上北郡

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日本 > 東北地方 > 青森県 > 上北郡
青森県上北郡の範囲(1.野辺地町 2.七戸町 3.六戸町 4.横浜町 5.東北町 6.六ヶ所村 7.おいらせ町。黄色:発足時)

上北郡(かみきたぐん)は、青森県の人口99,851人、面積1,281.05km²、人口密度77.9人/km²。(2011年12月1日、推計人口

以下の6町1村を含む。

目次

[編集] 郡域

1878年(明治11年)に発足した当時の郡域は、上記6町1村のほか、現在の三沢市十和田市を含む。

[編集] 歴史

  • 藩政時代は盛岡南部家の支配に属し、七戸・野辺地に代官所が置かれていた。戊辰戦争の際、盛岡南部家が幕府方に味方したため、同家の領地は召し上げられ、一部が斗南藩となる。当時は現在の下北郡も含む北郡に属した。
  • 1873年(明治6年)に第7大区となる。村の数は50を数えた[1]

[編集] 郡発足前の沿革

  • 「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での、後の当郡域の支配は以下の通り。(49村)
    • 盛岡藩[2](14村) - 野辺地村、有戸村、馬門村、法量村、奥瀬村、大不動村、滝沢村、米田村、藤島村、伝法寺村、横浜村、天間館村、野崎村、中岫村
    • 七戸藩(34村) - 甲地村、七戸村、新館村、大浦村、上野村、立崎村、大沢田村、洞内村、八斗沢村、深持村、馬洗場村、切田村、相坂村、折茂村、三本木村、上吉田村、下吉田村、柳町村、小平村、鶴喰村、犬落瀬村、下田村、百石村、天ヶ森村、平沼村、鷹架村、尾駮村、出戸村、泊村、倉内村、花松村、附田村、榎林村、二ツ森村
    • 盛岡藩[2]七戸藩(1村) - 沢田村
  • 1868年(明治元年)
  • 1869年(明治2年)
    • 2月8日 - 旧盛岡藩領が弘前藩の管轄に反対する一揆の発生により黒羽藩取締地に変更となり、北奥県と通称される。
    • 8月7日 - 北奥県の名称が正式に九戸県となる。
    • 9月13日 - 九戸県が八戸県(第1次)に改称。
    • 9月19日 - 八戸県(第1次)が八戸藩との混同を避けるため三戸県に改称。
    • 11月3日 - 旧会津藩が斗南藩に転封。郡内の三戸県の管轄地域を移管。
    • 奥瀬村より赤沼村が分立。(50村)
  • 1871年(明治4年)

[編集] 郡発足後の沿革

  • 1878年(明治11年)7月22日 - 郡区町村編制法の施行により、北郡の一部(旧第7大区)をもって行政区画としての上北郡が発足。郡役所を七戸村に設置。
  • 1880年(明治13年) - 百石村支村のうち三沢村(浜三沢村)、岡三沢村、駒沢村、根井村、谷地頭村、山中村、三川目村、鹿中村、四川目村、五川目村、淋代村、細谷村、六川目村、織笠村、深谷村、南山村、北山村が三沢村として分立。百石村本村および藤ヶ森村、堀切川村、二ツ屋村、深沢村、一川目村、二川目村、日ヶ久保村、根嶺村(根岸村)は引き続き百石村に残る。(51村)
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足。(16村)
    • 野辺地村 ← 野辺地村、馬門村、有戸村(現野辺地町)
    • 三本木村 ← 三本木村、赤沼村、切田村(現十和田市)
    • 天間林村 ← 天間館村、榎林村、附田村、二ツ森村、野崎村、中岫村、花松村(現七戸町)
    • 浦野館村 ← 新館村、大浦村、上野村(現十和田市)
    • 法奥沢村 ← 沢田村、奥瀬村、法量村(現十和田市)
    • 四和村 ← 米田村、滝沢村、大不動村、伝法寺村(現十和田市)
    • 百石村(単独村制。現おいらせ町)
    • 三沢村 ← 三沢村、天ヶ森村(現三沢市)
    • 七戸村(単独村制。現七戸町)
    • 横浜村(単独村制。現横浜町)
    • 甲地村(単独村制。現東北町)
    • 大深内村 ← 洞内村、深持村、大沢田村、立崎村、八斗沢村、馬洗場村(現十和田市)
    • 藤坂村 ← 相坂村、藤島村(現十和田市)
    • 六戸村 ← 犬落瀬村、上吉田村、下吉田村、鶴喰村、柳町村、小平村、折茂村(現六戸町)
    • 下田村(単独村制。現おいらせ町)
    • 六ヶ所村 ← 平沼村、倉内村、鷹架村、尾駮村、出戸村、泊村
  • 1897年(明治30年)9月27日 - 野辺地村が町制施行して野辺地町となる。(1町15村)
  • 1902年(明治35年)9月1日 - 七戸村が町制施行して七戸町となる。(2町14村)
  • 1910年(明治43年)9月1日 - 三本木村が町制施行して三本木町となる。(3町13村)
  • 1923年大正12年)3月31日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 1926年(大正15年)6月30日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 1929年昭和4年)4月20日 - 百石村が町制施行して百石町となる。(4町12村)
  • 1931年(昭和6年)9月7日 - 法奥沢村が十和田村に改称。
  • 1948年(昭和23年)2月1日 - 三沢村および六戸村・下田村・浦野館村の一部が合併して大三沢町が発足。(5町11村)
  • 1955年(昭和30年)
    • 2月1日 - 三本木町・大深内村・藤坂村が合併して三本木市が発足し、郡より離脱。(4町9村)
    • 3月1日 - 四和村が三本木市に編入。(4町8村)
    • 4月1日 - 十和田村が町制施行して十和田町となる。(5町7村)
  • 1957年(昭和32年)10月1日 - 六戸村が町制施行して六戸町となる。(6町6村)
  • 1958年(昭和33年)
    • 4月1日 - 横浜村が町制施行して横浜町となる。(7町5村)
    • 9月1日(7町4村)
      • 大三沢町が市制施行・改称して三沢市となり、郡より離脱。
      • 浦野館村が町制施行・改称して上北町となる。
  • 1963年(昭和38年)11月1日 - 甲地村が町制施行・改称して東北町となる。(8町3村)
  • 1969年(昭和44年)8月1日 - 下田村が町制施行して下田町となる。(9町2村)
  • 1975年(昭和50年)4月1日 - 十和田町が十和田湖町に改称[3]
  • 2005年平成17年)
    • 1月1日 - 十和田湖町が十和田市と合併し、改めて十和田市が発足、郡より離脱。(8町2村)
    • 3月31日(7町1村)
      • 東北町・上北町が合併し、改めて東北町が発足。
      • 七戸町・天間林村が合併し、改めて七戸町が発足。
  • 2006年(平成18年)3月1日 - 下田町・百石町が合併しておいらせ町が発足。(6町1村)

[編集] 変遷表

[編集] 参考文献

[編集] 脚注

  1. ^ 村の数え方には諸説ある。
  2. ^ a b 記載はすでに斗南藩。
  3. ^ 1956年に三本木市が十和田市に改称してから、十和田市と十和田町が並存していた。

[編集] 関連項目

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