山田町

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やまだまち
山田町
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 岩手県
下閉伊郡
団体コード 03482-7
面積 263.45 km²
総人口 15,913
推計人口、2014年9月1日)
人口密度 60.4人/km²
隣接自治体 宮古市上閉伊郡大槌町
町の木 すぎ
町の花 はまなす
町の鳥 うみねこ
山田町役場
所在地 028-1392
岩手県下閉伊郡山田町八幡町3番20号
北緯39度28分3.6秒東経141度56分56.1秒
Yamada town hall in Iwate.JPG
外部リンク 山田町

山田町位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

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山田町中心部周辺の空中写真。山田湾内に浮かぶ島はオランダ島。海面に見える無数の白い斑点は、養殖用イカダである。1977年撮影の5枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

山田町(やまだまち)は、日本岩手県沿岸中部に所在する、太平洋に面する

中心的産業はリアス式海岸を利用した養殖を中心とする漁業であるが、山間部を中心に中小工場が稼働している。

政治家鈴木善幸の出生地である(#出身著名人)。

地理[編集]

太平洋に面した町で、リアス式海岸である船越湾の北部と、船越半島山田湾で海岸に面している。関口川や織笠川が山田湾に注ぎ、関口川河口のやや南に山田港があり、周辺に駅や役場、病院などが集中する。町の西端は高滝森で、西部一帯は、津軽石川の上流部の流域となっている。

2011年(平成23年)3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震東日本大震災)では、地殻変動によって当地域の地盤が東南東へ25cmずれたことが、GPS(全地球測位システム)を用いた国土地理院測地観測センターによる分析の結果、明らかとなった。[1]

隣接する市町村[編集]

cf. 岩手県の市町村全図 :≪外部リンク≫ 県内各市町村”. (公式ウェブサイト). 岩手県. 2011年5月5日閲覧。

歴史[編集]

沢田地区の遺跡からは、縄文時代前期(約6000年前)の集落跡が発見されている。房の沢遺跡の古墳からは、蝦夷の首長の副葬品と思われる蕨手刀直刀が出土している。中世になると安倍氏奥州藤原氏の勢力下となる。
鎌倉時代から室町時代には、国府などへ軍馬を提供するための公的な牧場が置かれ、閉伊氏福士氏の一族が管理した。南部氏が領内統一し盛岡藩の成立後は、大槌代官所の管轄となる。江戸時代前期にはオランダ船が漂着するブレスケンス号事件が起きる。
太平洋戦争中は大日本帝国海軍航空隊の山田湾基地が置かれたが、終戦間際に米軍による攻撃を受けた。終戦後は米軍基地を経て航空自衛隊山田分屯基地が置かれた。
2011年3月11日東日本大震災により町は大津波と猛火に包まれ、JR陸中山田駅も焼失するなど、高台の一部を残し町内は壊滅的被害を受けた。

年表[編集]

東日本大震災に対するアメリカ軍の災害救助活動「トモダチ作戦」の一環として活動中のアメリカ海軍空母航空部隊[注 1]から、救援物資を受け取る被災住民(2011年3月13日、漉磯)
東日本大震災で津波の被害に遭った山田町の漉磯(すくいそ)地区で捜索を行う自衛隊緊急消防援助隊大阪府隊(2011年3月18日)
同じく、おびただしい数の人家が津波に押し流された漉磯地区を進む緊急消防援助隊大阪府隊の車列(2011年3月18日)

東日本大震災後[編集]

  • 2011年(平成23年)3月11日マグニチュード9.0の東日本大震災東北地方太平洋沖地震)が発生し、山田町は震度5弱(観測地点:八幡町地区)を記録した[2]。さらにこの地震が引き起こした大津波によって町は壊滅状態となった。[3][4]
    • 町域の地盤は東南東へ25cmずれた (#)。
    • 町域にあるJR東日本山田線)の駅のうち、陸中山田駅織笠駅は、周辺地域の駅同様、駅舎などが流失あるいは焼失し、線路にも多大な被害が出た[5]
    • 3月17日 :IBC岩手放送(在・盛岡市)が、被災して難聴エリアとなっていた山田町と大槌町の一部地域に対応するため、山田町に臨時FM放送局「IBCやまださいがいエフエム」を開局[6]
    • 5月31日 :長期ボランティアに入っている茶人・為公史が、自分のトラックに搭載した移動茶室を用いて、山田町から他地域への情報発信を目的とした、インターネット放送局「光の茶会」を開局。Ustreamで20:00-21:00に毎晩、定時放送を行っているほか、昼間、解説つきで復興状況を詳しく報告している。山田町からの数少ない情報発信手段である。

行政区域の変遷(市町村制施行以後)[編集]

行政[編集]

姉妹都市・友好都市[編集]

日本国内
旧・山田町と、1985年(昭和60年)10月20日姉妹都市提携。
旧・平賀町と、1990年(平成2年)8月2日友好親善都市提携。
日本国外
2000年(平成12年)5月13日友好都市提携。

かつて姉妹都市提携を結んでいた町[編集]

2003年(平成15年)8月31日姉妹都市提携解消。

経済[編集]

漁業が中心的産業であるが、かつての勢いはなく、そのため、町の人口も漸減傾向にある。

山田道路の完成など自動車交通は充実するいっぽうで郊外化も進行しており、中心市街地は集客力を失い、衰退傾向が見て取れる。隣の宮古市大槌町のような大型商業施設と呼べるものはないが、主に大沢地区に郊外型の店舗が集積するようになってきており、しまむらのような全国チェーンの進出も見られる。

漁業以外では、製造業の工場が、宮古市に隣接する豊間根地区にいくつか立地する。釜石市寄りの織笠・船越地区は目立った産業はないが、山と海に囲まれた自然豊かなロケーションを生かし、観光客向けの外食店や道の駅が営業している。

経済は退潮傾向にあるが、市町村合併の機運は小さい。北隣の宮古市は地理的距離があるうえ、宮古の経済も大きくないことから、依存度は総じて低い。南隣の大槌町は釜石市と緊密さを強めており、こちらも山田との関係性は薄い。

以上、東日本大震災被災以前の状況

産業[編集]

水産業[編集]

郵便局[編集]

  • 山田郵便局(集配局)(津波被災によりプレハブ仮局舎営業)
  • 豊間根郵便局
  • 船越郵便局
  • 織笠郵便局(津波被災閉鎖中)
  • 岩手大沢簡易郵便局(津波被災閉鎖中)
  • 大浦簡易郵便局
  • 田の浜簡易郵便局(津波被災によりプレハブ仮局舎営業)

地域[編集]

人口[編集]

Demography03482.svg
山田町と全国の年齢別人口分布(2005年) 山田町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 山田町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
山田町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 24,193人
1975年 25,052人
1980年 25,321人
1985年 24,602人
1990年 22,925人
1995年 22,019人
2000年 21,214人
2005年 20,142人
2010年 18,625人
総務省統計局 国勢調査より

教育機関[編集]

幼稚園[編集]

小学校[編集]

  • 山田町立山田南小学校
平成22年度の児童数は304名。2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震では高台にある学校は津波の被害を免れた[7]
  • 山田町立山田北小学校
  • 山田町立大沢小学校
  • 山田町立大浦小学校
  • 山田町立織笠小学校
  • 山田町立船越小学校
  • 山田町立轟木小学校
  • 山田町立荒川小学校
  • 山田町立豊間根小学校

中学校[編集]

高等学校[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

路線バス[編集]

※2011年12月より両路線ともに運行を開始した。

道路[編集]

高速道路[編集]

一般国道自動車専用道路[編集]

一般国道[編集]

県道[編集]

主要地方道[編集]
一般県道[編集]

名所・旧跡・観光[編集]

鯨と海の科学館で展示されていたクジラ(2011年6月8日)
山田町船越地区にある博物館。学術的にも価値の高い世界最大級のマッコウクジラ骨格標本体長17.6m)[8]を始めとして、主に様々なの骨格標本を中心に、海洋の仕組みや海洋生物を展示している。
2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災東北地方太平洋沖地震)では津波の被害を受け、3階建ての建物の最上階(約5m)まで海水や泥が流れ込んだ。1階の展示室にあった世界最大級のマッコウクジラの骨格標本などは海水に浸かったものの、無事であった。[9][8]

出身著名人[編集]

江戸時代
明治生まれ
昭和生まれ

脚注[編集]

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  1. ^ 空母ロナルド・レーガン所属の、第4対潜ヘリコプター飛行隊。
  2. ^ cf. 山田町(下閉伊郡)(岩手県)の住所・地名の読み仮名”. 市町村.com. 2011年5月5日閲覧。

出典[編集]

  1. ^ 震災後も地殻変動続く 岩手・山田町で25センチ 朝日新聞社 2011年3月20日
  2. ^ 震度データベース検索”. (公式ウェブサイト). 気象庁 (2011年3月11日). 2011年5月5日閲覧。
  3. ^ 無線から「壊滅的な状態」「何も残っていない」…迫る72時間、自衛隊など懸命な捜索活動”. MSN産経ニュース(ウェブサイト). 産業経済新聞社 (2011年3月14日). 2011年3月14日閲覧。
  4. ^ 「網も燃料もない」 三陸の漁港、壊滅的被害”. MSN産経ニュース(ウェブサイト). 産業経済新聞社 (2011年3月23日). 2011年3月23日閲覧。
  5. ^ 【東日本大震災】JR東日本、太平洋沿岸の23駅流失”. SankeiBiz - MSN産経ニュース(ウェブサイト). 産業経済新聞社 (2011年4月1日). 2011年4月1日閲覧。
  6. ^ IBCラジオが山田町に臨時FM局を開局-難聴エリアに災害情報届ける”. 盛岡経済新聞(ウェブサイト). 盛岡経済新聞社 (2011年3月19日). 2011年3月20日閲覧。
  7. ^ 東日本大震災:「将来、子ども守りたい」児童が体験作文”. 毎日jp(ウェブサイト). 毎日新聞社 (2011年3月19日). 2011年3月20日閲覧。
  8. ^ a b 津波乗り越えたクジラの標本「復興の象徴」 岩手・山田 asahi.com(ウェブサイト)朝日新聞社 2011年4月11日
  9. ^ 鯨と海の科学館 再開目指す NHKニュース(ウェブサイト)NHK 2011年4月11日

外部リンク[編集]