コンピュータゲームの歴史

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コンピュータゲームの歴史(コンピュータゲームのれきし)は、これまでのコンピュータゲーム関連の主な出来事を記す。

黎明[編集]

1840年代
  • イギリス数学者チャールズ・バベッジは、機械にゲームを行わせることに興味を持ち、解析エンジン(コンピュータ)を考えた。ただし、チェスの場合は組合せが膨大になることから成功しなかった。
1912年
  • スペインの技術者レオナルド・トーレス・ケベードは、歴史上最初のコンピュータゲームと呼ばれるチェス機械、エル・アヘドレシスタを作成した[1]。この機械はチェスの終盤のみを扱い白のキングとルークで人間側の黒のキングを詰ませようとするもので、内部の電気機械的な装置により盤面の状況を判断し駒の動きを決めることができ、人間側のキングの最初の位置がどこであってもチェックメイトすることができた。
1946年
1950年代前半
  • Whirlwindで、「バウンシング・ボール(Bouncing Ball)」というゲームが動いていたとされ、何らかの形でコンピュータによるゲームが作られた最古の記録と言われる[2]。ただし、ゲームではなくボールがバウンドする様子を再現した一種のデモプログラムだったとする説もある。
  • 日本に駐留するアメリカ軍の娯楽需要を目当てとして、日本にアミューズメント機器を輸入・販売・リースする会社が設立される。これらの会社にはセガの母体となった1951年設立のローゼン・エンタープライゼスやレメーヤー&スチュワート、1953年設立の太東貿易、1955年設立の中村製作所があり、のちに業務用コンピュータゲームに参入することになる[3]
1952年
  • ケンブリッジ大学EDSACで、同大学の大学院生であったアレキサンダー・ダグラスは、ディスプレイ画面を介してコンピュータと対戦する三目並べの 『OXO』 というプログラムを作成した(「Graphic Tic Tac Toe」とも呼ばれた)。EDSACシミュレータにより、現代でも動作可能である。ゲーム画面の記録が残っている初のビデオゲームとされる。
1958年
1962年
1966年
  • ラルフ・ベアがそれまで特殊なディスプレイ装置にしか表示出来なかったゲーム映像を、家庭用のテレビ受像機に表示するアイデアを思いつく。彼は所属していたサンダース・アソシエイツ社にて試作品を作り始め、数種類の試作機を完成させる。数年後、同社から世界初の家庭用ゲーム機に関する特許の申請が行われた。
1969年
  • ベアが一般的なテレビ受像機に接続して数種類のゲームが遊べる「ブラウンボックス」を完成させるが製品化には至らなかった。

1970年代[編集]

1971年
1972年
  • ラルフ・ベアがマグナボックス社から世界初の家庭用ゲーム機オデッセイ」を発売。最初の1年間で10万台が販売されたが、大ヒットには至らず[2]
  • ブッシュネルは「オデッセイ」に感銘を受けて5月にアタリ社()を創業し、「オデッセイ」のテーブルテニスをヒントにした『PONG』を11月に発売。商業的に成功した最初のゲーム。
1973年
1974年
  • Spasim』 - ワイヤーフレーム表示の宇宙戦3Dシューティング。32人同時の通信対戦をサポート。
  • タイトースペースレース』 - 日本初のテレビゲーム式レースゲーム。
1975年
1976年
1977年
1978年
  • 4月 - 東芝ビジコン」。日本初のマイクロプロセッサ搭載かつカートリッジ交換式家庭用ゲーム機だが原型はRCAの「Studio II」である[9]
  • 7月 - タイトー『スペースインベーダー』。全国各地にインベーダーハウスやインベーダー喫茶が乱立するなど大きな社会現象をまき起こしたが、一方で青少年のインベーダーをはじめとするゲームにまつわる非行・犯罪の増加やコピーゲームなどの違法行為が問題視され、ブームは1年ほどで終息した。[10]
  • すがやみつる『ゲームセンターあらし』が「コロコロコミック」で読み切りマンガとして掲載される。翌1979年から連載開始。コンピューターゲームとマンガのメディアミックスの走り。[11]
  • 任天堂が『コンピューターオセロゲーム』で業務用コンピュータゲームに参入(任天堂レジャーシステム名義)。
  • エポック社「テレビ野球ゲーム」。NECが家庭用ゲーム機用に開発したマイクロプロセッサを搭載しており、野球を題材にした最初期のコンピュータゲーム[9]
1979年
  • 10月1日 - アクティビジョン設立。ゲーム機史上初のサードパーティとしてゲームソフトを開発・販売した企業。
  • 11月 - ナムコギャラクシアン』。『スペースインベーダー』の人気が一段落した頃にポストインベーダーとして開発された[3]。敵の動きがキャラクター付けされているなど、『スペースインベーダー』を発展させたゲーム内容で大ブームになる。描画にスプライト方式を採用することにより複数のキャラクターを高速かつ滑らかに動作させることに成功しており、スプライト方式をコンピュータゲームの主流に押し上げコンピュータゲームのアイデアを多様化させるという技術的転換点となった[3]
  • 電気音響平安京エイリアン』。「東大生が製作したゲーム」というふれこみでマスコミにも取り上げられ、話題となる。
  • 『インベーダー攻略法――これであなたも10000点プレイヤー』(ヘラルド・エンタープライズ)。アーケードゲームで史上初の攻略本。[12]

1980年代[編集]

1980年
1981年
1982年
  • 8月 - コモドールコモドール64」。優れた性能と高いコストパフォーマンスを誇るホビーパソコン。ゲームユーザーをターゲットにしたマーケッティング戦略により家庭用ゲーム機のシェアを奪い、アタリショックの原因のひとつとなった。
  • 8月20日 - トミーぴゅう太」。ゲームパソコンホビーパソコン
  • 11月 - General Consumer Electronics「Vectrex」。ベクタースキャンを採用した。
  • 12月 - シンキングラビット倉庫番』。パズルゲーム
  • 12月6日 - タイトーが『スペースインベーダー パートII』の無断コピーをめぐり起こした訴訟において、東京地裁がコンピュータプログラムを著作権法上保護されるべき著作物として認める判決(「スペースインベーダー パートII事件」)[20]
  • アタリ『E.T.』。史上最低のゲームとして名高い。高額のライセンス料・大量の売れ残り在庫により、アタリに大きな経済的損失を与え、翌1983年にアタリは赤字に転落、1984年には分割・売却されたため、アメリカのゲーム市場全体が停滞した。
  • アタリ「Atari 5200」。「Atari 2600」の後継機。高性能でソフトのクオリティも高かったが2600との互換性は持たず、アタリは5200の発売後も5200より2600に注力したこともあって失敗に終わった。
  • コレココレコビジョン」。『ドンキーコング』のアーケード版にほぼ忠実な移植を実現するなど、当時としては高性能を誇った。このハードは1984年に生産終了となったものの、発売からそれまでの短い期間中に600万台以上を売り上げた。
  • エマーソン・ラジオEmerson Arcadia 2001」。
  • トミートミー3D』(翌年以降、『The Tomytronic Thundering Turbo 3D』)。トミー3D立体グラフィックゲーム・シリーズ。スコープ・双眼鏡型でディスプレイを2つ搭載し、3D立体表示可能な世界初の携帯ゲーム機。
  • Entexアドベンチャービジョン」。ドットマトリックスLEDディスプレイを搭載した、ゲームソフト交換式の可搬型家庭用ゲーム機。
  • 12月8日 - ワーナーがアタリの売上下降を理由に同年第4四半期の利益を下方修正し、翌9日にワーナーの株価が暴落する。アタリ社の売上は翌年の第1四半期にかけて急落した。いわゆるアタリショックの始まり[2]
  • アタリハード向けソフト販売におけるアタリのシェアが前年の80%から56%に低下[2]
  • 1980年代前半の北米において家庭用ゲーム機市場の売上高が最大になる[2]
  • アメリカでコンピュータゲーム雑誌『Electronic Fun with Computers & Games』、『JoyStik - How to Win at Video Games』、『Video Games』、『Video Games Player』、『Videogaming Illustrated』が創刊される[21]
1983年
1984年
1985年
1986年
1987年
  • 1月26日 - エニックス『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』。前作の人気を受けて発売前から大きな話題を呼び、発売日には全国の販売店に本作を求めて行列するファンの姿も多く見られた。こうした熱狂は一部のマニアだけのものではない社会現象として多くのマスメディアで取り上げられ、それまで単なるおもちゃとしか見られていなかったテレビゲームに一般の関心を集める役割を果たした。その一方で、本作を買い求めるために学生が学校を休むことや、売れないソフトなどを本作と一緒に販売する抱き合わせ商法が問題となった。
  • 6月21日 - 日本ファルコム『イース』。理不尽な謎と高い難易度の作品ばかりだった当時のPCゲーム市場で、絶妙なゲームバランスを売りにヒットした。
  • 7月13日 - コナミ『メタルギア』。ステルスゲームを広く普及させた作品とされる。後年『メタルギアソリッド』シリーズとして世界的に有名となる。
  • 9月11日 - ナムコ『デジタル・デビル物語 女神転生』。後の『女神転生シリーズ』にも多く受け継がれることになる「仲魔」、「悪魔合体」などの独特のシステムや世界観を持つ3DRPG。開発は後にシリーズを自社販売することになるアトラス
  • 10月30日 - NECホームエレクトロニクスPCエンジン」。CPUの処理速度、グラフィック美しさや迫力のあるサウンドなど、当時の常識を覆す高速・高性能を実現した。
  • 11月21日 - T&E SOFTハイドライド3 THE SPACE MEMORIES』。ゲーム内に仮想世界を構築するために時間の概念、重さの概念、食事・睡眠の概念、貨幣の概念など革新的な要素を取り入れた アクションロールプレイングゲーム
  • 12月18日 - スクウェアファイナルファンタジー』。スクウェア社の最後の作品となる予定だったソフトなので「ファイナル」と銘打たれたが、ヒット作となって後には世界的にも有名なシリーズとなり、同社は存続された。
  • ケスマイエア・ウォーリア』。娯楽用としては世界初のオンライン・フライトシミュレーションゲーム。運営会社が運用するサーバに接続してプレイするタイプであり、最初期のMMOゲームとも言える。日本では富士通により1992年から数年間に渡って運用された。
  • シャープ「X68000」。優れたAV能力によって業務用ゲームの高度な移植を可能とし、基板のセルフチェック動作までも再現する“完全移植”の概念を後に定着させたパソコン。
  • ドイツのメーカーRainbow ArtsThe Great Giana Sisters』(日本未発売)。あからさまな『スーパーマリオブラザーズ』の盗作でかつ同作を挑発するキャッチコピーだったため任天堂から訴訟が起きて発禁処分となる。後年、このゲームの開発者が欧米ゲーム市場における重鎮となったことから、欧米において伝説的なカルトゲームとなる。
1988年
1989年

1990年代[編集]

1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
  • 1月14日 - エニックスも『ドラゴンクエストVII』をPlayStationで発売することを発表。
  • 1月31日 - スクウェア『ファイナルファンタジーVII』。それまでのRPGの常識を覆したフルポリゴンRPG。PlayStationで発売されたことによって、それまで売り上げが均衡していたセガサターンとの差を大きく開くきっかけとなった。
  • 『ファイナルファンタジーVII』により「PlayStation」が次世代ハード戦争の覇者となる。また、同作品のようにフルポリゴン化された画面やCGムービーの挿入など高度な画像処理を前面に押し出し、ストーリー性などにも力を注いだた「重厚長大」な作品が人気となる。
  • 9月24日 - オリジン・システムズウルティマオンライン』。MMORPGとして初めての大ヒット作。
  • 9月30日 - ローソン任天堂が日本国内のローソン店頭でのゲームソフトデータ販売サービス「ニンテンドウパワー」を開始。当初はスーパーファミコン用ソフトがサービス対象、2000年3月1日にはゲームボーイソフトも対象に。
  • 10月 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本の小売店の不良在庫となったゲームソフト約200タイトル(70万本)を1本あたり2000円で回収する。ソニーが家庭用ゲーム機ビジネスに参入するにあたって日本において構築した流通システムが機能不全を起こしていることを示す出来事であった。[36]
  • 11月 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが従来小売店に課していたプレイステーション用ソフトの値引き販売禁止政策が消滅し値引き販売が一般的になる。[38]
  • 12月 - コナミ『beatmania』。音楽ゲームの先駆け。
  • セガとバンダイが合併し、新社名をセガバンダイとすると発表。しかし、後にこの計画は解消された。
  • セガがセガ・ユナイテッドをムーミン(問屋)と合併しセガ・ミューズへ再編。ソニー・コンピュータエンタテインメントの流通システムに倣い小売店への直販化やソフトのリピート発注の迅速化を行う流通改革を行った。[36][39]
  • 任天堂系問屋団体「一心会」が解散する。[36]
1998年
1999年
  • 1月21日 - 任天堂『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』。高いキャラクター性と対戦ゲーム性を両立した作品として話題となる。
  • 2月11日 - スクウェア『ファイナルファンタジーVIII』。記録的な売り上げを達成し、スクウェアの経営方針転換のきっかけとなる。ただ「コンビニ限定販売」という流通方法に多くの課題も残した。
  • 3月4日 - バンダイ「ワンダースワン」発売。
  • 3月18日 - 『三國志III』のゲームデータ改造ツールを巡って争われた三国志III事件について、東京高裁は『三國志III』は著作権法上の「映画の著作物」に該当せず、そのゲームデータ改造ツールは著作権を侵害しないという判断を示す。[41]
  • 3月19日 - SNK「ネオジオポケットカラー」発売。
  • 4月27日 - 『ときめきメモリアル』の改造済みセーブデータの入ったメモリーカードの販売を巡って争われたときめきメモリアルメモリーカード事件について、大阪高裁は『ときめきメモリアル』は著作権法上の「映画の著作物」に該当し、その改造済みセーブデータの入ったメモリーカードの販売は著作権を侵害するという判断を示す[42]。なお、2001年3月18日に控訴棄却により判決が確定した[43]
  • 7月15日 - スクウェア『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』。高い売上記録を残すが、スクウェア内部では上記の『ファイナルファンタジーVIII』と比較して少ない売上だったことが指摘され、前年発売の『ゼノギアス』製作スタッフなどとともに『ファイナルファンタジー』偏重の流れ(FFシフト)に反発した社員の集団退社が起こりはじめる。
  • 8月5日 - ナムコ『ソウルキャリバー』。アーケードゲームからの移植版としての制作期間が短かったにもかかわらず、ドリームキャストでも屈指の作品となり、日本国外でも売り上げを伸ばし、北米を中心にユーザーを獲得。世界での総売り上げ本数が100万本に達した。
  • 8月23日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントがPlayStationのエミュレータ「bleem!」の販売差し止めを求めていた訴訟で、サンフランシスコ連邦地裁が販売継続を認める判決を下す[44]
  • 9月 - 新声社倒産により、『ゲーメスト』廃刊。ゲーメストスタッフの一部により、アスキー(現:エンターブレイン)から『アルカディア』創刊。
  • 11月 - ナムコ、アーケードにて『ミスタードリラー』を発表。シンプルな原点回帰したゲームながらも好調な成績を収め、「軽薄短小」なシステムのゲームを見直すきっかけとなる。
  • 11月 - 公正取引委員会が、ドリームキャストのハードとソフトの卸売を行っているセガの子会社セガ・ミューズを独占禁止法違反(再販売価格維持)容疑で立ち入り検査。セガは翌2000年7月に販売部門を自社に新設し、卸売業務を自社に移すことで摘発を免れた[45]
  • 12月11日 - 任天堂「64DD」。
  • 日本コンピュータゲーム協会が発足。主にパソコン向けのコンピュータゲームを開発する企業による業界団体。

2000年代[編集]

2000年
  • 3月4日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation 2」を発売。
  • 4月1日 - アスキーよりエンターブレインが分社。『ファミ通』などの出版事業を移管。
  • 4月18日 - 日本で家庭用ゲームソフトを販売するフランチャイズチェーン本部と流通会社14社がTVゲームビジネス協議会を設立。「PlayStation 2」発売に際し、ソニー・コンピュータエンタテインメントがPlayStation.comで一般流通より安い価格での直販を開始したことと、フランチャイズチェーン本部へのバックマージンを廃止したことに対する危機感が背景にあった[46]。なおTVゲームビジネス協議会は2002年4月にGRA(GAME RETAILERS ASSOCIATION)に名称を変更した[47]
  • 5月30日 - セガがドリームキャスト向けにゲーム配信サービス「ドリームライブラリ」を開始[48]。クラシックタイトルのダウンロード販売の先駆け。
  • 6月15日 - 青少年の精神に悪影響を与えるからという理由で、中国政府が中国国内向けの外国製ゲーム機の製造・販売を禁止した[49][50]
  • 7月7日 - スクウェア『ファイナルファンタジーIX』。
  • 8月3日 - セガがドリームキャスト用ソフトのレンタルを「TSUTAYA」において2000年9月30日から開始すると発表[51]
  • 8月22日 - 任天堂、『MOTHER3 豚王の最期』の開発を断念。後に再開され、『MOTHER3』のタイトルでゲームボーイアドバンス用ソフトとして発売されるが、当時はNINTENDO64向けに開発されていた。
  • 8月26日 - エニックス『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』。出荷本数は400万本を超え、日本でのPlayStationソフトの歴代記録1位を樹立した。
  • 9月20日~21日 - 第1回CEDECが開催される。
  • 10月1日 - 日本において国立国会図書館法の一部を改正する法律が施行され、コンピュータゲームソフトを含むパッケージ系の電子出版物に納本義務が課せられた。
  • 10月8日 - 韓国でeスポーツ大会「World Cyber Games」の第1回(World Cyber Games Challenge)が開催される[52]
  • 12月19日 - バンダイ「ワンダースワンカラー」発売。
  • 12月21日 - セガ『ファンタシースターオンライン』。コンシューマーゲーム初の本格MORPG
  • Blizzard Entertainment社『DIABLO2』。以後のゲームに影響を及ぼした要素が多数散見される。
2001年
  • 1月26日 - NTTドコモがJava機能「iアプリ」搭載携帯電話「503i」シリーズを発売。日本において携帯電話上で動作するコンピュータゲームの市場が生まれる。
  • 3月21日 - 任天堂「ゲームボーイアドバンス」。
  • 3月27日 - ゲームソフト販売店チェーン・カメレオンクラブを展開する株式会社上昇に中古ソフトの販売中止を要求したため権利不存在確認訴訟を起こされたエニックスに対し、東京高裁は控訴を棄却。[53]さらに3月29日にはカプコン、コナミ、スクウェア、ナムコ、ソニー・コンピュータエンタテインメント、セガの6社によるテレビゲームソフトウェア流通協会加盟会社への訴訟において、大阪高裁が小売側勝訴の判決を下す。[54]これらにより、日本における中古ゲームソフト売買が合法であるというコンセンサスが出来上がる。
  • 3月31日 - セガが「ドリームキャスト」の製造を打ち切り、ハード事業から完全撤退。
  • 7月19日 - スクウェア『ファイナルファンタジーX』。
  • 8月1日 - 公正取引委員会がソニー・コンピュータエンタテインメントに対し、「PlayStation」ソフトウェア販売に関する独禁法違反(再販売価格維持)について排除措置命令を審決。[55]
  • 9月14日 - 任天堂「ニンテンドーゲームキューブ」。
  • 11月15日(日本は2002年2月22日、欧州は2002年3月14日) - マイクロソフトXbox」。Xbox Liveが開始。
  • ファイアーエムブレム』の類似作品であるとして任天堂より警告を受けていた発売予定ソフト『エムブレムサーガ』(当初名称)が『ティアリングサーガ』とタイトルを変えて発売されたことに対し、発売元であるエンターブレインなどを相手取り、任天堂などが著作権と不正競争防止法に関する訴訟を起こす。詳細はファイアーエムブレムを参照。
  • コナミによるプロ野球のゲーム化権利や音楽ゲームの特許の独占、他社製品名による登録商標の申請が問題となる。プロ野球のゲーム化権利については、他社製野球ゲームへの再許諾を遅延させるなどの行為が行われ、後に公正取引委員会より独占禁止法に基づく警告を受けた[56]
2002年
  • 2月 - 日本テレビゲーム商業組合結成。かねてより乱立状態にあったゲームソフト販売店関係団体の統合が果たされる。
  • 4月25日 - 最高裁が中古ゲームソフト売買を合法と判断。日本における中古ゲームソフトを巡るゲームソフトメーカーと小売業者間の法廷闘争が終結。[57]
  • 4月25日 - ドイツでエアフルト事件が発生。犯人の少年が『カウンターストライク』に耽溺していたことから、暴力的な内容のコンピュータゲームの規制を強化する動きが起き、青少年保護法の制定とソフトウェア事前審査機構(USK)の設置に繋がった[58]
  • 5月16日 - スクウェア『ファイナルファンタジーXI』サービス開始。コンシューマゲーム初の本格MMORPG。
  • 6月 - 日本においてコンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)が発足し、同年10月から活動を開始。これ以後の日本の家庭用ゲーム機用ソフトは対象年齢などのレイティング審査が課せられるようになる。
  • 7月 - ギリシャにおいて全てのコンピューターゲームの所持・利用を禁止する法律(ギリシャ法第3037号)が制定される(2004年廃止)。
  • 7月 - 森昭雄が『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版)を出版。
  • 7月12日 - バンダイ「スワンクリスタル」。
  • * 8月12日 - セガがPC用ゲームソフトのオンライン・レンタルシステム「B-CLUB」をISP向けに開始[59]
  • 11月21日 - 任天堂『ポケットモンスター ルビー・サファイア』。記録的な売り上げを出す。これを機に、ポケモンの関連商品の販売などを行う事業を『ポケモン』という略称をそのまま使って社名にし、分社化(株式会社ポケモン)。
  • 日本のゲーム市場が前年比で1000億円近い減収となり、日本における市場縮小が顕著化し始める(ゲーム離れ)。同時期の欧米市場は大規模な拡大を見せるとともに欧米製ソフトが市場に普及、日本の世界シェアが著しく低下する。
2003年
  • 1月21日 - セガ『甲虫王者ムシキング』。昆虫相撲トレーディングカードをゲームに取り入れ、子供達に人気を博した。
  • 2月14日 - 任天堂「ゲームボーイアドバンスSP」。
  • 3月13日 - スクウェア『ファイナルファンタジーX-2』。
  • スクウェアが任天堂との対立関係を解消する。同社は任天堂系ハードにおける、ソフト供給を再開する。
  • 4月1日 - スクウェアとエニックスが合併、スクウェア・エニックスとなる。
  • 4月 - 任天堂『MOTHER3』の開発中止を撤回。
  • 9月12日 - Valveが「Steam」クライアントの初版を公開。[60]当時のSteamはオンラインゲームの更新用プラットフォームであった。
  • 9月30日 - 任天堂、「ファミリーコンピュータ」「スーパーファミコン」の生産およびディスクカード書き換えサービスを終了。
  • 11月26日 - コンビニエンスストアへのゲーム流通を確立させたデジキューブが破産し、解散。デジキューブ出版部門の一部は、スクウェア・エニックス出版部門に、著作権とともに吸収される。
  • 汎欧州ゲーム情報(PEGI)が設立される。欧州におけるコンピュータゲームのレイティング審査機関。
  • 日本における市場規模が5000億円を下回る。
2004年
  • 2月14日 - 任天堂が、ファミコン生誕20周年企画として、『ファミコンミニ』シリーズ(過去の名作ファミコンソフト)をゲームボーイアドバンスで完全復刻。
  • E3にて任天堂がそれまでの非ゲームユーザーもターゲットとした新機軸の携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」を発表。同イベントにてソニー・コンピュータエンタテインメントは「PlayStation Portable」を発表し、任天堂のゲームボーイアドバンスの牙城に挑もうとする。
  • 9月21日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが「PlayStation Portable」の重大な発表をすることをこの日に予告。しかし同日に任天堂が対抗するような形で「ニンテンドーDS」の発売日と価格を発表し、ソニーの発表会は予定より遅れて開始され有耶無耶のまま終了する(空白の17分間)。
  • 10月1日 - セガサミーが経営統合、セガサミーホールディングス設立。
  • 11月21日(日本では12月2日) - 任天堂「ニンテンドーDS」発売。
  • 11月27日 - スクウェア・エニックス『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』。360万本を超える本数を販売、PlayStation 2用ソフトとして日本国内1位の記録を樹立。
  • 12月12日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Portable」(PSP)。DSとともに年末に発売され、携帯ゲーム機戦争として年末商戦の話題となる。ちなみにPSPは任天堂以外の他社製の携帯ゲーム機で最初から完全カラー表示となるのはゲームギアから約14年振りとなる(PCエンジンGTPCエンジンとの互換性があった。ネオジオポケットワンダースワンはどちら共に最初はモノクロ表示であったが、後にカラーとなってマイナーチェンジ版として発売をした)。
  • 12月16日 - ValveHalf-Life 2』。Steamを介してダウンロード販売が行われ、Steamがゲーム配信プラットフォームとして成立する礎となる。
2005年
2006年
  • 1月19日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント『RULE of ROSE』。11月には欧州で発売されたが、EUの司法大臣フランコ・フラッティーニが作中における描写を「みだらで残酷」と評しPEGIのレーティングシステムの変更を求めたり、英国での発売がキャンセルされたりするなど、物議を醸した[62]
  • 3月2日 - 任天堂「ニンテンドーDS Lite」。
  • 3月16日 - スクウェア・エニックス『ファイナルファンタジーXII』。
  • 4月20日 - 任天堂『MOTHER3』。任天堂ゲームとしてでは発表から発売まで最も時間がかかったゲーム(約12年間)となる。(その次は『星のカービィ Wii』の約11年間。)シリーズ史上最高売上達成。
  • 4月25日 - コーエーネットが家庭用ゲームソフトのレンタル事業「RentaNet」を発表[63]。RentaNetは5月から試験運用が行われたが、結局1年足らずで頓挫した[64]
  • 5月15日(日本では5月25日発売) - 任天堂『New スーパーマリオブラザーズ』。マリオの2Dアクションは『スーパーマリオワールド』以来。
  • 5月31日 - CEROのレーティングが4区分から5区分に細分化される。各区分にアルファベットが付与され、旧来の「18歳以上対象」が「D(17歳以上)」と「Z(18歳以上のみ対象」に2分割され、Z区分の商品は新品・中古品ともに18歳未満の者に販売しないこととされた[65]
  • 11月11日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本・米国で「PlayStation 3」(PS3)を発売。発売当初は品薄が続いた。PS3の発売に合わせ、オンラインサービス「PlayStation Network」(PLAYSTATION Network)も開始される。
  • 任天堂、ゲームボーイアドバンス及びゲームキューブのハード・ソフト開発が終了。
  • 11月19日(日本では12月2日発売) - 任天堂「Wii」。2006年末までの販売台数は98万9118台に達し、一気にライバル「PS3」を追い越す。
  • 12月12日 - スクウェア・エニックスが『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』をニンテンドーDSで発売することを発表。ドラクエのナンバリング作が約10年ぶりに任天堂プラットフォームに復帰。かつ、初の携帯ゲーム機進出。一部メディアが「ドラクエが任天堂に戻ってきた」と報じる。
  • 「ニンテンドーDS Lite」のハードおよびソフトが人気となり、長期・過度の品不足状態が続く。
2007年
  • PS3、1月初頭までに日本と米国でそれぞれ100万台出荷したが、「Wii」が発売されると日本では高性能ゲーム機は一部のコアユーザーにしか受け入れられず需要が急落し品薄状態から一転、在庫を抱える店が増えた。一方「Wii」の品薄状態はこの後半年ほど続いた。なお旧型PS2にも販売台数が及ばない時期が続いた。
  • 2月22日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 2nd』。日本国内でPSP初のミリオンセラーを達成。2005年12月に発売されて以後売れ続けていた前作『モンスターハンター ポータブル』とともに日本におけるPSPへのカンフル剤となる。
  • 6月29日 - アップルがアメリカで「iPhone」を発売[66]
  • 7月5日 - マイクロソフトが「Xbox 360」の不具合について、購入日からの無償保証期間を3年に延長。修理費用として10億5000万~11億5000万米ドルを2007年4月~6月期決算に計上した。[67]
  • 9月20日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PSP「PSP-2000」。発売から2ヶ月で100万台を達成。
  • 10月31日 - 任天堂の時価総額が10兆円突破し、日本3位(トヨタ三菱UFJ FGに続く)となった。DSとWiiの好調から。
  • 10月31日 - ファミリーコンピュータ、ディスクシステム、およびスーパーファミコンの修理サポート終了。
  • 12月1日 - 任天堂『Wii Fit』。
  • 12月2日 - アクティビジョンヴィヴェンディ・ゲームズが合併し、アクティビジョン・ブリザードが誕生。世界最大のゲームソフト会社となる。
  • ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)大手のFacebookがアプリケーション開発用のAPI「Facebook Platform」を提供。後の「ソーシャルゲーム」の基礎となる。
2008年
  • 1月22日 - 「Wii」の日本国内における累計販売台数が500万台を突破。PS2を抜き、家庭用ゲーム機最速の60週で達成。
  • 1月31日 - 任天堂『大乱闘スマッシュブラザーズX』。
  • 2月19日 - マイクロソフトインテルAMDNVIDIAによってPC Game Allianceが設立。
  • 3月25日 - Wiiオリジナルソフトオンライン販売『Wiiウェア』のサービス開始。
  • 3月27日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 2nd G』。わずか1ヶ月で200万本以上を売り上げ、後述の『モンスターハンターポータブル 3rd』発売までPSPで最も売れたソフトであった[68]
  • 4月10日 - 任天堂『マリオカートWii』。世界で最も売れたレースゲーム作品。
  • 7月11日 - アップルApp Store」開始。
  • 10月23日 - Google「Android Market」(現・Google Play)開始。
  • 10月16日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PSP「PSP-3000」。携帯機器でも最高クラスの液晶ディスプレイを搭載。
  • 11月1日 - 任天堂「ニンテンドーDSi」。画面を拡大、カメラ・SDカードスロット搭載。
  • 12月10日 - スクウェア・エニックスが『ドラゴンクエストX』をWiiで発売することを発表。異例の前作(『DQ9』)発売前の新作発表。
2009年
  • 2月12日 - ミッドウェイゲームズが倒産。
  • 3月6日 - 世界全体におけるニンテンドーDSシリーズの累計販売台数が1億台を突破。
  • 3月23日 - Zeebo「Zeebo」を発表。ブラジル資本による新興国向けの安価なゲーム機で、携帯電話の部品をベースに作られており、ゲームソフトは3Gネットワークを利用しオンラインで販売された[69]。しかし2011年には販売が終了した[70]
  • 5月17日 - Mojang『Minecraft』クラシック版。
  • 6月3日 - E3にてPSPの新モデル「PlayStation Portable go」を発表。外見とともにUMDを廃止しソフトウェアはオンライン販売のみであるなど、概要が公表される。
  • E3にて、ソニー・コンピュータエンタテインメントがPS3に「PlayStation Move」、マイクロソフトがXbox 360に「Natal(後のKinect)」という新インターフェイスの導入を発表。Wiiへの対抗を見せる。また、任天堂は「Wiiバイタリティセンサー」を発表(しかし開発に躓き商品化されず)。
  • 7月11日 - スクウェア・エニックス『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』。『ドラゴンクエストシリーズ』で日本国内最多の売上本数を記録する。また搭載された「すれちがい通信」機能を使った遊びが注目された[71]
  • 8月19日~23日 - コンピュータゲームの見本市であるgamescomの第1回がドイツのケルンで開催される。
  • 9月3日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PS3「CECH-2000」発売。従来モデルの問題点だったサイズや価格を改善し、販売台数を持ち直す。
  • 10月27日 - Riot Games『League of Legends』運営開始。
  • 11月1日(北米では10月1日発売) - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Portable go」。
  • 11月21日 - 任天堂「ニンテンドーDSi LL」。それまでの携帯ゲーム機の流れとは異なる「大型化・大画面化」。
  • 12月3日 - 任天堂『New スーパーマリオブラザーズ Wii』。日本国内市場におけるWiiの勢いを取り戻す大ヒットとなる。
  • 12月11日 - Rovio Entertainment『Angry Birds』がApp Storeで販売開始。翌2010年に世界的大ヒットとなる。
  • 12月17日 - スクウェア・エニックス『ファイナルファンタジーXIII』。
  • 成長を続けてきた北米ゲーム市場が減収となる。

2010年代[編集]

2010年
  • 2月17日 - 主にケイブのアーケードゲームの販社であったエイエムアイが倒産[72]
  • 3月23日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」を同年のE3で公開すると発表。
  • 4月1日 - テクモコーエーに吸収合併され、コーエーテクモゲームス設立。
  • 4月3日 - アップルがタブレット型コンピュータ「iPad」を米国で発売。これをきっかけにタブレット型端末の普及が進み、モバイル端末向けゲーム市場が拡大する。
  • 4月27日 - 梅原大吾が日本人としては初のMadCatzからプロ契約を締結しプロ・ゲーマー(プロ格闘ゲーマー)となった。
  • 6月15〜17日(北米時間) - E3にて、任天堂「ニンテンドー3DS」、ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Move」、マイクロソフト「Kinect」の実物がそれぞれ出展・展示される。
  • 9月15日(欧州時間。北米では9月17日、日本では10月21日発売) - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation 3」の新インターフェイス「PlayStation Move」。
  • 9月18日 - 任天堂『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』。日本ゲーム史上における最多の初動売上を記録(ただし、この記録は2本合計の記録であり、1本としての記録は変わっていない)。
  • 9月30日 - スクウェア・エニックス『ファイナルファンタジーXIV』。シリーズとしては初めてコンシューマゲーム版ではなくWindows版が先行して発売される。
  • 10月26日 - パナソニックThe Jungle」の開発が中止。
  • 11月4日(日本では11月20日発売) - マイクロソフト、「Xbox 360」の新インターフェイス「Kinect」。
  • 12月1日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 3rd』。わずか2ヶ月で前作を超える売り上げ[68]となり、2011年2月末には日本のサードパーティーで最も売れたゲームソフトとなる。
  • 世界市場の50%を占めていた日本市場は10%にまで低下した[73]
2011年
  • 1月27日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「NGP(後の「PlayStation Vita」)」と「PlayStation Suite」(現・PlayStation Mobile)を発表。
  • 2月13日 - 『Sid Meier's Civilization IV』「Baba Yetu」がゲーム音楽史上初となるグラミー賞第53回グラミー賞)を受賞[74]
  • 2月26日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」発売。
  • 3月9日 - マイクロソフト「Kinect」の世界販売台数が1000万台を超えたことと、「世界最速で1000万台を販売した家庭用電化製品端末」としてギネス・ワールド・レコーズに認定されたことを発表。
  • 4月1日 - ハドソンがコナミの完全子会社となる。
  • 4月 - 17〜19日にかけて、PlayStation Networkで大規模なクラッキングおよびそれによる大量の個人情報流出が起き、21日から同サービスを停止し、再開まで1ヶ月強を要した。被害対象が7000万人を超える史上最悪の個人情報流出事件となる(PlayStation Network個人情報流出事件)。
  • 4月25日 - 任天堂「Wii」の後継機となるゲームハード(後の「Wii U」)を同年のE3で公開すると発表。
  • 6月 - コンピュータゲームの実況プレイを専門でライブストリーミングするウェブサービス「Twitch」が「Justin.tv」(2007年サービス開始)から分離する形で始まる。
  • 6月7〜9日(北米時間) - E3にて、ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Vita」の正式名称・価格などを発表。任天堂「Wii U」の名称および仕様を発表するとともに実物を展示する。
  • 8月11日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」の定価を日本で1万円値下げ(後に海外市場でも順次値下げされる)。
  • 8月25日 - カプコン『モンスターハンター ポータブル 3rd HD Ver.』。既存のソニーのゲームハード作品を「PlayStation 3」用にHD(高解析度画像)用にリマスターした作品(PSPリマスター)の第1作目。
  • 12月6日 - TCG業界からの新規参入であるブシロードがソーシャルゲームサービス『ブシモ』の正式運用を開始。最初のタイトルは『BOUND MONSTERS(バウンドモンスターズ)』と『恋愛リプレイ』。
  • 12月17日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Vita」発売(任天堂以外の同じ他社製のハードメーカーで次世代型携帯ゲーム機が発売されたのはこれが初めて。ネオジオポケットとワンダースワンは最初はモノクロ表示であったが、後にカラー表示化をしたマイナーチェンジ版が発売をした)。
  • 「Wii」の日本市場における年間の本体販売台数が全盛期(2007年)の3分の1未満にまで減少し、次世代機への世代交代を待たずに競合相手の「PlayStation 3」に年間の本体販売におけるトップシェアを奪われる。[75]
2012年
2013年
  • 1月7日 - CES 2013にてGPUメーカーNVIDIAがAndroid搭載の携帯型ゲーム機「Project SHIELD」を発表。同じくCESにてSteamを運営するValveが同社のリビング向けSteam専用ゲーミングPC規格「Steam Box」(「Steam Machine」)に準ずる小型機「Piston」を発表。
  • 2月21日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが「PlayStation 4」を発表。TwitterFacebookUstream、Twitch等のソーシャル・ネットワーキング・サービス動画共有サイトとの連携の強化を謳った。
  • 3月22日 - テンセントがEpic Gamesを傘下に置く[82]
  • 5月13日 - ガンホー・オンライン・エンターテイメントの時価総額が1兆5455億円に達し、一時的に任天堂を上回った。
  • 5月21日 - マイクロソフトが「Xbox One」を発表。Kinectを標準装備し、スマートテレビ機能の強化を謳った。
  • 6月 - エドワード・スノーデンがアメリカ政府機関によるインターネット上での情報収集工作活動をマスメディアに暴露。これをきっかけとして、マイクロソフト、Yahoo!、Google、Facebook、PalTalk、YouTube、Skype、AOL、AppleなどのIT企業が情報収集工作活動に協力していたことが判明。
  • 6月10日 - E3に際して開催されたプレスカンファレンスにおいて、マイクロソフトが「Xbox One」の価格を発表。続いてソニー・コンピュータエンタテインメントがPlayStation 4の本体デザインと価格を発表するとともに、PlayStation 4用パッケージソフトウェアの中古流通承認・DRMの不適用を発表。
  • 6月19日 - マイクロソフトが「Xbox One」のパッケージソフトウェアに適用すると発表していたDRMを撤回。
  • 6月25日 - 北米・英国小売店にて「OUYA」の販売が開始される。
  • 6月27日 - インデックスが民事再生手続を申請。のち、11月1日付けでセガの100%子会社であるインデックス(セガドリームより社名変更)に「アトラス」ブランドを含む大半の事業を譲渡。
  • 7月 - 『League of Legends』のゲーマーが米政府からスポーツ選手と認定された[83]
  • 7月11日 - レベルファイブが『妖怪ウォッチ』を発売。
  • 7月31日 - NVIDIAが北米で「SHIELD」の販売を開始。
  • 9月17日 - Rockstar GamesGrand Theft Auto V』。「24時間で最も売れたビデオゲーム」としてギネス世界記録を樹立。
  • 9月24日 ^ マイクロソフトが中国のIPテレビ会社である百視通新媒体と合弁会社上海百家合情報技術発展を設立し、中国でのゲーム機の生産・販売解禁に向けて準備を始める[50]
  • 10月10日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation Vita」の新型モデル「PCH-2000」を発売。
  • 10月12日 - 任天堂が北米・欧州・豪州で「ニンテンドー3DS」の廉価版モデル「ニンテンドー2DS」を発売。
  • 10月17日 - マイクロソフトが「Xbox 360」の全世界での販売数が2013年9月で8000万台に到達したと発表。[84]
  • 10月22日 - 任天堂が「Wii」の生産終了を発表。[85]
  • 10月26日 - ソフトバンクが、フィンランドを拠点とするモバイル端末向けゲーム事業大手のSupercell社を15.3億ドルで買収すると発表。[86]
  • 10月31日 - ValveSteamのユーザー登録数が6500万人を突破(前年比30%増)したと発表。
  • 11月14日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation Vita TV」を発売。
  • 11月15日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが北米で「PlayStation 4」を発売(欧州主要国、豪州等は11月29日)。
  • 11月22日 - マイクロソフトが北米・欧州主要国・豪州で「Xbox One」を発売。
  • 12月9日 - アメリカ国家安全保障局(NSA)が少なくとも2006年頃からオンラインゲームの盗聴を行っていたことをThe New York Timesが報道。[87]
  • 12月13日 - ValveがSteamOSのベータ版を公開。
2014年

脚注[編集]

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  23. ^ 単機能の家庭用コンピュータゲーム機としては新世代社との共同開発で後年の販売例がある。
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関連項目[編集]