仙台西道路

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国道48号標識

仙台西道路(せんだいにしどうろ)は、宮城県仙台市青葉区を東西に走る自動車専用道路で、国道48号バイパスである。地域高規格道路(仙台都市圏自動車専用道路)の計画路線に指定されており、仙台市都心部仙台都市圏環状自動車専用道路とを結ぶ唯一の自専道として重要路線となっている。通称は「西道路」。

目次

[編集] 概要

仙台市都心部西部(旧・仙台市)と愛子盆地東部(旧・宮城町)とをつなぐ通行料無料の自動車専用道路である。「仙台市総合道路整備計画」において、同市の骨格幹線道路網となる「3環状12放射状線」の一部をなす都市計画道路元寺小路愛子線にあたる[1]。全線が第1次緊急輸送道路に指定されている[2]

起点(地図)は青葉山丘陵の東側に位置する都心部の広瀬通晩翠通による十字路(東北公済病院前交差点)にあり、都心部の地下立町トンネル、同丘陵の地下を川内トンネルおよび青葉山トンネルで貫通する。同丘陵の西側にある仙台宮城IC東北自動車道と接続し、折立ICで直線的に愛子バイパスと接続した後、折立ICのランプを通り、国道48号と接続する丁字路(仙台宮城IC入口交差点)で終点(地図)となる。基本幅員を20.5mとする4車線道で、全長は約5.2km

住宅地の地下を走るため、最高速度立町トンネル及び仲の瀬橋の区間は40km/h、その他の区間は60km/hである(臨時規制時を除く)。

宮城県でラジオの県域放送をしている3局、すなわちNHK FMNHK仙台放送局)とDate fmのFM2局、および、AM局のTBCラジオに加え、国土交通省によるAMの混雑情報(1620kHz)がトンネル内で再送信されており、聴取出来るようになっている。

例年、仙台七夕まつり前日の8月5日(悪天候の場合は8月9日に順延)に開催される仙台七夕花火祭に合わせ、18:15~21:30の時間帯で車両の通行が出来なくなるため、当道を経路とする高速バスは迂回する。

自動車専用道路であるが、市街地側の案内看板は「青色」で統一されている(愛子バイパス側の看板は「緑色」で表記されている)。

[編集] インターチェンジなど

施設名 接続路線名 起点から
(km)
備考
広瀬通り 県庁方面
立町トンネル 西公園通
仲の瀬橋 広瀬川
川内トンネル
青葉山トンネル 青葉山
郷六橋
仙台宮城インターチェンジ 東北自動車道
折立インターチェンジ 国道48号 川崎泉中央方面 上り
綱木跨道橋 国道48号
折立インターチェンジ 国道48号 川崎・泉中央方面 下り分岐
折立跨道橋 東北自動車道
折立インターチェンジ 国道48号 川崎・泉中央方面 下り合流
国道48号愛子バイパス山形関山峠)・秋保・作並方面

[編集] 歴史

仙台市都心部は、青葉山に仙台城をおき、それをめぐる広瀬川から東が平地で、西が山地(青葉山丘陵)である。都心は主に東に向けて発展したが、20世紀には広瀬川沿いの河岸段丘にも住宅地が広がり、さらに東北自動車道が西の山地を縦断するようになると、西方面の交通量が増加した。市街化された複雑な地形を前にして道路整備はなかなか進まなかった。国道48号は朝・夕に渋滞となり、東北自動車道のインターチェンジはラッシュ時閉鎖を余儀なくされた。

仙台西道路はこの状態を打開するために建設された。1983年昭和58年)に暫定2車線で供用開始し、国道48号の渋滞解消に多大な効果をもたらした。このことから、建設省日本の道100選に選定された。1987年(昭和62年)には全線の4車線化が完了した。

当初、川内トンネル以西では制限速度は50km/hだったが、60km/hに緩和された。また、禁止されていた青葉山トンネル内での車線変更も可能になった。

  • 1971年度(昭和46年度):ルート承認。事業着手。
  • 1972年度(昭和47年度):工事開始(折立側より)。
  • 1983年(昭和58年)5月14日:暫定2車線、一部4車線で開通。
  • 1986年(昭和61年):日本の道百選に選ばれた。
  • 1987年(昭和62年):全線が4車線になった。
  • 1987年(昭和62年)11月1日:仙台市が宮城郡宮城町編入合併。西道路の全線が仙台市内となる。

[編集] 交通量

2005年度(平成17年度道路交通センサスより)
平日24時間交通量(台)

  • 仙台市青葉区郷六字針金:55,067

[編集] 経路

広瀬通にある立町トンネル口(広瀬通と西公園通が交差する西公園前交差点上にある歩道橋より東方向)
仲の瀬橋にある川内トンネル口(同歩道橋より西方向。橋の先に見えるのは仙台二高の体育館)

全線の7トンネルである。都心側入り口は、西公園通の東側にある立町トンネル口と西側の川内トンネル口の2箇所で、ともに広瀬通からトンネルへの下り口がある。

広瀬通(仙台中町段丘面)から立町トンネル東端西端)で同段丘面の地下に下ると、西公園通および市道仲の瀬橋線[3]の地下を通り、仙台中町段丘面と仙台下町段丘面の間にある仲ノ町段丘崖から広瀬川上空に出て、市道仲の瀬橋線から合流を受けて上下2層の仲の瀬橋の下側の路盤を通り、広瀬川右岸の段丘崖から川内トンネル(568.35m[4]東端西端)に入る。宮城県仙台第二高等学校宮城県美術館などの地下を川内トンネルで通過して広瀬川の新兵淵の段丘崖で一時トンネルから出るが、すぐに青葉山丘陵の地下を通る青葉山トンネル(2,233m[4]東端西端)に入る。亀岡八幡宮宮城教育大学などの地下を通り、東北電力三居沢発電所水力発電所[5]へと続く隧道と交差して同丘陵の西側に出ると、郷六橋(同隧道へ繋がる水路の開渠部の上に架かる)を渡り、市道沼田線[6]からの側道と合流し、市道沼田線を越えて仙台宮城ICおよび折立ICによる複合インターチェンジで終点となる。

愛子バイパスの開通に合わせて、仙台宮城ICおよび折立ICは改修され、山形(関山峠)・秋保・作並方面の国道48号と仙台西道路が直接乗り入れられるよう接続された。

仙台市都心部と東北自動車道・仙台宮城ICを結ぶ道路として、重要な役割を果たしている。また愛子バイパスの開通により、青葉区西部(旧宮城町地域)に新たに発展したニュータウン群と都心とを結ぶ道路として、さらに重要性を増している。

[編集] 特徴及び影響

仙台西道路の西側、仙台宮城IC付近は豊かな自然の残された風景の地域であるが、仙台西道路の青葉山・立町トンネルを抜け外へ出ると景色は一転してビルが建ち並ぶ市街地に変わるギャップがこの道路の特徴である。

1983年昭和58年)の仙台西道路の完成は、1981年(昭和56年)に完成した国道286号笹谷トンネルと共に、宮城県山形県の間の交流に果たす役割は大きいと期待された[7]。同時に、仙台市都心部と仙台宮城IC間を短時間で繋ぐ役割により、東北自動車道沿いの各地域とのアクセスも改善された。1991年平成3年)までに山形自動車道が宮城県と山形県の間で繋がったことで、仙台西道路の役割はさらに大きくなった。2000年(平成12年)頃からは、仙台発着で仙台西道路経由の高速バスが大きく発達し、仙台・山形のツインシティー化や南東北3県都連合に大きな影響を与えている(仙台都市圏#高速道路網整備仙台経済圏#仙台経済圏の交通環境の変化東北地方の経済史#「仙台経済圏の拡大」と「仙台一極集中」参照)。

[編集] 周辺

[編集] 仙台駅方面延伸構想

仙台西道路の都心側出入口となる広瀬通りでは朝夕の混雑が激しく、西道路を延伸して渋滞を緩和しようと言う構想がある。これは、開通当初から出ていた構想ではあるが、多額の費用がかかることから実現には至っていない。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ 道路部事業概要(仙台市)
  2. ^ 「仙台市の災害につよい道づくり(宮城県沖地震対策事業)」の事後評価(仙台市)
  3. ^ 仙台市道青葉1344号・仲の瀬橋線(西端東端。最小幅員20.70m、最大幅員56.20m、延長591.1m)
  4. ^ a b 野村和正『みやぎの国道をゆく』192頁。
  5. ^ 三居沢電気百年館(東北電力)
  6. ^ 仙台市道青葉5216号・沼田線(北端南端。最小幅員3.10m、最大幅員73.40m、延長1668.1m)
  7. ^ (29完) 仙台西道路開通河北新報「ニュースの記憶~仙台圏・あのころ」)

[編集] 参考文献

  • 野村和正『みやぎの国道をゆく』、東北建設協会、1986年。

[編集] 外部リンク

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