鳥取県立倉吉東高等学校
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| 鳥取県立倉吉東高等学校 | |
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| 過去の名称 | 鳥取県立倉吉中学校 鳥取県立倉吉第一高等学校 鳥取県立倉吉高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 鳥取県 |
| 校訓 | 自主・自律 |
| 設立年月日 | 1909年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 定時制課程 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 31111B |
| 所在地 | 〒682-0812 |
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鳥取県倉吉市下田中町801番地
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| 外部リンク | 倉東高公式サイト 育友会(PTA)公式サイト |
鳥取県立倉吉東高等学校(とっとりけんりつくらよしひがしこうとうがっこう)は、鳥取県倉吉市にある高等学校。「自主・自律」を校訓にし、生徒の自主性を重んじている。40回を数える学園祭や、国際高校生フォーラムin倉吉などの学校行事が盛んである。略称は倉東(そうとう)。クラス数は全日制18クラス、募集人員200人。定時制4クラス、40人。専攻科2クラス、70人。
目次 |
[編集] 歴史
- 1909年4月 - 鳥取県立倉吉中学校を設立。当時設立された場所には、現在は倉吉市立東中学校がある。
- 1948年4月 - 鳥取県立倉吉第一高等学校へ改称。定時制(夜間)普通科を設置。
- 1949年4月 - 倉吉第一高等学校・倉吉第二高等学校(現・鳥取県立倉吉西高等学校)・倉吉実業高等学校が合併し鳥取県立倉吉高等学校となる。倉吉第一高等学校は東校舎となる。同時に共学となった。
- 1953年4月 - 鳥取県立倉吉東高等学校として独立。
- 1961年4月 - 専攻科を設置。
- 1967年4月 - 現在地に移転。
- 2002年8月 - 「第1回高校生フォーラムin倉吉」を開催する。2005年の第4回より開催名を「国際高校生フォーラムin倉吉」と改称。
- 2004年4月 - 文部科学省が指定とする、英語学習重点校である、スーパーイングリッシュランゲージハイスクール(SELHi)に指定される。
[編集] 設置学科
- 全日制
- 普通学科
- 普通科 1学年6クラス 240名 ほぼ全員が進学希望。
- 普通学科
- 定時制
- 普通学科
- 普通科 通信科目を受講することによって3年間での卒業が可能。
- 普通学科
- 専攻科
- 中部地区の大学受験生(既卒者)を対象に、より本格的な受験指導を行う。予備校の設置が充実してきたことにより2012年度末で廃止予定。
[編集] 教育方針
われわれは、豊かな文化の創造、民主的な社会及び国家の発展、平和的な国際社会の形成に進んで貢献し得る、知・情・意とも兼ね備えた、自主的・自律的で、生きる力に満ちた生徒を育むために、本校におけるあらゆる教育活動の充実と向上をはからなければならない。われわれはここに、地域に根差し且つ歴史と伝統に満ちた本校教育の更なる発展を期し、次に掲げる教育方針を定める。
- 基礎学力の確立
- 授業第一の充実した学習活動となるよう、予習中心の日々の家庭学習を継続できる力を養う。
- 英でた知性
- 基礎基本を確立して、自己の課題を設定し、自ら解決する能力を育成するため発想力および論理的自己表現力を養う。
- 満ちあふれる向上欲
- 自主的、主体的かつ積極的に幅広い視野に立って多方面に活躍する進取の気性を育てる。
- 明るく活力ある人物
- つねに、自己の言動に対し、本校生としての誇りと責任をもち集団生活において柔軟な対応とリーダーシップのとれる人物を育成する。
- 豊かな心情
- 心情を鍛え、豊かな情操を育む。
[編集] 有名な卒業生
- 前田寛治(洋画家)
- 坂野重信(政治家)
- 小谷承靖(映画監督)
- MALTA(サックス奏者)
- 宇仁菅真(俳優)
- 鳥飼欣一(物理学者)
- 和田見里美(自転車競技選手)
- 福本和夫(共産主義思想家)
- 桑本充悦(BSS山陰放送アナウンサー)
- 丸山聡美(BSS山陰放送アナウンサー)
- 門脇大輔(バイオリン奏者)
- 岸本正壽(オリンパス光学工業社長)
- 石原昂(鳥取大学名誉教授)
- 倉繁貴志子(洋画家)
- 永田英正(京都大学名誉教授)
- 松村睦豪(筑波大学名誉教授)
- 廣川仁(エースパック社長)
- 矢吹萬寿(元大阪府立大学学長)
- 米増祐吉(旭川医科大学名誉教授)
- 高島道枝(中央大学名誉教授)
- 宮本健作(大阪大学名誉教授)
- 猪川倫好(筑波大学名誉教授)
- 富盛清志(富士通電装社長)
- 小谷承靖(映画監督)
- 押本年眞(同志社大学教授)
- 田中雅康(東京理科大学教授)
- 前田裕司(広島国際大学教授)
- 松本典昭(阪南大学助教授)