電子ゲーム

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電子ゲームでんしゲーム


ゲーム&ウオッチ・ボール
電子ゲームの、最初期のタイプである。

電子ゲーム(でんしゲーム)とは内蔵された大規模集積回路(LSI)チップによって制御される携帯型のゲーム機で、液晶画面(LCD)を見ながら操作ボタンを押して遊ぶ玩具である。電子LSIゲームLSIゲームとも呼ばれる。一部の商品ではLSIゲームよりも小型なものをLCDゲームと呼んでいるが、通常は液晶画面を持たないものはLCDゲームの範疇には含まれない。

概要[編集]

非常に安価である。ソフトウェアが内蔵された電子回路と一体になっているため、ソフトウェアを交換して別のゲームで遊ぶ事は出来ない。卓上時計や電卓などの付加価値機能として、これら電子ゲーム様の機能を持つ機器もある。また同時期には真空管の一種である蛍光表示管(FL管)を使ったFLゲームも発売された。やや大型で消費電力も大きく高価だったものの色彩豊かな表示と見やすい画面を特徴としており、これらFLゲームも電子ゲームと呼ばれた。

電子ゲームのうち、液晶画面を使ったものは以下の特徴を備えている。

  • コンパクトで、ポケットに収まる。
  • 消費電力が小さく、ボタン電池で1ヶ月以上は遊べる。
  • 多くはモノクロ液晶で画面表示。後にカラーの物も開発・発売された。
  • 数千円前後、ものによっては数百円程度と安価である。
  • 内蔵されたソフトウェアは取り出したり、他のソフトウェアと交換できない。
  • 電子ブザーで音は出せるが、複雑なメロディを奏でる事は出来ない。ただし、ビーマニポケットシリーズなどのように、サンプリング音源を駆使して3パート以上のメロディを奏でているものも存在する。

なお登場初期の液晶画面は現在の液晶ディスプレイに用いられるマトリックス表示ではなく、今日でも電卓で使われる7セグメントディスプレイのように表示の絵柄があらかじめ固定されその絵柄表示/非表示でゲームを表現していた。

歴史[編集]

電子ゲームが市場に出現した経緯は、1970年代半ばにゲームセンターでのビデオゲームの出現が引き起こした、爆発的なコンピュータゲームブームに起源を持つ。ブロック崩しやカーレース・風船割りといった素朴な内容のコンピュータゲームが出始めた頃、それを模したような電動の玩具が一般向けに発売され始めた。ただしこれらは模型用の小型モーターや絵を印刷したプラスチックフィルムなどを使用したものであり、電子的な制御機構をもたないため電子ゲームのジャンルには入らない。これらは初期のエレメカのように、電気接点や歯車・カムといった機械要素によって動作していた。

Mattel Auto Race(1976)
並んで取り付けられたLEDを表示機能とする素朴な電子機器でスイッチの切り替えで自車の位置(走行車線)とギア(画面の変化速度)を切り替え、他の車に接触せず追い抜いていく内容。

1976年アメリカマテルが『Mattel Auto Race』を発売。これが世界初の携帯型電子ゲーム機とされる。同社が翌1977年に発売した『Mattel Football』はヒット商品となり、その後1980年代初頭にかけ各社から様々な製品が登場した。

日本では1978年タイトーの『スペースインベーダー』がゲームセンターに登場したことにより、家庭でもこのゲームができないだろうかという需要が発生した。同ゲームに関しては、こういった家庭向け・個人向けニーズに絡んで様々な現象が発生している(スペースインベーダーの項を参照)。

家庭向けの電子的なゲームとしては、1978年米澤玩具が『サイモン』(アメリカ製)を日本で販売している。このゲームは豆電球の点滅を電子制御することでゲームとしての機能を実現したが、専らモグラ叩きの延長的な単純なものである。バンダイからは『チャンピオンレーサー』や『サブマリン』などの、発光ダイオード(LED)を使用する電子ゲームが発売されている。トミーから『ミサイル遊撃作戦』が発売、この辺りが日本国内初のLSIゲームとされる。なお、ミサイル遊撃作戦はFL管を使用したゲームとしては世界初である。その後『スペースインベーダー』を模したLSIゲームが雨後の筍の如く各社から発売され、電子ゲームは一気に玩具業界の一角を占めるまでになった。

中小メーカーからもこれに追従する形で様々な製品が発売されている。バンダイの『ミサイルベーダー』や『スーパーミサイルベーダー』、エポック社の『デジコムベーダー』、学研の『インベーダー』、シンセイ(新正工業)の『ゲキメツ(撃滅)インベーダー』など「インベーダーゲーム」だけでも十数種類以上数社から発売されている。

この当時、ゲームセンターで人気を誇ったビデオゲームを模した電子ゲームも多数発売されている。バンダイの『クレイジークライミング』(クレイジー・クライマーのライセンス作品)、トミーの『パックマン』、学研の『平安京エイリアン』など様々な製品が登場した。

1980年には任天堂の『ゲーム&ウオッチ』シリーズが発売され、一頃は社会現象にまでなった。その後はロムカセットでゲームの交換が可能なコンシューマーゲームの発達に伴い、LEDやFLを使用したLSIゲームは徐々に衰退して行き、日本でのFLゲームの販売は1985年8月に発売された『スペースハリケーン』を最後に太く短い歴史の幕を閉じた。アメリカでもこの時期が電子ゲーム市場の衰退末期にあたり、1982年発売されたLED・カセット式「アドベンチャービジョン」などは流通量の希少さから、今やマニア間で高値売買されている。

しかし小型で安価かつ単純な液晶画面を使用した電子ゲームはその後も「安価である」という一点を以て生き残っている。これらでは『CUBE WORLD』のような「インテリア的な、ゲーム機能もある何か」や、『デジリーマン』のように「大人のための(息抜き)玩具」に変化したものもみられる。

社会現象[編集]

1970年代後半に登場して最初のブームが訪れて以来、幾度か流行り廃りを繰り返している。その背景には常に「ゲームボーイ」を始めとするカートリッジの交換が可能な、より上位の携帯型ゲームの存在がある。

1970年代
1970年代後半、ゲームセンターでのビデオゲームの進出に併せICやLSI等の集積回路は製造技術の発達(→歩留まりの向上)も伴い急速な価格下落と性能向上によって玩具への転用が可能になった。こうしてLEDとFL管を用いた電子ゲームが登場した。ただFL管を使用したものは消費電力が大きく、また当時の半導体は省電力化がまだ行われておらず大量の電力を必要としていたことや、乾電池の性能の低さもあって動作時間が極端に短く連続で数時間も遊べないものも多かった。また戸外での使用を前提としておらず、輝度の低さから直射日光のもとでは表示が見えなかった。その辺りの事情が、後のLCDを用いたゲーム&ウオッチの爆発的ヒットに繋がって行った。
1980年代
任天堂ゲーム&ウオッチの爆発的なヒットにより、様々なメーカーが参入した。この時期、同ゲーム機を学校に持ってくる児童は後を絶たず、ゲーム機の盗難や貸し借りにまつわる破損などのトラブルが急増。ついには「学校持ち込み禁止令」が出るなどした。また当時の児童が持つ金銭水準から見てこれら電子ゲーム機が些か高価で、同時期に玩具店では店頭展示のゲーム機が盗難に遭うなどの被害が急増し補導者が多数出るなどの問題も取り沙汰され電子ゲーム機の販売自体が芳しくない社会現象として扱われた。その後のLSI高度化に伴う処理機能の汎用化で、ロムカートリッジにより複数のゲームソフトが使える携帯ゲーム機の登場に押されて次第に市場から姿を消していった。
1990年代
1991年バーコードの付いたカードを読み取る電子ゲーム機・バーコードバトラーが発売。1996年から、『テトリン55』を始めとする『テトリス』をモチーフとした小型サイズのキーチェーンゲームがブームとなった。同年秋、バンダイが従来の電子ゲームとは一線を画す育成ゲーム『たまごっち』を発売。当初はマイナー商品として細々と売られていたが次第に口コミで流行して同年末には「幻の商品」と化し、最終的に日本国内外で累計4000万個を売り上げるオバケ商品となった。最盛期には生産が間に合わず、プレミアム価格で定価の数倍という高値がついたりリバースエンジニアリングによって内蔵ソフトウェアまでもをコピーしたコピー商品が多数出回り、露天商が路上販売していて摘発されるなどの混乱を招いた。この時期の電子ゲームのブーム自体は1998年になるころには沈静化し「ゲームボーイカラー」や「ゲームボーイアドバンス」に移行していくこととなった。2001年からはiアプリを初めとした携帯電話でゲームが出来る環境が登場し、急速に普及、定着していった。
2000年代
2004年に『たまごっち』の新シリーズが発売され、初期のブームを知らない低年齢層の女児を中心に第2次ブームを起こしている。1990年代に流行ったようなキーチェーンゲームなども再び見かけるようになり、携帯電話でゲームをすることができない低年齢層を中心に静かに流行している。

その他[編集]

基本的に1つの電子ゲーム機で遊べるゲームは一種類。いくつかのバリエーションで「数種類のゲームが遊べる」とする物もある。通常のテレビゲームと比較すると生産が早く流行すると爆発的に売れるが、単一の商品としては飽きられるのも早い。ソフトウェア交換可能なゲーム機のように中古市場も形成されていないため、過去のゲーム機を入手するのは比較的困難である。

ゲームのジャンルはアクションゲームパズルゲームが代表的である。今日では『たまごっち』に代表される、プレイヤーといつでも一緒にいる事を前面に押し出した物や、ロッドを振ったりリールを巻き取る釣りゲーム、あるいは歩数計と一体化したものなど、専用のハードウェアが必要な物も登場している。さらには任天堂の『ポケモンミニ』のように、ロムカセット交換により複数のゲームが遊べる電子ゲームも登場するなどの多様化を見せている。その他、1000円未満の安価なキーチェーン型の小型ゲーム機も多数販売されている。

また古くから存在した、ケーブル接続による多人数プレイが可能な野心的な商品に代わり、赤外線によるワイヤレス通信で新しい遊びを提案する物も発売されている。これは、赤外線通信モジュールの高密度パッケージが部品として供給されている事も理由である。

液晶電卓と同程度の製造技術・設備で生産できるため、玩具メーカーや家電メーカー、更には電卓や時計のメーカーといった非常に多くのメーカーが参入した。ブーム最盛期には玩具店や時計店、文具店といった一般小売店の一角に商品が積み上げられた。

消費電力が小さい事から、太陽電池で動く種類の物も発売された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]