コンピュータゲームの歴史

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コンピュータゲームの歴史(コンピュータゲームのれきし)は、これまでのコンピュータゲーム関連の主な出来事。

※「 」はハード名、『 』はゲーム名及び雑誌名を表す。

黎明[編集]

1840年代
  • イギリス数学者チャールズ・バベッジは、機械にゲームを行わせることに興味を持ち、解析エンジン(コンピュータ)を考えた。ただし、チェスの場合は組合せが膨大になることから成功しなかった。
1912年
  • スペインの技術者レオナルド・トーレス・ケベードは、歴史上最初のコンピュータゲームと呼ばれるチェス機械、エル・アヘドレシスタを作成した[1]。この機械はチェスの終盤のみを扱い白のキングとルークで人間側の黒のキングを詰ませようとするもので、内部の電気機械的な装置により盤面の状況を判断し駒の動きを決めることができ、人間側のキングの最初の位置がどこであってもチェックメイトすることができた。
1946年
1950年代前半
  • Whirlwindで、「バウンシング・ボール(Bouncing Ball)」というゲームが動いていたとされ、何らかの形でコンピュータによるゲームが作られた最古の記録と言われる。ただし、ゲームではなくボールがバウンドする様子を再現した一種のデモプログラムだったとする説もある。
1952年
  • ケンブリッジ大学EDSACで、同大学の大学院生であったアレキサンダー・ダグラスは、ディスプレイ画面を介してコンピュータと対戦する三目並べの 『OXO』 というプログラムを作成した(「Graphic Tic Tac Toe」とも呼ばれた)。EDSACシミュレータにより、現代でも動作可能である。ゲーム画面の記録が残っている初のビデオゲームとされる。
1958年
1962年
1966年
  • ラルフ・ベアがそれまで特殊なディスプレイ装置にしか表示出来なかったゲーム映像を、家庭用のテレビ受像機に表示するアイデアを思いつく。彼は所属していたサンダース・アソシエイツ社にて試作品を作り始め、数種類の試作機を完成させる。数年後、同社から世界初の家庭用ゲーム機に関する特許の申請が行われた。
1969年
  • ベアが一般的なテレビ受像機に接続して数種類のゲームが遊べる「ブラウンボックス」を完成させるが製品化には至らなかった。

1970年代[編集]

1971年
1972年
  • ラルフ・ベアがマグナボックス社から世界初の家庭用ゲーム機オデッセイ」を発売。
  • ブッシュネルは「オデッセイ」に感銘を受けて5月にアタリ社を創業し、「オデッセイ」のテーブルテニスをヒントにした『PONG』を11月に発売。商業的に成功した最初のゲーム。
1973年
1974年
  • Spasim』 - ワイヤーフレーム表示の宇宙戦3Dシューティング。32人同時の通信対戦をサポート。
  • タイトー『スペースレース』 - 日本初のテレビゲーム式レースゲーム。
1975年
1976年
1977年
  • アタリ、「Atari 2600(ATARI VCS)」を発売。最終的に米国全世帯の1/3を席巻する人気商品となる。
  • 任天堂初の家庭用ゲーム機「テレビゲーム15(テレビゲーム6)」が発売。
1978年
  • 7月 - タイトー『スペースインベーダー』。全国各地にインベーダーハウスやインベーダー喫茶が乱立するなど大きな社会現象をまき起こしたが、一方で青少年のインベーダーをはじめとするゲームにまつわる非行・犯罪の増加やコピーゲームなどの違法行為が問題視され、ブームは1年ほどで終息した。
1979年
  • 10月1日 - アクティビジョン設立。ゲーム機史上初のサードパーティとしてゲームソフトを開発・販売した企業。
  • 11月 - ナムコギャラクシアン』。『スペースインベーダー』の人気が一段落した頃にポストインベーダーとして開発された。敵の動きがキャラクター付けされているなど、『スペースインベーダー』を発展させたゲーム内容で大ブームになる。
  • 電気音響平安京エイリアン』。「東大生が製作したゲーム」というふれこみでマスコミにも取り上げられ、話題となる。

1980年代[編集]

1980年
1981年
1982年
  • 6月3日 - 「ゲーム&ウオッチ」版『ドンキーコング』。LSIゲームの最多売上を記録。
  • 8月 - コモドールコモドール64」。優れた性能と高いコストパフォーマンスを誇るホビーパソコン。ゲームユーザーをターゲットにしたマーケッティング戦略により家庭用ゲーム機のシェアを奪い、アタリショックの要因のひとつとなった。
  • 12月 - シンキングラビット倉庫番』。パズルゲーム
  • 12月6日 - タイトーが『スペースインベーダー パートII』の無断コピーをめぐり起こした訴訟において、東京地裁がコンピュータプログラムを著作権法上保護されるべき著作物として認める判決(「スペースインベーダー パートII事件」)。
  • E.T.』。史上最低のゲームとして名高い。高額のライセンス料・大量の売れ残り在庫により、アタリに大きな経済的損失を与え、翌1983年にアタリは赤字に転落、1984年には分割・売却されたため、ゲーム市場全体が停滞した。
  • アタリ「Atari 5200」。「Atari 2600」の後継機。高性能でソフトのクオリティも高かったが2600との互換性は持たず、アタリは5200の発売後も5200より2600に注力したこともあって失敗に終わった。
  • コレコColecoVision」。『ドンキーコング』のアーケード版にほぼ忠実な移植を実現するなど、当時としては高性能を誇った。このハードは1984年に生産終了となったものの、発売からそれまでの短い期間中に600万台以上を売り上げた。
1983年
1984年
1985年
1986年
1987年
  • 1月26日 - エニックス『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』。前作の人気を受けて発売前から大きな話題を呼び、発売日には全国の販売店に本作を求めて行列するファンの姿も多く見られた。こうした熱狂は一部のマニアだけのものではない社会現象として多くのマスメディアで取り上げられ、それまで単なるおもちゃとしか見られていなかったテレビゲームに一般の関心を集める役割を果たした。その一方で、本作を買い求めるために学生が学校を休むことや、売れないソフトなどを本作と一緒に販売する抱き合わせ商法が問題となった。
  • 6月21日 - 日本ファルコム『イース』。理不尽な謎と高い難易度の作品ばかりだった当時のPCゲーム市場で、絶妙なゲームバランスを売りにヒットした。
  • 7月13日 - コナミ『メタルギア』。ステルスゲームを広く普及させた作品とされる。後年『メタルギアソリッド』シリーズとして世界的に有名となる。
  • 9月11日 - ナムコ『デジタル・デビル物語 女神転生』。後の『女神転生シリーズ』にも多く受け継がれることになる「仲魔」、「悪魔合体」などの独特のシステムや世界観を持つ3DRPG。開発は後にシリーズを自社販売することになるアトラス
  • 10月30日 - NECホームエレクトロニクスPCエンジン」。CPUの処理速度、グラフィック美しさや迫力のあるサウンドなど、当時の常識を覆す高速・高性能を実現した。
  • 11月21日 - T&E SOFTハイドライド3 THE SPACE MEMORIES』。ゲーム内に仮想世界を構築するために時間の概念、重さの概念、食事・睡眠の概念、貨幣の概念など革新的な要素を取り入れた アクションロールプレイングゲーム
  • 12月18日 - スクウェアファイナルファンタジー』。スクウェア社の最後の作品となる予定だったソフトなので「ファイナル」と銘打たれたが、ヒット作となって後には世界的にも有名なシリーズとなり、同社は存続された。
  • ケスマイエア・ウォーリア』。娯楽用としては世界初のオンライン・フライトシミュレーションゲーム。運営会社が運用するサーバに接続してプレイするタイプであり、最初期のMMOゲームとも言える。日本では富士通により1992年から数年間に渡って運用された。
  • シャープ「X68000」。優れたAV能力によって業務用ゲームの高度な移植を可能とし、基板のセルフチェック動作までも再現する“完全移植”の概念を後に定着させた。
  • ドイツのメーカーRainbow ArtsThe Great Giana Sisters』(日本未発売)。あからさまな『スーパーマリオブラザーズ』の盗作でかつ同作を挑発するキャッチコピーだったため任天堂から訴訟が起きて発禁処分となる。後年、このゲームの開発者が欧米ゲーム市場における重鎮となったことから、欧米において伝説的なカルトゲームとなる。
1988年
1989年

1990年代[編集]

1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
  • 1月14日 - エニックスも『ドラゴンクエストVII』をPlayStationで発売することを発表。
  • 1月31日 - スクウェア『ファイナルファンタジーVII』。それまでのRPGの常識を覆したフルポリゴンRPG。PlayStationで発売されたことによって、それまで売り上げが均衡していたセガサターンとの差を大きく開くきっかけとなった。
  • 『ファイナルファンタジーVII』により「PlayStation」が次世代ハード戦争の覇者となる。また、同作品のようにフルポリゴン化された画面やCGムービーの挿入など高度な画像処理を前面に押し出し、ストーリー性などにも力を注いだた「重厚長大」な作品が人気となる。
  • 9月24日 - オリジン・システムズウルティマオンライン』。MMORPGとして初めての大ヒット作。
  • 9月30日 - ローソン任天堂が日本国内のローソン店頭でのゲームソフトデータ販売サービス「ニンテンドウパワー」を開始。当初はスーパーファミコン用ソフトがサービス対象、2000年3月1日にはゲームボーイソフトも対象に。
  • 12月 - コナミ『beatmania』。音楽ゲームの先駆け。
  • セガとバンダイが合併し、新社名をセガバンダイとすると発表。しかし、後にこの計画は解消された。
1998年
1999年
  • 1月21日 - 任天堂『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』。高いキャラクター性と対戦ゲーム性を両立した作品として話題となる。
  • 2月11日 - スクウェア『ファイナルファンタジーVIII』。記録的な売り上げを達成し、スクウェアの経営方針転換のきっかけとなる。ただ「コンビニ限定販売」という流通方法に多くの課題も残した。
  • 3月4日 - バンダイ「ワンダースワン」発売。
  • 3月18日 - 『三國志III』のゲームデータ改造ツールを巡って争われた三国志III事件について、東京高裁は『三國志III』は著作権法上の「映画の著作物」に該当せず、そのゲームデータ改造ツールは著作権を侵害しないという判断を示す。[8]
  • 3月19日 - SNK「ネオジオポケットカラー」発売。
  • 4月27日 - 『ときめきメモリアル』の改造済みセーブデータの入ったメモリーカードの販売を巡って争われたときめきメモリアルメモリーカード事件について、大阪高裁は『ときめきメモリアル』は著作権法上の「映画の著作物」に該当し、その改造済みセーブデータの入ったメモリーカードの販売は著作権を侵害するという判断を示す。[9]
  • 7月15日 - スクウェア『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』。高い売上記録を残すが、スクウェア内部では上記の『ファイナルファンタジーVIII』と比較して少ない売上だったことが指摘され、前年発売の『ゼノギアス』製作スタッフなどとともに『ファイナルファンタジー』偏重の流れ(FFシフト)に反発した社員の集団退社が起こりはじめる。
  • 8月5日 - ナムコ『ソウルキャリバー』。アーケードゲームからの移植版としての制作期間が短かったにもかかわらず、ドリームキャストでも屈指の作品となり、海外でも売り上げを伸ばし、北米を中心に膨大な数の海外ユーザーを獲得。世界での総売り上げ本数が100万本に達した。
  • 9月 - 新声社倒産により、『ゲーメスト』廃刊。ゲーメストスタッフの一部により、アスキー(現:エンターブレイン)から『アルカディア』創刊。
  • 11月 - ナムコ、アーケードにて『ミスタードリラー』を発表。シンプルな原点回帰したゲームながらも好調な成績を収め、「軽薄短小」なシステムのゲームを見直すきっかけとなる。
  • 12月11日 - 任天堂『64DD』。
  • 日本コンピュータゲーム協会が発足。主にパソコン向けのコンピュータゲームを開発する企業による業界団体。

2000年代[編集]

2000年
2001年
  • 1月26日 - NTTドコモがJava機能「iアプリ」搭載携帯電話「503i」シリーズを発売。日本において携帯電話上で動作するコンピュータゲームの市場が生まれる。
  • 3月21日 - 任天堂「ゲームボーイアドバンス」。
  • 3月27日 - ゲームソフト販売店チェーン・カメレオンクラブを展開する株式会社上昇に中古ソフトの販売中止を要求したため権利不存在確認訴訟を起こされたエニックスに対し、東京高裁は控訴を棄却。[10]さらに3月29日にはカプコン、コナミ、スクウェア、ナムコ、ソニー・コンピュータエンタテインメント、セガの6社によるテレビゲームソフトウェア流通協会加盟会社への訴訟において、大阪高裁が小売側勝訴の判決を下す。[11]これらにより、日本における中古ゲームソフト売買が合法であるというコンセンサスが出来上がる。
  • 3月31日 - セガが「ドリームキャスト」の製造を打ち止めし、ハード事業から完全撤退。
  • 7月19日 - スクウェア『ファイナルファンタジーX』。
  • 8月1日 - 公正取引委員会がソニー・コンピュータエンタテイメントに対し、「PlayStation」ソフトウェア販売に関する独禁法違反(再販売価格維持)について排除措置命令を審決。[12]
  • 9月14日 - 任天堂「ニンテンドーゲームキューブ」。
  • 11月15日(日本は2002年2月22日、欧州は2002年3月14日) - マイクロソフトXbox」。Xbox Liveが開始。
  • ファイアーエムブレム』の類似作品であるとして任天堂より警告を受けていた発売予定ソフト『エムブレムサーガ』(当初名称)が『ティアリングサーガ』とタイトルを変えて発売されたことに対し、発売元であるエンターブレインなどを相手取り、任天堂などが著作権と不正競争防止法に関する訴訟を起こす。詳細はファイアーエムブレムを参照。
  • コナミによるプロ野球のゲーム化権利や音楽ゲームの特許の独占、他社製品名による登録商標の申請が問題となる。プロ野球のゲーム化権利については、他社製野球ゲームへの再許諾を遅延させるなどの行為が行われ、後に公正取引委員会より独占禁止法に基づく警告を受けた[13]
2002年
  • 2月 - 日本テレビゲーム商業組合結成。かねてより乱立状態にあったゲームソフト販売店関係団体の統合が果たされる。
  • 4月25日 - 最高裁が中古ゲームソフト売買を合法と判断。日本における中古ゲームソフトを巡るゲームソフトメーカーと小売業者間の法廷闘争が終結。[14]
  • 5月16日 - スクウェア『ファイナルファンタジーXI』サービス開始。コンシューマゲーム初の本格MMORPG。
  • 6月 - 日本においてコンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)が発足し、同年10月から活動を開始。これ以後の日本の家庭用ゲーム機用ソフトは対象年齢などのレイティング審査が課せられるようになる。
  • 7月 - ギリシャにおいて全てのコンピューターゲームの所持・利用を禁止する法律(ギリシャ法第3037号)が制定される(2004年廃止)。
  • 7月 - 森昭雄が『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版)を出版。
  • 7月12日 - バンダイ「スワンクリスタル」。
  • 11月21日 - 任天堂『ポケットモンスター ルビー・サファイア』。記録的な売り上げを出す。これを機に、ポケモンの関連商品の販売などを行う事業を『ポケモン』という略称をそのまま使って社名にし、分社化(株式会社ポケモン)。
  • 日本のゲーム市場が前年比で1000億円近い減収となり、日本における市場縮小が顕著化し始める(ゲーム離れ)。同時期の欧米市場は大規模な拡大を見せるとともに欧米製ソフトが市場に普及、日本の世界シェアが著しく低下する。
2003年
  • 1月21日 - セガ『甲虫王者ムシキング』。昆虫相撲トレーディングカードをゲームに取り入れ、子供達に人気を博した。
  • 2月14日 - 任天堂「ゲームボーイアドバンスSP」。
  • 3月13日 - スクウェア『ファイナルファンタジーX-2』。
  • スクウェアが任天堂との対立関係を解消する。同社は任天堂系ハードにおける、ソフト供給を再開する。
  • 4月1日 - スクウェアとエニックスが合併、スクウェア・エニックスとなる。
  • 4月 - 任天堂『MOTHER3』の開発中止を撤回。
  • 9月12日 - Valveが「Steam」クライアントの初版を公開。[15]当時のSteamはオンラインゲームの更新用プラットフォームであった。
  • 9月30日 - 任天堂、「ファミリーコンピュータ」「スーパーファミコン」の生産およびディスクカード書き換えサービスを終了。
  • 11月26日 - コンビニエンスストアへのゲーム流通を確立させたデジキューブが破産し、解散。デジキューブ出版部門の一部は、スクウェア・エニックス出版部門に、著作権とともに吸収される。
  • 汎欧州ゲーム情報(PEGI)が設立される。欧州におけるコンピュータゲームのレイティング審査機関。
  • 日本における市場規模が5000億円を下回る。
2004年
  • 2月14日 - 任天堂が、ファミコン生誕20周年企画として、『ファミコンミニ』シリーズ(過去の名作ファミコンソフト)をゲームボーイアドバンスで完全復刻。懐かしさから人気を呼ぶ。
  • E3にて任天堂がそれまでの非ゲームユーザーもターゲットとした新機軸の携帯ゲーム「ニンテンドーDS」を発表。同イベントにてソニー・コンピュータエンタテインメントは「PlayStation Portable」を発表し、任天堂のゲームボーイアドバンスの牙城に挑もうとする。
  • 9月21日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが「PlayStation Portable」の重大な発表をすることをこの日に予告。しかし同日に任天堂が対抗するような形で「ニンテンドーDS」の発売日と価格を発表し、ソニーの発表会は予定より遅れて開始され有耶無耶のまま終了する(空白の17分間)。
  • 10月1日 - セガサミーが経営統合、セガサミーホールディングス設立。
  • 11月21日(日本では12月2日発売) - 任天堂「ニンテンドーDS」。
  • 11月27日 - スクウェア・エニックス『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』。360万本を超える本数を販売、PlayStation 2用ソフトとして日本国内1位の記録を樹立。
  • 12月12日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Portable」(PSP)。DSとともに年末に発売され、携帯ゲーム機戦争として年末商戦の話題となる。ちなみにPSPは任天堂以外の他社製の携帯ゲーム機で最初から完全カラー表示となるのはゲームギアから約14年振りとなる(PCエンジンGTPCエンジンとの互換性があった。ネオジオポケットワンダースワンはどちら共に最初はモノクロ表示であったが、後にカラーとなってマイナーチェンジ版として発売をした)。
  • 12月16日 - ValveHalf-Life 2』。Steamを介してダウンロード販売が行われ、のちにSteamがゲーム配信プラットフォームとして成立する礎となる。
2005年
2006年
  • 3月2日 - 任天堂「ニンテンドーDS Lite」。
  • 3月16日 - スクウェア・エニックス『ファイナルファンタジーXII』。
  • 4月20日 - 任天堂『MOTHER3』。任天堂ゲームとしてでは発表から発売まで最も時間がかかったゲーム(約12年間)となる。(その次は『星のカービィ Wii』の約11年間。)シリーズ史上最高売上達成。
  • 5月15日(日本では5月25日発売) - 任天堂『New スーパーマリオブラザーズ』。マリオの2Dアクションは『スーパーマリオワールド』以来。
  • 携帯ゲーム機シェアが据置ゲーム機シェアを上回る。任天堂のハードシェアが50%を突破。
  • 11月11日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本・米国で「PlayStation 3」(PLAYSTATION 3)を発売。発売当初は品薄が続いた。PS3の発売に合わせ、PS3用オンラインサービス「PlayStation Network」(PLAYSTATION Network)も開始される。
  • 任天堂、ゲームボーイアドバンス及びゲームキューブのハード・ソフト開発が終了。
  • 11月19日(日本では12月2日発売) - 任天堂「Wii」。2006年末までの販売台数は98万9118台に達し、一気にライバル「PS3」を追い越す。
  • 12月12日 - スクウェア・エニックスが『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』をニンテンドーDSで発売することを発表。ドラクエのナンバリング作が約10年ぶりに任天堂プラットフォームに復帰。かつ、初の携帯ゲーム機進出。一部メディアが「ドラクエが任天堂に戻ってきた」と報じる。
  • 「ニンテンドーDS Lite」のハードおよびソフトが人気となり、長期・過度の品不足状態が続く。
2007年
  • PS3、1月初頭までに日本と米国でそれぞれ100万台出荷したが、「Wii」が発売されると高性能ゲーム機は一部のコアユーザーにしか受け入れられず需要が急落し品薄状態から一転、在庫を抱える店が増えた。一方「Wii」の品薄状態はこの後半年ほど続いた。なお旧型PS2にも販売台数が及ばない時期が続いた。
  • 2月22日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 2nd』。日本国内でPSP初のミリオンセラーを達成。2005年12月に発売されて以後売れ続けていた前作『モンスターハンター ポータブル』とともに日本におけるPSPへのカンフル剤となる。
  • 7月5日 - マイクロソフトが「Xbox 360」の不具合について、購入日からの無償保証期間を3年に延長。修理費用として10億5000万~11億5000万米ドルを2007年4月~6月期決算に計上した。[16]
  • 9月20日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PSP「PSP-2000」。発売から2ヶ月で100万台を達成。
  • 10月31日 - 任天堂の時価総額が10兆円突破し、日本3位(トヨタ三菱UFJ FGに続く)となった。DSとWiiの好調から。
  • 10月31日 - ファミリーコンピュータ、ディスクシステム、およびスーパーファミコンの修理サポート終了。
  • 12月1日 - 任天堂『Wii Fit』。
  • 12月2日 - アクティビジョンヴィヴェンディ・ゲームズが合併し、アクティビジョン・ブリザードが誕生。世界最大のゲームソフト会社となる。
  • ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)大手のFacebookがアプリケーション開発用のAPI「Facebook Platform」を提供。後の「ソーシャルゲーム」の基礎となる。
2008年
  • 1月22日 - 「Wii」の日本国内における累計販売台数が500万台を突破。PS2を抜き、家庭用ゲーム機最速の60週で達成。
  • 1月31日 - 任天堂『大乱闘スマッシュブラザーズX』。
  • 2月19日 - マイクロソフトインテルAMDNVIDIAによってPC Game Allianceが設立。
  • 3月25日 - Wiiオリジナルソフトオンライン販売『Wiiウェア』のサービス開始。
  • 3月27日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 2nd G』。わずか1ヶ月で200万本以上を売り上げ、後述の『モンスターハンターポータブル 3rd』発売までPSPで最も売れたソフトであった[17]
  • 4月10日 - 任天堂『マリオカートWii』。世界で最も売れたレースゲーム作品。
  • 7月11日 - アップル「App Store」開始。
  • 10月23日 - Google「Android Market」(現・Google Play)開始。
  • 10月16日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PSP「PSP-3000」。携帯機器でも最高クラスの液晶ディスプレイを搭載。
  • 11月1日 - 任天堂「ニンテンドーDSi」。画面を拡大、カメラ・SDカードスロット搭載。
  • 12月10日 - スクウェア・エニックスが『ドラゴンクエストX』をWiiで発売することを発表。異例の前作(『DQ9』)発売前の新作発表。
2009年
  • 3月6日 - 世界全体におけるニンテンドーDSシリーズの累計販売台数が1億台を突破。
  • 5月17日 - Mojang『Minecraft』クラシック版。
  • 6月3日 - E3にてPSPの新モデル「PlayStation Portable go」を発表。外見とともにUMDを廃止しソフトウェアはオンライン販売のみであるなど、概要が公表される。
  • E3にて、ソニー・コンピュータエンタテインメントがPS3に「PlayStation Move」、マイクロソフトがXbox 360に「Natal(後のKinect)」という新インターフェイスの導入を発表。Wiiへの対抗を見せる。また、任天堂は「Wiiバイタリティセンサー」を発表(しかし開発に躓き商品化されず)。
  • 7月11日 - スクウェア・エニックス『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』。『ドラゴンクエストシリーズ』で国内最多の売上本数を記録する。また搭載された「すれちがい通信」機能を使った遊びが社会現象となる。
  • 8月19日~23日 - コンピュータゲームの見本市であるgamescomの第1回がドイツのケルンで開催される。
  • 9月3日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PS3「CECH-2000」発売。ネックだったサイズや価格を改善し、販売台数を持ち直す。
  • 10月27日 - Riot Games『League of Legends』運営開始。
  • 11月1日(北米では10月1日発売) - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Portable go」。
  • 11月21日 - 任天堂「ニンテンドーDSi LL」。それまでの携帯ゲーム機の流れとは異なる「大型化・大画面化」というコンセプトが注目を集める。
  • 12月3日 - 任天堂『New スーパーマリオブラザーズ Wii』。失速が言われていた国内市場におけるWiiの勢いを取り戻す大ヒットとなる。
  • 12月11日 - Rovio Entertainment『Angry Birds』がApp Storeで販売開始。翌2010年に世界的大ヒットとなる。
  • 12月17日 - スクウェア・エニックス『ファイナルファンタジーXIII』。
  • 成長を続けてきた北米ゲーム市場が減収となる。

2010年代[編集]

2010年
  • 3月23日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」を同年のE3で公開すると発表。
  • 4月1日 - テクモコーエーに吸収合併され、コーエーテクモゲームス設立。
  • 4月3日 - アップルがタブレット型コンピュータ「iPad」を米国で発売。これをきっかけにタブレット型端末の普及が進み、モバイル端末向けゲーム市場が拡大する。
  • 4月27日 - 梅原大吾が日本人としては初のMadCatzからプロ契約を締結しプロ・ゲーマー(プロ格闘ゲーマー)となった。
  • 6月15〜17日(北米時間) - E3にて、任天堂「ニンテンドー3DS」、ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Move」、マイクロソフト「Kinect」の実物がそれぞれ出展・展示される。
  • 9月15日(欧州時間。北米では9月17日、日本では10月21日発売) - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation 3」の新インターフェイス「PlayStation Move」。
  • 9月18日 - 任天堂『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』。日本ゲーム史上における最多の初動売上を記録(ただし、この記録は2本合計の記録であり、1本としての記録は変わっていない)。
  • 9月30日 - スクウェア・エニックス『ファイナルファンタジーXIV』。シリーズとしては初めてコンシューマゲーム版ではなくWindows版が先行して発売される。
  • 10月26日 - Jungleの開発が中止。
  • 11月4日(日本では11月20日発売) - マイクロソフト、「Xbox 360」の新インターフェイス「Kinect」。
  • 12月1日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 3rd』。わずか2ヶ月で前作を超える売り上げ[17]となり、2011年2月末には日本のサードパーティーで最も売れたゲームソフトとなる。
  • 日本市場で「Wii」用新作タイトルの発売数が全盛期(2008年)から半減し、サードパーティの「Wii」離れが顕著になる。[18]
2011年
  • 1月27日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「NGP(後の「PlayStation Vita」)」と「PlayStation Suite」(現・PlayStation Mobile)を発表。
  • 2月26日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」発売。
  • 3月9日 - マイクロソフト「Kinect」の世界販売台数が1000万台を超えたことと、「世界最速で1000万台を販売した家庭用電化製品端末」としてギネス・ワールド・レコーズに認定されたことを発表。
  • 4月1日 - ハドソンがコナミの完全子会社となる。
  • 4月 - 17〜19日にかけて、PlayStation Networkで大規模なクラッキングおよびそれによる大量の個人情報流出が起き、21日から同サービスを停止し、再開まで1ヶ月強を要した。被害対象が7000万人を超える史上最悪の個人情報流出事件となる。詳細はPlayStation Network個人情報流出事件を参照。
  • 4月25日 - 任天堂「Wii」の後継機となるゲームハード(後の「Wii U」)を同年のE3で公開すると発表。
  • 6月 - コンピュータゲームの実況プレイを専門でライブストリーミングするウェブサービス「Twitch」が「Justin.tv」(2007年サービス開始)から分離する形で始まる。
  • 6月7〜9日(北米時間) - E3にて、ソニー・コンピュータエンタテイメント「PlayStation Vita」の正式名称・価格などを発表。任天堂「Wii U」の名称および仕様を発表するとともに実物を展示する。
  • 8月11日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」の定価を日本で1万円値下げ(後に海外市場でも順次値下げされる)。ゲームハードの発売半年以内での大幅値下げは前例がなく、話題となる。
  • 8月25日 - カプコン『モンスターハンター ポータブル 3rd HD Ver.』。既存のソニーのゲームハード作品を「PlayStation 3」用にHD(高解析度画像)用にリマスターした作品(PSPリマスター)の第1作目。
  • 12月6日 - TCG業界からの新規参入であるブシロードがソーシャルゲームサービス『ブシモ』の正式運用を開始。最初のタイトルは『BOUND MONSTERS(バウンドモンスターズ)』と『恋愛リプレイ』。
  • 12月17日 - ソニー・コンピュータエンタテイメント「PlayStation Vita」発売(任天堂以外の同じ他社製のハードメーカーで次世代型携帯ゲーム機が発売されたのはこれが初めて。ネオジオポケットとワンダースワンは最初はモノクロ表示であったが、後にカラー表示化をしたマイナーチェンジ版が発売をした)。
  • 「Wii」の日本市場における年間の本体販売台数が全盛期(2007年)の3分の1未満にまで減少し、次世代機への世代交代を待たずに競合相手の「PlayStation 3」に年間の本体販売におけるトップシェアを奪われる。[19]
2012年
2013年
  • 1月7日 - CES 2013にてGPUメーカーNVIDIAがAndroid搭載の携帯型ゲーム機「Project SHIELD」(のちの「Shield」)を発表。同じくCESにてSteamを運営するValveが同社のリビング向けSteam専用ゲーミングPC規格「Steam Box」(のちの「Steam Machine」)に準ずる小型機「Piston」を発表。
  • 2月21日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが「PlayStation 4」を発表。TwitterFacebookUstream、Twitch等のソーシャル・ネットワーキング・サービス動画共有サイトとの連携の強化を謳った。
  • 5月13日 - ガンホー・オンライン・エンターテイメントの時価総額が1兆5455億円に達し、一時的に任天堂を上回った。
  • 5月21日 - マイクロソフトが「Xbox One」を発表。Kinectを標準装備し、スマートテレビ機能の強化を謳った。
  • 6月 - エドワード・スノーデンがアメリカ政府機関によるインターネット上での情報収集工作活動をマスメディアに暴露。これをきっかけとして、マイクロソフト、Yahoo!、Google、Facebook、PalTalk、YouTube、Skype、AOL、AppleなどのIT企業が情報収集工作活動に協力していたことが判明。
  • 6月10日 - E3に際して開催されたプレスカンファレンスにおいて、マイクロソフトが「Xbox One」の価格を発表。続いてソニー・コンピュータエンタテインメントがPlayStation 4の本体デザインと価格を発表するとともに、PlayStation 4用パッケージソフトウェアの中古流通承認・DRMの不適用を発表。
  • 6月19日 - マイクロソフトが「Xbox One」のパッケージソフトウェアに適用すると発表していたDRMを撤回。
  • 6月25日 - 北米・英国小売店にて「OUYA」の販売が開始される。
  • 6月27日 - インデックスが民事再生手続を申請。のち、11月1日付けでセガの100%子会社であるインデックス(セガドリームより社名変更)に「アトラス」ブランドを含む大半の事業を譲渡。
  • 7月 - 『League of Legends』のプレイヤー(ゲーマー)が米政府からスポーツ選手と認定された[29]
  • 7月31日 - NVIDIAが北米で「SHIELD」の販売を開始。
  • 9月17日 - Rockstar GamesGrand Theft Auto V』。「24時間で最も売れたビデオゲーム」としてギネス世界記録を樹立。
  • 10月10日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation Vita」の新型モデル「PCH-2000」を発売。
  • 10月12日 - 任天堂が北米・欧州・豪州で「ニンテンドー3DS」の廉価版モデル「ニンテンドー2DS」を発売。
  • 10月17日 - マイクロソフトが「Xbox 360」の全世界での販売数が2013年9月で8000万台に到達したと発表。[30]
  • 10月22日 - 任天堂が「Wii」の生産終了を発表。[31]
  • 10月26日 - ソフトバンクが、フィンランドを拠点とするモバイル端末向けゲーム事業大手のSupercell社を15.3億ドルで買収すると発表。[32]
  • 10月31日 - ValveSteamのユーザー登録数が6500万人を突破(前年比30%増)したと発表。
  • 11月14日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation Vita TV」を発売。
  • 11月15日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが北米で「PlayStation 4」を発売(欧州主要国、豪州等は11月29日)。
  • 11月22日 - マイクロソフトが北米・欧州主要国・豪州で「Xbox One」を発売。
  • 12月9日 - アメリカ国家安全保障局(NSA)が少なくとも2006年頃からオンラインゲームの盗聴を行っていたことをThe New York Timesが報道。[33]
  • 12月13日 - ValveがSteamOSのベータ版を公開。
  • 任天堂の「Wii U」はサードパーティに敬遠されソフト不足に陥り、自社タイトルもヒットせず、年間売上台数や新作タイトル数は前世代機の「Wii」はおろか、前々世代の「ニンテンドーゲームキューブ」にも及ばない不振。同じく任天堂の「ニンテンドー3DS」の年間売上台数も、日本国内において専用ソフト『モンスターハンター4』『ポケットモンスター X・Y』が大ヒットし家庭用ゲーム機市場におけるトップシェアの座を固めたのとは裏腹に、世界全体では頭打ちとなった。[34][35]
2014年
  • 1月7日 - CES 2014にてソニー・コンピュータエンタテインメントがクラウド型ゲーム提供サービス「PlayStation Now」を発表。
  • 1月17日 - 任天堂が2014年3月期通期の業績予想を大幅に下方修正し、2期ぶりの最終赤字となる見込みであると発表。具体的には「Wii U」の販売台数を900万台から280万台へ、「ニンテンドー3DS」の販売台数を1800万台から1350万台へ、それらに合わせてソフトウェアの販売数を引き下げるなど。[36]
  • 2月22日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation 4」を発売。

脚注[編集]

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  1. ^ Montfort, Nick(2005). Twisty Little Passages: An Approach to Interactive Fiction. MIT Press, p.76. ISBN 0262633183
  2. ^ 1960: DEC PDP-1 Precursor to the Minicomputer” (英語). CED Magic. 2008年12月4日閲覧。
  3. ^ エポック社 沿革
  4. ^ 任天堂株式会社に対する件 昭和五八年(勧)第九号
  5. ^ 昭和 56年 (ワ) 8371号
  6. ^ (株)藤田屋に対する件 平成2年(判)第2号
  7. ^ Lewis Galoob Toys, Inc. v. Nintendo of America, Inc. - ウィキソース
  8. ^ 平成 7年 (ネ) 3344号
  9. ^ 平成 9年 (ネ) 3587号
  10. ^ 平成 11年 (ネ) 3355号 著作権侵害差止請求権不存在確認請求控訴事件
  11. ^ 平成 11年 (ネ) 3484号 著作権侵害行為差止請求控訴事件
  12. ^ (株)ソニー・コンピュータエンタテインメントに対する件 平成10年(判)第1号
  13. ^ 公正取引委員会報道資料 (PDF)
  14. ^ 平成 13年 (受) 952号 著作権侵害行為差止請求事件
  15. ^ Steam Client Released”. Valve Corporation (2003年9月12日). 2008年2月3日閲覧。
  16. ^ Microsoft, 約11億ドルをかけて「Xbox360」の一部を修理交換へ Tech-On! 2007年7月6日
  17. ^ a b モンハン3、PSP最大のヒットに コラボ企画も続々”. asahi.com (2011年2月14日). 2011年5月29日閲覧。 エンターブレイン調べ
  18. ^ Wiiのゲームタイトル一覧
  19. ^ 2011年国内ゲーム市場規模は約4543.8億円に――エンターブレインが発表”. ファミ通.com (2012年1月5日). 2014年2月28日閲覧。
  20. ^ 1992年2005年
  21. ^ PCエンジン SUPER CD-ROM2アーケードカードPC-FXPlayStation 2
  22. ^ ニンテンドーゲームキューブ版も発売も予定もしていたが、後に発売中止となり、PlayStation 2のみの発売となった。
  23. ^ 1997年2012年
  24. ^ 当初はセガサターンでの発売を予定していたが『スーパーロボット大戦F』の優先で約10数年間にも封印をしていたことがあった。
  25. ^ 新作発表! 魔装機神II REVELATION OF EVIL GOD | スーパーロボット大戦公式BLOG「熱血!必中!スパログ!」より。
  26. ^ 任天堂、初の連結赤字 12年3月期最終432億円
  27. ^ 「コンプガチャ騒動」とは何だったのか(1)” (日本語). ITmedia (2013年6月10日). 2014年2月27日閲覧。
  28. ^ “[http://game.watch.impress.co.jp/docs/news/20121108_571743.html 一般社団法人ソーシャルゲーム協会(JASGA)が発足 NHNJ、グリー、CA、DeNA、ドワンゴ、ミクシィにCESA、JOGAも参加]” (日本語). Impress Watch Corporation (2012年11月8日). 2014年2月27日閲覧。
  29. ^ 米政府、LoLプレイヤーをスポーツ選手として認定
  30. ^ September NPD – Biggest September for Xbox 360 Software Sales” (日本語). Microsoft (2013年10月17日). 2014年2月28日閲覧。
  31. ^ Wii生産終了、発売から約7年の歴史に幕を下ろす” (日本語). Inside (2013年10月22日). 2014年2月28日閲覧。
  32. ^ ソフトバンク:フィンランドのゲーム会社を1500億円で買収” (日本語). Bloomberg (2013年10月16日). 2014年2月28日閲覧。
  33. ^ Spies Infiltrate a Fantasy Realm of Online Games” (英語). The New York Times (2013年12月9日). 2014年3月2日閲覧。
  34. ^ 任天堂株式会社 連結販売数量の推移” (日本語). 任天堂 (2014年1月30日). 2014年2月28日閲覧。
  35. ^ 任天堂株式会社 発売ソフトタイトル数推移表” (日本語). 任天堂 (2014年1月30日). 2014年2月28日閲覧。
  36. ^ 任天堂、最終250億円の赤字に 「Wii U」の当初目標900万台→280万台

関連項目[編集]