コンピュータゲームの歴史
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コンピュータゲームの歴史(コンピュータゲームのれきし)は、これまでのコンピュータゲーム関連の主な出来事。
※「 」はハード名、『 』はゲーム名及び雑誌名を表す。
目次 |
黎明 [編集]
- 1840年代
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- イギリスの数学者チャールズ・バベッジは、機械にゲームを行わせることに興味を持ち、解析エンジン(コンピュータ)を考えた。ただし、チェスの場合は組合せが膨大になることから成功しなかった。
- 1912年
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- スペインの技術者レオナルド・トーレス・ケベードは、歴史上最初のコンピュータゲームと呼ばれるチェス機械、エル・アヘドレシスタを作成した[1]。この機械はチェスの終盤のみを扱い白のキングとルークで人間側の黒のキングを詰ませようとするもので、内部の電気機械的な装置により盤面の状況を判断し駒の動きを決めることができ、人間側のキングの最初の位置がどこであってもチェックメイトすることができた。
- 1950年代前半
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- Whirlwindで、「バウンシング・ボール(Bouncing Ball)」というゲームが動いていたとされ、何らかの形でコンピュータによるゲームが作られた最古の記録と言われる。ただし、ゲームではなくボールがバウンドする様子を再現した一種のデモプログラムだったとする説もある。
- 1952年
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- ケンブリッジ大学のEDSACで、同大学の大学院生であったアレキサンダー・ダグラスは、ディスプレイ画面を介してコンピュータと対戦する三目並べの 『OXO』 というプログラムを作成した(「Graphic Tic Tac Toe」とも呼ばれた)。EDSACシミュレータにより、現代でも動作可能である。ゲーム画面の記録が残っている初のビデオゲームとされる。
- 1958年
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- アメリカの原爆開発協力機関の一つ、ブルックヘブン国立研究所のウィリアム・ヒギンボーサムがアナログコンピュータとオシロスコープを用いた「Tennis for Two」を製作。一般人がプレイしたことがほぼ確実な世界初のコンピュータゲーム。
- 1962年
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- マサチューセッツ工科大学の学生であったスティーブ・ラッセルが「PDP-1」で『スペースウォー!』を発表。専用のコントロールボックスを備えた最初のコンピュータゲームとなった。このプログラムはアメリカ中の「PDP-1」に広がり、多数の派生版を生み出した[2]。
- 1966年
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- ラルフ・ベアがそれまで特殊なディスプレイ装置にしか表示出来なかったゲーム映像を、家庭用のテレビ受像機に表示するアイデアを思いつく。彼は所属していたサンダース・アソシエイツ社にて試作品を作り始め、数種類の試作機を完成させる。数年後、同社から世界初の家庭用ゲーム機に関する特許の申請が行われた。
- 1969年
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- ベアが一般的なテレビ受像機に接続して数種類のゲームが遊べる「ブラウンボックス」を完成させるが製品化には至らなかった。
1970年代 [編集]
- 1971年
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- マイク・メイフィールドがミニコンピュータ「Sigma7」用にアメリカのSFテレビドラマ『スタートレック(宇宙大作戦)』を題材とした『スタートレック (マイコンゲーム)』を制作。その後日米で多くのプログラマーによって移植・改良が続き、日本では1980年代初期まで人気定番ゲームの一つとなった。
- ノーラン・ブッシュネルが『スペースウォー!』をヒントに世界初のアーケードゲーム版コンピュータゲーム『コンピュータースペース』を製作・発売したが、操作が難しく人気が出なかった。
- 1976年
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- フェアチャイルドセミコンダクター、世界初のロムカートリッジ式家庭用ゲーム機「Video Entertainment System(後にFairchild Channel F)」発売。
- アタリ『ブレイクアウト』 - 日本では『ブロックくずし』として知られ、タイトーが開発したテーブル筐体により、喫茶店などの飲食店を中心に広く普及した。また、このゲームの成功により多くのメーカーがゲーム製作・販売に参入し、現在の業界の基盤が形成される一助ともなった。
- マテル『Mattel Auto Race』。世界初の携帯型電子ゲーム機。
- 1977年
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- アタリ、「Atari 2600(ATARI VCS)」を発売。最終的に米国全世帯の1/3を席巻する人気商品となる。
- 任天堂初の家庭用ゲーム機「テレビゲーム15(テレビゲーム6)」が発売。
- 1978年
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- 7月 - タイトー『スペースインベーダー』。全国各地にインベーダーハウスやインベーダー喫茶が乱立するなど大きな社会現象をまき起こしたが、一方で青少年のインベーダーをはじめとするゲームにまつわる非行・犯罪の増加やコピーゲームなどの違法行為が問題視され、ブームは1年ほどで終息した。
1980年代 [編集]
- 1981年
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- 9月 - ナムコ『ギャラガ』。4年間に渡ってヒットしたギャラクシアンの続編。
- 10月 - セガ『KOパンチ』。全世界初の対戦ゲーム。
- コナミ『スクランブル』。『グラディウス』(1985年)の原型となった横スクロールシューティングゲーム。
- 任天堂『ドンキーコング』。
- 『ローグ』。ローグライクゲームの始祖。TRPG『Dungeons & Dragons』をベースにした迷宮突破ゲーム。
- Sir-Tech『ウィザードリィ』。初期のコンピュータロールプレイングゲーム。大ヒットしてその後も続編が登場し『ウルティマ』と双璧をなすシリーズとなる。
- 三立技研『ジャンピューター』。現在のアーケード麻雀ゲームのシステムを確立。
- エポック社「カセットビジョン」。
- 1982年
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- 6月3日 - 「ゲーム&ウオッチ」版『ドンキーコング』。LSIゲームの最多売上を記録。
- 8月 - コモドール「コモドール64」。優れた性能と高いコストパフォーマンスを誇るホビーパソコン。ゲームユーザーをターゲットにしたマーケッティング戦略により家庭用ゲーム機のシェアを奪い、アタリショックの要因のひとつとなった。
- 12月 - シンキングラビット『倉庫番』。パズルゲーム。
- 『E.T.』。史上最低のゲームとして名高い。高額のライセンス料・大量の売れ残り在庫により、アタリに大きな経済的損失を与え、翌1983年にアタリは赤字に転落、1984年には分割・売却されたため、ゲーム市場全体が停滞した。
- アタリ「Atari 5200」。「Atari 2600」の後継機。高性能でソフトのクオリティも高かったが2600との互換性は持たず、アタリは5200の発売後も5200より2600に注力したこともあって失敗に終わった。
- コレコ「ColecoVision」。『ドンキーコング』のアーケード版にほぼ忠実な移植を実現するなど、当時としては高性能を誇った。このハードは1984年に生産終了となったものの、発売からそれまでの短い期間中に600万台以上を売り上げた。
- 1983年
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- 2月 - ナムコ『ゼビウス』。初の縦スクロールシューティングゲーム。さらにシューティングに謎に満ちたストーリーも取り入れたゲームとして知られる。
- 2月 - エニックス『ドアドア』。エニックスのゲームプログラムコンテスト応募作品。製作者は中村光一。
- 7月15日 - セガ「SG-1000」「SC-3000」。
- 7月15日 - 任天堂「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)。
- 光栄『信長の野望』 - 戦略シミュレーション最初期の作品。
- エニックス『ポートピア連続殺人事件』(パソコン版)。堀井雄二の出世作(デビュー作ではない)。
- シネマトロニクス『ドラゴンズレア』。世界初のレーザーディスクゲーム。ディズニーライクなアニメーションを採用していた。
- セガ『アストロンベルト』。日本初のレーザーディスクゲーム。特撮映像を採用していた。
- アタリ『スターウォーズ』。同名映画を題材としたベクタースキャン表示の主観視点奥スクロールシューティング。
- アタリ『メジャーハボック』。シューティング、ジャンプアクションなど複数のジャンルを融合したベクタースキャンゲーム。シューティングパートにはハーフトップビュー (斜め見下ろし視点) を採用。
- アタリ『I, Robot』。シューティングゲーム。商業用ゲームとしてリアルタイム3Dポリゴンを初めて採用。内容が斬新すぎたこともあり、商業的には大失敗に終わる。
- パソコンにてコマンド入力方式のアドベンチャーゲームが流行する。
- 米国にて、ゲームソフトの供給過剰や粗製濫造によりゲームに対するユーザの興味が急速に薄れ、一気に市場需要がしぼむアタリショックが起こる。ゲーム業界では、歴史上の1929年10月29日 "Black Thursday"(暗黒の木曜日)に準えて恐れられた。ただし、この認識はこの事象の実態を正しく伝えていないとする指摘もある。詳しくはアタリショックの項を参照。
- 11月 - 大名マイコン学院『ポイボス』。日本製ロールプレイングゲーム。当時PC-8801やApple IIでしか出来なかったRPGを当時のPC機種(PC-8801、FM-7、X1、MZ系、パソピア7)多数に移植され、多くのPCユーザーにRPGのおもしろさを伝えた。しかし、商業的には成功しなかった。
- 1984年
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- 1月 - ビーピーエス『ザ・ブラックオニキス』。半日本製ロールプレイングゲーム。アイディア等はアメリカ人2人によって考えられた。続編も作られた。
- 2月18日 - 任天堂『ワイルドガンマン』。ファミコン初のシューティングゲーム。
- 3月 - クリスタルソフト『夢幻の心臓』。『ウルティマ』のフィールドマップ移動と『ウィザードリィ』の対面戦闘をアレンジ融合した日本製ロールプレイングゲーム。
- 4月25日 - 『ビデオ・ゲーム・ミュージック』発売。日本初のゲームミュージックのサウンドトラックアルバム。
- 6月 - ナムコ『ドルアーガの塔』。ロールプレイングゲームの要素を持つアクションゲーム。
- 6月21日 - 任天堂「ファミリーベーシック」。当時の8ビットパソコンにならって発売するがほとんど普及せず。
- 7月28日 - ハドソン『ナッツ&ミルク』。初のサードパーティーソフト。
- 8月 - ナムコ『パックランド』。ドットイートゲームとして開発されてきたパックマンシリーズとは異なり、純粋な横スクロールアクションゲームとして発表された。
- 11月 - 日本ファルコム『ドラゴンスレイヤー』。アクションロールプレイングゲームの元祖と言われているが、実際は「インジケーター」と呼ばれる画面右下にある人の形をしたアイコンが左から右に移動している間にプレイヤーが行動する「時間制限のあるターン制」のロールプレイングゲームである。
- 12月13日 - T&E SOFT『ハイドライド』。アクションロールプレイングゲームの原典。発売以来ロングセラーを続け「ハイドライド・シンドローム」と呼ばれる一大ブームを巻き起こした。MSXロム版ではあまり普及していなかったデータレコーダや高価すぎて搭載できなかったバッテリーバックアップの代わりにパスワードを記録(セーブ)に初めて利用した。
- テーカン『スターフォース』。地上・空中の撃ち分け無しの縦スクロールシューティングゲーム。
- 『Elite』。PC向けのワイヤフレーム3Dゲームとして最初期のもののひとつ。星々を巡って交易を行なうなど、広大な仮想世界の中での自由度の高いゲームプレイを実現。
- 1985年
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- 5月29日 - コナミ『グラディウス』。横スクロールシューティングに革命を起こした歴史的な名作。
- 8月6日 - ナムコ『ドルアーガの塔』。ファミコン初のRPG。
- 9月13日 - 任天堂『スーパーマリオブラザーズ』。世界一の売り上げを誇るアクションゲームの不朽の名作。
- 10月 - セガ「セガ・マークIII」。
- 10月18日 - 任天堂がファミリーコンピュータの日本国外向け仕様である「Nintendo Entertainment System」をアメリカで発売。
- 10月28日 - 日本ファルコム『ザナドゥ』。アクションロールプレイングゲームの名作。売り上げ40万本は当時のパソコンの普及台数の数割にあたる驚異的な数字で、国産パソコンゲーム販売の不倒記録として今なお破られていない。
- 12月13日 - T&E SOFT『ハイドライドII SHINE OF DARKNESS』(MSX版)。最初にバッテリーバックアップを採用したゲームソフト。
- 12月19日 - ハドソン『ボンバーマン』。
- アートディンク『A列車で行こう』。街を育てるゲームのはしり。
- ハドソン『スターフォース』により、ゲームの全国大会ハドソン全国キャラバンを開催する。
- 1986年
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- 2月21日 - 任天堂「ファミリーコンピュータ ディスクシステム」。書き換え可能な「ディスクカード」が使用できるファミリーコンピュータの周辺機器。
- 2月21日 - 任天堂『ゼルダの伝説』。
- 4月 - アーケードゲーム専門雑誌『ゲーメスト』創刊。
- 5月27日 - エニックス『ドラゴンクエスト』。堀井雄二や中村光一などによって作られた日本製RPG。『ウルティマ』『ウィザードリィ』といった従来の人気作を巧みに消化しつつ独自性を出して、日本市場における大作シリーズとなる。
- 6月6日 - ゲーム雑誌『ファミコン通信』創刊。
- 6月13日 - ハドソン『スターソルジャー』。高橋名人に代表される名人ブーム・連射ブームの火付け役となる。
- 7月 - 映画『GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』公開。当時のファミコンブームの熱狂ぶりを物語る作品。
- 12月10日 - タイトー『たけしの挑戦状』。
- 12月10日 - ナムコ『プロ野球ファミリースタジアム』。「ファミスタ」と呼ばれる野球ゲーム。後発の野球ゲームもこのソフトの操作方法を踏襲したものになる。
- ファミリーコンピュータのライセンスを取得しないソフト(同人ソフト、当時は裏ソフトと呼ばれていた)において、性的描写の濃厚なソフトが市場に多く出回ったため、警察やPTAなど市民団体が任天堂にクレームを集中させた。そのことにより、任天堂は、非ライセンスソフトの市場からの締め出しを実行し、裏ソフトの撲滅に成功する。
- 1987年
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- 1月26日 - エニックス『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』。前作の人気を受けて発売前から大きな話題を呼び、発売日には全国の販売店に本作を求めて行列するファンの姿も多く見られた。こうした熱狂は一部のマニアだけのものではない社会現象として多くのマスメディアで取り上げられ、それまで単なるおもちゃとしか見られていなかったテレビゲームに一般の関心を集める役割を果たした。その一方で、本作を買い求めるために学生が学校を休むことや、売れないソフトなどを本作と一緒に販売する抱き合わせ商法が問題となった。
- 6月21日 - 日本ファルコム『イース』。理不尽な謎と高い難易度の作品ばかりだった当時のPCゲーム市場で、絶妙なゲームバランスを売りにヒットした。
- 7月13日 - コナミ『メタルギア』。ステルスゲームを広く普及させた作品とされる。後年『メタルギアソリッド』シリーズとして世界的に有名となる。
- 9月11日 - ナムコ『デジタル・デビル物語 女神転生』。後の『女神転生シリーズ』にも多く受け継がれることになる「仲魔」、「悪魔合体」などの独特のシステムや世界観を持つ3DRPG。開発は後にシリーズを自社販売することになるアトラス。
- 10月30日 - NECホームエレクトロニクス「PCエンジン」。CPUの処理速度、グラフィックの美しさや迫力のあるサウンドなど、当時の常識を覆す高速・高性能を実現した。
- 11月21日 - T&E SOFT『ハイドライド3 THE SPACE MEMORIES』。ゲーム内に仮想世界を構築するために時間の概念、重さの概念、食事・睡眠の概念、貨幣の概念など革新的な要素を取り入れた アクションロールプレイングゲーム。
- 12月18日 - スクウェア『ファイナルファンタジー』。スクウェア社の最後の作品となる予定だったソフトなので「ファイナル」と銘打たれたが、ヒット作となって後には世界的にも有名なシリーズとなり、同社は存続された。
- ケスマイ『エア・ウォーリア』。娯楽用としては世界初のオンライン・フライトシミュレーションゲーム。運営会社が運用するサーバに接続してプレイするタイプであり、最初期のMMOゲームとも言える。日本では富士通により1992年から数年間に渡って運用された。
- シャープ「X68000」。優れたAV能力によって業務用ゲームの高度な移植を可能とし、基板のセルフチェック動作までも再現する“完全移植”の概念を後に定着させた。
- ドイツのメーカーRainbow Arts『The Great Giana Sisters』(日本未発売)。あからさまな『スーパーマリオブラザーズ』の盗作でかつ同作を挑発するキャッチコピーだったため任天堂から訴訟が起きて発禁処分となる。後年、このゲームの開発者が欧米ゲーム市場における重鎮となったことから、欧米において伝説的なカルトゲームとなる。
- 1988年
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- 2月10日 - エニックス『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』。これを買うために発売日に子供が学校を休み、また恐喝の被害が出るなど、社会問題となった。
- 3月18日 - 光栄『信長の野望 全国版』。当時としても高額の9800円という価格設定。このソフトの発売を皮切りに、PSやSSのCD-ROM時代になるまで、1万円を超えるソフトが発売されるようになった。
- 10月23日 - 任天堂『スーパーマリオブラザーズ3』。
- 10月29日 - セガ「メガドライブ」。
- 12月4日 - NECホームエレクトロニクス「CD-ROM2」。世界初となるCD-ROMを媒体として採用した家庭用ゲーム機。PCエンジンの周辺機器。
- 12月4日 - ハドソン『ファイティング・ストリート』と『No・Ri・Ko』。世界初のCD-ROMを媒体として用いたゲームソフト。
- 12月17日 - スクウェア『ファイナルファンタジーII』。
- 12月22日 - ビーピーエス『テトリス』。これにより、日本でテトリスブームが起こる。以後、落ち物パズルがジャンルの1つとして定着する。
- 1989年
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- 4月21日 - 任天堂「ゲームボーイ」。別途ゲームソフトを購入して利用するタイプの携帯型ゲーム機としては、エポック社「ゲームポケコン」に次いで2機種目。
- 6月30日 - ハドソン『天外魔境 ZIRIA』。世界初のCD-ROMを媒体として用いたRPG。CD音源による当時の家庭用ゲーム機の音源では到底奏でることのできない音楽と音声による演出がされ、CD-ROMによる新しいゲームの幕開けとなった。
- 8月27日 - 任天堂『MOTHER』。
- マクシス『シムシティ』。
- 12月 - カプコン『ファイナルファイト』。
- 12月15日 - コナミ『グラディウスIII -伝説から神話へ-』。グラディウスシリーズ中難易度が高い事で有名であった。
- 12月15日 - スクウェア『魔界塔士Sa・Ga』。ゲームボーイ初のRPG。スクウェア初のミリオンセラー作品でもある。
1990年代 [編集]
- 1990年
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- 2月11日 - エニックス『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』。
- 4月1日 - ナムコが国際花と緑の博覧会に『ギャラクシアン³』を出展。 当時の最高水準の技術で、28人同時プレイの体感ゲームとして過去にない壮大なゲームとなった。閉幕後はナムコ・ワンダーエッグに移設。2000年末に廃棄された。
- 4月27日 - スクウェア『ファイナルファンタジーIII』。
- 6月 - セガ『コラムス』発売。初めて連鎖というシステムを組み込んだ落ち物パズル。
- 10月6日 - セガ「ゲームギア」。
- 11月21日 - 任天堂「スーパーファミコン」。ファミリーコンピュータの後継機。『スーパーマリオワールド』も同時発売された。
- エス・エヌ・ケイ「ネオジオ」。家庭でゲームセンターのゲームができるといううたい文句だった。
- 12月1日 - NECホームエレクトロニクス「PCエンジンGT」。世界初となる据え置き型ゲーム機との互換性がある携帯型ゲーム機。
- 1991年
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- 3月 - AOL『Neverwinter Nights』。世界初のグラフィカルMMORPG。インターネットが未発達の時代であり、AOLのパソコン通信サービス上で運用された。
- 3月 - カプコン『ストリートファイターII』。社会現象にもなり、対戦型格闘ゲームをジャンルの1つとして定着させた。
- 4月20日 - バンプレスト『スーパーロボット大戦』。スーパーロボット大戦シリーズの始まり。
- 7月12日 - 『ファミコン通信』が週刊化される。
- 7月19日 - スクウェア『ファイナルファンタジーIV』。
- 6月23日(日本では7月26日) - セガ『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』。日本ではそこそこの売上だったが、海外では爆発的ヒットを記録。これとサードパーティーの囲い込み成功のため、海外での「メガドライブ(海外名称ジェネシス)」のシェアを「スーパーファミコン(海外名称)」に対抗しうるまで持ち上げる。
- 10月25日 - コンパイル『ぷよぷよ』。翌年アーケードゲームに移植され、落ち物パズルの対戦のはしりとなる。
- 12月12日 - セガ『メガCD』。
- 12月13日 - NECホームエレクトロニクス『SUPER CD-ROM2』。
- 1992年
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- 1月9日 - 任天堂とフィリップスがスーパーファミコンの周辺機器「スーパーファミコンCD-ROMアダプタ」を1993年に発売予定にすると発表するもお蔵入りに(この企画にはソニーも加わっており、スーパーファミコンとCD-ROMアダプタの一体型のマルチメディアマシン「プレイステーション」も発売する予定だった(後述のプレイステーションとは別物))。
- 3月26日 - ハドソン『天外魔境II 卍MARU』。CD-ROM媒体によるRPG。
- 4月27日 - 任天堂『星のカービィ』。後にスマブラシリーズ等を手がける桜井政博のデビュー作。
- 5月5日(日本では1994年) - id Software『ウルフェンシュタイン 3D』(「DOS 」用ソフト)。世界初のファーストパーソン・シューティングゲーム(FPS)とされる。
- 8月27日 - 任天堂『スーパーマリオカート』。日本におけるスーパーファミコン用ソフトとして売上本数最高記録となる。
- 9月27日 - エニックス『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』。
- 10月30日 - アトラス『真・女神転生』。『女神転生シリーズ』としては同社初の自社販売ソフト。多数のハードに移植され、後に同社の看板シリーズとなる。
- 12月6日 - スクウェア『ファイナルファンタジーV』。
- 1994年
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- ハードメーカー各社から相次いで新機種が登場。次世代機戦争などと言われた。この頃になるとニュースなどでもゲームの話題が取り上げられるようになる。
- 3月 - 松下電器「3DO REAL」。
- 4月2日 - スクウェア『ファイナルファンタジーVI』。
- 5月27日 - コナミ『ときめきメモリアル』。いわゆる美少女ゲームの走り。
- 6月14日 - 任天堂「スーパーゲームボーイ」。スーパーファミコンでゲームボーイのソフトをプレイするための拡張機器。
- 8月 - エス・エヌ・ケイ『ザ・キング・オブ・ファイターズ'94』。
- 9月9日 - エス・エヌ・ケイ「ネオジオCD」。
- 11月22日 - セガ「セガサターン」。同時発売としてビクターVサターン・日立Hiサターンがある。
- 11月24日(日本では11月26日) - 任天堂『スーパードンキーコング』。
- 11月下旬 - セガ『バーチャファイター2』稼動。新たな3D対戦格闘ゲームの幕開けとなった。
- 12月3日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「プレイステーション」。
- 12月23日 - NECホームエレクトロニクス「PC-FX」。
- 12月 - ナムコ『鉄拳』。バーチャファイターに次ぐ3D格闘ゲームとしてシリーズ化されロングヒットを記録。
- 1995年
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- スーパーファミコン用ソフトが大容量化により価格が高騰。1万円を越えるソフトが珍しくなかった。
- 3月11日 - スクウェア『クロノ・トリガー』。
- 7月21日 - 任天堂「バーチャルボーイ」。サードパーティーがつかず、1年で中止。
- 11月1日 - 任天堂、セントギガのBS放送を利用してスーパーファミコン向けデータ配信事業である衛星データ放送を開始、専用周辺機器「サテラビュー」を販売。
- 12月9日 - エニックス『ドラゴンクエストVI 幻の大地』。
- 12月15日 - ナムコ『テイルズ オブ ファンタジア』。
- 12月22日 - 『ファミコン通信』の誌名が『ファミ通』に変更される。
- 1996年
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- スクウェアが『ファイナルファンタジーVII』をプレイステーションで発売することを発表。スクウェアが任天堂との決別を公言する。これをきっかけに、SCEIと任天堂との力関係が逆転する。
- コンビニエンスストアにおけるゲームソフトの販売が開始される。
- 2月27日 - 任天堂『ポケットモンスター 赤・緑』。衰退しつつあったゲームボーイ市場が本ソフトの登場により復活する。また、ゲームは綺麗なグラフィックでなければならないという概念が形成されつつあったのを吹き飛ばす。
- 3月22日 - カプコン『バイオハザード』。世界的にヒットしてホラーゲームを浸透させる。
- 6月23日 - 任天堂「NINTENDO64」。3Dスティックによるアナログ入力や、コントローラの振動機能を普及させる。
- 7月21日 - 任天堂「ゲームボーイポケット」。従来のゲームボーイを小型化したもの。
- 8月9日 - エコールソフトウェア『デスクリムゾン』。インターネットを中心にムーブメントの起こったカルトゲームの先駆け。以後10年以上ファンイベントが行われている。
- 9月 - 3DO『Meridian 59』。世界初のインターネットベースの本格的商用MMORPG。3D描画を採用していた。プラットフォームはWindows PC。
- 11月23日 - バンダイ「たまごっち」。発売後、社会現象にもなった。
- 12月6日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント『パラッパラッパー』、『クラッシュ・バンディクー』。
- インターチャネル『センチメンタルグラフティ』の発売を発表。ゲームそのものは1998年発売となるものの、膨大な量のグッズとイベントなど関連情報を大量発信するスタイルを行い、本編のゲームが無いのにヒット作という評価となる。
- 1997年
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- 1月14日 - エニックスも『ドラゴンクエストVII』をプレイステーションで発売することを発表。
- 1月31日 - スクウェア『ファイナルファンタジーVII』。それまでのRPGの常識を覆したフルポリゴンRPG。プレイステーションで発売されたことによって、それまで売り上げが均衡していたセガサターンとの差を大きく開くきっかけとなった。
- 『ファイナルファンタジーVII』により「プレイステーション」が次世代ハード戦争の覇者となる。また、同作品のようにフルポリゴン化された画面やCGムービーの挿入など高度な画像処理を前面に押し出し、ストーリー性などにも力を注いだた「重厚長大」な作品が人気となる。
- 9月24日 - オリジン・システムズ『ウルティマオンライン』。MMORPGとして初めての大ヒット作。
- 12月 - コナミ『beatmania』。音楽ゲームの先駆け。
- セガとバンダイが合併し、新社名をセガバンダイとすると発表。しかし、後にこの計画は解消された。
- 1998年
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- 1月30日 - 任天堂「スーパーゲームボーイ2」。ポケモン人気を反映してか、ゲームボーイポケット用の通信ケーブル端子を備えて発売された。本体色も、当時流行のスケルトンカラー(青)である。
- 3月27日 - 任天堂「スーパーファミコンジュニア」。スーパーファミコンのモデルチェンジ版。
- 4月6日 - セガ『バーチャファイター』。コンピュータソフトウェアとして歴史的な足跡を残したことを評価され、スミソニアン総合博物館に各種資料が保管されることになる。
- 9月3日 - コナミ『メタルギアソリッド』。世界戦略を最初から視野に入れたゲームソフトの先駆け。
- 10月21日 - 任天堂「ゲームボーイカラー」。
- 10月28日 - エス・エヌ・ケイ「ネオジオポケット」。ドリームキャストとの連動で話題になる。
- 11月27日 - セガ「ドリームキャスト」。湯川専務が出演する自虐的なCMで話題になる。
- この年から日本ゲーム市場の利益が減収へとシフトしはじめる。以後、日本ではニンテンドーDSの記録的ブームとなる2006年まで売上本数や利益の減少、および市場の縮小が続く。
- 1999年
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- 1月21日 - 任天堂『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』。高いキャラクター性と対戦ゲーム性を両立した作品として話題となる。
- 2月11日 - スクウェア『ファイナルファンタジーVIII』。記録的な売り上げを達成し、スクウェアの経営方針転換のきっかけとなる。ただ「コンビニ限定販売」という流通方法に多くの課題も残した。
- 3月4日 - バンダイ「ワンダースワン」発売。
- 3月19日 - SNK「ネオジオポケットカラー」発売。
- 7月15日 - スクウェア『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』。高い売上記録を残すが、スクウェア内部では上記の『ファイナルファンタジーVIII』と比較して少ない売上だったことが指摘され、前年発売の『ゼノギアス』製作スタッフなどとともに『ファイナルファンタジー』偏重の流れ(FFシフト)に反発した社員の集団退社が起こりはじめる。
- 8月5日 - ナムコ『ソウルキャリバー』。アーケードゲームからの移植版としての制作期間が短かったにもかかわらず、ドリームキャストでも屈指の作品となり、海外でも売り上げを伸ばし、北米を中心に膨大な数の海外ユーザーを獲得。世界での総売り上げ本数が100万本に達した。
- 9月 - 新声社の倒産により、『ゲーメスト』廃刊。ゲーメストスタッフの一部により、アスキー(現:エンターブレイン)から『アルカディア』創刊。
- 11月 - ナムコ、アーケードにて『ミスタードリラー』を発表。シンプルな原点回帰したゲームながらも好調な成績を収め、「軽薄短小」なシステムのゲームを見直すきっかけとなる。
- 中古ゲーム裁判が起こる。
- 12月11日 - 任天堂『64DD』
2000年代 [編集]
- 2000年
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- 3月4日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「プレイステーション2」。
- 4月1日 - アスキーよりエンターブレインが分社。『ファミ通』などの出版事業を移管。
- 7月7日 - スクウェア『ファイナルファンタジーIX』。
- 8月22日 - 任天堂、『MOTHER3 豚王の最期』の開発を断念。のちに再開され、『MOTHER3』のタイトルでゲームボーイアドバンス用ソフトとして発売されるが、当時はNINTENDO64向けに開発されていた。
- 8月26日 - エニックス『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』。出荷本数は400万本を超え、日本でのプレイステーションソフトの歴代記録1位を樹立した。
- 10月1日 - 日本において国立国会図書館法の一部を改正する法律が施行され、コンピュータゲームソフトを含むパッケージ系の電子出版物に納本義務が課せられた。
- 12月19日 - バンダイ『ワンダースワンカラー』
- 12月21日 - セガ『ファンタシースターオンライン』。コンシューマーゲーム初の本格MORPG。
- Blizzard Entertainment社『DIABLO2』。以後のゲームに影響を及ぼされた要素が多数散見される。
- 2001年
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- 3月21日 - 任天堂「ゲームボーイアドバンス」。
- 7月19日 - スクウェア『ファイナルファンタジーX』。
- 9月14日 - 任天堂「ニンテンドーゲームキューブ」。
- 11月15日(日本は2002年2月22日、欧州は2002年3月14日) - マイクロソフト「Xbox」。
- 『ファイアーエムブレム』の類似作品であるとして任天堂より警告を受けていた発売予定ソフト『エムブレムサーガ』(当初名称)が『ティアリングサーガ』とタイトルを変えて発売されたことに対し、発売元であるエンターブレインなどを相手取り、任天堂などが著作権と不正競争防止法に関する訴訟を起こす。詳細はファイアーエムブレムを参照。
- コナミによるプロ野球のゲーム化権利や音楽ゲームの特許の独占、他社製品名による登録商標の申請が問題となる。プロ野球のゲーム化権利については、他社製野球ゲームへの再許諾を遅延させるなどの行為が行われ、後に公正取引委員会より独占禁止法に基づく警告を受けた[3]。
- 2002年
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- 5月16日 - スクウェア『ファイナルファンタジーXI』サービス開始。コンシューマゲーム初の本格MMORPG。
- 6月 - 日本においてコンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)が発足し、同年10月から活動を開始。これ以後の日本のコンピュータゲームは対象年齢などのレイティング審査が課せられるようになる。
- 7月 - ギリシャにおいて全てのコンピューターゲームの所持・利用を禁止する法律(ギリシャ法第3037号)が制定される(2004年廃止)。
- 7月12日 - バンダイ『スワンクリスタル』
- 11月21日 - 任天堂『ポケットモンスター ルビー・サファイア』。記録的な売り上げを出す。これを機に、ポケモンの関連商品の販売などを行う事業を『ポケモン』という略称をそのまま使って社名にし、分社化(株式会社ポケモン)。
- 日本のゲーム市場が前年比で1000億円近い減収となり、日本における市場縮小が顕著化し始める(ゲーム離れ)。同時期の欧米市場は大規模な拡大を見せるとともに欧米製ソフトが市場に普及、日本の世界シェアが著しく低下する。
- 2003年
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- 1月21日 - セガ『甲虫王者ムシキング』。昆虫相撲とトレーディングカードをゲームに取り入れ、子供達に人気を博した。
- 2月14日 - 任天堂「ゲームボーイアドバンスSP」。
- 3月13日 - スクウェア『ファイナルファンタジーX-2』。
- スクウェアが任天堂との対立関係を解消する。同社は任天堂系ハードにおける、ソフト供給を再開する。
- 4月1日 - スクウェアとエニックスが合併、スクウェア・エニックスとなる。
- 4月 - 任天堂『MOTHER3』の開発中止を撤回。
- 9月30日 - 任天堂、「ファミリーコンピュータ」「スーパーファミコン」の生産およびディスクカード書き換えサービスを終了。
- 11月26日 - コンビニエンスストアへのゲーム流通を確立させたデジキューブが破産し、解散。デジキューブ出版部門の一部は、スクウェア・エニックス出版部門に、著作権とともに吸収される。
- 日本における市場規模が5000億円を下回る。
- 2004年
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- 2月14日 - 任天堂が、ファミコン生誕20周年企画として、『ファミコンミニ』シリーズ(過去の名作ファミコンソフト)をゲームボーイアドバンスで完全復刻。懐かしさから人気を呼ぶ。
- E3にて任天堂がそれまでの非ゲームユーザーもターゲットとした新機軸の携帯ゲーム「ニンテンドーDS」を発表。同イベントにてソニー・コンピュータエンタテインメントは「プレイステーション・ポータブル」を発表し、任天堂のゲームボーイアドバンスの牙城に挑もうとする。
- 9月21日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが「プレイステーション・ポータブル」の重大な発表をすることをこの日に予告。しかし同日に任天堂が対抗するような形で「ニンテンドーDS」の発売日と価格を発表し、ソニーの発表会は予定より遅れて開始され有耶無耶のまま終了する(空白の17分間)。
- 10月1日 - セガとサミーが経営統合、セガサミーホールディングス設立。
- 11月21日(日本では12月2日発売) - 任天堂「ニンテンドーDS」。
- 11月27日 - スクウェア・エニックス『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』。360万本を超える本数を販売、プレイステーション2用ソフトとして日本国内1位の記録を樹立。
- 12月12日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「プレイステーション・ポータブル」(PSP)。DSとともに年末に発売され、携帯ゲーム機戦争として年末商戦の話題となる。ちなみにPSPは任天堂以外の他社製の携帯ゲーム機で最初から完全カラー表示となるのはゲームギアから約14年振りとなる[4][5]。
- 2005年
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- 4月11日 - コナミがハドソンを傘下に。
- 5月19日 - 任天堂『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』。幅広い年齢層をターゲットとした作品。「脳ゲー」ブームの火付け役となる。
- 9月13日 - 任天堂「ゲームボーイミクロ」。
- 9月28日 - スクウェア・エニックスがタイトーを傘下に。
- 9月29日 - バンダイとナムコが経営統合、バンダイナムコホールディングス設立。
- 11月22日(日本では12月10日発売) - マイクロソフト「Xbox 360」。
- 12月29日- 任天堂『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング』。この作品の発売と正月商戦の相乗効果で任天堂の予測を超える爆発的な売上を記録し、翌年1月2日-3日頃には市場在庫を払底、深刻な供給不足に陥る。任天堂から異例の謝罪広告と増産体制構築のアナウンスが出されるが、半年経っても需要が供給を上回る状態が続いた。同様にニンテンドーDSが各メディアに取り上げられるなど社会現象化し、女性や中高年といった既存ゲームユーザー以外の消費者にも普及・浸透する。
- 2006年
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- 3月2日 - 任天堂「ニンテンドーDS Lite」。
- 3月16日 - スクウェア・エニックス『ファイナルファンタジーXII』。
- 4月20日 - 任天堂『MOTHER3』。任天堂ゲームとしてでは発表から発売まで最も時間がかかったゲーム(約12年間)となる。(その次は『星のカービィ Wii』の約11年間。)シリーズ史上最高売上達成。
- 5月15日(日本では5月25日発売) - 任天堂『New スーパーマリオブラザーズ』。マリオの2Dアクションは『スーパーマリオワールド』以来。
- 携帯ゲーム機シェアが据置ゲーム機シェアを上回る。任天堂のハードシェアが50%を突破。
- 11月11日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「プレイステーション3」。発売当初は品薄が続いた。プレイステーション3の発売に合わせ、プレイステーション3専用オンラインサービス「プレイステーションネットワーク」も開始される。
- 任天堂、ゲームボーイアドバンス及びゲームキューブのハード・ソフト開発が終了。
- 11月19日(日本では12月2日発売) - 任天堂「Wii」。2006年末までの販売台数は98万9118台に達し、一気にライバル「PS3」を追い越す。
- 12月12日 - スクウェア・エニックスが『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』をニンテンドーDSで発売することを発表。ドラクエのナンバリング作が約10年ぶりに任天堂プラットフォームに復帰。かつ、初の携帯ゲーム機進出。一部メディアが「ドラクエが任天堂に戻ってきた」と報じる。
- 「ニンテンドーDS Lite」のハードおよびソフトが人気となり、長期・過度の品不足状態が続く。
- 2007年
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- PS3、1月初頭までに日本と米国でそれぞれ100万台出荷したが、「Wii」が発売されると高性能ゲーム機は一部のコアユーザーにしか受け入れられず需要が急落し品薄状態から一転、在庫を抱える店が増えた。一方「Wii」の品薄状態はこの後半年ほど続いた。なお旧型PS2にも販売台数が及ばない時期が続いた。
- 2月22日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 2nd』。日本国内でPSP初のミリオンセラーを達成。2005年12月に発売されて以後売れ続けていた前作『モンスターハンター ポータブル』とともに日本におけるPSPへのカンフル剤となる。
- 9月20日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PSP「PSP-2000」。発売から2ヶ月で100万台を達成。
- 10月31日 - 任天堂の時価総額が10兆円突破し、日本3位(トヨタ、三菱UFJ FGに続く)となった。DSとWiiの好調から。
- 10月31日 - ファミリーコンピュータ、ディスクシステム、およびスーパーファミコンの修理サポート終了。
- 12月1日 - 任天堂『Wii Fit』。
- ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)大手のFacebookがアプリケーション開発用のAPI「Facebook Platform」を提供。後の「ソーシャルゲーム」の基礎となる。
- 2008年
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- 1月22日 - Wii国内500万台を突破。PS2を抜き、家庭用ゲーム機最速の60週で達成。
- 1月31日 - 任天堂『大乱闘スマッシュブラザーズX』。
- 2月19日 - マイクロソフト、インテル、AMD、NVIDIAによってPC Game Allianceが設立。
- 3月25日 - Wiiオリジナルソフトオンライン販売『Wiiウェア』のサービス開始。
- 3月27日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 2nd G』。わずか1ヶ月で200万本以上を売り上げ、後述の『モンスターハンターポータブル 3rd』発売までPSPで最も売れたソフトであった[6]。
- 4月10日 - 任天堂『マリオカートWii』。世界で最も売れたレースゲーム作品。
- 10月16日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PSP「PSP-3000」。携帯機器でも最高クラスの液晶ディスプレイを搭載。
- 11月1日 - 任天堂「ニンテンドーDSi」。画面を拡大、カメラ・SDカードスロット搭載。
- 12月10日 - スクウェア・エニックスが『ドラゴンクエストX』をWiiで発売することを発表。異例の前作(『DQ9』)発売前の新作発表。
- 2009年
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- 3月6日 - 世界全体におけるニンテンドーDSシリーズの累計販売台数が1億台を突破。
- 6月3日 - E3にてPSPの新モデル「プレイステーション・ポータブル go」を発表。外見とともにUMDを廃止しソフトウェアはオンライン販売のみであるなど、概要が公表される。
- E3にて、ソニー・コンピュータエンタテインメントがPS3に「PlayStation Move」、マイクロソフトがXbox 360に「Natal(後のKinect)」という新インターフェイスの導入を発表。Wiiへの対抗を見せる。また、任天堂は「Wiiバイタリティセンサー」を発表。
- 7月11日 - スクウェア・エニックス『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』。『ドラゴンクエストシリーズ』で国内最多の売上本数を記録する。また搭載された「すれちがい通信」機能を使った遊びが社会現象となる。
- 9月3日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PS3「CECH-2000」発売。ネックだったサイズや価格を改善し、販売台数を持ち直す。
- 11月1日(北米では10月1日発売) - ソニー・コンピュータエンタテインメント「プレイステーション・ポータブル go」。
- 11月21日 - 任天堂「ニンテンドーDSi LL」。それまでの携帯ゲーム機の流れとは異なる「大型化・大画面化」というコンセプトが注目を集める。
- 12月3日 - 任天堂『New スーパーマリオブラザーズ Wii』。失速が言われていた国内市場におけるWiiの勢いを取り戻す大ヒットとなる。
- 12月17日 - スクウェア・エニックス『ファイナルファンタジーXIII』。
- 成長を続けてきた北米ゲーム市場が減収となる。
2010年代 [編集]
- 2010年
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- 3月23日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」を同年のE3で公開すると発表。
- 4月1日 - テクモがコーエーに吸収合併され、コーエーテクモゲームス設立。
- 6月15〜17日(北米時間) - E3にて、任天堂「ニンテンドー3DS」、ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Move」、マイクロソフト「Kinect」の実物がそれぞれ出展・展示される。
- 9月15日(欧州時間。北米では9月17日、日本では10月21日発売) - ソニー・コンピュータエンタテインメント「プレイステーション3」の新インターフェイス「PlayStation Move」。
- 9月18日 - 任天堂『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』。日本ゲーム史上における最多の初動売上を記録[7]。
- 9月30日 - スクウェア・エニックス『ファイナルファンタジーXIV』。シリーズとしては初めてコンシューマゲーム版ではなくWindows版が先行して発売される。
- 10月26日 - Jungleの開発が中止。
- 11月4日(日本では11月20日発売) - マイクロソフト、「Xbox 360」の新インターフェイス「Kinect」。
- 12月1日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 3rd』。わずか2ヶ月で前作を超える売り上げ[6]となり、2011年2月末には日本のサードパーティーで最も売れたゲームソフトとなる。
- 2011年
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- 1月27日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「NGP(後の「PlayStation Vita」)」を発表。
- 2月26日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」発売。
- 3月9日 - マイクロソフト「Kinect」の世界販売台数が1000万台を超えたことと、「世界最速で1000万台を販売した家庭用電化製品端末」としてギネス・ワールド・レコーズに認定されたことを発表。
- 4月1日 - ハドソンがコナミの完全子会社となる。
- 4月 - 17〜19日にかけて、プレイステーションネットワークで大規模なクラッキングおよびそれによる大量の個人情報流出が起き、21日から同サービスを停止し、再開まで1ヶ月強を要した。被害対象が7000万人を超える史上最悪の個人情報流出事件として社会全体を揺るがす事件となる。詳細はプレイステーションネットワーク個人情報流出事件を参照。
- 4月25日 - 任天堂「Wii」の後継機となるゲームハード(後の「Wii U」)を同年のE3で公開すると発表。
- 6月7〜9日(北米時間) - E3にて、ソニー・コンピュータエンタテイメント「PlayStation Vita」の正式名称・価格などを発表。任天堂「Wii U」の名称および仕様を発表するとともに実物を展示する。
- 8月11日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」の定価を日本で1万円値下げ(後に海外市場でも順次値下げされる)。ゲームハードの発売半年以内での大幅値下げは前例がなく、話題となる。
- 8月25日 - カプコン『モンスターハンター ポータブル 3rd HD Ver.』。既存のソニーのゲームハード作品を「プレイステーション3」用にHD(高解析度画像)用にリマスターした作品(PSPリマスター)の第1作目。
- 12月17日 - ソニー・コンピュータエンタテイメント「PlayStation Vita」[8][9]発売。
- 2012年
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- 1月 - 任天堂『Wii Fit』と『Wii Fit Plus』の合計が「世界一売れた体重計」としてギネス・ワールド・レコーズに認定される。
- 1月12日 - バンダイナムコゲームス『スーパーロボット大戦OGサーガ 魔装機神II REVELATION OF EVIL GOD』。企画構想から発売に至るまではそれまでの最長であった『天外魔境III NAMIDA』の約13年間[10][11][12]を超えゲーム史上最長の約15年間[13]となった[14][15]。
- 3月1日 - ハドソンがコナミグループに合併吸収された。
- 7月2日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントがクラウドゲーミングサービスGaikaiを買収。
- 7月10日 - 米国クラウドファンディングサイトKickstarterにてAndroid家庭用ゲーム機「OUYA」プロジェクトが発表され、記録的な資金を獲得し話題となる。以後新興ベンチャー企業によるAndroidゲーム機の発表が相次ぐ。
- 7月28日 - 任天堂「ニンテンドー3DS LL」発売。
- 11月18日(欧州は11月30日、日本は12月8日) - 任天堂「Wii U」発売。
- 2013年
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- 1月7日 - CES 2013にてGPUメーカーNVIDIAがAndroid携帯型ゲーム機「Project SHIELD」を発表。同じくCESにてSteamを運営するValveが同社のリビング向けSteam専用ゲーミングPC規格「Steam Box」に準ずる小型機「Piston」を発表。
- 2月21日 - SCEが「PlayStation 4」を発表。
脚注 [編集]
- ^ Montfort, Nick(2005). Twisty Little Passages: An Approach to Interactive Fiction. MIT Press, p.76. ISBN 0262633183
- ^ “1960: DEC PDP-1 Precursor to the Minicomputer” (英語). CED Magic. 2008年12月4日閲覧。
- ^ 公正取引委員会報道資料 (PDF)
- ^ PCエンジンGTはPCエンジンとの互換性があった。
- ^ ネオジオポケットとワンダースワンはどちら共に最初はモノクロ表示であったが、後にカラー表示となってマイナーチェンジ版として発売をした。
- ^ a b “モンハン3、PSP最大のヒットに コラボ企画も続々”. asahi.com (2011年2月14日). 2011年5月29日閲覧。 エンターブレイン調べ
- ^ ただし、この記録は2本合計の記録であり、1本としての記録は変わっていない。
- ^ 任天堂以外の同じ他社製のハードメーカーで次世代型携帯ゲーム機が発売されたのはこれが初めて。
- ^ ネオジオポケットとワンダースワンは最初はモノクロ表示であったが、後にカラー表示化をしたマイナーチェンジ版が発売をした。
- ^ 1992年⇒2005年
- ^ PCエンジン SUPER CD-ROM2⇒アーケードカード⇒PC-FX⇒プレイステーション2
- ^ ニンテンドーゲームキューブ版も発売も予定もしていたが、後に発売中止となり、プレイステーション2のみの発売となった。
- ^ 1997年⇒2012年
- ^ 当初はセガサターンでの発売を予定していたが『スーパーロボット大戦F』の優先で約10数年間にも封印をしていたことがあった。
- ^ 新作発表! 魔装機神II REVELATION OF EVIL GOD | スーパーロボット大戦公式BLOG「熱血!必中!スパログ!」より。
関連項目 [編集]
- アーケードゲーム(アーケードゲームの歴史)
- コンシューマーゲーム(コンシューマーゲームの歴史)
- アダルトゲーム(アダルトゲームの歴史)
- 日本におけるゲーム機戦争