羅州市
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| 位置 | |
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| 各種表記 | |
| ハングル: | 나주시 |
| 漢字: | 羅州市 |
| 片仮名転写: | ナジュ=シ |
| ローマ字転写 (RR): | Naju-si |
| 統計 | |
| 面積: | 603 km² |
| 総人口: | 108,962(2001年) 人 |
| 行政 | |
| 国: | |
| 上位自治体: | 全羅南道 |
| 下位行政区画: | 1邑12面6洞 |
| 自治体公式サイト: | 羅州市 |
羅州市(ナジュし)は大韓民国全羅南道の市。総面積 603平方キロ、人口約10万人。
韓国有数の梨の産地として知られる。日本統治時代、羅州に多く暮らしていた内地人が朝鮮人に梨の栽培方法を教えたことに起因する。敗戦後、梨園は韓国人に引き継がれ、現在に至っている。
目次 |
[編集] 地理
全羅南道の西南部、栄山江流域の羅州平野に位置する。北は光州広域市、東は和順郡、南は霊岩郡、西は務安郡、咸平郡と接する。行政区域は1邑 12面 6洞よりなる。
[編集] 歴史
百済の発羅郡の地で、678年に統一新羅の全国九州設置時にも発羅州となり、757年錦山郡と変わり、903年羅州と命名された。後三国時代には後百済の領域に入った。高麗時代の983年羅州牧に昇格し、1018年に設置された全国八牧制度でも羅州牧が続いた。
羅州は古代から全羅道南部地域の中心で、全羅は全州と羅州を意味するが、観察使が駐在するようになったのは、1895年に二十三府制の施行により羅州府が置かれてからである(同時に牧を郡に変更)。しかし翌1896年には十三道制となることで全羅南道の道庁所在地は光州に置かれ、羅州はその管轄に入った。1914年、羅州郡と南平郡が合併して新・羅州郡が成立し、1931年に羅州面が邑に昇格した。
[編集] 羅州市、錦城市
- 1981年7月1日 - 羅州邑・栄山浦邑が合併し、錦城市が発足。
- 1986年1月1日 - 錦城市が羅州市に改称。
- 1995年1月1日 - 羅州市・羅州郡が合併し、羅州市が発足。(13面)
- 1995年3月1日 - 南平面が南平邑に昇格。(1邑12面)
- 2004年4月1日 - KTX開業、羅州駅に1日4往復停車。
[編集] 羅州郡
- 1914年4月1日 - 郡面併合により、羅州郡および南平郡の大部分(猪浦面・茶所面の各一部を除く)が合併し、羅州郡が発足。羅州郡に以下の面が成立。(19面)
- 羅州面・細枝面・旺谷面・潘南面・公山面・洞江面・多侍面・文平面・老安面・栄山面・羅新面・南平面・金川面・山浦面・茶道面・鳳凰面・三道面・平洞面・本良面
- 1929年4月1日 - 羅新面が羅州面・栄山面に分割編入。(18面)
- 1931年11月1日 - 羅州面が羅州邑に昇格。(1邑17面)
- 1937年7月1日 - 栄山面が栄山浦邑に昇格。(2邑16面)
- 1949年8月14日 - 三道面・平洞面・本良面が光山郡に編入。(2邑13面)
- 1981年7月1日 - 羅州邑・栄山浦邑が合併し、錦城市となり、郡より離脱。(13面)
- 1995年1月1日 - 羅州郡が羅州市と合併し、羅州市が発足。羅州郡消滅。
[編集] 交通
- 空港は隣接する光州広域市の光州空港がある。
- 鉄道:湖南線の羅州駅にはKTXの一部(一日4往復)と、KTXを除く全ての旅客列車が停車する。その他、同じく湖南線の老安(ノアン)駅、多侍(タシ)駅がある。そのほかに慶全線南平駅があるが、こちらは事実上客扱いをしていない(旅客列車の利用はできない)ものと思われる。
- 道路:国道一号線が市内を通る。東隣の光州広域市には湖南高速道路、西隣の務安郡、咸平郡には西海岸高速道路が通るが、羅州市内はいずれも通っていない。
- バス:羅州バスターミナルと、栄山浦バスターミナルがある。ソウルと羅州市を結ぶ高速バスは栄山浦バスターミナルを始終点とし羅州バスターミナルを経由して運行されている。
[編集] 姉妹都市
ほか
[編集] 観光
栄山江流域は5世紀頃の日本式前方後円墳が存在することで有名であり、羅州市内にも伏岩里古墳群、潘南面古墳群、大安里古墳群、徳山里古墳群、新村里古墳群などの古墳群が密集、倭系集団が築いたと指摘される古墳群もある。
さらに李氏朝鮮時代の羅州邑城や植民地時代の栄山浦灯台、東洋拓殖株式会社建物、本町通りなどが残る。
[編集] 外部リンク
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