紫波郡

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岩手県紫波郡の範囲(1.紫波町 2.矢巾町)

紫波郡(しわぐん)は、岩手県令制国下では陸奥国(のち陸中国)に属す。

人口59,853人、面積306.31km²、人口密度195人/km²。(2014年10月1日、推計人口

以下の2町を含む。盛岡都市圏の南部に位置し、人口は増加傾向にある。

郡域[編集]

明治11年(1878年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町に盛岡市の一部(上飯岡、下飯岡、飯岡新田、津志田、津志田西、津志田町、三本柳、東見前以南)を加えた区域にあたる。

歴史[編集]

鎌倉時代足利家氏が斯波郡を所領としたという。 興国2年/暦応4年(1341年)陸奥の南朝南部氏などが岩手・斯波二郡を平げ、葛西氏等と連合して国府を攻めようとした。斯波家兼が奥州に入部し四管領並立を制すると、同族の高水寺斯波氏が南朝側河村氏を次第に圧迫し、応永3年(1396年)河村秀基はその傘下に下ったという[1]。16世紀半ばに高水寺斯波氏は隆盛を極めるが、のちに南部氏の圧力により逼迫を余儀なくされた。

天正年間に高水寺斯波氏の斯波詮直(最後の斯波御所)が北上川遊覧の折、川底の赤石に陽が射し、紫色に輝く川波を瑞兆として「けふよりは 紫波と名づけん この川の 石にうつ波 紫に似て」と詠み、古代以来「斯波郡」と書いていたものを「紫波郡」に改めたという。また、元来の名は志賀理和気神社(全国最北の式内社)から「志和」と書かれた、という説がある。(この赤石を御神石として引き上げ祀ったので、この神社は後世「赤石神社」とも呼ばれている。)
奥六郡最北となる「岩手郡」の建郡以前に志波城が置かれ、後にこの地が岩手郡となったように、「岩手郡」も元は「志波(斯波・志和)郡」である。斯波氏の旧居城であった高水寺城は天正19年に郡山城と改称され、ほぼ同じ頃に郡名も改められた。
江戸初期において当郡全域が盛岡藩の米穀供給地とされたため、北上川西岸の新田開発が盛んに行われた[2]
八戸藩分立によって、寛文5年(1665年土館村、稲藤村、片寄村、平沢村の一部(上平沢村)の4村が、飛地領として編成され、同藩紫波通に属し、単に志和とも書かれていた。
幕末時点では陸奥国に所属した。『旧高旧領取調帳』に記載されている明治初年時点の支配は以下の通り。(75村)

知行 村数 村名
藩領 陸奥盛岡藩 71村 手代森村、黒川村、乙部村、大ヶ生村、江柄村、栃内村、北沢村、砂子沢村、根田茂村、上飯岡村、羽場村、下飯岡村、飯岡新田、津志田村、永井村、赤林村、湯沢村、広宮沢村、煙山村、三本柳村、西見前村、東見前村、高田村、藤沢村、北矢幅村、下矢次村、上矢次村、又兵衛新田村、南矢幅村、西徳田村、東徳田村、間野々村、土橋村、北郡山村、太田村、中島村、陣ヶ岡村、高水寺村、白沢村、室岡村、和味村、北伝法寺村、岩清水村、南伝法寺村、小屋敷村、吉水村、上松本村、下松本村、南日詰村、北日詰村、犬淵村、平沢村、宮手村、升沢村、桜町村、日詰新田、二日町新田、西長岡村、東長岡村、山屋村、赤沢村、犬吠森村、草刈村、大巻村、彦部村、星山村、北田村、遠山村、船久保村、紫野村、佐比内村
陸奥八戸藩 4村 土館村、稲藤村、上平沢村、片寄村

町村制施行以前[編集]

町村制施行以後[編集]

1.日詰町 2.古館村 3.徳田村 4.見前村 5.飯岡村 6.煙山村 7.不動村 8.水分村 9.志和村 10.赤石村 11.彦部村 12.佐比内村 13.赤沢村 14.長岡村 15.乙部村(紫:盛岡市 桃:矢巾町 赤:紫波町)
  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行により以下の町村が発足。(1町14村)
    • 日詰町 ← 日詰新田、桜町村の一部[字上川原・下川原](現:紫波町)
    • 古館村 ← 中島村・陣ヶ岡村・二日町新田、高水寺村の一部[字三枚橋を除く](現:紫波町)
    • 徳田村 ← 東徳田村・西徳田村・間野々村・北郡山村・土橋村・高田村・藤沢村、高水寺村の一部[字三枚橋](現:矢巾町)
    • 見前村 ← 東見前村・西見前村・津志田村・三本柳村(現:盛岡市)
    • 飯岡村 ← 上飯岡村・下飯岡村・羽場村・飯岡新田・湯沢村・永井村(現:盛岡市)
    • 煙山村 ← 広宮沢村・煙山村・赤林村・又兵衛新田・南矢幅村・北矢幅村・上矢次村・下矢次村(現:矢巾町)
    • 不動村 ← 岩清水村・室岡村・太田村・白沢村・北伝法寺村・和味村(現:矢巾町)
    • 水分村 ← 上松本村・下松本村・小屋敷村・吉水村・南伝法寺村・宮手村・升沢村(現:紫波町)
    • 志和村 ← 土館村・片寄村・上平沢村・稲藤村(現:紫波町)
    • 赤石村 ← 北日詰村・南日詰村・犬淵村・平沢村、桜町村の一部[字上川原・下川原を除く](現:紫波町)
    • 彦部村 ← 星山村・大巻村・彦部村、犬吠森村の一部[字沼端・沼口・間木沢・境](現:紫波町)
    • 佐比内村 ← 佐比内村(現:紫波町)
    • 赤沢村 ← 赤沢村・船久保村・紫野村・遠山村・北田村・山屋村(現:紫波町)
    • 長岡村 ← 東長岡村・西長岡村・江柄村・北沢村・栃内村・草刈村、犬吠森村の一部[字後田・小路口・岩ノ沢・沼田・横田・盆成](現:紫波町)
    • 乙部村 ← 乙部村・手代森村・黒川村・大ヶ生村(現:盛岡市)
  • 明治30年(1897年)4月1日 - 郡制施行。
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。
  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。
  • 昭和30年(1955年)3月1日 - 煙山村・徳田村・不動村が合併し、矢巾村が発足。(1町12村)
  • 昭和30年(1955年)4月1日(1町2村)
    • 日詰町・赤石村・赤沢村・佐比内村・志和村・長岡村・彦部村・古館村・水分村が合併し、紫波町が発足。
    • 飯岡村・乙部村・見前村が合併し、都南村が発足。
  • 昭和41年(1966年)5月1日 - 矢巾村が町制施行し、矢巾町となる。(2町1村)
  • 平成4年(1992年)4月1日 - 都南村を盛岡市に編入。(2町)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 秋田の中世を歩く 大巻館
  2. ^ 「日本歴史地名大系 第3巻 岩手県の地名」平凡社
  3. ^ a b 明治元年12月23日(1869年2月4日)の「諸藩取締奥羽各県当分御規則」(法令全書通番明治元年太政官布告第1129)に従って設置された県だが、明治政府が権知県事を任命したわけではなく、そのため明治政府の公文書には全く記録が残っておらず、正式な県とは認められていない。

参考文献[編集]

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 3 岩手県』 角川書店、1985年ISBN 4-04-001030-2
  • (有)平凡社地方資料センター 『日本歴史地名大系 第3巻 岩手県の地名』 平凡社、1990年7月13日ISBN 4-582-91022-X

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]