出井伸之
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いでい のぶゆき
出井 伸之 |
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| 生誕 | 1937年11月22日 |
| 出身校 | 早稲田大学第一政治経済学部卒業 |
| 職業 | クオンタムリープ代表取締役 ソニーアドバイザリーボード議長 WillVii株式会社顧問 |
| 配偶者 | 既婚 |
出井 伸之(いでい のぶゆき、1937年11月22日 - )は、日本の実業家。称号は名誉博士(法学)(早稲田大学・2002年)。クオンタムリープ株式会社代表取締役、ソニー株式会社アドバイザリーボード議長。
ソニー株式会社社長、ソニー株式会社最高経営責任者、ソニー株式会社会長、内閣官房IT戦略会議議長、社団法人日本経済団体連合会副会長、ソニー株式会社最高顧問などを歴任した。
目次 |
[編集] 概要
ソニーの社長を経て会長兼最高経営責任者に就任した。公職としては内閣に設置されたIT戦略会議にて議長を務め、日本銀行参与や日本経済団体連合会副会長としても活動した。また、ゼネラルモーターズ、ネスレ等の社外取締役に就任。2011年6月現在、アクセンチュア、百度、フリービットの社外取締役を務めている。会長兼最高経営責任者退任後は、ソニーの最高顧問を経て、2011年6月現在、アドバイザリーボードの議長を務めている。
現在は、コンサルティングなどを業務とする企業「クオンタムリープ」を設立し、その代表取締役に就任している。2009年には大和証券エスエムビーシーとともに投資ファンド「大和クオンタム・キャピタル」を起ち上げた[1]。また、特定目的会社「クオンタム・エンターテイメント」を設立し社長に就任、吉本興業に対する株式公開買い付けを実施し成立させた[2][3]。
[編集] 人物
父は経済学博士で早稲田大学教授を務めた出井盛之(いでい せいし、1892年7月28日 - 1975年11月1日)[4]。
ソニー入社後は、外国部、スイス留学(ジュネーブ大学付属国際問題研究所修士課程修了)、スイス、フランス駐在を経験し、欧州を中心とした海外営業畑でキャリアを形成していった。60年代、70年代の10年近くにわたるヨーロッパ駐在を経て80年代、技術系出身ではないながら、オーディオ、コンピューター、VTRなどの事業本部の責任者を歴任。さらに90年代は広告・宣伝、デザイン、広報部門の担当役員としてソニーブランドのイメージアップに貢献してきた。
1995年6月、ソニー代表取締役社長に就任。折しも創業50周年を翌年に控え、ソニー始まって以来の新卒サラリーマン社長として、ソニーの原動力であるチームスピリットを鼓舞すべく、「リ・ジェネレーション」(第二創業)「デジタル・ドリーム・キッズ」というスローガンを打ち出した。デジタル時代に育ち、デジタル技術に目をキラキラさせるデジタル・ドリーム・キッズが、将来のわたしたちのお客さまだ。彼らの夢をかなえる企業にならなければいけない。そのためには、わたしたち自身も、新しい技術環境に目を輝かすデジタル・ドリーム・キッズでなくてはいけない、という思いを込めたキーワードだった。
デジタル・ドリーム・キッズの先頭に立つ出井は、1980年代前半に8ビットコンピューター事業を手掛けた経験をもとに、パーソナルコンピューター事業への再参入を宣言。インテルのグローブ社長(当時)やマイクロソフトのゲイツ会長(当時)とのアライアンスを先導し、1996年にVAIO 1号機を米国で発表し、ソニーがAV企業からAVIT企業に大きく発展する舵を切った。また、出井は社長就任前からインターネットの可能性に注目しており、それをAVIT機器とつなげる重要性を説き、1995年11月にはソニーコミュニケーションネットワーク㈱(現・ソネットエンタテインメント㈱)を設立。1997年度のビジネスウィーク誌が選ぶ「世界のトップビジネスマン」に選定された。その後2001年10月にスウェーデンの通信機器会社であるエリクソンとの合弁会社ソニーエリクソンモバイルコミュニケーションズ㈱を設立し、ネットワーク時代のソニーグループの礎を築いた。
また、早稲田大学の同窓生である小渕首相及びその遺志を継いだ森首相(いずれも当時)の要請により、2000年7月にはIT戦略会議議長に就任し、ブロードバンドインフラの普及を提唱し、日本のブロードバンドネットワーク環境整備が世界に先駆けて強力に推進されるきっかけをつくった。
ソニーの経営戦略をものづくりからコンテンツ重視へと転換を図り、ネットワークを介したハードウェア(AVIT機器)とコンテンツ(音楽、映画、ゲーム等)の融合を唱道し、上述のようなハードウェアの多角化のみならず、コンテンツ事業の拡充も推進(2003年8月にBMGを買収してソニーBMGミュージックエンタテインメント㈱を設立、2005年4月にはMGMを買収)。
しかしながら、こうした戦略が直接的には企業価値向上に反映されなかったとの評価もあり、「ものづくりのソニー」凋落の原因を作ったと指摘され、2004年1月12日発売の米ビジネスウィーク誌が選ぶ「世界最悪の経営者」に選定[5]、また日本の『日経ビジネス』2005年12月12日号においても三洋電機の井植敏、ライブドアの堀江貴文らを抑え、「国内最悪の経営者」ランキング第1位に選ばれている。
また、ソニーが得意とする平面ブラウン管テレビに拘った結果、液晶テレビをはじめとする薄型への急速なシフトを読み違えてしまい、現在に続くテレビ部門不振の原因を作った。巻き返しを図った出井は韓国・サムスン電子との提携に踏み切ったところ、経済産業省や国内メーカーからはテレビ技術の流出を危惧する声が上がり、「国賊」とまで非難された。出井は「国内メーカーとの提携は考えたこともなかった」などと語っていたが、果たしてソニーおよびサムスンとの合弁で2004年に設立されたS-LCD社ではソニーが得意としていた画像処理技術が次々と流出し、またソニーのエンジニアが50人以上サムスン側にヘッドハンティングされるなど、経産省や国内他社が危惧した通りの結果となってしまった。[6]
2003年のソニーショックを受け、出井らが示した経営再建計画の達成が困難を増す中、ソニーの現職社員・OB、国内外の経済メディア、ソニー製品の愛好者など各方面から激しい退陣要求が噴出していた。出井は、ハードウェアのものづくり事業と音楽・映画等のコンテンツ事業を擁する世界でもユニークなソニーのビジネスモデルを理解し、経営できる後継人材の選定を、OB役員や社外取締役らとともに尽力。その結果、英国人であり、1997年からSony Corporation of Americaのヘッドとしてコンテンツ事業を中心にソニーグループの経営に貢献してきたSir Howard Stringerが代表取締役会長に選ばれ、2005年6月、業績悪化の責任を取るかたちで安藤國威社長とともに辞任。出井時代に大きく後退したエレクトロニクス事業を再建するには遅きに失した退陣と評価された。[7]
現在は、2006年に自ら設立したクオンタムリープ株式会社の代表取締役として、日本とアジアの「人」「技術」「資本」を掛けあわせ、イノベーションを引き続き起こす次世代ビジネスとリーダーを生み出す、プラットフォームの創出とその支援活動に従事。ソニー株式会社アドバイザリーボード議長として当社の経営を側面支援する一方、ソニー時代から培ってきた国内外の幅広い人的ネットワークを活用しながら、国内外の上場企業の社外役員やアドバイザーとして、公式・非公式に次世代ビジネスや若手リーダーの育成に努めている。
[編集] 略歴
- 1937年11月 - 早稲田大学教授の出井盛之の次男として東京で生まれる。栃木県葛生町(現佐野市)出身。
- 1960年3月 - 早稲田大学高等学院を経て早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒業。
- 1960年4月 - ソニー株式会社に入社。
- 1979年2月 - 音響事業本部オーディオ事業部長に就任。
- 1988年4月 - ホームビデオ事業本部長に就任。
- 1989年6月 - 取締役に就任。
- 1990年7月 - 広告宣伝本部長に就任。
- 1994年4月 - クリエイティブ・コミュニケーション部門長に就任。
- 1994年6月 - 常務取締役に就任。
- 1995年4月 - 代表取締役社長に就任。
- 1999年6月 - CEO(最高経営責任者)に就任。
- 2000年6月 - 代表取締役会長 兼CEOに就任。
- 2003年4月 - 代表取締役会長 兼グループCEOに就任。
- 2003年6月 - 取締役代表執行役会長 兼グループCEOに就任。
- 2005年6月 - 売り上げ不振の責任を取る形で、会長兼CEOを退任、最高顧問・アドバイザリーボード議長に就任。
- 2006年 - 株式会社クオンタムリープ設立、代表取締役に就任。
- 2007年 - 中国の検索エンジン最大手百度の社外取締役に就任。
- 2007年6月 - ソニー最高顧問を退任。アドバイザリーボード議長には留まった。
- 2008年4月 - 政権政党自民党の本部での党友組織自由国民会議の講演会で講師。
- 2010年6月 - 吉本興業株式会社の取締役に就任。
- 2010年11月 - アレックス株式会社のファウンダーの一人として創立を支援。
- 2011年9月 - レノボ 社外取締役に就任。[8]
[編集] 役職
- クオンタムリープ㈱ 代表取締役ファウンダー&CEO
- 吉本興業㈱ 取締役
- Accenture plc 社外取締役
- Baidu, Inc. 社外取締役
- フリービット株式会社社外取締役
- ソニー㈱ アドバイザリーボード議長
- 早稲田大学 評議員
- 清華大学 アドバイザリーボード
- 美しい森林づくり全国推進会議 代表
- 一般社団法人 日本取締役協会 理事
- レノボ 社外取締役
[編集] 著書
- 出井伸之のホームページ
- ONとOFF
- 非連続の時代
- 迷いと決断 -ソニーと格闘した10年の記録-
- 日本進化論―二〇二〇年に向けて
- 幻冬舎『日本大転換』2009
[編集] 脚注
- ^ 福井エドワード「出井伸之氏率いるクオンタムリープが大和証券系と挑む金融危機後の投資モデル」『出井伸之氏率いるクオンタムリープが 大和証券系と挑む金融危機後の投資モデル|福井エドワードのINSIDEグリーン革命|ダイヤモンド・オンライン』ダイヤモンド社、2009年6月3日。
- ^ クオンタム・エンターテイメント『吉本興業株式会社の株式に対する公開買付けの結果に関するお知らせ』2009年10月30日、2頁。
- ^ 植田憲尚「吉本興業:TOBが成立――クオンタム社、88.52%取得」『吉本興業:TOBが成立 クオンタム社、88.52%取得 - 毎日jp(毎日新聞)』毎日新聞社、2009年10月30日。
- ^ 『人事興信録』(人事興信所)※第28版、第29版 より
- ^ http://www.businessweek.com/magazine/toc/04_02/B38650402best.htm
- ^ 『フライデー』2010年3月20日号
- ^ 出井退場、遅すぎたバトンタッチ
- ^ ジム・カウルター氏に替わり、世界で最も急成長している大手PC企業の社外取締役に http://www.lenovo.com/news/jp/ja/2011/09/0928.html
[編集] 外部リンク
- 出井伸之 (Nobuyuki_Idei) - Twitter
- 出井伸之 略歴
- Quantum Leaps Corporation
- 早稲田大学名誉博士学位贈呈者一覧
- 名誉・表彰-名誉博士号贈呈者 出井伸之 経歴
- 「ソニー超える21世紀型ブランドに期待」インタビュー2007(1)出井伸之氏 ビジネス-最新ニュース:IT-PLUS
- 社長TV
- バイドゥ
| ビジネス | ||
|---|---|---|
| 先代: 大賀典雄 |
ソニー会長 2000年 - 2005年 |
次代: ハワード・ストリンガー |
| 先代: 大賀典雄 |
ソニー最高経営責任者 1999年 - 2005年 |
次代: ハワード・ストリンガー |
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ソニー社長 1995年 - 2000年 |
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