千里ニュータウン

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千里ニュータウン(せんりニュータウン)は、大阪府豊中市吹田市に跨る千里丘陵に存するニュータウン。 開発主体は大阪府企業局で、開発面積は約1,160ヘクタール、計画人口は150,000人。 日本最初の大規模ニュータウン開発として、新住法(新住宅市街地開発法)の初適用など、その後の各ニュータウン開発に大きな影響を与えた。 1962年の初入居から40年を超え、住民の年齢構成の変化、ニュータウン周辺の都市化、地域商業の衰退と再生、交通網の再整備などの現象が進行している。

目次

[編集] 概要

大阪市中心部から北に約12km地点に位置している。吹田市・豊中市に跨り、豊中市は新千里東町・新千里西町・新千里南町・新千里北町、吹田市は佐竹台・高野台・津雲台・竹見台・桃山台・古江台・藤白台・青山台の合計12箇所の地区からなる。なお、地理的に千里ニュータウンに囲まれている豊中市上新田地区は、開発当時既に集落があったために計画から除外され、千里ニュータウンに含まれない。

各住区ごとに小学校、近隣センター、診療所群などを計画的に配置し、歩車分離を徹底するなど、当時としては斬新な近代的都市を目指したが、モータリゼーションの到来を予測しきれず駐車場が不足し、多くの緑地を駐車場に転用せざるを得なくなったこと、将来の諸施設導入を見越した空地を十分に確保できていなかったため、その後の社会の変化により必要となった諸設備をニュータウン内に設置することが困難、などの問題点もあった。それらの新たに必要となった諸設備はニュータウン隣接地や、ニュータウンに囲まれた上新田地区に多く残されていた竹薮や森を切り開いて、数多く作られることになった。

近隣住区の中心となる地区センター(千里中央・北千里・南千里)には、より大規模な都市施設が配置され、なかでも新千里東町にある千里中央駅周辺には、千里ニュータウン全体の中心として、百貨店ショッピングセンター、レジャーセンターのほか、地域ガス供給施設、企業の電算センターなどが集積している。

近隣住区には近隣センターが置かれた。しかし、ライフスタイルの変化に伴い、市場形式だった近隣センターは客足が遠のき、現在では多くの店が退店し、いずれの地域センターもかつての賑わいはない。商業施設は両センターに限られており、コンビニの主出店地であるロードサイドへの出店は禁止されているためコンビニの出店がかなり遅れ、当初はニュータウン周辺部および上新田地区に限られていた。千里中央地区など各鉄道駅周辺に出店されたのも最近であり、近隣センターのコンビニ立地も数ヶ所に留まっている。あとは大規模な病院の院内出店に留まっている。

大阪府営住宅には当初、入浴施設が設置されていなかったため、吹田市竹見台以外の各住区には銭湯が一か所ずつ設置されていたが、1970年代後半から順次増築に伴う浴室設置が進められた結果、1980年代には銭湯の廃業が相次ぎ、天然温泉を掘り当てて生き残っていた太陽温泉(豊中市新千里南町)も、周辺に天然温泉を備えたスーパー銭湯の開業が相次いだことにより、2010年12月に閉鎖され、すべてなくなった。 

戸建て住宅は、一区画百坪前後とゆったりした配置で、高級住宅地を形成していたが、バブル経済期には、地価高騰により一区画の価格が億単位となり、相続等を契機に元の区画を分割して販売され、住環境の密集化が問題となった。また、中高層住宅については、容積率に比較的余裕のある設計がされていたこともあり、一部に建て替え工事も行われている。

道路公園などの社会基盤施設は、大阪府が管理していたが、開設20周年目に予定通り、豊中市及び吹田市に引き継がれた。緑地が多く、全体としては自然環境に恵まれているが、交通量の多い新御堂筋国道423号)や大阪府道2号大阪中央環状線の近辺、特にそれらが交差する千里インターチェンジ付近を中心に、地域によっては大気汚染騒音の影響を強く受けている場所もある。

高度成長期の中核的労働力である比較的年齢層の近い核家族世帯が短期間に集中して入居したため、現在は、初期入居世帯の世帯主の現役引退・高齢化が懸念されている。

一方、各種施設の充実や都心へのアクセスの良さ、住宅環境から、現在でも居住地としての人気を保っている。 現在、千里ニュータウン建設記念館(仮称)が南千里駅再開発と合わせて検討されている。

[編集] 歴史

  • 1958年(昭和33年)5月 大阪府により開発決定。
  • 1959年(昭和34年)4月 開発計画が正式に公表。
  • 1960年(昭和35年)10月 開発全体のマスタープランまとまる。
  • 1961年(昭和36年)7月 南公園予定地にて起工式挙行。
  • 1962年(昭和37年)8月 京阪神急行(阪急)千里山線(現:千里線)千里山駅新千里山駅(現:南千里駅)間延長工事開始。
  • 1962年(昭和37年)9月 吹田市C住区(のちの佐竹台)にて第一期入居開始。
  • 1962年(昭和37年)11月 まちびらき式開催。
  • 1963年(昭和38年)8月 京阪神急行(阪急)千里山駅-新千里山駅(現:南千里駅)間延長開業。

駅下に阪急オアシス(新千里山駅店)が同時に開業。

[編集] 団地構成

(豊中市)

  • 新千里西町団地(旧日本住宅公団)
  • 新千里東町団地(旧日本住宅公団)
  • 新千里北町住宅(府営住宅)
  • 新千里南住宅(府営住宅)
  • 新千里東町住宅(府営住宅)
  • 千里桃山台団地(大阪府住宅供給公社住宅)
  • 新千里北町団地(大阪府住宅供給公社住宅)
  • 新千里北町団地(旧日本住宅公団)

(吹田市)

  • 千里藤白台住宅(府営住宅)
  • 千里古江台住宅(府営住宅)
  • 竹見台団地(大阪府住宅供給公社住宅)
  • 藤白台団地(大阪府住宅供給公社住宅)
  • 千里桃山台団地(旧日本住宅公団)
  • 千里桃山団地(旧日本住宅公団)
  • 竹見台団地(旧日本住宅公団)
  • 津雲台団地(旧日本住宅公団)
  • 青山台団地(旧日本住宅公団)

[編集] 住区・地区センター

千里ニュータウンの概略地図。上新田地区と弘済院は除外。

※アルファベットは工事名。町名が「台」は吹田市域、「町」は豊中市域。()内はかつて大阪府が提案した町名。

吹田市域住区
  • A:津雲台(南千里津雲町)
  • B:高野台(南千里高野町)
  • C:佐竹台(南千里佐竹町)
  • D:桃山台(南千里王字町)
  • E:竹見台(南千里石川町)
  • F:青山台(北千里蓮間町)
  • G:藤白台(北千里藤白町)
  • H:古江台(北千里古江町)
豊中市域住区
  • I:新千里北町(西千里柿木町)
  • J:新千里東町
  • K:新千里西町(西千里高塚町)
  • L:新千里南町
地区センター

[編集] 交通

[編集] 道路

入居開始当初は大阪中央環状線中国自動車道新御堂筋もなく、既設市街地とニュータウンを結ぶ道路は自動車がすれ違うのもやっとの未舗装道路がほとんどで、「陸の孤島」と言われた。しかし1970年日本万国博覧会開催を目標に急速に整備された。

現在周辺には、名神高速道路中国自動車道近畿自動車道が走り、大阪市内とは新御堂筋JR新大阪駅大阪駅と結んでいる。また大阪中央環状線によって大阪国際空港茨木摂津門真東大阪方面と結ばれている。

新御堂筋を北に延長した箕面有料道路が箕面市止々呂美まで開通しており、2018年を目処に新名神高速道路と結ばれる計画である。

[編集] 行政施設

吹田市役所南千里分室と吹田市立千里図書館が入る千里南センタービル

[編集] 教育施設

[編集] 幼稚園・保育園(豊中市域)

  • キッズワールド千里中央
  • クレアーズガーデン・ニノキリインターナショナルスクール
  • 豊中市立東丘保育所
  • 豊中市立西丘保育所
  • 北丘聖愛園
  • アソカ幼稚園
  • 追手門学院幼稚園
  • せんりひじり幼稚園
  • みくま幼稚園

[編集] 幼稚園・保育園(吹田市域)

  • あやめ保育園
  • 社会福祉法人千里聖愛保育センター
  • 吹田市立北千里保育園
  • 吹田市立藤白台保育園
  • 吹田市立南千里保育園
  • 千里ニュータウン保育園
  • ハッピー・タイム
  • ももやま保育園
  • 青山幼稚園
  • カトリックさゆり幼稚園
  • 吹田市立佐竹台幼稚園
  • 吹田市立古江台幼稚園
  • 玉川学園幼稚園
  • ふじしろ幼稚園
  • 若竹学園千里幼稚園
  • 千里敬愛幼稚園

[編集] 小・中学校(豊中市域)

[編集] 小・中学校(吹田市域)

[編集] 高等学校・大学(豊中市域)

[編集] 高等学校・大学(吹田市域)

[編集] 図書館・博物館・その他

  • 吹田市立千里図書館
  • 吹田市立図書館北千里分室
  • 豊中市立千里図書館

[編集] 商業施設

[編集] 事業所・研究所

[編集] コミュニティ放送

千里ニュータウンFM放送 83.7Mhz 10W (2007年4月1日開局)  

[編集] 関連項目

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