宮城県道22号仙台泉線
| 主要地方道 | |
|---|---|
| 宮城県道22号仙台泉線 | |
| 陸上距離 | 7,843.5m |
| 起点 | 宮城県仙台市青葉区二日町(地図) |
| 終点 | 宮城県仙台市泉区(地図) |
| 接続する 主な道路 (記法) |
国道48号 国道4号 |
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宮城県道22号仙台泉線(みやぎけんどう22ごう せんだいいずみせん)は、宮城県仙台市青葉区二日町から、仙台市泉区将監に至る主要地方道。都市計画道路3.3.28元寺小路七北田線を通す。かつて国道4号に指定されていたため、市民から「旧4号」「旧4」とも呼ばれている。
仙台市都心部から北仙台を経由して泉中央副都心に至る、仙台市の幹線道路である[1]。
目次 |
[編集] 概要
仙台市内で完結する道路であるのに主要地方道に指定されているのは、仙台市と、かつて宮城県第二の人口を擁した泉市(現・泉区)とを結ぶ重要な道路であったからである。路線の南部では仙台市都心部と北仙台地区とを結び、愛宕上杉通との接続部である昭和町交差点以北では、泉中央副都心との間の唯一の主要幹線となる。「仙台市総合道路整備計画」における骨格幹線道路網「3環状12放射状線」の1つ[1]。
勾当台通と北四番丁との交差点を起点として北進し、通町2丁目交差点(地図)の十字路で東に折れる。北仙台地区を横切り、昭和町交差点(地図)の丁字路で北に折れる。すぐにJR仙山線の高架をくぐり、梅田川を梅田橋(地図)で渡河して、台原段丘(七北田丘陵の南部)の段丘崖を切り通しで上がり、台原2丁目交差点の手前で標高約60mで最高部となる(地図)。これより北では下りに転じ、旧奥州街道と合流してからは、七北田川の支流である仙台川のさらに支流がつくったV字谷、あるいは、細長い谷底平野を走る。仙台市地下鉄南北線・八乙女駅近くからは七北田川本流がつくった河岸段丘を横切って泉中央副都心へと至る(地図)。泉中央副都心からは富谷丘陵から出る樹枝状丘陵(住宅地の将監がある)を半地下の将監トンネルで通過して国道4号仙台バイパスに至って終わる。ただし、将監トンネル連絡橋も当道の一部であるため、上りの延長は下りより長い。
都心部と泉中央副都心とを結ぶ唯一の幹線道路であるため渋滞が問題となっている。特に平日のラッシュアワーでは朝が青葉区北根付近から都心部にかけて、夕方が北仙台から青葉区台原にかけて車の列ができる。土休日には泉中央駅周辺が混雑し、ユアテックスタジアム仙台でベガルタ仙台の試合が行われる日には混雑に拍車が掛かる。建設中の宮城県道264号大衡仙台線が当道の迂回路として期待されており、2011年度(平成23年度)の完成を目指して大衡仙台線の輪王寺 - 荒巻本沢間の道路改築事業が行われている。
[編集] 通過する自治体
[編集] 交差している道路
- 国道48号(二日町交差点)
- 宮城県道136号北仙台停車場線(青葉区昭和町北仙台駅入口交差点)
- 宮城県道37号仙台北環状線(泉区八乙女交差点)
- 宮城県道35号泉塩釜線(泉区泉中央)
- 国道4号(泉区将監トンネル入口)
[編集] 別名
[編集] 交通量
2005年度(平成17年度道路交通センサスより)
平日24時間交通量(台)
- 仙台市青葉区台原二丁目 - 58,181
[編集] 沿革
当道は、奥州街道の仙台城下町より北の区間である松前道を起源とする。奥州街道は後に国道4号となるが、その交通需要増大に合わせて当道は整備されたものの、更なるバイパスとして仙台バイパスが供用されたため、国道4号の地位は同バイパスに譲った。
松前道(奥州街道)の道筋は、芭蕉の辻から国分町通[2] を北進し、北四番丁との交差点より北で青葉神社通[3] と名を変えつつ更に北進。青葉神社門前で東に折れて市道堤町青葉町線[4] となって北仙台に至り、JR仙山線を陸羽街道踏切で越え、梅田川を橋で越えて堤町に入る。台原段丘を越えて西友台原店(旧エンドーチェーン台原店)の前の交差点に至ると、これ以降は現在の県道仙台泉線と同じ道筋となる。しかし、八乙女駅の南西側にある杉ノ田交差点(地図)から北では市道七北田幹線1号線[5] が松前道であり、旧七北田宿(ななきた)がある富谷丘陵から出る樹枝状丘陵を越えて要害川沿いの山の寺門前に至り、泉交差点で仙台バイパスと合流する(地図)。
この松前道(奥州街道)が、明治維新後に陸羽街道、国道6号と名称を変え、1920年(大正9年)に国道4号となる。1922年(大正11年)には仙台軌道(仙台鉄道)が通町駅 - 八乙女駅間で開通して国道4号とほぼ並走する公共交通機関が現れた。1937年(昭和12年)に仙台市電・北仙台線が北仙台駅まで開業するのに伴い、勾当台通が拡幅の上で北四番丁から北仙台まで延伸した。戦後、1956年(昭和31年)に仙台鉄道が、1968年(昭和43年)に仙台市電・北仙台線が廃止になる一方で、高度経済成長期からは現道の道筋の整備が始まり、1980年代半ばまでに起点から八乙女の区間は現在のような幅員の道路になった。
1987年(昭和62年)に仙台市営地下鉄南北線が当道と並走するように開通し、1988年(昭和63年)に泉市が仙台市と合併すると、八乙女以北が泉中央副都心を通過する道筋に変更された。1991年(平成3年)の将監トンネル開通[6]で泉中央副都心と仙台バイパスとの接続がなされ、現在の道筋が完成した。
なお、旧松前道(奥州街道)の道筋の内、当県道に指定されていない区間(市道の区間)は幅員が狭いままであるため幹線道路としての地位を失ってしまっているが、旧七北田宿を通る市道七北田幹線1号線は、郊外住宅地とバスターミナルを併設する八乙女駅との間を繋ぐ道として、路線バスが今でも多く通過する。
[編集] 年表
- 1873年(明治6年)、奥州街道が陸羽街道に改称される。
- 1885年(明治18年)、陸羽街道が國道六號(東京ヨリ函館港ニ達スル路線)になる。
- 1920年(大正9年)、國道六號を國道四號(東京府より北海道庁所在地に達する路線)に再指定。
- 1973年(昭和48年)、北仙台駅前 - 八乙女(七北田橋南側)まで、中央線変移規制(リバーシブルレーン)が開始される。当初は3車線で行われ、仙台方向を午前2車線、午後1車線としていた。
- 1975年(昭和50年)4月、国道4号から県道に降格されて路線認定された。これは、1974年(昭和49年)度に国道4号仙台バイパスが、苦竹ICの立体交差完成により全線(26.6 km)を4車線で供用開始したことによる措置。
- 1982年(昭和57年)3月、梅田橋開通。
- 1983年(昭和58年)、かむり大橋開通(地図。現在は当道の区間内だが、当時は未指定)
- 1985年(昭和60年)12月、仙山線ガードから泉市役所間の当道は愛宕上杉通と同様に都市計画道路3.3.28元寺小路七北田線として供用開始され[7]、5車線に拡幅された。これにより、仙台方向午前3車線、午後2車線とした。
- 1991年(平成3年)、将監トンネル開通[6](北端~南端)
- 1995年(平成7年)頃に仙台方向3車線、泉方向2車線で固定して、中央線変移規制を廃止した。
- 1990年代後半に、当道の勾当台通の区間が5車線から4車線に車線減少工事が施された。
- 1999年(平成11年)、将監トンネル連絡橋が供用開始(北端~南端)。