八重の桜

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八重の桜
ジャンル テレビドラマ時代劇
放送時間 (総合)日曜 20:00 - 20:45
(BSプレミアム)日曜 18:00 - 18:45
(再放送・総合)土曜 13:05 - 13:50
(45分)
放送期間 2013年1月6日 - 12月15日[1](50回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本放送協会
製作総指揮 内藤愼介
演出 加藤拓 ほか
脚本 山本むつみ
吉澤智子
三浦有為子
プロデューサー 樋口俊一
出演者 綾瀬はるか
西島秀俊
オダギリジョー
長谷川博己
風吹ジュン
松重豊
長谷川京子
玉山鉄二
綾野剛
小栗旬
黒木メイサ
小泉孝太郎
中村獅童
斎藤工
宮崎美子
生瀬勝久
秋吉久美子
加藤雅也
高嶋政宏
吉川晃司
市川染五郎
反町隆史
稲森いずみ
村上弘明
松方弘樹
西田敏行
ナレーター 草笛光子
音声 ダブルステレオ放送
字幕 デジタル放送標準仕様
データ放送 連動データ放送
時代設定 幕末 - 明治30年代
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八重の桜』(やえのさくら)は、2013年1月6日から2013年12月15日まで放送されたNHK大河ドラマ第52作である。

企画・製作[編集]

当初はまったく別の作品を計画していたものの、2011年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生したことを受け、NHK内部で東北復興を支援する内容にすべきだとの意見が上がり方針を転換。福島県会津出身で、同志社を創設した新島襄の妻となった八重の生涯を描いた作品となることが公式発表以前にマスメディアを通して明らかにされていた[2]

同年6月22日に制作発表が行われた。この発表では同時に主演俳優も発表され、大河ドラマ初出演となる綾瀬はるかが起用されることになった[3]

クランクインは2012年9月9日。舞台となる福島県会津地方でのロケーション撮影から開始され、9月13日には鶴ヶ城において出演者による記者会見が行われた。

大河ドラマにおいて幕末期を描いた作品は、1990年代以降も幾つか制作されていたが、昭和期まで存命であった実在人物が主人公となるのは1985年(昭和60年)の『春の波涛』以来28年ぶりとなる。

あらすじ[編集]

会津編[編集]

1865年、アメリカでは南北戦争が終結。不要となった武器の多くが日本へもたらされることとなる。そして明治元年(1868年)、それらを装備した新政府軍の攻撃にさらされる会津若松城の中に最新式のスペンサー銃を手に抗戦する一人の女性がいた。山本八重、後の新島八重である。

時は遡って幕末、諸外国からの開国要求が高まり、日本国内は開国派、攘夷派などの思想の違いによる分断が起きようとしていた。この時代の転換期に、会津藩の砲術師範の家に生を受けた八重は、藩軍備の洋式化を目指す兄・覚馬や、その友である洋学者・川崎尚之助らの側で、会津そして日本の変化を感じていた。

幕末の争乱により治安が悪化する京都警護のため藩主・松平容保が京都守護職に指命され、徳川将軍家への忠義を尽くさんと、会津は藩を挙げて倒幕派追討への動きに加わることとなる。それは後にいわれる「会津の悲劇」の序章であった。

京都編[編集]

1868年9月22日、会津戦争終結。 戊辰戦争に敗れた会津藩は「逆賊」と世間に罵られる中、八重と会津の仲間たちは新たな生き方を模索。 家名再興を許された旧会津藩は極寒の地に斗南藩をたて、飢えや財政に苦しみながらも山川浩を中心に果敢に生きて行く。 八重とその家族は兄・覚馬の生存を知り、覚馬を頼って京都へ渡り、そこで鉄砲に変わる「学問」という新たな生きがいを得る。

幕末の動乱で尚之助との別れを体験した八重だが、アメリカ帰りの新島襄と出会い、心を開き結婚。キリスト教に根ざした学校を作ろうとするも、偏見を持つ人々の反発に遭い葛藤する襄を支えたのが「ならぬことはならぬ」の精神を持った八重。従来の会津の教えを「良いものは良い」と発想を転換、肯定的に捉えて邁進し同志社英学校の開校にもこぎつける。その後も、二人の夢は同志社大学設立へと向かうのである。

「ジョー」「八重さん」と呼び合うこの風変わりな夫婦が、明治という新たな時代を駆け抜けて行く。

登場人物[編集]

主人公とその一族[編集]

主人公とその伴侶[編集]

新島八重(にいじま やえ)
(山本八重 → 川崎八重 → 山本八重 → 新島八重)
演:綾瀬はるか(幼少期:鈴木梨央
主人公。会津藩砲術師範・山本家の長女。米俵を軽く持ち上げるほどの腕力の持ち主で、性格は自由奔放かつ男勝り。
幼い頃から砲術に興味があり、父・権八に反対されながらも、いつか鉄砲を扱うことを夢見ていた。やがて成長し、兄・覚馬から覚悟を諭された上で銃の手ほどきを受け技能を伸ばし、新式銃の開発にも携わるようになる。覚馬の勧めもあり、川崎尚之助と夫婦の契りを結んだ。
鳥羽・伏見の戦いで弟・三郎が没したことを知り、新政府軍に対して復讐心を抱くこととなる。籠城戦では男装し、スペンサー銃で戦う等して城外でも城内でも活躍した。しかし、八重の奮戦も虚しく会津藩は降伏。戦後、米沢の内藤新一郎宅に身を寄せ居候の生活をすることとなり、そこで尚之助から離縁状を送られ離縁、覚馬の生存も知ることとなり、家族とともに京都に移住。覚馬の提案により女紅場の教師として働くこととなる。槇村救済に当たって東京を訪れていた際、勝から尚之助の所在を知らされ、再会。京都で待っていると告げ東京を後にしたが、その後尚之助が亡くなったことを知った。
失意の中、襄と出会いその優しさにふれ、婚約した。その過程で、クリスチャンの襄と婚約したことで槇村から解雇を言い渡され、受け入れる形で女紅場の教師を辞職し、同志社を設立した後に再婚した。
後に襄が病におかされていること知り、資金集めなども襄と行動を共にするようになる。襄が危篤になったことを知ると療養先に駆けつけ、襄の最期を看取った。襄の死後、覚馬に篤志看護婦人会に就職するよう勧められるが、失意で一度は拒否するが、覚馬に叱咤されたことで就職を決意。
日清戦争では看護婦として負傷者の看病に当たり、終戦後にその活躍が評価され勲章が授与された。その後、会津を訪れた際に頼母と再会し「にしは桜だ」と会津の希望であることを示唆された。
川崎尚之助(かわさき しょうのすけ)
演:長谷川博己
洋学者。元出石藩士。
江戸の象山塾で覚馬と知り合い、共に学ぶ。覚馬の人柄に惚れ込み、彼が設立する蘭学所に誘われて会津を訪れ、そのまま山本家の居候となって八重、覚馬と共に新式銃の開発を行う。藩への仕官が叶えば兵制改革がより一層進むと考えた覚馬から八重との縁談を勧められ、葛藤の末に承諾して八重と夫婦となる。
その後、働きが認められて会津藩への仕官が叶い、会津が戦火に巻き込まれる可能性を予測し、覚馬の計画を元に防衛策を練る。洋練術を学ぶため訪れた江戸で三郎の訃報を知り、会津の山本家にこれを知らせた。会津藩が着手した軍制の洋式化を中心となって進め、梶原らと共に奥羽諸藩との交渉にも参加した。
会津戦争では大砲隊を率いて戦い、火薬の量をぎりぎりまで増やし、四斤砲でアームストロング砲に対抗するなどして八重と共に奮戦した。降伏後、猪苗代の謹慎所へ同行しようとした八重を逃がし、自らは謹慎所送りとなったのち斗南に渡った。その後、斗南藩の窮乏を掬うため米取引を行っていたが、詐欺に遭って斗南藩の指示によるものかと迫られたが、一存によるものと全ての責任を一身に背負って裁判を戦うこととなり、八重には事情を話せぬまま離縁。その後、手習いの師匠をしながら会津戦争の記録を綴った「會津戦記」をしたためており、その過程で自分の所在を知った八重と再会。夫婦でなくていいから側にいたいという八重の申し出に対し、裁判が終わったら必ず京都に行くと約束するが、実は病を患っており、その病の悪化によって死去。息を引き取る寸前に八重の名を口にするなど、八重の事を最期まで案じていた。なお、「會津戦記」が覚馬の家に送られたことで八重たちは尚之助の死を知った。
新島襄(にいじま じょう)
(新島七五三太 → 新島襄)
演:オダギリジョー(少年期:小林海人
安中藩士・新島民治の子。本名は七五三太(しめた)。
密航を企て、南北戦争直後のアメリカに渡った。のち渡米した岩倉使節団の通訳も務め、使節団の一員として渡米していた木戸から帰国して文部省に入らないかと誘われるが政府に加わるつもりはないと断り、その才能を惜しまれた。アメリカのグレイス教会で愛する日本を救うため学校を作りたいと演説したのち帰国し、その後は山本家に居候する。尚之助の死後、失意の八重をピクニックと称して鳥羽・伏見に強引に連れて行き八重の反感を買うが、死者の心の声を聞き入れた方が良いと八重を諭し、その後八重にプロポーズする。学校設立に奔走するが、寺院の反発や槇村の非協力的な態度によって苦労をしいられ、葛藤する。同志社の設立後、自身は校長に就任し、八重と結婚した。
同志社で不登校事件が起こった際は、自分の責任であり、自分が罰を受けると杖で左手を叩きことを収めた。岐阜事件に遭った板垣に同志社の大学化を提案した後にミルクセーキを振る舞った。後、同志社の大学化のための資金を集めるため海外に渡り、多額の資金を携えて帰国。その後全国各地で資金を集めるが、心臓に不治の病があることが発覚し、病養することとなった。しかし病状は回復することなく、最期は八重に看取られながら「狼狽しないでください。グッバイ、また会いましょう。」と告げ、息を引き取った。

山本家とその関係者[編集]

山本覚馬(やまもと かくま)
演:西島秀俊
八重の兄。会津藩士。
文武両道に秀で、藩命で江戸に留学して佐久間象山の門下で学ぶ。帰藩後は八重の熱意を父から聞かされた事で彼女に覚悟を決めさせて鉄砲の手解きをする一方、藩軍備の洋式化を目指すが、藩の保守的な気風に阻まれ、重役を批判して禁足処分を受けるが、西郷頼母の尽力で処分を解かれ、兵制改革の担当者に登用される。藩主・松平容保と共に上洛し京都の治安維持に当たり、禁門の変でも活躍するが、白そこひを患い、銃調達のために赴いた長崎で医師から失明宣告を受けた。
鳥羽・伏見の戦いが勃発すると、戦を止めるべく大坂に赴こうとするが、途中で薩摩兵に捕えられ幽閉される。会津救済のため、獄中から嘆願書を提出したり、身を賭して西郷に直訴した。また、獄中で『管見』を口述筆記し時栄に託した[4]。その後、流行病にかかって衰弱するが西郷の配慮で牢を出され、介抱を受けたが後遺症によって満足な歩行が出来なくなってしまう。
戊辰戦争の後槇村に推薦され京都府に出仕、京都の開化の中心人物となり、襄の学校設立にも協力する。西南戦争後、知事になった槇村に解雇されるが、府会議員選で当選したことで初代議長に就任。槇村が府会の同意を得ずに追加徴税の決定をしたことを言及して議員達と共に立ち向かい、最後は槇村を道連れにする形で府議会議員と議長の座を辞職した。その後は、商工会議所会長に就任した。
また時栄と結婚(再婚)しており、夫婦でキリスト教に入信したが、時栄に不義の噂が流れると商工会議所会長を辞職することで騒動を治めようとしたが、八重の言及もあり断腸の思いで離縁した。
襄の死後、同志社の臨時総長を務め、卒業式では日本が戦争に向かっていることを憂いて聖書の一説を通して「二度と再び戦うことを学ばない」ことを祝辞として卒業生に送った。その後は小崎に職を譲り、死の床についた覚馬は八重と佐久に見取られ、感謝しながらその生涯を閉じた。
山本佐久(やまもと さく)
演:風吹ジュン
八重の母。山本権八の妻。
八重が砲術を習いたがることに対し、女子が家事をやることの大切さを教え、鉄砲は女子がする役目ではないと諭した。
家族と共に篭城戦を戦い抜き、覚馬の生存を知ると八重・みねと共に京都へ渡り、同志社設立後は寮監を務めた。
日清戦争の後、眠るようにして亡くなり、佐久と前後して久栄や登美も亡くなった。
山本権八(やまもと ごんぱち)
演:松重豊
八重の父。会津藩砲術師範。
八重の砲術の才能を認めながらも女子が砲術を学んでも活かす場が無いことから、彼女が砲術を学ぶことには頑なに反対した。しかし、八重がどんなに自分に怒られても隠れて鉄砲の勉強をしているのを半ば黙認していたことと決意が固いことを覚馬に話し、覚馬を通じて八重に鉄砲を主軸にして砲術を指南する。
会津城下に新政府軍が迫ると、玄武隊の一人として戦う。八重が鉄砲隊を指揮して活躍したことを褒め称え、城内でも八重が中心となって弾丸作りをしているのを見て「八重が鉄砲を学んだことは間違いではなかったかもしれない」と佐久に漏らした。その後、補給路確保のために編成された決死隊を率いることとなり、米を城に運ぶことには成功するが、自身はその途上で銃撃を受けて瀕死の状態になっており、八重にわしの誇りだと伝え「皆を守れ」と遺言し、家族に看取られながら息を引き取った。
樋口うら(ひぐち うら)
(山本うら → 樋口うら)
演:長谷川京子
覚馬の最初の妻。会津藩勘定方・樋口家の娘。
林権助の仲人で覚馬に嫁ぐ。従順で控えめな性格だが気が強く、自由奔放な八重とは違う生き方をしながらも、家族としての絆を紡いでいた。攘夷派の浪人に襲われた覚馬を妊娠中に庇ったことがもとで第一子を流産してしまうが、その後みねを出産する。戊辰戦争後に覚馬の生存を知るが、同時に時栄との間に赤子ができていることも知って離縁を決意。一緒に同行できない女子の意地があるとして八重にみねを託し、自らは地元の会津に戻った。襄と時雄を同行した八重・みね両名と15年の歳月を経て再会。みねから一緒に今治に住もうと訴えられるが、会津に住み続けるとして拒否しみねのもとを去った。
小田時栄(おだ ときえ)
(小田時栄 → 山本時栄 → 小田時栄)
演:谷村美月
覚馬の元妻。丹波郷士・小田勝太郎の妹。
覚馬の目を心配した大垣屋が彼に無断で遣わした女中。当初は覚馬に断られるが、不逞浪人に銃を向ける度胸を気に入られ、彼の身の回りの世話をすることになる。のち後妻となり娘・久栄を授かる。
その後、山本家に書生としてやって来た栄二郎から思いを寄せられ、ついには栄二郎に抱きしめられるところを訪問客に目撃されてしまい、不義の噂が京都中に流れ同志社英学校の教員たちから苦情が噴出し、ついに八重から離縁を言い渡され、山本家を後にした。
離縁する前に、覚馬と揃ってキリスト教に入信。洗礼の儀式を終えた後、八重に先妻・うらへの嫉妬心を仄めかしていた。
伊勢みね(いせ みね)
(山本みね → 伊勢みね)
演:三根梓(少女期 : 池田沙弥花 / 幼少期:豊嶋花 / 幼児期:千葉理紗子[5] / 乳児期:中山香楽(第6回) / 谷川夢歩(第7回)[5]
覚馬とうらの娘。
父・覚馬が京都に出仕中で不在の中、母・うらに厳しく育てられる。戊辰戦争後に覚馬の生存を知ると、家族とともに京都へ向かうが、うらとは別れることとなり彼女が持っていた簪を託され、涙ながらに別れた。その後、京都で覚馬と再会するが継母である時栄に馴染むことができないまま新生活を送ることとなるが、次第に時栄とも打ち解けていく。西南戦争後、同志社女学校に入学し、英学校に転校してきた時雄に一目ぼれする。その後、結婚を申し込まれ、覚馬が喜ぶ中、自分がうらのように見捨てられてしまうことに激怒、八重の説得の末、結婚を受け入れ、時雄の妻になり共に今治に向かった。時雄が同志社学校の教師になったことで京都に戻り長男・平馬を出産するが、産後病状が悪化し息を引き取った。
死の直前、時栄の件と平馬が生まれたことでつらい運命を背負った異母妹の久栄を心配しており、久栄のことを八重に託していた。
山本三郎(やまもと さぶろう)
演:工藤阿須加(少年期:村山謙太 / 幼年期:山崎智史
八重の弟。
兵制改革を訴える兄や、新式銃の開発に苦心する姉たちの力になりたいと権平に内緒で佐川官兵衛の部隊(別撰組)への入隊を志願し、佐川もその忠義の志は認めていたが、若年を理由に断られている。その後、江戸に留学する。
鳥羽・伏見の戦いには志願して参加、果敢に敵陣に攻め入ろうとするが、銃撃を受け死亡する。遺髪と軍服は尚之助によって山本家に届けられた。
山本久栄(やまもと ひさえ)
演:門脇麦(少女期:今瀬葵 / 幼少期:太田しずく
覚馬と時栄の娘。時栄が出て行ったことで、心を閉ざしてしまう。その後、徳冨健次郎(のちの徳富蘆花)と恋に落ち、共に東京に駆け落ちしようとしたが、健次郎の手紙を読んだことで思いとどまる。佐久が亡くなる前後に病死した。
徳造(とくぞう)
演:戸田昌宏
山本家に仕える下男
篭城戦前に暇をもらって山本家を去った後、お吉と結婚した。その後、伝道旅行で会津を訪れた八重・みねらと再会を果たした。
お吉(おきち)
演:山野海
山本家に仕える下女。篭城戦前に暇をもらい山本家を去った後、徳造と結婚した。その後、伝道旅行で会津を訪れた八重・みねと再会を果たした。

新島家[編集]

新島民治(にいじま たみじ)
演:清水綋治
襄の父。元安中藩士。
みねの死後、息を引き取った。
新島登美(にいじま とみ)
演:香野百合子
襄の母。新島民治の妻。
日清戦争後、佐久が亡くなる前後に病死した。

会津の人々[編集]

会津松平家[編集]

松平容保(まつだいら かたもり)
演:綾野剛(幼少時:山下哲平
会津藩第9代藩主。幼名は銈之丞(けいのすけ)、官名は肥後守(ひごのかみ)。会津中将とも呼ばれる。
美濃国高須藩に生まれ、12歳で会津藩主・松平容敬の養子となり、その跡を継ぐ。
幕末情勢の混乱の中、幕府より京都守護職の就任要請を受け、当初は拒むも、藩祖・保科正之より伝わる会津家訓の精神[注 1]を貫かんと、家臣らの強い反対を押し切って就任の決断を下す。
着任当初は言路洞開路線をとって尊攘派との融和を図るが、彼らの真意が倒幕にある事を知ると一転して厳罰主義を採り、藩士や新選組を使い取り締まった。しかし、却って尊攘派の恨みを受け、また都で会津の武名が上がったことから幕府からも疑いの目を向けられる。藩の疲弊を理由として帰国を望み受諾されるが、孝明天皇の崩御を理由に慶喜に掌を返され、取り止めにされる。その後、王政復古や鳥羽・伏見の戦いを経験する中、幾度も慶喜の意を汲み従ってきたが何度も翻弄される。ついには朝敵の汚名を受け、慶喜からは江戸立退きまでを言い渡されることとなり、失意のうちに会津に帰国する。
新政府には武備恭順の態度を示し、万が一に備えて軍制改革を断行させる。白河口が破られ、新政府軍が怒涛の進軍を続け、城下での戦いは必定となると会津は会津の手で守ると重臣らを奮い立たせたが、戦いのうち次第に会津勢は苦戦を強いられ、苦渋の決断で降伏を決意。ここに会津戦争は終結した。
降伏後は謹慎し、のちに高木時尾と藤田五郎の結婚の仲人を元家臣の佐川とともに務めた。今も一日も欠かさずに、戦で亡くなった者たちの供養をしていることが藤田夫妻の口から語られた。日清戦争前に病に倒れ、会津の名誉回復の役目を浩と健次郎に託し息を引き取った。
松平照(まつだいら てる)
(照姫 → 松平照)
演:稲森いずみ
容保の義姉。
文武両道に優れており、その人柄は八重たち会津の女性たちに深く慕われている。
互いに他家からの養子であるために容保とは血の繋がりは無く、それ故か彼に幼い頃から想いを寄せていた。一度は他家に嫁ぐが、離縁されて会津松平家に戻り、容保夫妻と江戸上屋敷に住まうが、後に会津に移る。西南戦争後、病に倒れてしまい容保に看取られ息を引き取った。
松平容敬(まつだいら かたたか)
演:中村梅之助
会津藩第8代藩主。照姫、容保の養父。
容保に対し、「徳川将軍家への忠義を第一に掲げる会津家訓[注 1]に沿って生きるように」と説いた。
敏姫(としひめ)
演:中西美帆
容保の正室。松平容敬の実娘で、照姫と容保にとっては義妹。
疱瘡を患い、照姫に「姉として容保を支えて欲しい」と遺言して世を去る。
松平喜徳(まつだいら のぶのり)
演:嶋田龍
会津松平家第10代当主。容保の養嗣子で徳川慶喜の実弟。幼名は余九麿(よくまろ)。

西郷家[編集]

西郷頼母(さいごう たのも)
演:西田敏行
会津藩家老
会津に赴いて間もない容保に近くで仕え、会津藩の藩風や仕来りなどを教育した。藩の兵制改革にいち早く賛同し、覚馬を取り立てた。幕府の京都守護職要請に際しては、容保に要請拒否を強く求め、守護職就任後も速やかな辞職を求め続けたことで容保の不興を買って家老職を解かれ、謹慎を命じられる。
鳥羽・伏見での敗戦後に家老に復職し、新政府への恭順を主張した。会津戦争が勃発すると白河方面の総督を任されるが、火力の差もあり寡勢の新政府軍に敗北する。その後、若松城に帰参し再度恭順を勧めたが、周りの重臣が徹底抗戦を主張している中で一人孤立し、意見が聞きいられぬまま白河総督の任を解かれた。籠城戦となると、登城するが、戦いのうち次第に会津が絶望的な状況になると、会津存続を願って再々度恭順を勧めるが、徹底抗戦を主張する多くの重臣に非難され、容保からも意見を聞き入れられることはなかった。
その後、容保から萱野に伝言を伝えるよう命じられ、実質的に会津を追われることになった。伝言を伝えると会津を離れ、のち函館戦争に身を投じた。その函館戦争も敗北に終わると、会津を踏みつぶしていったものたちが創る世を見届けると生きていく決意を誓った。
維新後、会津を訪れた八重と再会し、これまで生きてきた経緯を語り、会津戦争から立ち上がり勲章をもらった八重に「にしは桜だ」と会津の希望であることを示唆した。
西郷千恵(さいごう ちえ)
演:宮崎美子
頼母の妻。
城下に新政府軍が襲来すると、会津の無実を訴え、新政府軍の非道な力には屈しないことを死を持って示すのが西郷家の役目と殉死の大儀を家族に諭したのち、一家と共に自刃して果てた。
西郷眉寿(さいごう みす)
演:中島亜梨沙
頼母の妹。
西郷由布(さいごう ゆう)
演:玄里
頼母の妹。
西郷細布(さいごう たえ)
演:田中明
頼母の長女。
母や一族と共に自刃するが、死に切れずに瀕死の状態でいたところを板垣退助に発見され、彼女の願いを容れた板垣によって止めを刺される。
西郷瀑布(さいごう たき)
演:豊田留妃
頼母の次女。
西郷律(さいごう りつ)
演:久松夕子
頼母の母。
西郷吉十郎(さいごう きちじゅうろう)
演:関ファイト
頼母の長男。
母・千恵から父・頼母と共に働くよう言われたため、一族の自刃からは逃れた。
西郷常磐(さいごう とわ)
演:田嶋絆
頼母の四女。

山川家[編集]

山川浩(やまかわ ひろし)
(山川与七郎 → 山川大蔵 → 山川浩)
演:玉山鉄二(幼少期:里村洋
山川家の長男。幼名は与七郎(よしちろう)、長じてからは大蔵(おおくら)を称する。
八重とは幼馴染で、密かに想いを寄せていた。父親を早くに亡くし、若くして山川家の当主となる。京都へ上り、容保の側近として活躍して奏者番に昇進。さらに幕府の外国奉行の供として欧州を回り見聞を広めて帰国する。
鳥羽・伏見の戦いでは前線で指揮を執り、瀕死の重傷を負った三郎の最期を看取った。会津戦争では日光口の守備を任され、板垣率いる新政府軍の進軍を阻み、その後は官兵衛と共に家老に進んだ。鶴ヶ城に帰城する際、一兵たりとも死なせず鶴ヶ城に入城するため、新政府軍に包囲されている中を彼岸獅子の姿で堂々と入城することに成功する。会津戦争後は、他の藩士と共に猪苗代の謹慎所送りとなる。
戊辰戦争後は容保の助命嘆願や家名再興に力を尽くしその結果、家名再興が許され斗南藩を立て藩筆頭の大参事に就く。だが、藩の財政に苦しめられ、尚之助の米取引でも藩のため行動した尚之助の擁護か藩の財政かの二択を迫られ葛藤した末、藩の財政を守るため苦渋の決断で米取引への藩の関与を一切否定した。廃藩置県後、陸軍に仕官して元司法卿の江藤新平が起こした佐賀の乱の鎮圧にあたり、その際左腕を負傷してしまうも中佐に昇進した。西南戦争にも出陣し、西郷軍に囲まれた熊本城に入城するという功績を挙げた。また途中西郷とも遭遇しており、なぜ会津を追い詰めたのかと責めたが、西郷から会津の恨みを一身に背負う覚悟を明かされた。
西南戦争後、帰国したばかりの末妹・捨松に仇敵である薩摩藩出身の巌が求婚したことで激怒するが、八重の計らいで結婚を認めた。日清戦争後、京都守護職始末の完成を健次郎に託し息を引き取った。
山川二葉(やまかわ ふたば)
(山川二葉 → 梶原二葉 → 山川二葉)
演:市川実日子(幼少期:愛川あおい[6]
山川浩の姉。梶原平馬の前妻。
夫・平馬に従い京都に滞在し、寅千代を生んだ。会津藩が京都を撤退すると、江戸を経て会津に帰国する。戊辰戦争後、平馬と離縁し家族とともに東京に住まいを移した。
山川健次郎(やまかわ けんじろう)
演:勝地涼
浩の弟。
学問には秀でていたが、砲術等は全くで伊東悌次郎らからは「青瓢箪」と呼ばれていた。
会津戦争では八重が率いる鉄砲隊のひとりとして参加し、八重を補佐し籠城戦を戦い抜いた。
戊辰戦争後は猪苗代の謹慎所に送られるが、平馬の計らいにより山川家に戻った後、岩倉使節団の留学生の1人として渡米しイェール大学を卒業した後帰国。その後、東京開成学校(後の東京帝国大学)に採用される。日清戦争後、亡き浩から京都守護職始末の完成を託され、刊行まで漕ぎ着けることができたが、刊行を巡って政権延命を図る巌と対立、捨松の仲裁もあって永久封印は免れ、会津の名誉回復にはならなかったものの刊行を果たした。
大山捨松(おおやま すてまつ)
(山川咲 → 山川捨松 → 大山捨松)
演:水原希子(乳児期:大谷美玲[7] / 幼少期:ほの花[8] / 少女期:愛川あおい
浩の五妹。幼名は(さき)。戊辰戦争後改名し、岩倉使節団の留学生として渡米する。
帰国後長年の海外生活で、すっかり西洋風の貴婦人となって帰国した。後に、大山巌から求婚されるが「仇敵・薩摩藩の出身である」ことを理由に周辺から反対された。しかし、大山巌と直接に接触する機会があり、また八重の計らいもあって、結婚する。結婚後は、社交界デビューを果たし「鹿鳴館の華」と謳われるようになる。その後、篤志看護婦人会を立ち上げ、八重の同僚となる。
山川艶(やまかわ えん)
演:秋吉久美子
浩の母。
山川兵衛(やまかわ ひょうえ)
演:山本圭
会津藩元家老。大蔵(浩)の祖父。
山川登勢(やまかわ とせ)
(北原登勢 → 山川登勢)
演:白羽ゆり
大蔵の妻。会津藩士・北原匡の娘。
籠城戦では火消しに失敗し、命を落とした。
山川美和(やまかわ みわ)
演:守田菜生(少女期:澤田汐音[9] / 幼少期:酒井彩音[10]
浩の次妹。
山川操(やまかわ みさお)
演:竹島由夏(幼少期:川島鈴遥[11]
浩の三妹。
山川常盤(やまかわ ときわ)
演:佐藤みゆき(少女期:永野芽郁 / 幼少期:信太真妃[12]
浩の四妹。
山川重晴(やまかわ しげはる)
演:佐伯元希
常磐の息子。

神保家[編集]

神保修理(じんぼ しゅり)
演:斎藤工
会津藩家老・神保内蔵助の息子。
京都では公用方として常に冷静沈着な態度で藩主を補佐し、過熱する主戦派の佐川官兵衛らを鎮めてきた。
鳥羽・伏見の戦いで旧幕府側が不利と見ると、慶喜に江戸へ撤退するよう進言。しかし慶喜が江戸へ逃亡すると、敗戦を招いた張本人として批判され、容保から切腹を言い渡される。容保の命を受けた秋月を通じ、逃亡を示唆されるが修理はこれを謝絶。主君の名誉と藩の秩序を守り抜くため切腹する。
神保雪(じんぼ ゆき)
(井上雪 → 神保雪)
演:芦名星
修理の妻。会津藩士・井上丘隅の娘。
八重たちとは黒河内道場の同門。祝言を挙げてほどなく、夫は容保に従って京都に赴き、二度と会津に戻ることは無かった。
新政府軍が会津に攻め寄せる中、城下を彷徨っていたところを中野竹子に諭されて娘子隊に参加するが、戦闘中に仲間とはぐれて新政府軍の捕虜となり、土佐藩士・吉松速之助から脇差を借りて自害した。
神保内蔵助(じんぼ くらのすけ)
演:津嘉山正種
会津藩家老。
田中土佐と共に、大坂の適塾で学んでいた古川春英の帰藩を周旋した。病身のため帰国する横山主税と交代で京都詰めの家老として上洛する。
戊辰戦争開戦時には会津に戻っていたが、息子・修理を失った経緯もあって新政府には徹底抗戦を主張する。会津戦争では、田中土佐と共に城下の戦闘を指揮するが、新政府軍に追い詰められ、最期は「徳川家や幕府のためでなく、会津の為に戦えたこと」を喜びながら土佐と刺し違えて自害した。

高木家・藤田家[編集]

藤田時尾(ふじた ときお)
(高木時尾 → 藤田時尾)
演:貫地谷しほり(幼少期:山岡愛姫
八重の幼馴染。
幼い頃から大蔵に想いを寄せていたが、想いは伝えられなかった。照姫が会津に帰国すると、彼女の祐筆に選ばれ、鶴ヶ城に奉公に上がる。
会津戦争では、夜襲に参加するために女とばれないようにしたいという八重の頼みを受け、彼女の髪を涙ながらに断髪した。戦後は北海道に渡って、斎藤一と同居生活を送りのちに藤田五郎と改名した彼と結婚する。日清戦争後、八重が勲章を授与されたことを喜ぶあまり得意の薙刀で藤田を圧倒した。
藤田五郎(ふじた ごろう)
(斎藤一 → 藤田五郎)
演:降谷建志
新選組副長助勤(及び三番隊組長、兼会津新撰組局長)。前名・斎藤一(さいとう はじめ)。
新選組の中でも有数の剣の使い手でただならぬ殺気を放っているが、無闇な殺生は行わないことを身上としている。別撰組隊長の佐川とは、その腕前を認め合う間柄となる。
鳥羽・伏見の戦いにも参加し、その後は各地を転戦して会津に逃れ、負傷した土方に代わって新選組の指揮を執ることになる[注 2]。その後、土方が仙台への転戦を決意すると「義にあらず」と袂を分かち、会津に留まった。戊辰戦争後、北海道に渡って時尾と同居生活を送り、改名した後警官となり時尾と結婚する。西南戦争では、抜刀隊の一員として参加。戦いで重傷を負った佐川を阿蘇まで運び、その最期を看取った。
高木澄江(たかぎ すみえ)
演:宮下順子
時尾の祖母。
八重や時尾たちをはじめとする藩士の子女に裁縫を教えている。
高木盛之輔(たかぎ もりのすけ)
演:大倉栄人(少年期:首藤勇星
時尾の弟。西南戦争では陸軍に仕官して出陣。

会津藩重臣[編集]

田中土佐(たなか とさ)
演:佐藤B作
会津藩家老。
容保の京都守護職拝命に際しては頼母と共に反対したが容保の強い決意を受け了承し、上洛した。第二次長州征伐の開戦後、覚馬と修理に大量の洋式銃の調達を命じ、長崎へ派遣した。会津戦争では、城下に侵攻した新政府軍を食い止めるべく戦ったが新政府軍に追い詰められ、最期は神保内蔵助と刺し違えて自害した。
林権助(はやし ごんすけ)
演:風間杜夫
会津藩大砲奉行。
覚馬を高く評価しており、江戸への留学生に推挙し、彼の縁談も世話した。頼母と共にいち早く兵制改革に賛同し、八重の銃の腕前も高く評価している。
容保の守護職就任に従って京都に上り、蛤御門の変では大砲隊を率いて活躍した。また目を患った覚馬を心配して自分との同居を勧めていた。
鳥羽・伏見の戦いでは、伏見方面の敵と相対するところに布陣し前線で兵を指揮して戦うが、敵の銃弾を浴びて戦死した。
梶原平馬(かじわら へいま)
演:池内博之
会津藩側用、後に家老。
守護職の容保に従い上洛。薩長の工作による幕府・朝廷内の勢力図の急転に伴い、江戸を経て会津に戻る。新政府軍が会津に迫ると会津藩の免罪への協力を求めて東北の諸藩と交渉し、奥羽越列藩同盟をまとめ上げる。
会津戦争では、自害した土佐や内蔵助に代わって戦の指揮をとるが新政府軍を前に苦戦を強いられた。戦後は猪苗代の謹慎所に送られた。その後、斗南藩創立と共に大蔵(浩)を大参事に就任させ、自らは戦の責任をとる形ですべての役職を辞し、二葉とも離縁した。
のちに水野テイを二度目の妻にし、北海道・根室で没した。
佐川官兵衛(さがわ かんべえ)
演:中村獅童
会津藩士。会津戦争の際、「鬼」と新政府軍に称される。
頼母と並び称されるほど武芸に優れた忠義の士だが、江戸で旗本を斬ったことで謹慎処分を受ける。
京都の情勢悪化を受けて謹慎を解かれ、藩士の次男以下の子弟で構成された部隊を率いて上洛。「別撰組」の名を与えられ、その隊長となる。着任当初は新選組を嫌っていたが、斉藤一とは稽古や任務を通じてその腕を認め合う仲となる。事ある毎に容保を振り回す慶喜には不信を抱いている。
鳥羽・伏見の戦いでは林権助らと共に出陣、新政府軍が会津に迫ると越後口の守備を任され、長岡藩の河井継之助と交渉して越後の諸藩を列藩同盟に加えることに成功し、会津戦争の最中には、大蔵と共に家老に進んだ。
その後、奇襲攻撃を官兵衛の部隊が請け負うこととなったが、酒を暴飲して寝過ごすという大失態を犯してしまったために苦戦を強いられ、挽回のために命がけの猛攻を仕掛けたが敗北し、戦いのうちに会津は降伏せざるを得ない状況まで追い込まれる。降伏を受けてなお抗戦しようとしたが、猪苗代の謹慎所に送られた。
征韓論の西郷絡みによる警官不足を受け旧・藩士300人とともに警官となる。
西南戦争では抜刀隊に参加し、容保から賜った刀『正宗』で西郷軍をねじ伏せ、銃撃を受けてもなお奮戦した。その後、阿蘇まで運ばれ戦場で戦死できることをありがたみながら藤田五郎に看取られ、息を引き取った。
横山主税(よこやま ちから)
演:国広富之
会津藩家老。
容保の側近くに仕え、京都にも同行。病身を押して勤め、神保内蔵助と入れ替わりで帰国する。病床では、京都での長期戦にあえぐ会津の将来を憂いた。容保から罷免された秋月の身の上を託されていたが、病のため思うように動けず、彼を頼母に託し病死した。
萱野権兵衛(かやの ごんべえ)
演:柳沢慎吾
会津藩家老。
保守的な性分で当初は藩軍備の洋式化にも反対していたが、京都の情勢悪化を受けて洋式化を受け入れ、尚之助に会津防衛策の策定を命じる。会津戦争後、松平容保・容大親子らへの助命嘆願によって代わりに戦争首謀者の首を差し出すこととなり、戦の責任を一身に背負って自らの命を投げ出した。
秋月悌次郎(あきづき ていじろう)
演:北村有起哉
会津藩士。
公用方として容保らに先行して京に入る。京では新選組の採用や薩摩藩との連携で手腕を発揮するが、池田屋事件の責任を問われて罷免され、会津に帰国させられる。会津では八重の結婚の際に仲人を務めるが、藩の役目に復帰は叶わず、蝦夷地の代官へと左遷されるが、京都の情勢悪化を受けて再び公用人として復帰した。
会津戦争では、降伏の使者として新政府軍の陣地に自ら身を投じ、新政府軍との説得の末降伏を認められた。その後、猪苗代の謹慎所に送られた。
のちに第五高等学校などの教師として活躍し、熊本に向かう途中京都で八重とも再会した。
広沢安任(ひろさわ やすとう)
(広沢富次郎 → 広沢安任)
演:岡田義徳
会津藩士。通称は富次郎(とみじろう)。
公用方として容保らに先行して京に入る。京では公卿や新選組との間を取り持った。
新政府軍の会津討伐を止めるため江戸に留まり、総督府に赴いて西郷との面会を求めたが、逆に捕えられた。のちに赦され、斗南藩を支えた。元藩士の中に新政府に与する者、不平士族として新政府にたてつく者となる中、自身は斗南の地に留まり牧場を開設した。その際、青木を山本家の書生にすると共に牧場で作った乾酪を差し入れた。
簗瀬三左衛門(やなせ さんざえもん)
演:山野史人
会津藩家老。
保守的な気質で、覚馬の唱える藩軍備の洋式化に反対した。
内藤介右衛門(ないとう すけえもん)
演:志村東吾
会津藩家老。梶原平馬の実兄。
海老名郡治(えびな ぐんじ)
演:ウダタカキ
会津藩家老。
原田対馬(はらだ つしま)
演:佐藤政之
会津藩家老。

その他の会津藩士[編集]

黒河内伝五郎(くろこうち でんごろう)
演:六平直政
会津藩武芸師範。八重が通う薙刀道場の師匠でもある。
戦い間近という時に、目や足を患ってしまい、役に立てないことを悔やんでいた。それでも会津戦争ではユキや八重を援護し、不自由な体ながらも奮戦した[注 3]
古川春英(ふるかわ しゅんえい)
演:小市慢太郎
会津藩士。医師。
覚馬とは古い知人で脱藩して大坂の適塾で学んでいたが、神保内蔵助、田中土佐の取りなしで藩に復帰し、また覚馬の斡旋で日進館蘭学所の教授に就任する。後に長崎でオランダ人医師に師事し医術を修める。
会津戦争では敵に奪われないよう日新館を焼き払った。
伊東悌次郎(いとう ていじろう)
演:中島広稀(少年期:下地幸多
会津藩士の子弟。
八重の家の隣に住み、鉄砲を八重から学ぶ。
年少ながらも鉄砲の腕を買われて白虎隊への入隊を許された。戸口原で敗れ、同士と共に飯盛山に向かうと、敵に捕まって恥を晒さないため、他の隊士と共に自刃した。
竹村幸之進(たけむら こうのしん)
演:東武志(少年期:笹原尚季
会津藩士。浩の友人。
廃藩置県後、廃刀令を下したことで新政府を批判する記事を新聞に載せたことで、浩から新聞の発行中止を求められたがこれを拒否。口論になり陸軍に仕官した浩を「薩長の手先だ」と批判したことで、浩と決別する。その後、日本橋で警官を斬り殺す事件を起こして共謀した他の会津藩士と共に逮捕された。
小出鉄之助(こいで てつのすけ)
演:白石朋也(少年期:矢部光祐
会津藩士。浩の友人。戊辰戦争後に浩の妹・操と結婚する。
大庭恭平(おおば きょうへい)
演:山中崇
会津藩士。
京で攘夷派に密偵として潜り込んでいたが、彼らに感化され、足利三代木像梟首事件の実行犯となる。
岡本一蔵(おかもと いちぞう)
演:並樹史朗
会津藩士。
山本家に八重の縁談を持ち込む。
野沢鶏一(のざわ けいいち)
演:小林優斗
会津藩士。覚馬の弟子。
藩の京都退去後も覚馬と共に京都に残り、鳥羽・伏見の戦いの中で彼と共に薩摩兵に捕らえられる。
浅羽忠之助(あさば ちゅうのすけ)
演:五十嵐貴裕
容保の小姓頭
日向内記(ひなた ないき)
演:武智健二
白虎士中二番隊頭。
篠田儀三郎(しのだ ぎさぶろう)
演:今村信也
白虎士中二番隊副長。
飯沼貞吉(いいぬま さだきち)
演:峯崎雄太
白虎士中二番隊隊士。
井深茂太郎(いぶか しげたろう)
演:秋田卓郎
白虎士中二番隊隊士。
石田和助(いしだ わすけ)
演:讃井優
白虎士中二番隊隊士。

会津藩の女性たち[編集]

内藤ユキ(ないとう ユキ)
(日向ユキ → 内藤ユキ)
演:剛力彩芽
八重の幼馴染。山本家の近所である日向家の娘。
会津戦争では入城が遅れたために城に入ることができず、村に落ちのびる。戦後は北海道に渡りあやうく遭難死しかけたところを斎藤一に助けられた。その後北海道で元薩摩藩士・内藤兼備と結婚し、夫・襄の療養で北海道を訪れた八重と二十年ぶりに再会した。
中野竹子(なかの たけこ)
演:黒木メイサ
会津藩勘定役・中野平内の長女。
江戸育ち。薙刀の名手で、鉄砲を侍の武具として認めていなかったが、八重との交流を通して、得物が違っても会津を守ろうとする志は同じであることに気付き、友情を育んでいく。
戦い間近となると、照姫を守ろうと女性のみの部隊・娘子隊を結成するが、開戦後に「照姫が城を出た」との誤報が原因で娘子隊と共に城下を離れてしまう。城へ戻ろうと萱野権兵衛の部隊と共に新政府軍と戦い、薙刀を振るって奮戦したが、銃弾を受けて戦死した。
水野テイ(みずの テイ)
演:MEGUMI
会津藩江戸屋敷出入りの能楽師の娘。
慶応三年末、江戸で山川二葉親子を偶然不逞浪士から助け夫の梶原平馬の家へと案内する。
明治になり梶原平馬の二度目の妻となり、北海道・根室で小学校の教師となった。平馬の死を東京の山川二葉が住む山川家に伝えた。
滝瀬(たきせ)
演:筒井真理子
照姫の侍女
中野こう(なかの こう)
演:中村久美
竹子の母。
竹子が戦死すると、敵に首を渡さぬべく竹子の首をはねようとしたが新政府軍の猛攻を受けた為、やむを得ず断念し、毛髪のみを形見として城に持ち帰り、八重に竹子の最期を涙ながらに語った。
中野優子(なかの ゆうこ)
演:竹富聖花
竹子の妹。
岡村すま子(おかむら すまこ)
演:白須慶子
娘子隊隊士。
依田菊子(よだ きくこ)
演:吉谷彩子
娘子隊隊士。
依田まき子(よだ まきこ)
演:小出ミカ
娘子隊隊士。

京都の人々[編集]

京都府[編集]

槇村正直(まきむら まさなお)
演:髙嶋政宏
京都府知事、以前は京都府大参事。長州藩出身。傲慢で放埒、時に強情で剛胆な性格で、理想主義的でもある。
「管見」を読んで覚馬の才能を認めた木戸から覚馬を任され、覚馬を推薦し共に京都の近代化に努める。のちに小野組転籍事件を起こし司法卿の江藤によって一度司法省につかまり東京に護送されるが、覚馬と木戸の奔走・司法卿の江藤の失脚によって釈放された。
以降、政府ににらまれることに懲りると同時に豹変。襄の学校設立やそれを支援する八重や覚馬に冷淡な態度をとり、嫌がらせを行うようになる。「キリスト教を教えない」という条件付きで同志社の設立を許可するも、設立後に襄が聖書で授業を行っておりそのことを言及したが、覚馬の小野組転籍事件の際の恩義に免じて不問とした。
西南戦争後、知事に昇進すると覚馬を解雇するも、覚馬が府議会議員選挙に当選して議長に就任してしまう。その後、府議会の同意を得ずに追加徴税の決定をするなどをしたことで府会議員の反発に遭い、さらに覚馬の策で新聞に府での追加徴税の記事が載ったことで世論の反発を浴び、新政府の伊藤博文からも脅しをかけられたことで追加徴税を取りやめ、追加徴税の審議を申しつけることで筋を持ち直すが、覚馬の案を受け、覚馬と刺し違える形で知事を辞して京都を去った。同志社の設立を許可した張本人であることを自覚したためか、のちに同志社学校の大学化のため資金を集めていた八重と襄のもとを訪れ、真っ先に自分を頼りに来なかったことに不満を言いつつも、寄付金を渡した。
明石博高(あかし ひろあきら)
演:橋爪遼
山本覚馬の西洋学問所の弟子。
戊辰戦争後、覚馬・槇村とともに京都の開化の中心人物となる。
八重に襄の余命が少ないことを告げた。
松野新九郎(まつの しんくろう)
演:吉田智則
京都府会副議長。愛宕郡選出。

同志社の人々[編集]

徳富蘇峰(とくとみ そほう)
(徳富猪一郎 → 徳富蘇峰)
演:中村蒼
熊本バンドに属している熊本洋学校の元学生。健次郎の兄。初子の弟。本名は猪一郎(いいちろう)。
転校した当初は、八重のことを鵺と呼び避けていたが、新聞記者になりたいと打ち明けたことにより八重と心を開く。不登校事件の後、新聞記者を目指すため同志社を退学した。東京で民友社を設立し、雑誌国民之友などを発刊しジャーナリストとして活躍。しかし、次第に愛国心から強硬な主戦論を唱えるようになっていき、八重や板垣から眉をひそめられる。
伊勢時雄(いせ ときお)
演:黄川田将也
熊本バンドに属している開成学校の元学生。みや子の兄。
他の熊本バンドの面々に遅れて同志社に転校してきた。その際、みねに一目惚れされる。卒業後は伝道師となり今治に行ったが、自由民権運動の運動員と間違われて、警察に逮捕されたこともしばしば。同志社で熊本バンドの再結集をした際、みねと結婚し共に今治に住まいを移した。時栄が去った後、同志社の教師に採用され京都に戻るが、長男・平馬を授かった後、みねを失ってしまう。
杉田勇次郎(すぎた ゆうじろう)
演:礼保
元デイヴィスの従者。卒業を前に医者を目指したいという理由で同志社を退学した。
金森通倫(かなもり みちとも)
演:柄本時生
熊本バンドに属している熊本洋学校の元学生。
瀕死の状態で山本家にたどり着き、他の熊本バンドの面々の受け入れを求めた。卒業後は岡山で伝道師となる。
市原盛宏(いちはら もりひろ)
演:永岡佑
熊本バンドに属している熊本洋学校の元学生。
転校した当初は、襄の方針に反発していたが、徐々に打ち解ける。卒業後は同志社の教師として残った。
小崎弘道(こざき ひろみち)
演:古川雄輝
熊本バンドに属している熊本洋学校の元学生。
転校した当初は、襄の方針に反発していたが、徐々に打ち解ける。卒業後は上京して伝道師となった。後に襄の資金提供に同行したが、襄の死後、臨時総長となった覚馬から総長の職を譲り受けた。
海老名喜三郎(えびな きさぶろう)
演:阿部亮平
熊本バンドに属している熊本洋学校の元学生。
転校した当初は、襄の方針に反発していたが、徐々に打ち解ける。卒業後は安中で伝道師となった。後に伊勢みや子と結婚している。
湯浅初子(ゆあさ はつこ)
(徳富初子 → 湯浅初子)
演:荒井萌
熊本洋学校の元学生。猪一郎・健次郎の姉。
海老名みや子(えびな みやこ)
(伊勢みや子 → 海老名みや子)
演:坂田梨香子
熊本洋学校の元学生。時雄の妹。
女学校のやり方に不満を抱いていたが、無事卒業を果たし伝道師となった喜三郎の妻になる。
徳冨蘆花(とくとみ ろか)
(徳富健次郎 → 徳冨蘆花)
演:太賀
徳富猪一郎、初子の弟。本名・健次郎(けんじろう)。
同志社英学校に入学後、時栄が去ったことで心を閉ざした久栄と恋に落ちる。駆け落ち同然で東京に向かおうとしたが、久栄を置いてけぼりにした挙げ句、猪一郎・初子姉弟と決別するため、筆名を「徳冨蘆花」と名乗り、民友社に居座っている。
小松リツ(こまつ りつ)
演:大後寿々花
同志社女学校の生徒。旧薩摩藩士の娘。
戊辰戦争で父を殺した八重を憎んでいたが、結核を患っており、仇である八重に看病される。
青木栄二郎(あおき えいじろう)
演:永瀬匡
旧会津藩士。広沢安任の縁戚。
山本家の書生となるため青森からやって来る。だが次第に覚馬の妻・時栄に好意を寄せるようになる。
その後、山本家を出て別の場所に移ったが、時栄への想いを断ち切れずついに山本家へ押しかけ、時栄を抱擁。その様子を訪問客に目撃されてしまい、時栄が離縁する原因となる。
高松仙(たかまつ せん)
演:今村美乃
同志社女学校の教師。

アメリカンボード[編集]

ゴードン
演:ドン・ジョンソン
京都に住むアメリカン・ボードの宣教師。
八重にキリスト教を教えた。後に同志社英学校の設立に携わる。
アグネス
演:シンシア・チェストン
ゴードンの妻。
デイヴィス
演:ラッセル・トッテン
アメリカンボードの宣教師。後に同志社英学校の設立に携わる。
スタークウェザー
演:アナンダ・ジェイコブズ
同志社女学校の女性教師。ファーストネームはアリス。八重のやり方に反発する。
フーパー
演:ジュリエット
同志社女学校の女性教師。ファーストネームはフランシス。

京都女紅場の人々[編集]

奥山ユキ(おくやま ゆき)
演:川野桂子
女紅場の教師。
佐々山フサ(ささやま ふさ)
演:東條織江
女紅場の教師。
ウエットン
演:ブリオニー・アラン
女紅場のイギリス人教師。

その他の京都の市民[編集]

大垣屋清八(おおがきや せいはち)
演:松方弘樹
人足口入れ業の会津藩御用総元締。
目を患い、身の回りの事が出来なくなった覚馬を案じ、時栄を覚馬の元へ遣わした。
明治には京都の人々が反対する中、新島襄のキリスト教による学校設立に協力した。
小野善右衛門(おの ぜんえもん)
演:小杉幸彦
京都の豪商・小野組の当主。明治藩閥政府の政争である小野組転籍事件に巻き込まれた。
大沢善助(おおさわ ぜんすけ)
演:草野とおる
大垣屋清八の養子。
三崎絹子(みさき きぬこ)
演:尾花貴絵
篤志看護婦人会の看護婦。
寺田ヒロ子(てらだ ひろこ)
演:近野成美
篤志看護婦人会の看護婦。
圓能斎(えんのうさい)
演:足立智充
裏千家第十三代目。茶道の師範。

明治政府[編集]

西郷隆盛
#薩摩藩の項を参照。
勝海舟(かつ かいしゅう)
(勝麟太郎 → 勝海舟)
演:生瀬勝久
幕臣。名は安芳(やすよし)、通称を麟太郎(りんたろう)、官名は安房守(あわのかみ)。
覚馬や尚之助らと共に象山塾で学び、象山塾の閉鎖後は自身の塾で覚馬らを指導する。アメリカへ派遣される咸臨丸の船長を務める。幕府制度の限界に気づいており、優れた大名の合議によって国のあり方を決める公議政体への転換を目指す。
第二次長州征伐では幕府側不利の状況下で慶喜に説得されて講和の使者となるが、実際は停戦の勅命を引き出すための時間稼ぎに利用される。
新政府軍による江戸城総攻撃を止めるべく、薩摩藩邸に単身で乗り込み、慶喜の隠居・謹慎等を条件に総攻撃をやめるよう西郷に嘆願し、総攻撃を止めさせた。
戊辰戦争後、槇村救済のため東京に訪れた八重と覚馬に尚之助の所在を伝え、また襄の同志社の大学化にも協力した。
木戸孝允(きど たかよし)
(桂小五郎 → 木戸孝允)
演:及川光博
明治政府参議。元長州藩士。前名・桂小五郎(かつら こごろう)。
攘夷論者だが、過激な行動をとる久坂らに全面的には賛同しておらず、時に彼らを諌めることもある。
池田屋・蛤御門の危機を辛くも逃げ延びると国元に逃れ、藩の兵制改革を行う。さらに水面下では西郷・大久保らと密約を結び、軍備の拡充に成功する。
戊辰戦争後、廃藩置県を主張。岩倉使節団の中心人物として渡米。その際、襄と出会い文部省に誘うが政府に加わるつもりはないと断られた。帰国後、槇村救済に訪れた八重と覚馬の提案を一度は拒否するが、八重の熱意と江藤の失脚により槇村救済を実現できた。
その後、鹿児島の士族が暴発すると追討を主張、大久保が追討を決意したことで西南戦争が始まる。自宅を訪れた覚馬に停戦を求められたが、維新の総仕上げだとして拒否。西郷と新政府の両方を案じながら西南戦争の終結を待たずに病死した。
岩倉具視(いわくら ともみ)
演:小堺一機
明治政府右大臣。元公家
攘夷派に命を狙われ、洛北・岩倉村に隠棲していたが、倒幕を目指す薩摩藩と手を組んで復権を画策する。
長い謹慎がとかれると、朝議に参内し、「王政復古の大号令」を宣言。小御所会議では不服とした容堂や春嶽に食ってかかられたが、なんとかこれを抑えこんだ。
大垣屋清八から覚馬が口述筆記した『管見』を渡され、新国家の仕組みが全て書きだされている事に驚き、覚馬の元に訪問しその才能を大いに褒め称えた。
戊辰戦争後、岩倉を全権大使とした岩倉使節団として木戸や大久保と共に条約改正に向けての親善訪問と西洋文明の視察のため渡米。帰国後、征韓論を主張する西郷や板垣らを鎮めるため、三条に代わり太政大臣代理として「朝鮮に使節を派遣する。」と「派遣は延期すること。」を天皇に上奏するつもりと西郷らを説得させるが、これが更なる亀裂を生むこととなり、西郷らは新政府を辞職した。そのことがきっかけで、江藤が起こした佐賀の乱、熊本で起きた神風連の乱、福岡で起きた秋月の乱、山口で起きた萩の乱、西郷が起こした西南戦争と士族の反乱が相次いで発生することとなった。
大久保利通(おおくぼ としみち)
(大久保一蔵 → 大久保利通)
演:徳重聡
明治政府参議。元薩摩藩士。通称は一蔵(いちぞう)。
隠棲中の岩倉具視と通じ倒幕を画策する。
戊辰戦争後は、岩倉使節団の中心人物として渡米。帰国後、西郷らが征韓論を主張したことを知り、岩倉や木戸とともに反対。一度は西郷に納得させられるが、岩倉が朝鮮派遣延期としたことで、尚反発した土佐(板垣)と佐賀(江藤)に新政府を任せられぬと見切りをつけるが、逆に西郷から見切りをつけられ決別してしまう。西郷が鹿児島で挙兵すると、西郷の追討をためらい自ら鹿児島に出向こうとしたが、木戸らの説得、さらに西郷軍が熊本に侵攻したことで苦渋の決断で追討を決意する。西南戦争終結後、西郷の戦死を知り一人嘆いていた。その翌年、暗殺された[注 4]
板垣退助(いたがき たいすけ)
(乾退助 → 板垣退助)
演:加藤雅也
元明治政府参議で、自由党の総理。元土佐藩士。旧姓・(いぬい)。
政局が討幕派に有利に傾く中、討幕派に土佐藩を加えようと西郷に接近する。
甲州に攻め込む際、先祖が武田家ゆかりの武将であったため土地の者がひれ伏すだろうと岩倉に勧められ、板垣姓を名乗る。
日光口攻略戦では、日光口を守備する山川大蔵軍に苦戦し、破ることができなかった。その後、会津戦争を指揮するが、会津勢の粘りによって苦戦し、総攻めから包囲戦に持ち込み会津藩を降伏へと追いやった。
戊辰戦争後、参議に就任し岩倉使節団の渡米の際は留守組として政府を取り仕切っていたが、西郷に与して征韓論を主張し、岩倉や大久保によって「朝鮮派遣を延期」としたことで憤怒し西郷らとともに参議を辞職した。
下野後、自由民権運動の中心人物となり、自由党の総理に就任。その矢先、岐阜事件に遭い、その際「わしが死んだち自由は死なんぜよ」という政党政治を訴える言葉を発して倒れ、大阪で病養する。また国家を支える人材を育成するため同志社の大学化を目指す襄に、会津戦争で武士とは対照的に戦意の低い会津の農民を目の当たりにした経験から、「民に上下の差別があっては国は滅びてしまう」と悟り、自由民権運動に身を投じたことを明かす。
その後、自由党を訪れた蘇峰らに強硬外交を訴えられ、戊辰戦争を引き合いに出して戦争の無謀を説いた。蘇峰に「古い」と罵られるが逆に「若い」と言い返した。
大山巖(おおやま いわお)
(大山弥助 → 大山巖)
演:反町隆史
明治政府参議にして陸軍少将。元薩摩藩士。西郷隆盛の従兄弟。通称は弥助(やすけ)。
京都の情勢が風雲急を告げる中、薩摩兵1,000を率いて上洛する。戊辰戦争にも参加し、従来の四斤山砲の改良して射程を延ばし、白河城攻略戦では寡勢で頼母率いる列藩同盟軍を撃破する。
会津戦争では、薩摩兵を率いて戦ったが、八重の狙撃を受けて負傷する[13]等苦戦をしいられた。
維新後、陸軍に入り西南戦争では西郷と敵対する。田原坂・城山総攻撃では自ら指揮をとって西郷を追い詰めた。また、この西南戦争には元・会津藩の佐川官兵衛らも従軍しており、会津と手を組んで西郷と戦うことを嘆いていた。
西南戦争後、浩の末妹・捨松を見初め求婚した。仇敵・薩摩藩出身であることを理由に山川家側から猛反対されたが、八重の計らいによって結婚する。
日清戦争後、京都守護職始末を刊行する健次郎を新政府が危惧していることを察し健次郎に圧力をかけるが、捨松の仲裁もあり永久封印はしない条件で刊行を遅らせることとなった。
三条実美(さんじょう さねとみ)
演:篠井英介
明治政府太政大臣。元公卿。
攘夷派で長州藩と手を組み、国事御用掛の立場を使って偽勅の作成して会津藩を都から追い出そうとするなど、会津に様々な嫌がらせを行うが、八月十八日の政変で京都を追われ、長州に都落ちするが、王政復古と共に復官。維新後、征韓論を巡る西郷・板垣ら賛成派と木戸・大久保ら反対派の争いの板挟みになり卒倒してしまった。
伊藤博文(いとう ひろぶみ)
演:加藤虎ノ介
明治政府内務卿で、初代内閣総理大臣。長州藩出身。
大久保亡き後岩倉と共に大隈重信を追放するなどして民権派を迫害し、内閣総理大臣にも就任し伊藤内閣の時に日清戦争に踏み切るなど政府の中心人物であり続けた。
山県有朋(やまがた ありとも)
演:猪野学
明治政府陸軍卿で後の内務卿にして陸軍中将。長州藩出身。
西南戦争では陸軍の総司令官で、巌が自ら指揮をとりたいと申し出た際、西郷と巌は兄弟同然だと一度は却下するが、巌の意思は固く彼に一任した。西南戦争後、浩に会津の名誉回復への道は険しいと諭した。
大隈重信(おおくま しげのぶ)
演:池田成志
元明治政府参議で後の外務大臣。佐賀藩出身。
早期の内閣設立を訴えていたが、逆に伊藤に見限られてしまい新政府を追われた。その後、東京専門学校(後の早稲田大学)を設立したが、伊藤に手腕を評価されたことで外務大臣に就任する。襄が提案する同志社の大学化のための資金提供をする場を設けたが、暴漢に襲われ右足切断の大けがを負ってしまう。
江藤新平(えとう しんぺい)
演:山崎銀之丞
元明治政府司法卿佐賀藩出身。
征韓論では西郷に与して、正気を失った三条では相手にできないと悟り、小野組転籍事件を起こした槇村を司法国家になったと教えるため、見せしめとして槇村を司法省に逮捕させる。その後、朝鮮派遣延期とした岩倉の案が受け入れられず憤慨し、西郷や板垣と共に新政府を去った。後に地元・佐賀で乱をおこすが新政府軍に鎮圧された。
寺島宗則(てらしま むねのり)
演:久ヶ沢徹
明治政府外務卿。薩摩藩出身。
川上操六(かわかみ そうろく)
演:奥田達士
日本陸軍参謀次長。薩摩藩出身。

江戸幕府[編集]

徳川将軍家[編集]

徳川慶喜(とくがわ よしのぶ)
(一橋慶喜 → 徳川慶喜)
演:小泉孝太郎
江戸幕府15代将軍。水戸藩主・徳川斉昭の実子。聡明な人物だが、その言動には本心が見えず周囲の評価は芳しくない。
当初は一橋徳川家当主で将軍・徳川家定の継嗣候補として松平春嶽らに担がれるが、徳川慶福(家茂)を担ぐ紀州派に敗れ、登城停止処分となる。井伊直弼の死後、政界に復帰し将軍後見職となる。春嶽と諮って容保を京都守護職に就けるが、情勢の悪化に伴って朝令暮改のごとく言動を次々と翻しては容保や会津藩を振り回し続けた。
家茂の没後、徳川宗家を相続し長州再征伐の勅命を受けたが、華々しい手柄を上げて将軍職を継いで幕府を根底から改革する為に将軍襲職を拒んでいた。しかし時勢の変化に逆らえず、将軍宣下を受ける。その翌年、討幕派の攻撃をかわし、徳川家の生き残りを企図して大政奉還を行う。しかし新政府からは官職と領地の返上を命じられ、京都を追われる。薩長の挑発に乗せられる形で鳥羽・伏見の戦いを起こすが、敗色濃厚となると兵の多くを残して容保らと共に江戸へ逃亡し、到着後は容保に登城を禁じて徳川宗家に尽くしてきた会津藩などを江戸から立ち退かせ、幕府に降伏する姿勢を示した。
勝と西郷との交渉で死を免れ、水戸での謹慎処分となる。水戸出立の際、会津の行く末を案じていた。
維新後、明治天皇に謁見して名誉を回復した。だが、会津を見捨てたことを悔やんでおり、勝に自分には手に入らない会津藩の君臣の交わりを羨ましく思っていた事を告白していた。
徳川家定(とくがわ いえさだ)
演:ヨシダ朝
江戸幕府13代将軍。アメリカ総領事・ハリスと引見し、大統領親書を受け取った。
徳川家茂(とくがわ いえもち)
演:葉山奨之
江戸幕府14代将軍。元紀州藩主、前名・慶福(よしとみ)。
第二次長州征伐で上洛を果たすが、脚気に罹り急死した。

幕閣諸侯[編集]

井伊直弼(いい なおすけ)
演:榎木孝明
彦根藩主。大老。官名は掃部頭(かもんのかみ)。
開国問題や将軍継嗣問題で徳川斉昭ら一橋派と対立。大老に就任すると、将軍継嗣に徳川慶福(家茂)を据え、また勅許を得ずに通商条約を締結。安政の大獄を起こして一橋派の諸侯や攘夷派の志士を断罪して恨みを買い、江戸城桜田門外で水戸浪士らによって暗殺された
生前、容保と親交があり、予め戒名も定めて違勅の条約締結や大獄の罪を一身で背負う覚悟を明かしていた。
阿部正弘(あべ まさひろ)
演:久松信美
老中
ペリー来航を受けて開国するか否かを諸大名に諮る。
安藤対馬守(あんどう つしまのかみ)
演:倉石功
老中。
阿部正外(あべ まさとう)
演:佐渡稔
老中。
松平康英(まつだいら やすひで)
老中。

幕臣[編集]

榎本武揚(えのもと たけあき)
(榎本釜次郎 → 榎本武揚)
演:山口馬木也
軍艦頭。通称は釜次郎(かまじろう)。
鳥羽・伏見の戦況を知るべく、大坂に停泊。しかし、江戸への逃亡決意した慶喜に開陽丸を乗り逃げされてしまう。
その後、函館の五稜郭に拠点を構えて新政府軍と激しい戦闘を繰り広げるが、衆寡敵せず降伏した。
井戸対馬守(いど つしまのかみ)
演:脇坂奎平(第2回) / 長谷川公彦(第5回)
江戸町奉行
吉田寅次郎の密航未遂に絡んで佐久間象山を取り調べた。後に安政の大獄に連座した寅次郎も取り調べ、彼に斬首の刑を宣告している。

新選組[編集]

斎藤一
#藤田五郎を参照
土方歳三(ひじかた としぞう)
演:村上淳
新選組副長。
京都で無聊を託っていた浪士組を会津藩に売り込んだ。
池田屋事件や蛤御門の変にも参加し、幕府瓦解後も各地を転戦し、会津に逃れるが、その一連の戦いを通して刀の時代が終わったことを痛感する。
会津戦争が始まり、戦況が悪化すると榎本艦隊を頼って仙台への転戦を決意し、会津に留まる斎藤と決別した。その後は、新撰組を率いて函館戦争に身を投じ、戦死した。
近藤勇(こんどう いさみ)
演:神尾佑
新選組局長。
新選組として倒幕派の弾圧にあたり、池田屋切り込みでは隊士を引き連れ、尊攘志士を壊滅させ、蛤御門の変などにも出陣した。
戊辰戦争の最中、賊軍ではないことを証明すると土方らの反対を押し切り、新政府軍に出頭して板橋で斬首に処された。後に容保の厚意で会津領内に墓が作られた。
永倉新八(ながくら しんぱち)
演:水野直
新選組隊士。
近藤らと共に池田屋切り込みにも参加。
沖田総司(おきた そうじ)
演:鈴木信二
新選組隊士。
池田屋切り込みの際、喀血した。
藤堂平助(とうどう へいすけ)
演:住吉晃典
新選組隊士。
池田屋切り込みの際、重傷を負う。
尾関雅次郎(おぜき まさじろう)
演:三島亮太
新選組隊士。

旧諸藩・士族[編集]

薩摩藩[編集]

西郷隆盛(さいごう たかもり)
(西郷吉之助 → 西郷隆盛)
演:吉川晃司
元明治政府参議で陸軍大将。薩摩藩出身。通称は吉之助(きちのすけ)。
藩主・島津斉彬に重用され、江戸や京都で政治工作に従事する。
禁門の変では薩摩藩兵を率いて覚馬の危機を救った。第一次長州征伐の参謀に登用されるが、勝海舟に内戦の愚を説かれ、長州藩に恭順を求める穏便な策で事を収める。また勝の公議政体論に影響され、幕府を倒して新体制を作ることを目指して暗躍。薩長同盟を結んで、第二次長州征伐を幕府の敗戦に導き、岩倉具視と組んで朝廷から倒幕の密勅を引き出すことに成功する。徳川慶喜が大政奉還で徳川家の延命を図ると、兵を動かして会津藩を御所から追い出す。
当初は江戸城を総攻撃する予定だったが、勝との会談によって中止し、そのことで攻撃の矛先が会津に向かった。戊辰戦争後は、薩摩藩大参事に就いた。征韓論では、士族の不平を抑えるため、自ら朝鮮に渡ると宣言。一度は大久保を納得させるが、朝鮮派遣延期とした岩倉の案が受け入れられず、士族の不平を収めることは事ここに至っては不可能と宣言して参議を辞職するのと同時に大久保と決別した。その後、自分を慕って新政府を去った士族たちを集め私学校を設立する。
その後、鹿児島で挙兵し、西南戦争が始まる。田原坂・人吉・宮崎・延岡と各地で激戦を繰り広げるが、それぞれ新政府軍に制圧され、終盤には士族らに降伏を勧めたが、士族たちの決意は固く戦い抜くことを決意。城山で巌が仕掛けた総攻撃の際に負傷、「もうここいらでよか」と別府に介錯を頼み、果てた。
西南戦争の最中、遭遇した浩に会津の恨みを一身に背負い、内乱を二度と起こさない覚悟を明かしていた。
島津斉彬(しまづ なりあきら)
演:林与一
薩摩藩主。
身分にとらわれず下級藩士の西郷を重用し、また国政が譜代大名に独占されている現状を憂い、これを正す人物として一橋慶喜に期待していたが、コレラに罹患し、急死した。
大山格之助(おおやま かくのすけ)
演:村上新悟
薩摩藩士。奥羽鎮撫使参謀。
伊地知正治(いぢち まさはる)
演:井上肇
薩摩藩士。奥羽鎮撫使参謀。
桐野利秋(きりの としあき)
(中村半次郎 → 桐野利秋)
演:三上市朗
元陸軍少将。薩摩藩出身。旧名・中村半次郎(なかむら はんじろう)。
日光口で板垣退助が苦戦している事を西郷から告げられ、出陣するよう命じられた。戊辰戦争後、陸軍に仕官したが、征韓論争で西郷が新政府を去ると同時に陸軍を去った。
西南戦争に参加し、西郷が散った後、八重の下に届けられた新聞で戦死したことが伝えられた。
別府晋介(べっぷ しんすけ)
演:本郷弦
元陸軍少佐。薩摩藩出身。
西南戦争終盤で重傷を負った西郷を介錯した。
篠原国幹(しのはら くにもと)
演:荒井隆人
私学校銃学校校長。薩摩藩出身。
西南戦争に参加し、田原坂で抜刀隊士に撃たれ重傷を負う。
内藤兼備(ないとう かねとも)
演:小林博
北海道開拓使の役人。
会津藩出身の日向ユキと結婚。

長州藩[編集]

吉田寅次郎(よしだ とらじろう)
演:小栗旬
長州藩士。松陰(しょういん)と号する。
佐久間象山の門下で学ぶ一方で諸国を旅して見聞を広めており、会津を訪れた際には八重とも出会っている。ペリーの黒船に密航を試みて捕えられ、長州での謹慎処分となる。後に過激な攘夷論を唱えるようになり、幕府に捕らえられて処刑されたが、その真意は自分が犠牲になることで国を想う人間を一人でも多く立ち上がらせることだった。
世良修蔵(せら しゅうぞう)
演:小沢仁志
長州藩士。奥羽鎮撫使参謀。
会津藩の降伏に「容保の首」という条件を突きつけ、会津の免罪を訴える奥羽の藩主たちにも高圧的に振る舞い、恭順の嘆願書を握り潰したことで奥羽諸藩の恨みを買う。さらに「奥羽は皆敵」という内容の密書を総督府に送ろうとしたことが発覚し、暴発した仙台藩士らに暗殺された。
この暗殺がきっかけで会津戦争は泥沼化していくこととなる。
久坂玄瑞(くさか げんずい)
演:須賀貴匡
長州藩士。
過激な攘夷論者で三条実美と組んで京で暗躍するが、八月十八日の政変で都を追われる。都の奪還を目指して軍を率いて御所に攻め寄せるが敗れ、桂たちを逃がし自刃した。
吉田稔麿(よしだ としまろ)
演:石川雄亮
長州藩士。
池田屋で新選組に斬殺される。
来島又兵衛(きじま またべえ)
演:関戸将志
長州藩士。
久坂らと軍を率いて御所に攻め寄せるが、蛤御門の戦いで覚馬に狙撃される。
白井小四郎(しらい こしろう)
演:多田広輝
長州藩士。
二本松に攻め込んだ際、不意に突撃して来た成田才次郎の一突きを浴び、重傷を負うが勇敢に突撃して来た才次郎を殺さないよう部下に命じる。

土佐藩[編集]

後藤象二郎(ごとう しょうじろう)
演:京極圭
土佐藩士。
山内容堂の命を受けて、慶喜や諸藩に大政奉還を周旋する。
山内容堂(やまうち ようどう)
演:田中隆三
前土佐藩主。
小御所会議に参内するが、慶喜が欠席のまま徳川家の処分が決まる過程に不満を持ち、岩倉具視を非難するが、逆に論駁され、最後は西郷の脅しに屈した。
吉松速之助(よしまつ はやのすけ)
演:河野洋一郎
土佐藩士。
自陣に捕らえられた神保雪を哀れんで開放しようとするが、彼女が自害を望んだため、自分の脇差を貸し与えた。

二本松藩[編集]

木村銃太郎(きむら じゅうたろう)
演:大地泰仁
二本松藩士。
江戸の江川砲兵塾で学んだ後、二本松に戻り少年らに砲術を指南する。
二本松に新政府軍が迫ると、少年兵部隊(二本松少年隊)を率いて出陣するが、圧倒的な敵兵力を前に隊士が倒れていくのを見て、二階堂に隊士を託して、自らは隊士を守るようにして戦死した。
二階堂衛守(にかいどう えもり)
演:金児憲史
二本松藩士。
銃太郎を補佐し、少年らに砲術を指南する。
銃太郎と共に少年隊を率いて出陣するが、銃太郎から少年たちを会津まで逃すよう託されたが、途中新政府軍の銃撃を受け死亡する。
成田才次郎(なりた さいじろう)
演:吉井一肇
二本松藩士の少年。八重から砲術上達のためとして願掛けの達磨を手渡された。
少年隊の一人として出陣したが敗れ、二階堂らと共に会津まで逃れようとする途中で新政府軍と遭遇し、子供故に見逃されたが、仲間の仇を討つため刀を振るって突撃し、隊長の白井小四郎に一太刀報いるが、その場にいた白井の部下に射殺された。
岡山篤次郎(おかやま とくじろう)
演:大嶋康太
二本松藩士の少年。
銃太郎率いる少年隊の一人として出陣したが敗れ、会津まで逃れる途中新政府軍の銃撃を受けて瀕死の重傷を負い、八重に才次郎の達磨を渡して死亡。

その他の奥羽越の諸藩[編集]

但木土佐(ただき とさ)
演:嵐芳三郎
仙台藩家老。
当初は恭順を会津藩に勧めるが、梶原らに説得され、列藩同盟の締結を決断する。
内藤新一郎(ないとう しんいちろう)
演:木下政治
米沢藩士。
会津の山本家を訪れ、八重に鉄砲の指南を受ける。
戦後、八重たち山本家の家族を米沢の自宅に居候させる。
木滑要人(きなめり かなめ)
演:西沢仁太
米沢藩家老。
上杉斉憲(うえすぎ なりのり)
演:倉持一裕
米沢藩主。
伊達慶邦(だて よしくに)
演:天野勝弘
仙台藩主。
奥羽鎮撫総督の九条道孝より、会津討伐の命が下される。
河井継之助(かわい つぐのすけ)
演:岡森諦
長岡藩家老。
官兵衛の説得を受け、越後四藩の列藩同盟への参加を決断する。
姉歯武之進(あねは たけのしん)
演:管勇毅
仙台藩士。
同志と共に福島の宿にいた世良修蔵を襲撃して殺害した。
遠藤条之助(えんどう じょうのすけ)
演:渡邊修一
福島藩士。

その他の諸侯[編集]

松平春嶽(まつだいら しゅんがく)
演:村上弘明
越前藩主。
将軍・家定の後継に一橋慶喜を担ぐが、慶福(家茂)が後継と決まると井伊直弼によって隠居謹慎処分となる。容保の京都守護職要請に際しては、会津家訓[注 1]を引き合いに出し、幕府への忠義を強く迫りこれを受諾させた。
家茂薨御の後は、慶喜に将軍家および徳川宗家の継承を強く迫り後者を受諾させたが、長州の処遇を巡って慶喜と対立し、慶喜の不実な対応に怒って決別する。小御所会議では、容堂と共に徳川への過酷な処遇は不適と岩倉に食って掛かったが、抑えられた。王政復古後、会津討伐取り止めを何度も願い出るが取り上げられず、岩倉らが会津を一方的に「朝敵」と決めつけ討伐を進めている事に不満を持ち、誰のための国づくりなのかをよく考えるよう求めた。
徳川斉昭(とくがわ なりあき)
演:伊吹吾郎
水戸藩主。海防参与
強硬な攘夷論者で開国派の井伊直弼らと対立する。直弼が無勅許で通商条約を結ぶと息子・慶篤らと押しかけ登城して抗議するが、これを罪に問われて謹慎処分となった。
徳川慶勝(とくがわ よしかつ)
(徳川慶恕 → 徳川慶勝)
演:金子賢
尾張藩主。容保の実兄。前名・慶恕(よしくみ)。
通商条約締結に抗議する為、水戸家の徳川斉昭らと押しかけ登城を行った。
第一次長州征伐では征長大総督を務めた。
徳川慶篤(とくがわ よしあつ)
演:杉浦太陽
水戸藩主。徳川斉昭の息子。
父・斉昭らと通商条約締結に抗議する為の押しかけ登城を行うが、これを罪に問われて処罰された。
松平定敬(まつだいら さだあき)
演:中村隼人
桑名藩主。京都所司代。松平容保の実弟。
兄と共に幕府への忠義を示すべく、京都の治安を守った。鳥羽・伏見の敗戦後、会津藩と共に朝敵の烙印を押される。
松平茂昭(まつだいら もちあき)
演:斉藤悠
越前藩主。
第一次長州征伐の副総督を務める。

その他の志士[編集]

佐久間象山(さくま しょうざん)
演:奥田瑛二
松代藩士。佐久間象山塾の主宰。
西洋の脅威に対抗するために国を開いての国力増強を説き、覚馬や吉田寅次郎ら多くの若者を指導するが、寅次郎の密航を煽った罪に問われ、松代での謹慎処分となる。
後に謹慎を解かれて京都に入り、朝廷に開国を解くと共に天皇の彦根遷座を画策するが、攘夷派の浪士に暗殺される。死後、攘夷派の勢いを恐れた松代藩は「敵に背中を見せた」等の言いがかりに近い理由で佐久間家を取り潰した。
真木和泉(まき いずみ)
演:嶋田久作
久留米藩士。
長州藩や攘夷派の公家と組んで京都で暗躍するが、八月十八日の政変で都を追われ、長州軍と共に都に攻め入るが、幕府軍に敗れて自害した。
宮部鼎蔵(みやべ ていぞう)
演:宮内敦士
肥後藩士。
吉田寅次郎の友人で彼と共に会津を訪れ、八重や覚馬と出会っている。
長州藩と組み、京にて尊皇攘夷の活動を行うが、池田屋で新選組の襲撃を受け、追い詰められて自害した。
佐久間恪二郎(さくま かくじろう)
演:下江昌也
松代藩士。佐久間象山の息子。
古高俊太郎(ふるたか しゅんたろう)
演:花城紳一
尊攘派の志士。変名・枡屋喜右衛門(ますや きえもん)を名乗る。
新選組に捕らえられて拷問され、攘夷派の孝明天皇拉致の陰謀を自白した。

朝廷[編集]

孝明天皇(こうめいてんのう)
演:市川染五郎
第121代天皇
容保の誠実な人柄に深い信頼を寄せている。長州と組んだ攘夷派の公卿たちに朝廷の主導権を握られていたが、八月十八日の政変でこれを奪回。その際に容保の忠勤を賞して宸翰と御製を贈る。京都守護の要として容保を頼る一方で彼の苦境も察しており、容保の帰国についても尽力を約束していたが、疱瘡に罹患し急逝した。
近衛忠煕(このえ ただひろ)
演:若松武史
左大臣
孝明天皇の側近で、薩摩藩と連携して一橋慶喜の将軍擁立を画策。攘夷派の台頭で朝廷から遠ざけられていたが、八月十八日の政変を機に復帰する。
中川宮(なかがわのみや)
演:小須田康人
皇族
攘夷派と対立しており、会津・薩摩藩の助力を得て、八月十八日の政変で長州と三条ら攘夷派公卿を追い落とすことに成功する。
二条斉敬(にじょう なりゆき)
演:伊吹剛
佐幕派の公卿
中山忠能(なかやま ただやす)
演:小川隆市
公卿。睦仁親王の外祖父。
仁和寺宮(にんなじのみや)
演:西海健二郎
皇族。
九条道孝(くじょう みちたか)
演:河原健二
左大臣。奥羽鎮撫使総督。

長崎の人々[編集]

カール・レーマン
演:エリック・ボシック[14]
長崎在住のドイツ人武器商人。
当初は覚馬らに旧式のゲベール銃を売りつけようとし、強引に新式のツュントナーデル銃を求める覚馬の態度を嫌悪していたが、ほどなくその人となりを理解し打ち解け、銃の取引を承諾した。その後、役目を終えて長崎を発つ覚馬に自らのスペンサー銃を信頼と友情の証として贈った。このスペンサー銃は覚馬によって八重に託され、後に八重が会津戦争を戦い抜く力となった。
明治となり覚馬と再会し、弟のルドルフを紹介し京都の近代化に協力した。
ボードウィン
精徳館のオランダ人医師。
長崎に留学中の古川春英に医術を教授する。武器調達のため長崎に赴いた覚馬を診察し、失明宣告をした。

米沢の人々[編集]

千代(ちよ)
演:中村優子
会津藩出身の未亡人。
田村屋宗右衛門(たむらや そうえもん)
演:及川いぞう
米沢で紅花問屋を営む商人。
長治郎(ちょうじろう)
演:鏑木海智
千代の息子。

その他の日本人[編集]

津田梅子(つだ うめこ)
演:河北麻友子
岩倉使節団の女子留学生。捨松の友人。
相原尚褧(あいはら なおぶみ)
演:辻本一樹
岐阜事件の犯行人。
山路愛山(やまじ あいざん)
演:前野朋哉
徳富蘇峰が主宰する民友社の記者。
内藤一雄(ないとう かずお)
演:小林廉
内藤ユキと内藤兼備の子。
来島恒喜(くるしま つねき)
演:大平真嗣
右翼の活動家。条約改正で外国人判事を採用しようとした大隈重信を爆弾で暗殺しようとしたが失敗。

外国人[編集]

ペリー
演:スティーブン・アッシュトン
アメリカ東インド艦隊提督。
シーリー
演:ランディ・ゴインズ
アメリカマサチューセッツ州アマースト大学の牧師。
蔡敏明(さい びんめい)
演:談莫東
清国軍の兵士。

スタッフ[編集]

オープニング映像[編集]

本作のオープニング映像は、中盤部分が各月ごとに変更される[18]。映像には「アートの力で東北を応援する」というコンセプトの下[19]、以下の芸術家(個人およびグループ)がをモチーフに「挫折と再生」を表現した[20]作品が使用されている。芸術家の分野を尊重している作品(染織工芸、墨絵、ストロボ映像とCG、徳島の藍染め[21]、染色画、書、スリットスキャン撮影[22]、会津絵ろうそくのドキュメント映像[23])から、芸術グループの個性が問われる作品(テレビ映像、特殊なインクで印刷した紙で作った立体物[24]、ガラスキューブの中に彫られた彫刻[25])まで多種多様なのが特徴。各月のオープニングのノンクレジット版はDVD完全版の特典映像として収録されている。

第34話(8月25日放送)の京都編から「過去と未来を希望でつなぐ」をコンセプトに一部を除いてリニューアルし、明るいオープニング映像となった[29]

菱川が手がけた12月バージョン(最終回を除く)は被災地の観光名所を撮影したオリジナルのアーティストパート[28]の他に会津編のオープニング映像と京都編のオープニング映像を用いて挫折と再生を表現した[28]バージョンとなっている。

なお最終回は変則的にオープニング映像は一部を除いて本編終了後に流された。

八重の桜紀行[編集]

放送[編集]

通常放送時間[編集]

放送日程[編集]

  • 初回は75分、最終回は60分の拡大版
  • 第29回の地上波放送は第23回参議院議員通常選挙の報道特別番組のため総合テレビの開始時刻が19:10に前倒しされた。
放送回 放送日 サブタイトル 演出 紀行 視聴率
第一回 01月06日 ならぬことはならぬ 加藤拓 鶴ヶ城福島県会津若松市 21.4%
第二回 01月13日 やむにやまれぬ心 象山神社長野県長野市 18.8%
第三回 01月20日 蹴散らして前へ 日新館(福島県会津若松市) 18.1%
第四回 01月27日 妖霊星 彦根城滋賀県彦根市 18.2%
第五回 02月03日 松陰の遺言 一木正恵 松下村塾山口県萩市 18.1%
第六回 02月10日 会津の決意 土津神社(福島県猪苗代町 15.3%
第七回 02月17日 将軍の首 末永創 金戒光明寺京都府京都市 17.5%
第八回 02月24日 ままならぬ思い 加藤拓 会津武家屋敷(福島県会津若松市) 15.6%
第九回 03月03日 八月の動乱 一木正恵 八木邸(京都府京都市) 15.1%
第十回 03月10日 池田屋事件 清水拓哉 池田屋騒動之址碑(京都府京都市) 12.6%
第十一回 03月17日 守護職を討て! 加藤拓 佐久間象山遭難之碑(京都府京都市) 14.3%
第十二回 03月24日 蛤御門の戦い 一木正恵 蛤御門(京都府京都市) 13.9%
第十三回 03月31日 鉄砲と花嫁 末永創 名古屋城愛知県名古屋市 14.3%
第十四回 04月07日 新しい日々へ 加藤拓 岩倉具視幽棲旧宅(京都府京都市) 11.7%
第十五回 04月14日 薩長の密約 清水拓哉 東本願寺(京都府京都市) 14.2%
第十六回 04月21日 遠ざかる背中 御寺 泉涌寺(京都府京都市) 13.8%
第十七回 04月28日 長崎からの贈り物 一木正恵 養生所阯長崎県長崎市 13.7%
第十八回 05月05日 尚之助との旅 白河関跡(福島県白河市
霞ヶ城公園(福島県二本松市
15.7%
第十九回 05月12日 慶喜の誤算 末永創 二条城(京都府京都市) 15.0%
第二十回 05月19日 開戦!鳥羽伏見 加藤拓 御香宮(京都府京都市) 13.7%
第二十一回 05月26日 敗戦の責任 一木正恵 浜離宮恩賜庭園東京都中央区 14.1%
第二十二回 06月02日 弟のかたき 末永創 江戸開城会見之地碑(東京都墨田区 / 港区 13.3%
第二十三回 06月09日 会津を救え 加藤拓 会津藩士墳墓(福島県白河市) 15.0%
第二十四回 06月16日 二本松少年隊の悲劇 一木正恵 大隣寺(福島県二本松市) 14.8%
第二十五回 06月23日 白虎隊出陣 佐々木善春 飯盛山(福島県会津若松市) 12.9%
第二十六回 06月30日 八重、決戦のとき 加藤拓 善龍寺(福島県会津若松市) 14.0%
第二十七回 07月07日 包囲網を突破せよ 法界寺(福島県河沼郡会津坂下町 12.9%
第二十八回 07月14日 自慢の娘 長命寺(福島県会津若松市) 16.6%
第二十九回 07月21日 鶴ヶ城開城 末永創 鶴ヶ城(福島県会津若松市) 14.5%
第三十回 07月28日 再起への道 上杉神社山形県米沢市 12.6%
第三十一回 08月04日 離縁のわけ 佐々木善春 円通寺青森県むつ市 15.4%
第三十二回 08月11日 兄の見取り図 一木正恵 薩摩藩邸跡の碑(京都府京都市) 13.9%
第三十三回 08月18日 尚之助との再会 女紅場跡碑(京都府京都市) 15.9%
第三十四回 08月25日 帰ってきた男 加藤拓 新島襄ブロンズ像(北海道函館市 13.4%
第三十五回 09月01日 襄のプロポーズ 末永創 川崎尚之助供養の碑(兵庫県豊岡市 14.2%
第三十六回 09月08日 同志の誓い 佐々木善春 同志社大学 今出川キャンパス(京都府京都市) 15.4%
第三十七回 09月15日 過激な転校生 中野亮平 熊本洋学校教師ジェーンズ邸熊本県熊本市 15.0%
第三十八回 09月22日 西南戦争 加藤拓 佐川官兵衛本陣址(熊本県南阿蘇村
西郷洞窟(鹿児島県鹿児島市
11.9%
第三十九回 09月29日 私たちの子ども 一木正恵 新島旧邸(京都府京都市) 13.3%
第四十回 10月06日 妻のはったり 末永創 徳富旧邸(熊本県熊本市) 12.4%
第四十一回 10月13日 覚馬の娘 中野亮平 新京極通(京都府京都市) 12.4%
第四十二回 10月20日 襄と行く会津 加藤拓 新島家旧宅(群馬県安中市 14.8%
第四十三回 10月27日 鹿鳴館の華 一木正恵 九段下公園(東京都千代田区
大山記念館栃木県那須塩原市
11.5%
第四十四回 11月03日 襄の遺言 末永創 彰栄館(京都府京都市) 10.0%
第四十五回 11月10日 不義の噂 同志社女子大学 今出川キャンパス(京都府京都市) 12.8%
第四十六回 11月17日 駆け落ち 清水拓哉 蘆花恒春園(東京都世田谷区 13.7%
第四十七回 11月24日 残された時間 長谷知記 山王草堂記念館(東京都大田区 13.7%
第四十八回 12月01日 グッバイ、また会わん 加藤拓 新島襄先生終焉之地碑(神奈川県大磯町
新島襄之墓(京都府京都市)
13.7%
第四十九回 12月08日 再び戦を学ばず 一木正恵 山本覚馬之墓(京都府京都市) 12.2%
最終回 12月15日 いつの日も花は咲く 加藤拓 京都府京都市
福島県会津若松市
16.6%
平均視聴率 14.6%(視聴率は関東地区ビデオリサーチ社調べ)

※各回視聴率[30]

総集編[編集]

下記はいずれも総合テレビでの放送日程。各日2部ずつ連続放送。

放送回 放送日時 サブタイトル 本編回
第一部 2014年1月2日
16:00 - 17:50
ならぬことはならぬ 第1回 - 第16回
第二部 鶴ヶ城決戦 第17回 - 第26回
第三部 2014年1月3日
16:00 - 18:00
ハンサムウーマンへの道 第27回 - 第39回
第四部 いつの日も花は咲く 第40回 - 最終回

その他[編集]

会津弁が聞き取りにくい」との指摘があり[31]、2013年3月10日放送分から総合テレビジョンのデータ放送に会津弁や歴史用語の意味を解説する機能が追加された[32]

関連商品[編集]

書籍[編集]

公式ガイドブック
  • NHK大河ドラマ・ストーリー 八重の桜 前編 ISBN 978-4149233628(2012年12月19日発売、NHK出版
  • NHK大河ドラマ・ストーリー 八重の桜 後編 ISBN 978-4149233635(2013年5月29日発売、NHK出版)
  • NHK大河ドラマ・ストーリー 八重の桜 完結編 ISBN 978-4149233642(2013年9月27日発売、NHK出版)
  • NHK大河ドラマ 歴史ハンドブック 八重の桜 ISBN 978-4149108384(2012年12月19日発売、NHK出版)
ノベライズ
五十嵐佳子によるノベライズ。全4巻。いずれもNHK出版より刊行。
  1. 八重の桜 一 ISBN 978-4140056257(2012年11月27日発売)
  2. 八重の桜 二 ISBN 978-4140056264(2013年3月26日発売)
  3. 八重の桜 三 ISBN 978-4140056271(2013年7月26日発売)
  4. 八重の桜 四 ISBN 978-4140056288(2013年10月8日発売)

CD[編集]

  • NHK大河ドラマ 八重の桜 オリジナル・サウンドトラック I(2013年1月30日発売、commmons
  • NHK大河ドラマ 八重の桜 オリジナル・サウンドトラック II(2013年7月31日発売、commmons)

漫画[編集]

山本むつみの脚本を原案とした以下の作品が各誌で連載。

八重の桜
作画:竹村洋平 / 『ジャンプスクエア』(集英社2013年1月号から同年12月号まで連載された。単行本はジャンプ・コミックスより発売。
  1. ISBN 978-4-08-870674-0(2013年4月4日発売)
  2. ISBN 978-4-08-870792-1(2013年8月2日発売)
  3. ISBN 978-4-08-870866-9(2013年12月4日発売)
凛々と咲く -八重の桜-
作画:久木ゆづる / 『サムライエース』(角川書店)Vol. 4から連載。
  1. ISBN 978-4-04-120725-3(2013年6月26日発売)
  2. ISBN 978-4-04-120998-1(2013年12月5日発売)
八重の桜〜男勝りな少女〜
作画:梨月詩 / 『増刊Cheese!』(小学館)2013年3月号から連載。単行本はフラワーコミックスより発売。
  1. ISBN 978-4-09-135289-7(2013年4月26日発売)
  2. ISBN 978-4-09-135526-3(2013年8月26日発売)
  3. ISBN 978-4-09-135675-8(2013年12月26日発売)

関連イベント[編集]

ハンサムウーマン八重と会津博 大河ドラマ館
2013年1月12日 - 2014年1月14日:福島県会津若松市
撮影で使われた衣装や大道具などを展示[33][34]
八重の桜 ラッピングジェット[35][36][37]
2013年1月15日 - 12月頃:日本国内
2013年NHK大河ドラマ特別展 八重の桜[38]
2013年3月12日 - 5月6日:東京都江戸東京博物館
2013年5月17日 - 7月3日:福島県立博物館
2013年7月13日 - 9月1日:京都文化博物館
2014年7月12日、同志社社史資料センターは、同センターから貸し出され、「伝山本覚馬所用長巻」として展示された刀が、その後の調査により覚馬の所持品ではないことが判明したと発表し、謝罪した[39]

注釈[編集]

  1. ^ a b c 会津家訓(かきん)15カ条
  2. ^ この頃、山口次郎(やまぐち じろう)と改名しているが、土方からは引き続き「斎藤」と呼ばれている。
  3. ^ 劇中では紹介されなかったが、公式サイトでは27回以降は死亡したことになっている
  4. ^ 公式サイトでは38話終了時時点で故人となっていたが、時系列上39話終了まで存命している。
  5. ^ 日本の地域活性化を携わるクリエーター、11月放送分のオープニング・DVD完全版Vol.12特典
  6. ^ オープニングの全面リニューアル後の日時が8月25日だったためアーティストパートは同じだが、会津編を基調とした旧バージョンと京都編を基調とした新バージョンの2パターン存在するためである(前者はVol.8、後者はVol.9にそれぞれ完全版の特典として収録された。)。
  7. ^ オープニングタイトルの総合演出を務めた人物でもある。[28]

出典[編集]

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  1. ^ 「八重の桜」→「軍師官兵衛」大河ドラマ主演 バトンタッチ式典
  2. ^ “NHK、13年の大河は福島が舞台 新島襄の妻が主人公”. asahi.com (朝日新聞社). (2011年6月12日). オリジナル2011年6月14日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110614132611/http://www.asahi.com/culture/update/0611/TKY201106110568.html 
  3. ^ “再来年の大河、ヒロインに綾瀬はるか 「八重の桜」新島八重役”. msn 産経ニュース (産經新聞社). (2011年6月22日). オリジナル2011年6月25日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110625035913/http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110622/ent11062219160018-n1.htm 
  4. ^ 『管見』は大垣屋を通じて岩倉の元にわたり、その先見性を大いに褒め会津に知識人が居たことを驚いていた。
  5. ^ a b タレントテレビ出演情報(公式WEBサイト)”. テアトルアカデミー. 2013年5月時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月閲覧。
  6. ^ ジョビィキッズ - 愛川あおい”. Jobby Kids. 2013年5月時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月閲覧。
  7. ^ タレント出演情報TV(大河ドラマ「八重の桜」第6回)”. テアトルアカデミー. 2013年5月時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月閲覧。
  8. ^ ほの花 NHK大河ドラマ「八重の桜」第13回出演”. Gurre Kids. キッズモデルプロダクション. 2013年5月時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年3月24日閲覧。
  9. ^ お知らせっ(澤田汐音ブログ)”. 2013年5月時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年11月6日閲覧。
  10. ^ プロフィール 酒井彩音”. スマイルモンキー. 2013年5月時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月閲覧。
  11. ^ プロフィール 川島鈴遥”. スウィートパワー. 2013年5月時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月18日閲覧。
  12. ^ 最新出演者情報一覧”. セントラルグループ. 2013年5月時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月閲覧。
  13. ^ この傷は捨松に求婚するまでには癒えていた。
  14. ^ “大河ドラマ 八重の桜「長崎からの贈り物」”. エンタ魂 (ムービータイム). オリジナル2013年5月時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/liveweb/http://www.ent-mabui.jp/schedule/19575 
  15. ^ 第48回では本編にも出演。
  16. ^ 第49回では本編にも出演。
  17. ^ 第47回では本編にも出演。
  18. ^ “オープニングに異変アリ!?”. やえブロ (NHK). (2013年2月6日). http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/yaeblog/2013/02/06-tit2.html 
  19. ^ “3月のオープニング映像もお見逃しなく!”. やえブロ (NHK). (2013年3月3日). http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/yaeblog/2013/03/03-tit3.html 
  20. ^ 5月のオープニングも桜が満開!”. 2013年5月30日閲覧。
  21. ^ a b “オープニングが4月バージョンに!”. やえブロ (NHK). (2013年4月8日). http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/yaeblog/2013/04/08-tit4.html 
  22. ^ “まもなく7月のオープニング、スタート!”. やえブロ (NHK). (2013年7月4日). http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/yaeblog/2013/07/4-tit7.html 
  23. ^ “11月のオープニング、まもなく放送開始!”. やえブロ (NHK). (2013年11月1日). http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/yaeblog/2013/11/1-11tit.html 
  24. ^ “9月のオープニング、放送開始!”. やえブロ (NHK). (2013年9月3日). http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/yaeblog/2013/09/03-tit9.html 
  25. ^ “10月のオープニング〜ガラスの世界へようこそ!”. やえブロ (NHK). (2013年10月11日). http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/yaeblog/2013/10/11-tit10.html 
  26. ^ 2013年5月22日時点のアーカイブ
  27. ^ “6月のオープニングは"書"とコラボ”. やえブロ (NHK). (2013年6月6日). http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/yaeblog/2013/06/06-tit6.html 
  28. ^ a b c 12月のオープニング、いよいよ最後の作品の登場!”. 2013年12月26日閲覧。
  29. ^ 8月のオープニングは、テレビ...?”. NHK (2013年8月21日). 2013年12月27日閲覧。
  30. ^ 2013年NHK大河ドラマ『八重の桜』 Sponichi Annex]”. 2014年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月18日閲覧。
  31. ^ “『八重の桜』会津弁わかりにくく「字幕ほしい」と会津藩士末裔”. 『八重の桜』 (NEWSポストセブン). (2013年3月17日). オリジナル2013年5月23日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/PC8tn 
  32. ^ “大河史上初!データ放送で「ことば解説」”. やえブロ (NHK大河ドラマ『八重の桜』). (2013年3月8日). オリジナル2013年5月23日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/BLOf0 
  33. ^ “綾瀬さんがテープカット 大河ドラマ館オープン”. MSN産経ニュース. (2013年1月12日). オリジナル2013年1月12日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130112061225/http://sankei.jp.msn.com/life/news/130112/trd13011211510001-n1.htm 
  34. ^ “「八重の桜」 福島に展示施設オープン”. NHKニュース. (2013年1月13日). http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130113/t10014769861000.html 2013年1月15日閲覧。 [リンク切れ]
  35. ^ “大河ドラマ「八重の桜」ラッピングジェットが日本の空に登場!”. ANA. (2013年1月7日). オリジナル2013年5月時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130203094952/https://www.ana.co.jp/pr/13_0103/12-175.html 2013年1月15日閲覧。 
  36. ^ “ANA、「八重の桜 ラッピングジェット」 1日遅れで路線投入”. FlyTeam. (2013年1月15日). オリジナル2013年5月時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130413041027/http://flyteam.jp/news/article/18582 2013年1月15日閲覧。 
  37. ^ “「八重の桜」旅客機で福島支援”. NHKニュース (NHK). (2013年1月14日). オリジナル2013年1月15日時点によるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2013-0115-2309-26/www3.nhk.or.jp/news/html/20130114/t10014791451000.html 2013年1月15日閲覧。 
  38. ^ “2013年NHK大河ドラマ特別展 八重の桜”. NHK. オリジナル2013年5月時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130426221340/http://www.nhk-p.co.jp/tenran/20120926_171430.html 
  39. ^ 「山本覚馬の刀」違った 同志社大が企画展出品、謝罪 京都新聞2014年7月12日閲覧

外部リンク[編集]

NHK 大河ドラマ
前番組 番組名 次番組
八重の桜