鹿角郡

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秋田県鹿角郡の範囲(緑:小坂町)

鹿角郡(かづのぐん)は、秋田県陸奥国陸中国)の

人口5,608人、面積201.95km²、人口密度27.8人/km²。(2014年10月1日、推計人口

以下の1を含む。

郡域[編集]

明治12年(1879年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町に鹿角市を加えた区域にあたる。

歴史[編集]

近代以降の沿革[編集]

松山村、大欠村、神田村、石野村、瀬田石村、毛馬内村、万谷村、荒川村、大地村、小坂村、濁川村、野口村、鳥越村、鴇村、赤坂村、牛馬長根村、長沢村、高清水村、長者久保村、芦名沢村、蟹沢村、中野村、関上村、腰廻村、大湯村、根市村、箒畑村、風張村、宮野平村、倉沢村、一本木村、草木村、寺坂村、小枝指村、小平村、新斗米村、冠田村、室田村、沢尻村、浜田村、古川村、花輪村[2]、鏡田村、狐平村、高屋村、大里村、小豆沢村、久保田村、湯瀬村、長嶺村、谷内村、夏井村、三ヶ田村、川部村、長内村、臼欠村、長牛村、柴内村、鶴田村、上台村、高市村、乳牛村、甘露村、尾去村、松館村、石鳥谷村、三ツ矢沢村、土深井村、花軒田村[3]
  • 幕末 - 赤坂村が牛馬長根村に編入。(68村)
  • 明治元年
  • 明治2年
  • 明治4年
  • 明治6年(1873年) - 尾去村より尾去沢鉱山村が分立。(70村)
  • 明治9年(1876年) - 地租改正の実施にともない以下の町村が統合(一部の村は明治10年に正式発足)。(23村)
    • 末広村 ← 松山村、大欠村、神田村、土深井村
    • 荒谷村 ← 万谷村、荒川村
    • 上向村 ← 鳥越村、鴇村、牛馬長根村、長沢村
    • 山根村 ← 高清水村、長者久保村、芦名沢村
    • 岡田村 ← 蟹沢村、中野村
    • 平元村 ← 寺坂村、小枝指村、小平村、新斗米村
    • 錦木村 ← 冠田村、室田村、沢尻村、浜田村、古川村
    • 宮麓村 ← 大里村、小豆沢村、湯瀬村
    • 長谷川村 ← 長嶺村、谷内村、川部村
    • 長井田村 ← 夏井村、三ヶ田村、長内村、臼欠村、長牛村
    • 末谷村 ← 松館村、石鳥谷村
    • 石野村が瀬田石村に、濁川村・野口村が小坂村に、関上村・腰廻村・根市村・箒畑村・風張村・宮野平村・倉沢村・一本木村が大湯村に、鏡田村・狐平村・高屋村・久保田村・甘露村・花軒田村が花輪村に、鶴田村・上台村・高市村・乳牛村が柴内村にそれぞれ編入。
  • 明治12年(1879年12月23日 - 郡区町村編制法の秋田県での施行により行政区画としての鹿角郡が発足。郡役所を花輪村に設置。

町村制施行後の沿革[編集]

1.花輪町 2.毛馬内町 3.小坂村 4.尾去沢村 5.宮川村 6.曙村 7.柴平村 8.錦木村 9.七滝村 10.大湯村(紫:鹿角市 桃:小坂町)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足。(2町8村)
    • 花輪町(花輪村が単独村制。現・鹿角市)
    • 毛馬内町 ← 毛馬内村、岡田村、瀬田石村(現・鹿角市)
    • 小坂村 ← 小坂村、小坂鉱山(現・小坂町)
    • 尾去沢村 ← 尾去村、尾去沢鉱山村、三ツ矢沢村(現・鹿角市)
    • 宮川村 ← 宮麓村、長谷川村(現・鹿角市)
    • 曙村 ← 長井田村、松谷村(現・鹿角市)
    • 柴平村 ← 柴内村、平元村(現・鹿角市)
    • 錦木村 ← 錦木村、末広村(現・鹿角市)
    • 七滝村 ← 山根村(現・鹿角市)、上向村(現・鹿角市、小坂町)、荒谷村、大地村(現・小坂町)
    • 大湯村 ← 大湯村、草木村(現・鹿角市)
  • 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 大正3年(1914年5月12日 - 小坂村が町制施行して小坂町となる。(3町7村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和3年(1928年11月1日 - 大湯村が町制施行して大湯町となる。(4町6村)
  • 昭和11年(1936年10月1日 - 尾去沢村が町制施行して尾去沢町となる。(5町5村)
  • 昭和30年(1955年
    • 3月31日 - 毛馬内町・錦木村が合併して十和田町が発足。(5町4村)
    • 4月1日 - 小坂町・七滝村が合併し、改めて小坂町が発足。(5町3村)
  • 昭和31年(1956年
    • 3月20日 - 小坂町の一部(大字山根および大字上向のうち字井戸沢・四ツ谷・下四ツ谷)を十和田町に編入。
    • 6月15日 - 宮川村・曙村が合併して八幡平村が発足。(5町2村)
    • 9月30日(4町1村)
      • 花輪町・柴平村が合併し、改めて花輪町が発足。
      • 十和田町・大湯町が合併し、改めて十和田町が発足。
  • 昭和47年(1972年)4月1日 - 花輪町・尾去沢町・十和田町・八幡平村が合併して鹿角市が発足し、郡より離脱。(1町)

変遷表[編集]

市町村合併[編集]

昭和40年代後半の鹿角郡内の大型合併の際は小坂町を含めた合併案があったが、小坂町のみ単独町制を志向し、残りの3町1村が合併して鹿角市となった。

平成の大合併において小坂町は当初、鹿角市との任意合併協議会と大館市および北秋田郡比内町田代町との任意合併協議会の両方に参加したが、結局どちらとも合併せず単独町制を継続することになった。

脚注[編集]

  1. ^ 下記のほか花輪・尾去・甘露持添・合間新田村が記載されているが、詳細は不明。ここでは村数に数えない。
  2. ^ 花輪村、花輪新村に分かれて記載。
  3. ^ 「旧高旧領取調帳」には記載なし。
  4. ^ 明治元年12月23日(1869年2月4日)の「諸藩取締奥羽各県当分御規則」(法令全書通番明治元年太政官布告第1129)に従って設置された県だが、明治政府が権知県事を任命したわけではなく、そのため明治政府の公文書には全く記録が残っておらず、正式な県とは認められていない。

参考文献[編集]