十和田市

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十和田市
とわだし
日章旗 日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
団体コード 02206-3
面積 725.67km²
総人口 65,841
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 90.7人/km²
隣接自治体 青森市六戸町七戸町
東北町五戸町
新郷村平川市
秋田県鹿角市小坂町
市の木 アカマツ
市の花 ツツジ
他のシンボル -
十和田市役所
所在地 〒034-8615 青森県
十和田市西十二番町6番1号
電話番号 0176-23-5111
外部リンク 十和田市

十和田市位置図(青森県)

:市 / :町・村
特記事項:
面積は十和田湖(61.02km²、
境界未定)の面積を含んでいない。
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)
十和田市役所 本庁舎(2007年7月撮影)

十和田市(とわだし)は、青森県東南、南部地方の内陸部に位置するである。

目次

[編集] 地理

[編集] 地形

市の北西部は八甲田山の山麓である。青森市との境には、乗鞍岳などの南八甲田連峰がそびえ、青森市側の田代平から続く牧場が広がっている。谷地・猿倉・蔦・焼山といった温泉が点在する。市の南西部も山地であり、主なものはカルデラ湖である十和田湖、その外輪山である御鼻部山や十和田山である。十和田湖からの水に八甲田山麓などからの水を合わせ奥入瀬川が形成されており、特に湖岸の子ノ口から焼山までは奥入瀬渓流として有名である。

市の中部から東部、さらに隣の六戸町へと平坦な三本木原が広がる。三本木原は、奥入瀬川が流した土砂や八甲田山からの火山灰が積もって作られた洪積平野である。奥入瀬川は三本木原の南縁をさらに削って東へ流れており、三本木原へ上水するために新渡戸傳が開いたのが、人口河川である稲生川である。市の北東部には、砂土路川が北東に流れている。市の南東部は東西へ伸びる丘陵地であり、丘と丘との谷間を後藤川などが流れる。

[編集] 気象

ケッペンの気候区分では西岸海洋性気候に属し、冷涼である。気象庁によると、1979~2000年の平均値で、年平均気温9.4℃、最も寒い1月が-2.0℃、最も暑い8月が21.8℃である。北海道ほど寒くはないが、稲作が容易でない気温でもある。

降雨は、夏に多く冬に少ない。気象庁によると、1979~2000年の平均値で、年降水量961.3mm、降水量の最も少ない1月が28.5mm、最も多い9月が164.3mmである。

十和田湖町以外では八甲田山の東に位置するため、太平洋側気候で雪はやや少ない。それでも2月には50cm程度の積雪になり、豪雪地帯である。一方、旧十和田湖町では雪が多くなり、特別豪雪地帯で日本海側気候である。八甲田山から吹きつける寒冷な北西風は、八甲田おろしと呼ばれる。5月・6月には晴天が続くが、土ぼこり混じりの強風が西から吹くことがある。新渡戸傳が開拓にあたり防風林を設けたのも、西からの強風を防ぐためという。また、数年から十数年に一度は、7月・8月に偏東風(やませ)がゆるゆると流れる年がある。そういう年は、蒸し暑く感じる日もカッと晴れる日も稀で、薄暗い曇り空の日々が続き、しとしとと雨の降る日が偶にあり、米の収穫量はめっきり減る。11月には霜が降り、12月には雪が降る。

[編集] 居住

人口7万人弱の半数以上は都市部(三本木地区)に住む。都市部は、三本木原に東西2km程南北2km程の大きさで展開している。都市部の南北を旧国道4号が、東西を国道102号が貫いている。その他の人口は、奥入瀬川の川沿いや三本木原に点在する集落に住む。

[編集] 隣接している自治体

[編集] 概要

日本三大開拓地の1地区である。

[編集] 歴史

もともと十和田市のあたりは三本木原と呼ばれる荒蕪の台地で、台地周辺に寒村が点在していた。安政2年(1855年)の時に新渡戸稲造の祖父の新渡戸傅(にとべつとう)を中心に奥入瀬川から水を引く計画に着手し、安政6年(1859年稲生川(いなおいがわ)として完成して開拓の基礎ができた。明治18年に陸軍が軍馬局出張所を設置(明治29年に軍馬補充部三本木支部と改称)したことから、馬産が栄えた。同市の農事試験場(藤坂試験場)で開発され、昭和24年から普及段階に移された稲の品種「藤坂5号」は非常に冷害に強く、やませが吹いて夏が冷涼なこの地域で急速に広まり、現在のような穀倉地帯になった。現在「藤坂5号」そのものは多く栽培されてはいないが、その遺伝子は多くの稲の品種に組み込まれている。

[編集] 沿革

[編集] 行政

  • 歴代市長((旧市制)十和田市)
  1. 水野陳好1955年3月~1956年10月、(三本木市長))
  2. 小山田七次郎(1956年10月~1968年10月、3期(以後、十和田市長))
  3. 中村亨三(1968年10月~1992年10月、7期)
  4. 水野好路(1992年10月~1998年6月、2期目途中で死去)
  5. 中野渡春雄(1998年7月~2004年12月、2期目途中で合併)
  • 市長((新市制)十和田市)
  1. 中野渡春雄(2005年1月2009年1月29日)
          1937年(昭和12年)10月14日生(70歳) 略歴(旧十和田市教育長)
  2. 小山田久(2009年1月30日~)

[編集] 経済

[編集] 産業

  • 主な産業
  • 産業人口

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国内

[編集] 地域

[編集] 人口

十和田市と全国の年齢別人口分布図(比較) 十和田市の年齢・男女別人口分布図
紫色は十和田市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 67,050人
1985年 69,106人
1990年 68,097人
1995年 69,146人
2000年 69,630人
2005年 68,359人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 健康

  • 平均年齢

[編集] 公共施設

十和田市現代美術館(2008年4月撮影)

[編集] 教育

[編集] 大学

[編集] 高等学校

[編集] 中学校

  • 十和田市立
    • 三本木中学校
    • 十和田中学校
    • 切田中学校
    • 大深内中学校
    • 甲東中学校
    • 四和中学校
    • 東中学校
    • 十和田湖中学校
    • 第一中学校

[編集] 小学校

  • 十和田市立
    • 三本木
    • 北園
    • 西
    • 下切田
    • 上切田
    • 藤坂
    • 高清水
    • 洞内
    • 松陽
    • ちとせ
    • 深持
    • 伝法寺
    • 米田
    • 大不動
    • 滝沢
    • 沢田
    • 法奥
    • 奥入瀬
    • 十和田湖

[編集] 市内に店舗を持つ金融機関

[編集] 郵便

[編集] 集配拠点

[編集] 郵便局

  • 十和田郵便局(84019)
  • 奥瀬郵便局(84084)
  • 藤坂郵便局(84106)
  • 大深内郵便局(84117)
  • 四和郵便局(84143)
  • 十和田湖郵便局(84136)
  • 深持郵便局(84182)
  • 焼山郵便局(84194)
  • 陸奥沢田郵便局(84206)
  • 切田郵便局(84230)
  • 十和田穂並町郵便局(84239)
  • 十和田西二十二番郵便局(84264)
  • 十和田大学前郵便局(84273)
  • 十和田東一番町郵便局(84280)

[編集] 簡易郵便局

  • 滝沢簡易郵便局(84731)
  • 八郷簡易郵便局(84761)

[編集] 商業

かつては中心商店街に2つのデパート(十和田松木屋、ジョイフルシティ十和田亀屋)が立ち並んでいたが、近郊の市町村に大型店が開店したことや、不況の煽りから客足が次第に減っていく。1999年8月に十和田松木屋が(十和田松木屋跡には1階部分のみでセリアなどが入居する「まちの駅」になっている。)、2000年3月にジョイフルシティ十和田亀屋がそれぞれ閉店。そのうち十和田亀屋跡については、商工会議所の要望により、同年5月にジョイフルシティ十和田亀屋の1階部分のみで100円均一のスーパーマーケット「タートルズプラザ十和田亀屋」が開店したが、経営していた亀屋みなみチェーンが2001年に経営破綻したため、同年11月閉店し、その後も空き店舗状態が続いていたが、2006年8月には解体されることになった(なお、亀屋の跡地利用は現時点では未明である)。このため、各地で見られる中心商店街の空洞化が顕著になっている。

それに追い討ちをかけるかのように郊外に大型店が開店している。2002年7月には相坂地区に十和田南ショッピングセンター(サンデー十和田店、マックスバリュ十和田南店、ユニクロ十和田店などからなるSC)2005年9月には十和田バイパス沿いにイオン十和田ショッピングセンターが開店している。(ちなみに、イオン側は80年代に市内へジャスコを出店する計画があったものの、反対運動があり1度白紙となった。また、2000年代初頭にも市内の中心街へ出店を計画していたが、用地の折り合いから計画が進まず、結局市街地のバイパス沿いへの出店となった。)さらに2006年3月には十和田観光電鉄本社跡地に十和田元町ショッピングセンター(デンコードーホーマック紳士服コナカなどからなるSC)がオープンした。

このほかにも、十和田市駅にとうてつ駅ビル店(かつてはダイエーのFCであったが、2003年にフランチャイズ店舗から商品供給形式に、2006年3月に商品の供給を自主供給にしたため、完全に独立店舗となった。最近では同駅を含めたSC全体の再開発計画を打ち出されたが、その後に頓挫したため、2007年3月31日を持って、そのターミナル部分・銀行・郵便局を除いたショッピングセンター全体の閉店が決まった(十和田観光電鉄#スーパーマーケット事業も参照)。 )、東五番町にはアクロスプラザ十和田南(ザ・ダイソー、西松屋などからなるショッピングゾーン)などが立地している。

なお、中華料理レストランのバーミヤンは市内のイオンスーパーセンター内への出店を以て全国47都道府県への出店を達成した。

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

[編集] バス路線

[編集] 道路

  • 市内を走る一般国道:国道4号(一部は十和田バイパスになっている。)、国道45号国道102号国道103号国道394号
  • 市内を走る県道:青森県道40号青森田代十和田線、45号十和田三戸線、118号七戸十和田湖線、145号戸来十和田線、165号上野十和田線、166号中ノ渡十和田線、168号切田五戸線、169号立崎洞内線、212号米田六戸線、256号青森十和田湖自転車道線
  • 市街地は道路で格子状に区画されている。新渡戸傳の子、十次郎が安政年間に都市計画したものと言われている。

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

  • 十和田科学博物館〔奥瀬字十和田〕博物館相当施設[1]
  • 新渡戸記念館(十和田市発祥の礎を築いた新渡戸傅の資料館)〔東三番町〕[2] - 甲冑(室町末期)
  • 称徳館(馬に関する文化資料館)〔深持字梅山〕[3]
  • 十和田市十和田湖民俗資料館〔奥瀬字栃久保〕[4]
  • 官庁街通り(日本の道100選
  • 十和田湖温泉郷
  • 猿倉温泉
  • 蔦温泉
  • 谷地温泉
  • 十和田湖畔温泉
  • 法量のイチョウ法量字銀杏木)[5]
  • モミの木 〔沢田字水尻山〕県天然記念物、樹齢は500年~600年で、場所は安土桃山時代に沢田村を治めていた沢田左衛門定基の居城の跡とされる。[6]
  • クヌギ 〔沢田字野倉沢〕県天然記念物、樹齢不詳で、場所は安土桃山時代に沢田村を治めていた沢田左衛門定基の居城の跡とされる。[7]
  • 旧笠石家住宅(奥瀬字栃久保)国の重要文化財[8]
  • 一里塚 県史跡〔伝法寺字平窪、上ノ沢〕[9]、〔大沢田字池ノ平〕[10]、慶長年間。

[編集] 出身有名人

[編集] 外部リンク

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