菅原都々子

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菅原都々子
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基本情報
出生名 永松 都々子
出生 1927年8月15日
出身地 日本の旗 日本 青森県十和田市
ジャンル 歌謡曲
職業 歌手
活動期間 1937年-
レーベル テイチクレコード

菅原 都々子(すがわら つづこ1927年(昭和2年)8月5日 - )は、歌手。本名は永松 都々子(ながまつ つづこ)。旧姓は菅原。通称「エレジー(悲歌)の女王」。非常に個性的なビブラート唱法が特徴。「NHK紅白歌合戦」の記念すべき歌唱者第1号(最初に歌った歌手)として広く知られる(詳細は下記参照)。また、第1回NHK紅白歌合戦に出演した最後の存命者である。特定非営利活動法人 名曲慰問団 名誉顧問として老人福祉施設にボランティア活動を行っている。

生い立ち[編集]

主なヒット曲[編集]

  • 片割れ月(1945年(昭和20年))
  • 憧れの住む町(1950年(昭和25年))
  • アリラン(1950年(昭和25年))
  • トラジ(1950年(昭和25年))
  • 江の島悲歌(1951年(昭和26年))
  • 連絡船の唄(1951年(昭和26年))
  • 母千鳥の唄(1951年(昭和26年))共演:真木不二夫
  • 憧れは馬車に乗って(1951年(昭和26年))
  • 琵琶湖の宿で恋をして(1951年(昭和26年))
  • 佐渡ヶ島悲歌(1952年(昭和27年))
  • 恋のこけし人形(1952年(昭和27年))
  • 夢去りし丘(1952年(昭和27年))
  • 江の島夜曲(1953年(昭和28年))
  • 上海エレジー(1953年(昭和28年))
  • 悲恋椿(1953年(昭和28年))
  • 博多エレジー(1953年(昭和28年))
  • 胸に哀しい灯がともる(1953年(昭和28年))
  • 江の島月夜(1954年(昭和29年))
  • 海峡エレジー(1954年(昭和29年))
  • 月がとっても青いから(1955年(昭和30年))
  • 木浦の涙(1955年(昭和30年))
  • セトナ愛しや(1956年(昭和31年))
  • 島を出てゆく片帆船(1957年(昭和32年))
  • あなたが好き/愛をささげて(1996年(平成8年))
  • リンゴの花が咲く頃は/巷に灯り点けながら(2001年(平成13年))
  • 花のエレジー/風の花道(2006年(平成18年))
  • 夜の波止場/お父さんの歌時計/月がとっても青いから (2006年(平成18年))

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

  • 第1回 (1951年1月3日、NHK東京放送会館第一スタジオ) 『憧れの住む町』
  • 第2回 (1952年1月3日、NHK東京放送会館第一スタジオ) 『江の島悲歌』
  • 第4回 (1953年12月31日、日本劇場(日劇)) 『佐渡ヶ島悲歌』
  • 第7回 (1956年12月31日、東京宝塚劇場) 『連絡船の唄』
    • このうち、第7回は菅原の歌のラジオ中継の音声が現存する。

テレビ番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 当時の紅白は正月に開催されていた。
  2. ^ 長田暁二『歌謡曲おもしろこぼれ話』社会思想社、2002年、86-87頁。ISBN 4390116495

外部リンク[編集]