携帯型ゲーム
携帯型ゲーム(けいたいがたゲーム)
- コンシューマーゲームのうち、携帯可能なサイズに小型化されたゲーム機および専用ゲームソフト。またはその市場全般を指す分類。携帯電話ゲーム、モバイルゲームは含まれないことが多い。ソフト内蔵型のいわゆる電子ゲームは「含む」「含まない」に別れる場合もある。携帯用ゲームともいう[1]。本項ではこれを詳述する。
- 携帯可能なサイズの、コンピュータゲーム以外のゲームの道具、およびそれを用いた遊び。トランプ遊びや携帯用サイズに縮小された将棋やオセロなど、かつてのエポック社「ミニゲーム」・トミー「ポケットメイト」などが該当する。
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[編集] 特徴と傾向
以下に、携帯ゲーム機に多く見られる特徴・傾向を列記する。コンピュータゲームを考察する上で、テレビを使用した据え置き型のテレビゲームと対比させられることがある。
- 携帯用途のためゲーム機本体が小型で持ち運びしやすい。自宅だけでなく外出先でも容易に利用できる。
- ゲーム機に表示装置が内蔵されている。もっぱら液晶ディスプレイが用いられる(PSPのうち、PSP-2000/PSP-3000型およびPSP goはテレビに接続し、映像を出力させることもできる)。
- コントローラがゲーム機本体に一体化している。
- ゲーム機の電源は電池。初期の小型機ではボタン型電池または乾電池が主流であったが、性能の向上による消費電力の増大で通常の電池では賄いきれなくなったため、2000年代以降は専用のバッテリー(リチウムイオン二次電池)を用いるのが主流となった(機種によって、バッテリーが容易に交換できないのもある)。
- ゲームソフトのメディアはROMカートリッジを用いるものが多い(UMDを採用しているPSPは例外)。ソフトがハードに内蔵されて取り替えられなかったりデータ転送で外部から読み込むなど、本体がメディアを兼ねるものもある。
- ゲーム機本体およびソフトが、同時期に発売されたテレビゲーム機と比較すると安価なものが多い。
- 消費電力の少ない電子部品を使用している。そのため同時期のテレビゲーム機と比較すると性能は劣る。しかし近年、その差は以前よりは縮まっている。
- ちょっとした時間に遊ぶことが多いため、ゲームのルールや操作方法がすぐに理解できるゲームソフトが比較的多い。
- テレビゲームは家族と共同で所有しているケースも多いが、携帯型ゲームはゲーム機・ソフトともたいてい一人で専有している。
- 個人でのゲーム機本体やソフトウェアの専有意識があることから、通信機能を利用し通信対戦やキャラクターの交換などにより他者とのコミュニケーションをとることのできる機能を盛り込んだソフトも多い。
[編集] 利用者
利用者は、パソコンゲームやテレビゲームと携帯型ゲーム機とでは必ずしも一致しない。前者は男子学生や長年ゲームに親しんでいる熟練ユーザーにある程度偏っているが後者はゲーム以外にも動画、静止画鑑賞・電子ブックリーダー・インターネット閲覧端末としても使用できるため主婦、会社員なども含めた幅広いユーザーが存在する。 利用者に積極的な使用を促さない受動的な内容の物と積極的に使用する事を求める能動的な物とでは、その在り様の差から利用者に一定の違いが見られる。また、一人で遊ぶ内容かそれともコミュニケーションツールとして利用できるかによっても利用者は異なる。
[編集] 発展の歴史
携帯型ゲームは、ハードウェアと密接に関係して発展してきた。
1976年にアメリカにおいてマテルが『Mattel Auto Race』を発売。これが世界初の携帯型電子ゲーム機とされる。同社が翌1977年に発売した『Mattel Football』はヒット商品となり、各社から様々な製品が登場した。その一部は日本にも輸入された他、日本国産のものも各種登場した。そして、1980年に発売された任天堂の「ゲーム&ウオッチ」シリーズは日本国内1,300万台と大ヒット商品となった。[2]
当時の携帯型ゲームはゲームソフト自体が本体の内蔵部品に書き込まれているため、別のゲームソフトが必要になったときには本体も含めて新しいものを購入しなければならなかった。また表示装置も登場人物などの形状の点滅箇所があらかじめ決められている程度の、今から見ればごく簡易的なものだった。その後10年ほどは電子ゲームと呼ばれる、このようなタイプの携帯型ゲームが主流だった。
その流れは、1989年に任天堂が発売した「ゲームボーイ」によって大きく変わる。当時普及していたテレビゲーム機・ファミリーコンピュータと同様にゲームソフトを記憶したカートリッジを交換して使用でき、液晶も縦横に点を配列した方式のものを採用したことによりさまざまなゲームを遊ぶことを可能にした。現在の携帯型ゲームの原点である。この機種は、安価な本体価格の設定と、熱中度の高いゲームソフト『テトリス』の効果で売り切れが続出するほど爆発的にヒットした。[2]
同年には米Atariから「Atari Lynx」が、翌1990年にはセガから「ゲームギア」、NECホームエレクトロニクスから「PCエンジンGT」と携帯型ゲーム機が続々と発売された。いずれもカラー液晶画面を搭載し、性能でもゲームボーイに勝っていたが、本体価格の高さ、バッテリーの持ちの悪さ、対応ソフトの不足や偏りなどの要因により牙城を崩すに至らず姿を消していった。
ゲームボーイの普及はそこそこの性能で安価・軽量であり、また乱暴に扱われがちな携帯機器(児童向け玩具)にあって足元に落下させた程度では簡単には破損しない丈夫さが愛好者を増やした要因にもなっている。特に対応ソフトウェアの幅広さに加え、電池切れを余り気にせず何処でもすぐに利用できた点でも同機種は長く愛好された。
その後、携帯型ゲームの所持者からはカラー液晶ディスプレーを搭載し、なおかつ電池の持続時間の長い次世代の携帯型ゲーム機を望む声も徐々に増えてくるが、これらの要求を満足する携帯型ゲーム機はこの年代には発売されなかった。液晶ディスプレイの技術が発展途上にあり、価格と携帯性の両立が困難だったためである。そのため、任天堂はゲームボーイの液晶画面のカラー化は時期尚早と判断し、当面の解決策として「スーパーゲームボーイ」を発売している。これは、スーパーファミコンを利用してゲームボーイのゲーム画面をテレビに表示させる形式を取ることで、当時のカラー液晶画面が抱えていた欠点の改善を図ったものである。
また単価の安い携帯ゲーム機ソフトはメーカーにとって利幅も小さく、開発コストや期間を抑えることが要求された。そのため、ヒット作の後追いの安直な企画[3]や、明らかに練られていない作りのソフトの粗製濫造状態を経て次第にユーザーに飽きられていく。折りしも当時は据置型ゲーム機の世代交代期であり、ROMカートリッジに比べて割安であるCD-ROMを採用したソニー・コンピュータエンタテインメントの「プレイステーション」やセガの「セガサターン」といった次世代機に世間の耳目は傾いてしまい、一時はゲームボーイも市場から姿を消す寸前までになる。
そんな状況に陥りつつあった1996年、携帯型ゲーム市場に新たなヒット商品が誕生する。バンダイの『たまごっち』、さまざまなメーカーから発売されたいわゆる「ミニテトリス」といったキーホルダー大の商品である。特にたまごっちは今まではゲームとは縁の遠い存在だった10代の女性を中心に大ヒット。社会現象にまで発展した。愛らしいキャラクター、とても小さくどこへでも携帯可能であったこと、カラフルな本体デザインなどが支持を集めた理由であった。その後もハドソンの『てくてくエンジェル』、任天堂の『ポケットピカチュウ』を初めとする万歩計ゲーム、SCEの「ポケットステーション」等のテレビゲーム用の記録メディアに小型の液晶ディスプレーをつけたものなどが発売された。
1996年はカートリッジを交換するタイプの携帯型ゲーム機にとっても大きな年となった。任天堂はこの年『ポケットモンスター 赤・緑』を発売。次第に小学生を中心に広がり、ゲームソフトの売り上げランキングで1年以上にわたり上位にランクインし続ける大ヒットとなる。それをきっかけにゲームボーイ市場は活気を取り戻し『マリオのピクロス』等のスマッシュヒット、「ゲームボーイポケット」の発売にも支えられ息を吹き返す。1998年にはカラー液晶ディスプレー搭載モデル「ゲームボーイカラー」を発売する。
1998年10月にはSNKより「ネオジオポケット」、1999年3月にはバンダイの「ワンダースワン」などの高性能のライバル機も発売され、任天堂の独占状態となりつつあったカートリッジ式の携帯型ゲーム機市場に競争が起こった。携帯型ゲームと据置ゲームのデータ連動を実現させる64GBパック、携帯電話と接続したネットワークサービスを受けられるモバイルアダプタGBなど従来にはnかった遊び方も示されるようになった。
2001年、任天堂はゲームボーイの後継モデル「ゲームボーイアドバンス」を発売。性能はファミコン並みから一気に向上、スーパーファミコンと比較しても見劣りしない作品が作られた。そのため、他社の携帯型ゲーム機は市場から姿を消すこととなった。また、2003年2月には上位モデル「ゲームボーイアドバンスSP」を発売している。
ゲームボーイアドバンスにはファミリーコンピュータ、スーパーファミコンからのリメイク・続編が多く発売されている。2004年にはファミリーコンピュータの初期の作品をゲームボーイアドバンスに移植したファミコンミニシリーズも登場した。また、GBAケーブルで繋ぐことで任天堂のテレビゲーム機ニンテンドーゲームキューブの操作用コントローラーとしてゲームボーイアドバンスを利用するタイプのテレビゲームの試みも行われている。
2004年年末には、任天堂より「ニンテンドーDS」、SCEより「プレイステーション・ポータブル」が相次いで発売され、特にニンテンドーDSは新規性のあるコンセプトが世代や性別を越えて人気を集めた。日本国内では、これらの機種の普及により、コンシューマーゲーム市場の中心が据え置き型ゲームから携帯型ゲームへと徐々に移行を見せ始めた。
[編集] 携帯型ゲーム機年表(日本メーカー)
- 1980年 - ゲーム&ウオッチ(任天堂)
- 1985年 - ゲームポケコン(エポック社)
- 1989年 - ゲームボーイ(任天堂)
- 1990年
- 1996年 - ゲームボーイポケット(任天堂)
- 1998年
- 1999年
- ネオジオポケットカラー(SNK)
- ワンダースワン(バンダイ)
- 2000年 - ワンダースワンカラー(バンダイ)
- 2001年 - ゲームボーイアドバンス(任天堂)
- 2002年 - スワンクリスタル(バンダイ)
- 2003年 - ゲームボーイアドバンスSP(任天堂)
- 2004年
- プレイステーション・ポータブル(ソニー・コンピュータエンタテインメント)
- ニンテンドーDS(任天堂)
- 2005年 - ゲームボーイミクロ(任天堂)
- 2006年 - ニンテンドーDS Lite(任天堂)
- 2008年 - ニンテンドーDSi(任天堂)
- 2009年
- プレイステーション・ポータブル go(ソニー・コンピュータエンタテインメント)
- ニンテンドーDSi LL(任天堂)
- 2011年
- ニンテンドー3DS(任天堂)
- プレイステーション・ヴィータ(ソニー・コンピュータエンタテインメント)
[編集] 脚注
- ^ 「コンピュータ・ゲーム」 Yahoo!百科事典(日本大百科全書)、2010年10月30日閲覧。
- ^ a b 日本貿易振興機構 - 日本のテレビゲーム産業の動向(PDF)
- ^ 特に『テトリス』のヒット直後は、パズルや落ちゲーばかりだった
[編集] 関連項目
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