ソニー仙台FC

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ソニー仙台FC
原語表記 ソニー仙台フットボールクラブ
クラブカラー      サックスブルー
創設年 1968年
所属リーグ 日本フットボールリーグ
ホームタウン 宮城県多賀城市
ホームスタジアム ユアテックスタジアム仙台
収容人数 19,694
代表者 伊藤栄喜
監督 石川雅人
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

ソニー仙台FC(ソニーせんだいフットボールクラブ)は、日本フットボールリーグ(JFL)に所属する宮城県の実業団サッカークラブ。

概要[編集]

1968年ソニー株式会社仙台テクノロジーセンターのサッカー同好会として発足。同年、宮城県実業団リーグに加盟し、長年宮城県リーグを主として活動。1997年度の全国地域リーグ決勝大会で優勝し、旧JFL昇格を果たした。

チーム所在地は、仙台市都心部から見て北東郊外の多賀城市。ホームスタジアムはユアテックスタジアム仙台仙台市泉区)であり、宮城県サッカー場利府町)、七ヶ浜サッカースタジアム七ヶ浜町)でもホームゲームが開催される。すなわち、旧宮城郡地域(仙塩地区)を主な活動地域とするチームである。

なお、1998年仙台市を本拠とするブランメル仙台が既にJFLに参戦していたことから、新聞報道では社によってブランメルとの区別から「S仙台」(Sはソニーの略)としたり、あるいは実業団チームであることを配慮し単に「ソニー」と表したものもあった。現在は「ソニー仙台」という表記になっている。同年の旧JFL参入初戦では、優勝候補の本田技研と対戦し接戦の末4-3と大金星で船出を飾った。

ジェフユナイテッド市原・千葉監督の鈴木淳がコーチ(1997年-1999年)を務めたことがある。近年ではスカウトに力を入れており、大卒の選手、Jリーグから戦力外になった選手を積極的に獲得している。2007年には元U-15日本代表候補の山本僚を、2008年には元U-17日本代表の麻生耕平今田傑を獲得した。

選手はほとんどがソニー仙台の社員選手で、過去に大久保剛志(2012年に2シーズンぶりに完全移籍にて復帰)と町田多聞などがプロ選手として在籍していた。現在は2人のプロ選手が在籍している。練習は夕方から行われる。2010年10月9日のNHK BS1の天皇杯3回戦の中継で、練習や勤務中の選手の様子が放送された。

戦績[編集]

1998年に東北リーグから旧JFLに昇格、1999年からの新JFLには発足当初から加入しているが、常に順位は中位が定位置という状況で最高でも2002年の4位(この年はサッカーワールドカップ日韓大会の為中断期間が入り、日程上1回戦のみの対戦だった)という状況で上位争いという点では程遠い状況だった。

2008年よりOBの田端秀規が監督に就任し、ベガルタ仙台から大久保剛志を期限付き移籍で獲得したほか、上記の麻生、今田の他に大瀧義史など大卒の選手を獲得し、また栃木SCから谷池洋平徳島ヴォルティスから天羽良輔のJリーグでも実績のある選手を獲得し上位進出を目指したが万年中位という位置からの脱却ができず9位に終わった。

2009年ロアッソ熊本からFW町田多聞を、また大卒ではFW澤口泉やDF比嘉隼人を獲得し大久保も期限付き移籍を延長した。序盤はなかなか調子が上がらず10位に甘んじたが、後期に入り谷池を中心とした守備陣が安定して(失点数はリーグ1位の失点となった)、勝負ところで町田や澤口が得点を決めたこともあり後期は1位となり、年間順位でも3位となり過去最高順位となった。

2010年ゆめ半島千葉国体サッカー競技・成年男子に宮城県代表として参加し、優勝した。リーグ戦は序盤こそ開幕ダッシュに成功したが、前期5節以降に怪我人が続出し、昨年のレギュラーだった町田や比嘉が離脱してチームは4月以降2ヶ月間未勝利となってしまい、その後も谷池や花渕修平など怪我人が相次き、結局前期は12位で折り返した。後期は天皇杯でJ1のベガルタ仙台の勝利や上記の国体優勝はしたもののリーグ戦では好不調が波が激しく、決定力不足になったこともあり年間順位は14位と精彩を欠いたリーグ戦となってしまった。シーズン終了後にソニー仙台一筋に活躍した高野和隆木村孝次が引退。町田も現役引退。大久保のベガルタ仙台復帰をはじめ8人が退団した。

2011年ブラウブリッツ秋田から菅原太郎V・ファーレン長崎から宮尾勇輝が移籍。新人3人がソニー仙台に加入した。しかし東日本大震災で多賀城市にあるソニー仙台テクノロジーセンターやその周辺が津波で壊滅的な被害に遭ったことにより、リーグ戦参加の目処がたたなくなったため、前期7節から17節までのリーグ戦参加をとりやめ、後期第1節よりリーグ戦に参加することとなった[注 1]。チームは2ヶ月間練習できず、全体練習が始まったのが震災から2ヶ月たった5月の中旬だった。そして7月3日の後期第1節のアルテ高崎戦よりリーグ戦に復帰した。しかし2ヶ月のブランクは予想以上に大きく、後期開幕後しばらく勝利をあげられず、初勝利が9月23日の町田ゼルビア戦だった。その後も雷雨や台風の影響で順延になった試合が10月に組み込まれ、10月から11月に週2回の試合が連続したこともあり、選手の疲労が濃くなってしまい、なかなか勝利をあげられず結局後期だけ参加のリーグ戦は最下位に18位(災害復興支援試合を含めると17位)となった。本来なら地域リーグに自動降格になるが、町田ゼルビア、松本山雅FCのJ2加盟とジェフリザーブズのチーム解散があって、辛うじてJFL残留となった。シーズン終了後、監督の田端とフィジカルコーチの片桐幹雄が退任、長年ソニー仙台でプレーした本多進司が現役引退。菅原太郎もHOYO AC ELAN大分へ移籍をはじめ、麻生耕平と花渕修平が退団。 遠藤大志はGKコーチ専任となった。

2012年はコーチだった石川雅人が監督に昇格。現役を引退しばかりの本多がコーチ就任した。またベガルタ仙台から大久保が2年ぶりに復帰をはじめ、ジェフリザーブズから瀧本雄太アルテ高崎から山藤健太布施有太を獲得したが、新卒で加入した選手がJFL加盟後初めて1人もいなかった。開幕2連敗したもののその後はリーグ2位タイの失点数もあり、守り勝ちする試合で勝ち点を積み重ねた。しかしリーグワーストの27得点を示すように年間通じて決定力不足に悩まされ、特にリーグ後半は決定力不足が顕著になり、8月以降複数得点する試合が1試合もなく、最後は10試合連続未勝利・4試合連続完封負けでリーグ戦を終えた。シーズン終了後に橋本尚樹斎藤雅也門馬匡史山内達夫の4選手が社業専念で現役引退となった(山内は後にサウルコス福井へ移籍した)。

2013年SAGAWA SHIGA FCより中村元を、新卒で松岡祐介荻原健太不老祐介をそれぞれ獲得した。またGK金子進が長期離脱の怪我を負ってしまったため3月にベガルタ仙台から石川慧を急遽レンタル移籍で獲得した。8月にリーグ戦で12得点した大久保がモンテディオ山形へ完全移籍した。大久保が抜けてからは決定力不足に陥ったものの、最終的には9位でシーズンを終えた。シーズン終了後に谷池洋平と東北リーグ時代からの唯一ソニー仙台に所属していた千葉雅人が現役引退した。また山藤健太がツエーゲン金沢へ移籍。石川慧はベガルタ仙台に戻った。

2014年は川口大紀、吉田吏玖、細見諒、田中豪紀、内野裕太の大卒選手を大量に加入した。

逸話[編集]

  • 現在ガンバ大阪に在籍している日本代表DF今野泰幸は、2000年に本人の地元でもあるソニー仙台FCへの入部が内定していたが、当時ソニー仙台FCとコンサドーレ札幌が練習試合を行った際、ソニー仙台FCの練習生として参加していた今野のプレーに当時、札幌監督だった岡田武史が目を付け、急転札幌の練習に参加してプロ入りに至った。
  • 2010年天皇杯の2回戦にてベガルタ仙台との12年ぶり3回目の「仙台ダービー」が実現、延長の末ダービー戦初勝利を上げ、3回戦へ進出した。この年の天皇杯は1回戦の2日後に2回戦が行われるという過密日程であった。その上、1回戦に勝ったチームの相手は全て大会シードのJリーグチームであるという、アマチュアチームにとって大きなコンディション差を強いられたトーナメント設定であった。更に1回戦の福島ユナイテッドFC戦では延長を含む120分間の試合を行っており、不利な状況であったにも関わらず、選手は相手に引けを取らない動きを見せ、延長後半、途中出場の桐田英樹大瀧義史からの浮いたパスを頭で合わせて、決勝点を挙げた。

成績[編集]

年度 所属 監督 試合 勝点 得点 失点 得失 順位 天皇杯 チーム
1995 東北社会人 佐藤健 14 22 10 2 2 29 18 +11 優勝 地区予選敗退 8
1996 14 23 11 1 2 47 16 +31 優勝 2回戦敗退 8
1997 14 39 13 0 1 57 13 +44 優勝 県予選敗退 8
1998 旧JFL 30 23 8(1) - 22 42 71 -29 13位 2回戦敗退 16
1999 JFL 長澤和明 24 26 9(2) 1 14 29 42 -13 5位 3回戦敗退 8
2000 22 37 13(2) - 9 (2) 51 37 +14 5位 1回戦敗退 12
2001 30 32 9 5 16 42 63 -21 14位 1回戦敗退 16
吉田暢
2002 17 30 8 6 3 25 16 +9 4位 1回戦敗退 18
2003 30 45 13 6 11 46 44 +2 9位 1回戦敗退 16
2004 佐藤英二 30 47 13 8 9 50 42 +8 6位 3回戦敗退 16
2005 30 50 15 5 10 48 37 +11 8位 県予選敗退 16
2006 34 37 10 7 17 48 65 -17 9位 1回戦敗退 18
2007 34 44 13 5 16 46 59 -13 11位 2回戦敗退 18
2008 田端秀規 34 49 15 4 15 53 42 +11 9位 3回戦敗退 18
2009 34 59 17 8 9 49 30 +19 3位 2回戦敗退 18
2010 34 42 11 9 14 34 42 -8 14位 3回戦敗退 18
2011 17[3] 16 3 7 7 14 24 -10 18位 2回戦敗退 18
2012 石川雅人 32 39 9 12 11 27 29 -2 12位 2回戦敗退 17
2013 34 50 12 14 8 33 34 -1 9位 2回戦敗退 18
2014 26 3回戦敗退 14 
  • 1998年から2000年の( )内は延長戦を示す。

表彰[編集]

  • JFLベストイレブン
    • 2000年 - 田端秀規
    • 2002年 - 高田昌明
  • 特別賞
    • 2013年 - 千葉雅人

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) 水色
FP(2nd)
GK(1st)
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

ユニフォームサプライヤ[編集]

ユニフォームスポンサー[編集]

[編集]

  • ソニー (ソニー仙台TEC) (1998年~)

背中[編集]

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パンツ[編集]

  • SONY α (2013年~)

練習場[編集]

  • ソニー仙台テクノロジーセンターグラウンド(宮城県多賀城市高橋4丁目6-1(秀光中等教育学校北側))

応援歌[編集]

その他[編集]

関連項目[編集]

注釈[編集]

脚注
  1. ^ なお、開催が後期1節以降にずれ込んだJFL前期第1節から前期第6節までの6試合については「2011 JFL 東日本大震災 災害復興支援試合」として行われ、この6試合はリーグ戦の成績には含まれないこととなった[1]。但し、ソニー仙台は地域リーグへの降格・入れ替え戦に出場するチームの決定方法にのみこの6試合の成績を加える[2]
出典
  1. ^ ソニー仙台FCの今季活動ならびに第13回JFL大会方式について JFLオフィシャルWebサイト、2011.05.13
  2. ^ 第13回 日本フットボールリーグ(2011)大会方式 JFLオフィシャルWebサイト、2011.12.05
  3. ^ 後期からの参加で災害復興支援試合は含めない。

外部リンク[編集]