児湯郡

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児湯郡(こゆぐん)は、宮崎県の

人口72,472人、面積715.81km²、人口密度101人/km²。(2014年8月1日、推計人口

以下の5町・1村を含む。

歴史[編集]

古代[編集]

式内社[編集]

延喜式神名帳に記される郡内の式内社

神名帳 比定社 集成
社名 読み 付記 社名 所在地 備考
児湯郡 2座(並小)
都農神社 ツノノ 都農神社 宮崎県児湯郡都農町川北 日向国一宮 [1]
都万神社 ツマノ 都萬神社 宮崎県西都市 (日向国二宮・総社) [2]
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近現代[編集]

  • 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制施行に伴い、児湯郡に15の村が成立する。(15村)
  • 1898年(明治31年)10月26日 - 美々津村が町制施行し美々津町となる。(1町14村)
  • 1901年(明治34年)2月7日 - 高鍋村が町制施行し高鍋町となる。(2町13村)
  • 1920年(大正9年)8月1日 - 都農村が町制施行し都農町となる。(3町12村)
  • 1924年(大正13年)4月1日 - 下穂北村が町制施行し下穂北町となる。(4町11村)
  • 1924年(大正13年)8月1日 - 下穂北町が妻町に改称。
  • 1938年(昭和13年)10月1日 - 上江村が高鍋町に編入。(4町10村)
  • 1953年(昭和28年)2月11日 - 川南村が町制施行し川南町となる。(5町9村)
  • 1955年(昭和30年)1月1日 - 美々津町が日向市に編入。(4町9村)
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 妻町・上穂北村が合併し、西都町が発足。(4町8村)
  • 1958年(昭和33年)4月1日 - 都於郡村・三納村が西都町に編入。(4町6村)
  • 1958年(昭和33年)11月1日 - 西都町が市制施行し、西都市となり郡より離脱。(3町6村)
  • 1959年(昭和34年)3月31日 - 新田村・富田村が合併し、新富町が発足。(4町4村)
  • 1962年(昭和37年)4月1日(4町2村)
    • 三財村が西都市に編入。
    • 東米良村が木城村と西都市に分割編入。
  • 1967年(昭和42年)8月1日 - 高鍋町の一部が川南町に編入。
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 木城村が町制施行し木城町となる。(5町1村)
  • 2005年(平成17年)2月18日 - 新富町の一部が佐土原町に編入。
明治22年以前 明治22年5月1日 明治22年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和29年 昭和30年 - 昭和63年 平成1年 - 現在 現在
美々津村 明治31年10月26日
町制
美々津町 昭和30年1月1日
日向市に編入
日向市 日向市
都農村 大正9年8月1日
町制
都農町 都農町 都農町 都農町
川南村 川南村 昭和28年2月11日
町制
川南町 川南町 川南町
高鍋村 明治34年2月7日
町制
高鍋町 高鍋町 高鍋町 高鍋町
上江村 昭和13年10月1日
高鍋町に編入
新田村 新田村 新田村 昭和34年3月31日
新富町
新富町 新富町
富田村 富田村 富田村
木城村 木城村 木城村 木城村 昭和48年4月1日
町制
木城町 木城町
東米良村 東米良村 東米良村 昭和37年4月1日
木城村に編入
(中之又)
昭和37年4月1日
西都市に編入
(銀鏡・上場・中尾・八重・尾八重)
西都市 西都市
下穂北村 大正13年4月1日
町制
大正13年8月1日
改称
妻町
妻町 昭和30年4月1日
西都町
昭和33年11月1日
市制
上穂北村 上穂北村 上穂北村
都於郡村 都於郡村 都於郡村 昭和33年4月1日
西都町に編入
三納村 三納村 三納村
三財村 三財村 三財村 三財村 昭和37年4月1日
西都市に編入
西米良村 西米良村 西米良村 西米良村 西米良村 西米良村