羅州市

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全羅南道 羅州市
位置
Map Naju-si.png
各種表記
ハングル: 나주시
漢字: 羅州市
片仮名転写: ナジュ=シ
ローマ字転写 (RR): Naju-si
統計
面積: 608.15 km²
総人口: 87,734(2013年) 人
行政
国: 韓国の旗 大韓民国
上位自治体: 全羅南道
下位行政区画: 1邑12面6洞
自治体公式サイト: 羅州市

羅州市(ナジュし)は大韓民国全羅南道の市。

韓国有数のの産地として知られ、市のシンボルマークのモチーフともなっている。日本統治時代、羅州に多く暮らしていた内地人が朝鮮人に梨の栽培方法を教えたことに起因する。敗戦後、梨園は韓国人に引き継がれ、現在に至っている。

地理[編集]

全羅南道の西南部、栄山江流域の羅州平野に位置する。総面積 608平方㎢。北は光州広域市、東は和順郡、南は霊岩郡、西は務安郡咸平郡と接する。行政区域は1邑 12面 6洞よりなる。

人口[編集]

2013年末の人口は87,734人。1968年は247,071人であったが、現在に至るまで減少が続いている。2004年に10万人を割った。

歴史[編集]

百済の発羅郡の地で、678年統一新羅の全国九州設置時にも発羅州となり、757年錦山郡と変わり、903年羅州と命名された。後三国時代には後百済の領域に入った。高麗時代の983年羅州牧に昇格し、1018年に設置された全国八牧制度でも羅州牧が続いた。

羅州は古代から全羅道南部地域の中心で、全羅は全州と羅州を意味するが、観察使が駐在するようになったのは、1895年二十三府制の施行により羅州府が置かれてからである(同時に牧を郡に変更)。しかし翌1896年には十三道制となることで全羅南道の道庁所在地は光州に置かれ、羅州はその管轄に入った。1914年、羅州郡と南平郡が合併して新・羅州郡が成立し、1931年に羅州面が邑に昇格した。

羅州市、錦城市[編集]

  • 1981年7月1日 - 羅州邑・栄山浦邑が合併し、錦城市が発足。
  • 1986年1月1日 - 錦城市が羅州市に改称。
  • 1995年1月1日 - 羅州市・羅州郡が合併し、羅州市が発足(13面)。
  • 1995年3月1日 - 南平面が南平邑に昇格(1邑12面)。
  • 1996年2月10日 - 三都洞の一部が金川面に編入(1邑12面)。
  • 1999年9月28日 (1邑12面)
    • 山浦面の一部が南平邑に編入。
    • 旺谷面の一部が細枝面に編入。
  • 2004年4月1日 - KTX開業、羅州駅に1日4往復停車。
  • 2014年2月24日 - 金川面・山浦面の各一部が合併し、ピッカラム洞が発足(1邑12面)。

羅州郡[編集]

  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、羅州郡および南平郡の大部分(猪浦面・茶所面の各一部を除く)・咸平郡の一部(本面・赤良面・幌面)が合併し、羅州郡が発足。羅州郡に以下の面が成立(19面)。
    • 羅州面・細枝面・旺谷面・潘南面・公山面・洞江面・多侍面・文平面・老安面・栄山面・羅新面・南平面・金川面・山浦面・茶道面・鳳凰面・三道面・平洞面・本良面
  • 1929年4月1日 - 羅新面が羅州面・栄山面に分割編入(18面)。
  • 1931年11月1日 - 羅州面が羅州邑に昇格(1邑17面)。
  • 1937年7月1日 - 栄山面が栄山浦邑に昇格(2邑16面)。
  • 1949年8月14日 - 三道面・平洞面・本良面が光山郡に編入(2邑13面)。
  • 1981年7月1日 - 羅州邑・栄山浦邑が合併し、錦城市となり、郡より離脱(13面)。
  • 1983年2月15日 - 文平面の一部が多侍面に編入(13面)。
  • 1995年1月1日 - 羅州郡が羅州市と合併し、羅州市が発足。羅州郡消滅。

行政[編集]

警察[編集]

消防[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

羅州駅にはKTXの一部(一日4往復)と、KTXを除く全ての旅客列車が停車する。KTXでソウル特別市龍山駅への所要時間は3時間。光州松汀駅へ10分。

老安駅・南平駅に停車する列車はない。

バス[編集]

  • 羅州バスターミナル 羅州駅から北に2kmに位置する。高速バスはソウル高速バスターミナル行きのみで、1日5往復運行、所要時間4時間。このバスは羅州駅から南に2kmの栄山浦バスターミナルを始発点としている。市外バスは、光州へは1時間に2~4本が運行し、光州を始発とし木浦海南へ向かう便が経由する。

市内バスでも光州と結ばれている。

道路[編集]

航空[編集]

姉妹都市[編集]

ほか

観光[編集]

栄山江流域は5世紀頃の日本式前方後円墳が存在することで有名であり、羅州市内にも伏岩里古墳群、潘南面古墳群、大安里古墳群、徳山里古墳群、新村里古墳群などの古墳群が密集、倭系集団が築いたと指摘される古墳群もある。

さらに李氏朝鮮時代の羅州邑城や植民地時代の栄山浦灯台東洋拓殖株式会社建物、本町通りなどが残る。

外部リンク[編集]