グラビアアイドル
グラビアアイドルとは、芸能界に籍を置く女性タレントのうち、雑誌(特に男性向け週刊誌や「ヤング誌」と呼ばれている青年向け漫画雑誌)のグラビア、写真集、イメージビデオ(DVD)などへの出演を主な活動とし、なおかつ活動の大部分が写真媒体において水着姿で自身のセクシーさ、可愛らしさなどの魅力を表現する仕事である者たちの総称。職業分類的な肩書きの一つ。俗に、名前を略してグラドルとも呼ばれる。
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[編集] 職業の特徴
グラビアアイドルの主な活動の場は、雑誌グラビアページやポスターといった広告宣伝媒体などの二次的著作物であり、特に青年誌・ヤング誌などといった男性向け雑誌では、グラビアの被写体次第でも売れ行きが左右されるなど、非常に重要なファクターとなっている。その様な成立経緯から、セクシャルな想像を掻き立てる表現ができること、即ちセックスアピールという観点において優れていることなどが絶対的な条件であり大きな特徴である。
水着グラビアは当初アグネス・ラムなど、抜群のプロポーションを持つ外国人モデルがその役を担っていた時代もあったが、日本人女性のプロポーションが欧米女性のそれへと近付いていくに連れて日本人のグラビアモデルが多くなり、今ではその9割以上が10代〜30代までの日本人女性で賄われている。現在はそういったグラビア誌専門のモデルを務める若い女性たちをグラビアアイドルと呼び、かつて日本の芸能界で主流であったアイドル歌手に代わる存在として世の男性に認知されるに至った。
前述の通り、グラビアページは男性向け雑誌への掲載を中心としており、「グラビアアイドル」を名乗る者は女性が一般的で、なおかつ圧倒的多数を占めているが、近年は多様化するニーズに応える形で、女性向けの男性グラビアモデルも僅かではあるが登場し始めている[1]。
[編集] 表現手法
2010年現在のグラビアページの傾向としては、以下の4パターンに大別できる。
[編集] 水着
度々触れている様に、グラビアアイドルは主に男性誌グラビアを中心に起用される。そのうち水着は最も多いグラビア制作の手段であり、現在でもメインアイテムとして扱われている。元来雑誌グラビアとは男性が見て楽しむことを目的にしたものであり、性に対しての規制が厳しい日本では、セミヌードに代わるグラビア素材としてビキニなどの女性の体を隠す範囲の狭い水着を使うことを早くから行なってきた。また、グラビアモデルも局所を隠した状態ならば比較的自由に動けることもあり、それまでのセミヌード中心のアンダーな世界観を一気に開放的で明るいものへと変貌させた。撮影も初期の頃は浜辺やプールサイドなど、水着に合った環境でのロケーションが多かったが、次第に水着には全く関係性の無い場所、それこそ街中や店先、アミューズメント施設内においても水着グラビアを披露している場面が見受けられる様になっている。また、その昔は露出度の高い水着を人前で着ることや肌を晒す行為自体に抵抗感を覚える新人アイドルも数多くいたが、時代の変化に伴い、世の女性の感覚がオープンになったことと水着自体のファッション性が各段に上がった点も水着グラビアの普及・拡大に寄与したと見られる。
しかし年を経るに連れ、水着姿から連想される性的刺激に現代の読者層は次第に慣れてきてしまい、また、雑誌の売上もそれに歩調を合わせる様に落ちていった。それでもグラビアは依然として男性誌の売上を左右する重要なコンテンツであることに代わりは無く、そのためグラビアアイドルの刷新だけでなく、水着以外の様々な趣向を凝らしたグラビアが多数生み出されることになる。
[編集] 着エロ
その顕著な例が「着エロ」と呼ばれる過激なグラビアである。これは水着グラビアからヌードグラビアの中間に位置するもので、Tバック水着あるいは水着を着けずに手など体の一部や小物などで女性の局所を際どく隠した上で大股開きなどの挑発的なポーズを取り、わざと男性の性的衝動をより刺激する様な写真が用いられており、また、水着に代わる「見せ下着」という一見しただけではビキニと区別の付かないカラフルな下着を着用したグラビアも増えている。こういったことが可能になった1つの要因として、かつての写真フィルムによる製版からデジタル処理された製版へと印刷技術が向上したことで、無理なポーズで女性の局所の一部が誤って写真に写ってしまった場合でもそのカットを簡単に画像修正出来てしまうことが挙げられる。この技術を使い、タレントのほくろや吹き出物、傷、虫刺され跡などを出版側の要望で修正する場合も多く見られる。
[編集] 通常ファッション
一方で、所属事務所の戦略により将来的に本格派女優として売り出そうとしているタレントの清純なイメージを壊さぬように、あるいは当人が水着グラビアを敬遠した場合は、極力肌の露出を抑えた学生服や浴衣姿、ワンピースといった普段着に近い通常ファッションの写真を使用した情緒的作品もアイドルに清純なイメージを求めているファンには好まれる傾向にある。また、水着グラビアは“卒業”したものの、グラビア活動を継続するタレントやフリーアナウンサー・キャスターなど、職業柄セクシーな露出を必要としない者は概して通常ファッションやセクシーなドレスなどを着用したグラビアを披露している(後述)。
[編集] コスプレ(お菓子系)
最後の1つが「コスプレ」と呼ばれるもので、これはいわゆるおたくの「萌え」文化の影響を受けて生まれた表現方法である。元は漫画やアニメといった2次元世界の衣装を実際に作成し、自ら着用することでそのキャラクターになりきって仲間同士で楽しむ行為(通常彼らは「コスプレイヤー」と呼ばれる)であり、当初はコミックマーケットなどの同人誌即売会で一部の愛好者が着用し、流行り出したのが始まり。その後、インターネットの普及で自身のブログなどでコスプレをした写真を公開する自称「ネットアイドル」が急増した。そういったシチュエーションをそのまま雑誌グラビアに転用したのが「コスプレグラビア」である。これらは独特の世界観をグラビアに持ち込むことになった。また、コスプレの一環として、学校の制服や体操着、スクール水着など、学校生活を想起させる手法がある。これらは「お菓子系」と呼ばれ、こちらは前述の清純なイメージを求める手法とは明らかに表現方法が異なり、衣類を着用しただけではなく、脱衣シーンやその後の見せ下着・水着姿を同時に披露したりとエロティックさを狙ったもの。得てしてそのモデルとなっているのは実際に現役の小学生から高校生である場合がほとんどで、20歳を過ぎたグラビアアイドルがこの分野に挑戦することは稀である。
[編集] 年齢層
2010年現在、グラビアアイドルとして活動するタレントの年齢層は、上は30代以上から下は10代前半までと、幅広くなってきている。前者については優木まおみや堀田ゆい夏、安藤沙耶香らなど、大学を卒業してから、あるいは井上和香や相澤仁美など、社会人を経験した後に芸能界デビューする者も多く見受けられる様になったためである。後者については1990年代以降注目される様になった、小学生から中学生の子役女優を指した「チャイドル」や「ジュニアアイドル」が度々水着でグラビアを飾っており、現在でも小池里奈や紗綾など、その流れを汲んだタレントのグラビアは根強い人気を維持している。しかし、中には10歳に満たない小学生がグラビアデビューを飾るケースも出てきており、しばしば児童ポルノに該当するとの指摘がなされるなど、批判の対象になる事例も少なくない(ジュニアアイドル#露出の過激化と出版者の逮捕も参照)。
また、それまでグラビアアイドルのキャリアは一般的に短いとされてきた。1970年代から2000年代初頭にかけてのグラビアアイドルは、早ければ10代、遅くても大学卒業相当(22〜23歳)の年齢でグラビア(もしくは芸能界からも)卒業することがほとんどだった。それを表す事象として、20代を過ぎてグラビア(もしくは芸能界)デビューしたタレントの中には、様々な理由から実年齢より若く年齢を公表する「サバ読み」をする者が実在し、それらが発覚した時は、しばしばゴシップ記事となって世間を賑わせることがあった。当時は20代にもなってグラビア活動を展開することに関して事務所や当人にも少なからず抵抗があったことが窺える。
しかし、2000年代以降の現在はその限りでなく、中には30歳を過ぎてもなおグラビアから撤退せずに第一線で活躍し続けるタレントが急増している。その流れを作ったと言えるのがほしのあきで、彼女は10代でファッション雑誌の専属モデルとしてデビューするも、諸般の事情で後述の様な他ジャンルへの転身が上手く行かず、20代に突入すると仕事が激減し、不遇の時代を送っていた。しかし、スレンダーな体型ながら元々バストが豊かだったことから、2001年頃からグラビアの仕事を始める。そして、20代後半に差し掛かった2000年代後半になると、これまで少なかった「年長グラビアアイドル」の草分け的存在として話題になる。このほしのの活躍により、彼女を「憧れの存在」として名前を挙げるグラビアアイドルも少なくない。その中の1人に優木まおみがおり、彼女も大学卒業後に始めたタレント活動が軌道に乗らず苦闘していたところ、歌手活動の最中に出会った出版関係者から写真集の仕事を持ち掛けられ、2005年、25歳にして出版した写真集が好評を博し、グラビアアイドルを足掛かりにマルチタレントへとステップアップした。このことについて優木は「自分より3歳上のほしのさんがいなかったら、おじけづいていた。ほしのさんのようになりたい、頑張ってみようと思った」と振り返っている[2]。
この様に、20代後半から30歳前後のグラビアアイドルが数多く活動を継続出来る様になったのには、近年の日本人の生活習慣の変化やアンチエイジングの技術が登場したことなどによって肉体的老化が遅くなる趨勢にあることが考えられるのである。
[編集] グラビアアイドルの傾向
一般的にグラビアアイドルは芸能界において知名度向上を図るためのステップの1つと捉えられており、ある一定ラインの年齢を過ぎたり、テレビドラマや映画においてヒロインなどの重要な役に起用され、人気に火が付いたのをきっかけに女優や歌手、ファッションモデル、マルチタレントなどへの転身が計られ、自然とグラビア界からフェードアウトしていくのが通例である。
現在の芸能界で活躍しているタレントの中にも、以前はグラビア活動を展開していた人物は決して少なくない。例えば稲森いずみや仲間由紀恵、深田恭子、加藤あい、綾瀬はるか、長澤まさみ、井川遥などは出演作品に恵まれたこともあり、その後女優として大成し、浜崎あゆみは一時の休業を経て、自ら作詞もこなせる歌手として再デビュー、日本を代表するアーティストへと変貌を遂げている。また、優香を筆頭に小池栄子、眞鍋かをり、中川翔子らは、グラビア界を離れた後も女優業をはじめ司会業やコメンテーター、果てはお笑い芸人並みのコントまでこなせる幅広い適応能力が評価されて人気タレントになっていった。
その一方で、グラビアアイドルとして一定の地位を確立した後も、あえてグラビアを卒業せずにタレントや女優としての活動を並行して進める者もいる。代表的な人物では前述のほしのあき、優木まおみ、安めぐみ、熊田曜子、小倉優子などは多くのテレビ番組に出演する様になった2010年現在も、グラビア誌面においてトップとして君臨し続けている。
前述の通り、グラビアは何も水着だけには止まっておらず、通常ファッションによるグラビアも展開されている。かつては南野陽子や広末涼子、矢田亜希子、上戸彩などがこの路線で売り出されて成功しているが、同時にファンの落胆を招いている側面もあり、近年では、Amazonなどのネット通販の商品レビューにおいて、水着グラビアが全く掲載されていなかったり、もしくはそれらが極端に少ない写真集やイメージDVDには購入者から辛辣な評価が下されたり、落胆する声が多く投稿されている。しかし、その副産物的現象として、水着グラビアを見せること自体が極めて稀なそれらのタレントの水着が掲載された雑誌や写真集などは現在においても中古市場で高値で取引されている。
[編集] 近年
前述の通り、ほしのあきらの活躍がグラビアアイドルとしての平均寿命を飛躍的に上げることになり、今の時代では本人の意欲とプロポーション維持を怠らなければグラビアでも活躍できる、という認識が広く生まれ、この後多くの高年齢グラビアアイドルが活躍の場を広げていくことになる。近年では、1967年生まれの桜井美春が41歳にしてグラビアアイドルとしてデビュー、「ほしのあきを超えた、最年長グラドル」として話題となった。また、2010年には1965年生まれで、1990年代にレースクイーンなどで活躍した岡本夏生が44歳にしてグラビアアイドルとしての活動を再開したことも話題になった。
1990年代後半になると、ローティーン向けファッション誌の専属モデルを務め、同世代の少女たちに絶大な人気を誇ったタレントらが専属モデル卒業を機に、もしくは高校進学した時期に合わせて続々とグラビア界に進出させるという、いわゆる青田買いが増え始めた。これは、前述した「グラビアアイドルからの転身」とは逆の現象であり、これらのタレントは、新たに別のファッション誌などでモデルに起用されるまで、あるいはテレビドラマや映画でヒット作に巡り合い、女優としてある程度の地位を確立するまでグラビア活動を継続している。古くは『ピチレモン』出身の榎本加奈子や酒井彩名、加藤あいなどがおり、酒井と加藤は新人グラビアアイドルを発掘することを目的とした日本テレビのプロジェクト『日テレジェニック』の第1回メンバーにも選出されている。2000年代に入ってもこの流れは続き、『Seventeen』出身者では浅見れいななどが専属モデル卒業後にグラビアに挑戦したが、中でも榮倉奈々は専属モデルとして在籍中に水着グラビアに挑戦しており、同誌では珍しいケースである。その他にも、『nicola』で幾度となく表紙を飾り、同世代の少女たちにとってカリスマ的存在だった新垣結衣や虎南有香、三原勇希、岡本玲らも同誌卒業後に積極的にグラビア活動をしている。これらのモデル出身者は、総じてスレンダーで決して肉感的ではないが爽やかな印象を与え、男性だけではなく同性からの反響も得ている。
2002年に放送された特撮テレビドラマ『忍風戦隊ハリケンジャー』に出演していた長澤奈央と山本梓、『仮面ライダー龍騎』に出演していた森下千里らがビジュアル面から人気となってグラビアに取り上げられ、「特撮ヒロイン→グラビア」という現在も続く路線が生まれた。以後、『スーパー戦隊シリーズ』からは木下あゆ美や逢沢りな、高梨臨らが、『平成仮面ライダーシリーズ』からは加藤美佳(現:我謝レイラニ)や秋山奈々、白鳥百合子、松本若菜らがブレークのきっかけを掴んでいる。ただ、当該作品に出演する以前からグラビアで活動していた者もおり、中村知世や杉本有美、アイドリング!!!メンバーの森田涼花、さとう里香、にわみきほ、秋山莉奈などは既にグラビアアイドルとして人気を誇っていた。
近年では、モーニング娘。をはじめとしたハロー!プロジェクト所属のメンバーや、元Folder5のAKINAと満島ひかり、当時Dreamのメンバーだった長谷部優、最近ではAKB48のメンバーやAAAの宇野実彩子など、歌手活動主体のアーティストがソロ活動を機に水着姿が中心の写真集やDVDをリリースする事例も増えており、(グループの)固定ファンも多いため、安定した売り上げを見せている。ただし、1970年代から1980年代にかけての女性アイドルが、歌手活動主体ながら同様の写真集を出していたことを考えると、特に新しい芸能活動の手法というものではない。
また、グラビア界以外からの進出も増えている。1990年代からあった流れとしては、フリーアナウンサー・キャスターのそれで、根本美緒をはじめ杉崎美香、小林麻央、皆藤愛子らは、いずれも水着グラビアは無く露出は抑えめなものの、清楚で知的な雰囲気を醸し出し、一定のファンを獲得している。スポーツの分野では、ビーチバレー選手の浅尾美和がそのアイドル並みのルックスの良さと鍛えられたしなやかな肢体が注目されて、オフシーズンの活動の一環としてグラビア活動をする様になり、水着写真集を発売、テレビCMにも起用されるなどビーチバレーの知名度向上に一役買っている。2000年代後半からはその流れが加速し、声優界からはアイドル声優として絶大な人気を誇る平野綾を筆頭にたかはし智秋や戸松遥らがいずれもグラビアアイドルと同様の水着姿を披露しており、その他にも、青森県八戸市の現職市議会議員・藤川優里が水着姿が収録された写真集やDVDを発売したことでも話題となった[3]。
上記以外の例外で、現役のグラビアアイドルとして活動している段階で様々な理由から、突如としてヘアヌードに挑戦する場合がある。これはグラビアアイドルとして売り出されたものの芽が出ず、心機一転のつもりで望む者もいれば、若いうちにありのままの姿を残しておきたいという女性としての欲求から自身への記念碑的に捉えている者、高名な写真家に口説き落とされて、または金額面の高額オファーから、あまり深く考えずにヌードになってしまう者など様々である。グラビアを既に卒業した女優や女性タレントなどが大人の色香を備えたヘアヌードグラビアに挑戦することはあっても、20歳そこそこの若さでヌード撮影に挑戦するというのは、元からヌードを売りにしているAV女優などはさて置き、グラビアアイドルでは極めて異例のことであり、これらのヌードグラビアがスクープとして発表されると世間的にもある程度話題になって、掲載誌や写真集は軒並み高セールスを記録するといった現象が起こる。この他にも青木りんや範田紗々など、同様に通常のグラビアでは人気が出なかったものの、着エロ系のグラビアアイドルを経てAV業界へ転出していく者も現れている。これとは逆に、及川奈央やみひろ、蒼井そら、RioなどはAV女優として人気を博し、週刊誌のグラビアにも進出、その後タレントや女優として活動の幅を広げるケースも増えている。
[編集] 主なグラビアアイドル
『グラビアアイドル一覧』を参照。
[編集] 足跡
[編集] 1970年〜1980年代
日本においての「グラビアアイドル(以下、特別な場合を除きグラドルに略記)」の歴史は、1970年代半ばより活躍したアグネス・ラム(ハワイ出身)に始まる。
この時代はグラビア誌面の雑誌は、『平凡パンチ』(1964年創刊、マガジンハウス刊)、『週刊プレイボーイ』(1966年創刊、集英社刊)などの週刊誌系のみで、飾っていたのは当時の女性アイドルと専任のヌードモデル達であった。女性アイドルのメインは、ほぼ全てがテレビ出演やコンサートでの歌手活動で「アイドル歌手」とも呼ばれ、彼女らのグラビアにおける水着披露は、歌手としての人気を獲得するプロモーションの一環に過ぎず、「あくまで本業は歌手」という前提であった。
1974年に小学館からA4大判のグラビア雑誌『GORO』が創刊される。それまでの雑誌グラビアが、どちらかと言えば読み物記事の添え物といったような扱いだったのに対し、『GORO』は表紙と巻頭グラビアを写真家篠山紀信が担当した。篠山は現在でもグラドルを撮り続けている。無名女性モデルのヌードからアイドル歌手、新進の若手女優を等価に扱った「激写」というグラビアコーナーを生み出し、これが世に受けてグラビア写真により大きな比重を置いた雑誌として成人男性読者を中心に大きな反響を呼ぶ。
1980年代前半当時の芸能界は、山口百恵引退後の第2期女性アイドル歌手ブームが起きていた時期であり、まだ世間的にも「女性アイドルがグラビアに載っている」という捉え方でしかなかった。アイドル歌手、クラリオンガールなどのキャンペーンガールや新人女優が、グラビアで水着を披露する割合が多かった。1982年には『スコラ』(講談社のち分社)が創刊した。
1984年、堀江しのぶがデビューする。堀江は後に巨乳アイドルブームの立役者となる野田義治(現・サンズエンタテインメント会長)の秘蔵っ子であり、野田に「堀江を売り出すためにイエローキャブを創った」と言わしめるほどの存在だった。グラビアで人気を獲得した堀江は徐々にバラエティー番組やドラマ、映画へと活動の幅を拡げ、現代においても見られる「グラドル→マルチタレント」という流れの基礎を築いたが、4年後の1988年9月に、胃癌により23歳の若さで急逝。しかし、皮肉にも彼女の死が大きく報じられたことによりグラドルという存在を世に記す第一歩となり、その後野田が手掛けたかとうれいこや細川ふみえも、豊満で肉感的スタイルを武器に、まずグラビアで人気を博した後、活動の幅を拡げており、野田率いるイエローキャブはグラビア界で地位を確立した。
[編集] 1990年代
1990年代に入ると、オスカープロモーションが出したC.C.ガールズやシェイプUPガールズといった、セクシー路線に徹したアイドルグループが多数登場した。しかしながら、この時点でもグラビアアイドルという言葉は浸透しておらず、売り込む対象は一部の男性層に限られており、彼女達は「セクシータレント」などという半ば蔑称に近い呼称をされており、タレントとして決して地位が高いとは言えなかった。
1994年、この年にエポックメーキングな登場をしたのが雛形あきこである。2年前に俳優として芸能界デビューしていたがパッとせず、イエローキャブに移籍し水着グラビアを始めるとその素質が一気に開花。俗に「雛ポーズ」と呼ばれる両腕を絞り胸の谷間を強調するポーズで、一世を風靡しこれ以降の水着グラビアに、一定の方向性を示したと言える。
イエローキャブの巨乳グラドルが隆盛の中、細身で美乳という新しいタイプのグラドルとして、藤崎奈々子や山川恵里佳らを擁するアバンギャルド(現:アヴィラ)が台頭し、彼女らもグラビアでの成功を機にマルチタレントへとステップアップしている。また、この頃から大手プロダクションもグラビアアイドルを手掛けるようになり、ホリプロからは優香がデビュー、デビュー1年後の1998年にゴールデン・アロー賞のグラフ賞を受賞したのを皮切りに、1999年度には最優秀新人賞・放送新人賞を、2000年度にも放送賞を受賞、遂には2002年度に記念表彰のゴールデングラフ賞を受ける快挙を成し遂げて、グラビアアイドルの地位向上に大きく貢献した。
1990年代末期、世紀末を迎えてなお日本全体が不況の中にあり、世は「癒し」がブームとなった。これに伴って、グラビアに出演するタレントにもこれまでのセクシーさよりも親しみやすさや安心感、危うい無防備さ等が求められる傾向が強まった。
[編集] 2000年代以降
2000年以降、アイドル系の新しいグッズアイテムとしてトレーディングカードが登場、グラドルの有力商品グッズの1つとして定着していった。
グラビアアイドルのバラエティ番組への本格的進出が顕著になり、特にMEGUMIや若槻千夏をはじめとする「芸人並にしゃべれて面白いリアクションができるグラビアアイドル」の出現がグラビアアイドルの裾野を広げる大きなきっかけとなった。なお、この頃から大抵の番組では俗に「グラビアアイドル枠」と言われるものが設けられ、お笑い芸人達に混じり番組を盛り上げる役としてお茶の間の人気を獲得していく。
ただ、2000年代中盤以後のグラビア業界の前途は『ヤングガンガン』(スクウェア・エニックス)の新規参入はあるものの、必ずしも明るいものではなくなっている。
主な原因として、少子化によるグラビア誌の購買人口の低下や出版不況による紙媒体の衰退が挙げられる。2008年夏には『週刊ヤングサンデー』が、2010年の始めには『sabra』(いずれも小学館)が相次いで休刊、また、ハロー!プロジェクトやAKB48などのアイドルグループメンバー、ファッションモデルらのグラビア進出等によりグラビアアイドル人口が増え、既存グラドルの活躍の場が急速に失われたことも挙げられる。
この年に、グラビア界に衝撃が走ったのは、各プロダクションがイメージDVDなどの発売キャンペーンイベントの“聖地”として重宝していた東京・秋葉原の石丸電気「SOFT1」の閉店である。業界では、この種のDVDは1000枚売れれば「御の字」とされていただけに、イベント・握手会の参加条件である「DVDの購入」による安定した売り上げが見込めなくなってしまった[4]。
[編集] ゴールデン・アロー賞「グラフ賞」
社団法人日本雑誌協会雑誌芸能記者クラブ主催の「ゴールデン・アロー賞」には、日本雑誌写真記者会が選考する「グラフ賞」という賞があり、もともとその年度で最も雑誌のグラビアを飾り話題を提供した被写体が受賞者に選出されるのだが、1998年度(第36回)受賞の優香以降は、グラビアアイドルの登竜門的な賞となっている。
- 1998年度(第36回):優香
- 1999年度(第37回):本上まなみ
- 2000年度(第38回):釈由美子
- 2001年度(第39回):井川遥
- 2002年度(第40回):吉岡美穂
- 2003年度(第41回):井上和香
- 2004年度(第42回):岩佐真悠子
- 2005年度(第43回):安田美沙子
- 2006年度(第44回):ほしのあき
- 2007年度(第45回):南明奈
受賞者は自動的に翌年度の日本雑誌協会キャンペーンキャラクターに起用される。いずれもその時代を反映したフォトジェニックであり、受賞者を改めて見ることで一般大衆が求めるグラビアの傾向やその推移が見て取れる。また他のミスコンのように同性の視線を意識してか均整の取れたプロポーションの持ち主が選ばれやすいのが特徴。また、近年の受賞者は、ミスマガジンなどのキャンペーンの受賞者であることなどから、実績、活動に対しては非常に厳しい評価がされている。
ゴールデン・アロー賞は第45回を以て終了したが、雑誌協会キャンペーンキャラクター選出は継続しており、2009年度は佐々木希、2010年度は桜庭ななみ、2011年度は武井咲が起用された。なおAKB48メンバーは2009年頃より雑誌グラビアを席巻するようになり、一般的な知名度も上がっているが、今のところ選出された者はいない。
[編集] 脚注・出典
- ^ “イケメン マップメイト”. プロダクションM.A.P.. 2010年9月14日閲覧。
- ^ 「pop style——vol.219・才色(エロかしこさ) 極めます」『読売新聞』2010年9月1日付夕刊、第2版、第8・9面。
- ^ ただし、藤川は大学時代にタレント活動の経験がある。
- ^ “小倉優子ショック? アキバ“アイドルの聖地”消滅へ”. ZAKZAK (2009年4月8日). 2010年9月26日閲覧。
[編集] 関連項目
- グラビアページを掲載している主な雑誌
- 秋田書店 - 週刊少年チャンピオン・ヤングチャンピオン・ヤングチャンピオン烈
- 学研パブリッシング - BOMB
- 講談社 - 週刊少年マガジン・週刊ヤングマガジン・FRIDAY・週刊現代
- 光文社 - FLASH
- 集英社 - 週刊プレイボーイ・週刊ヤングジャンプ
- 小学館 - ビッグコミックスピリッツ・週刊ポスト・週刊ヤングサンデー(2008年7月休刊)・sabra(2010年1月休刊)
- スクウェア・エニックス - ヤングガンガン
- 徳間書店 - アサヒ芸能
- 白泉社 - ヤングアニマル・ヤングアニマル嵐
- 扶桑社 - SPA!
- 双葉社 - 週刊大衆・漫画アクション・EX大衆
- 文藝春秋 - 週刊文春(「原色美女図鑑」)
- グラビアアイドル関連のプロジェクト・コンテスト
- ミスマガジン(週刊少年マガジン)
- グラビアJAPAN(集英社『週刊プレイボーイ』・『週刊ヤングジャンプ』合同)
- 全国女子高生制服コレクション(週刊ヤングジャンプ)
- 乙女学院(小学館、2008年までは週刊ヤングサンデー)
- 日テレジェニック(日本テレビ)
- フジテレビビジュアルクイーン(フジテレビ、-2002年)
- テレ朝エンジェルアイ(テレビ朝日、-2004年)
- ファイブスターガール(ポニーキャニオン、-2006年)
- 「月刊」シリーズ(新潮社発行の写真集)