母の出身地

倉吉に関する作品[編集]

その他[編集]

2005年3月22日の合併により、住所表記が以下の通り変更された。また、大字は表示しない。

  • 旧倉吉市は従前のとおり(元々「大字」は付かない)。
  • 旧関金町は「東伯郡関金町△△」→「倉吉市関金町△△」とする(ただし「大字」は付けない)。
-例-
  • 鳥取県倉吉市△△ → 鳥取県倉吉市△△
  • 鳥取県東伯郡関金町大字△△ → 鳥取県倉吉市関金町△△

市外局番は、0858(20~69)となっている。但し、天気予報は0859-177である。(市外局番0858の地域が鳥取県東部と中西部に複数存在するため。)

  • 0858(20~69)エリア
    • 倉吉市・三朝町湯梨浜町琴浦町北栄町大山町(中山地区)
    • 倉吉電話交換所管轄(22~24、47(0、1、3、6~9千番台)、48(0千番台))
    • 倉吉上井電話交換所管轄(26、27、47(4千番台)、48(1、9千番台))
    • 倉吉福光電話交換所管轄(28、29、47(2千番台)、48(3千番台))
    • 関金電話交換所管轄(45、48(7千番台))

郵便番号は以下の通りとなっている。2006年10月16日の再編に伴い、変更された。

  • 倉吉郵便局:682-00xx、682-08xx、682-09xx、682-85xx、682-86xx、682-87xx、682-06xx、682-04xx、682-07xx、689-21xx、689-22xx

参考文献[編集]

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外部リンク[編集]