降谷建志
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| 降谷 建志 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 古谷 建志(読み同じ) |
| 別名 | Kj kenji KENJI FURUYA |
| 出生 | 1979年2月9日(31歳) |
| 血液型 | B(BO) |
| 出身地 | |
| ジャンル | ミクスチャー・ロック |
| 職業 | シンガーソングライター |
| 担当楽器 | 歌、ギター |
| 活動期間 | 1995年 - 現在 |
| レーベル | ビクターエンタテインメント (1997年 - 2002年) MOB SQUAD (2003年 -) |
| 共同作業者 | Dragon Ash |
降谷 建志(ふるや けんじ、本名:古谷 建志(ふるや けんじ)、1979年2月9日 - )は、東京都出身の男性ミュージシャン。血液型B型。バンド・Dragon Ashのボーカル・ギター・作曲・作詞を担当。青山学院高等部中退後、代々木高等学校(通信制)に編入学し、卒業。父は古谷一行である。
愛称は「Kj」(ケージェー)、「けんじ」「けんちゃん」、「フルケン」。「Kj」は他の歌手やグループと共演する場合や、作詞、作曲のクレジットでも使用される名義でもある。以前はクレジットで「KENJI FURUYA」の名義を使用することもあった。
目次 |
[編集] 人物
- 雑誌のインタビューなどは受けるが、放送メディア(特にテレビ)への出演をあまり好まない。ただし、音楽専門チャンネルなどにはたまに出演している。Dragon Ashとしては「速報!歌の大辞テン」にコメントVTRで数回出演した事もある。なお民放(有線・衛星放送以外)でテレビ出演したのは最近では2009年9月9日のジャイケルマクソンへのVTR出演であり、これも民放では4年ぶりの登場であった。フットボールアワーの岩尾望と親交が深く、「のんちゃんのためなら」とVTRながら出演した。
- 洗礼は受けていないがキリスト教の精神を心の糧として生きており、人生に於いて最も重要な書は『聖書』である。キリスト教の影響を受けていると思われる歌詞も多く書いている。これは出身校がキリスト教系の青山学院であったことが理由と言われている。ライブの際、背景映像に聖母マリアの映像を流したり、Grateful DaysのPVの中で十字を切りながら父・母・友人達に感謝の辞を述べてる姿などからもそれを感じとることができる。
- 父親は、俳優、古谷一行。Dragon Ashとして成功する以前は、親の七光りに頼らず評価されたいとの理由からこの事実は隠されていた。名字を一字変えて芸名としているのもこれが理由。アルバム『Viva La Revolution』のTVCF、また、古谷が主演・プロデュースを務めた映画「手紙」(2003年)で親子共演を果たしている。
- バンドメンバーの桜井誠は中学時代、BOTSは高校時代からの同級生。
- 降谷のよく着用する服のブランドとしてGDC、VENTURA、ROTT WEILER、VOLCOM、DELUXE、COOTIE、RAW FUDGE、Levi's、Dickiesなどがある。プライベートでも上記のブランドを着用していることが多い。
- 重度の色覚異常である。
- 多くのタトゥーを入れているが、これは自分名義(Dragon Ash、nidoなど)でアルバムをリリースする度に一つずつ増やしている。
- 3匹の子犬を飼っており、大変な愛犬家である。
- 2008年7月7日、かねてから交際中とされていたタレントのMEGUMIと結婚する。所属事務所を通じてマスコミ向けに発信されたFAXにて「犬3匹と、生まれ来るであろう新たな家族と、手を取って、光ある家庭を築いていきたいと思います」とMEGUMIの妊娠(入籍時点で妊娠3か月)をきっかけに結婚に至った旨が綴られている。
- 2009年2月6日、長男(凪)が誕生した。
- 趣味はサッカーで、毎週日曜日になると必ず自らチームを組んで試合を行うほどの熱狂ぶりである。好きなクラブチームはインテルで、好きな選手はフアン・セバスティアン・ベロンである。
[編集] 評価
- ブレイク間もない頃の歌詞は、友情や家族愛を歌った。同時代の邦楽が男女の恋愛模様に重点を置いた歌が主流だった中、異彩を放った。特に青少年から共感を呼んだ。
- アンダーグラウンドで活躍していたミュージシャン仲間にスポットを当てたいという降谷の意向でSugar Soul、スケボーキング、wyolicaらと「〜Feat.Kenji」名義で共演した。また、当時の交際相手であった青山学院時代の同級生、MIHOの歌手デビューを後押しし、自らプロデューサーを務めた。
- かつてはZEEBRAを尊敬し、Dragon Ashではヒップホップとロックの融合をかかげた。降谷の希望により『Grateful Days』で共演となった。しかし競演後作、「Summer Tribe」以降の降谷のラップのフロウ、ステージパフォーマンスがZEEBRAに似すぎていると話題になり、最終的にZEEBRA本人より厳しいdisを受ける。その直後、ZEEBRAを意識した曲作り、フロウばかり行っていた当時の降谷は作品を作れない日々が続く。
- 『I ♥ HIPHOP』で、アラン・メリル作曲、ジョーン・ジェット歌唱の『I LOVE ROCK'N'ROLL』のメロディーをサンプリング。事前に許可を取っていたものの、オリジナル作者サイドが予想外の売れ行きに抗議し、Dragon Ashはメリル及びジェット側に楽曲の使用料を納めている。『Grateful Days』のリフは、スマッシング・パンプキンズの曲『today』という曲をサンプリングしている。
- 日本では安全面から禁止されがちなモッシュダイブ・モッシュを容認している。
- 最近はラテン・ロックを展開している影響か初期の曲をアレンジしてライブで披露することがある(Under Age's Song、Let yourself go,Let myself goなど)。
[編集] 来歴
- 1995年、映画「ゲレンデがとけるほど恋したい。」に出演。俳優デビュー作となった。当時の芸名は「kenji」だった。
- 1996年、Dragon Ashを結成。同年6月に初ライブを行う。1997年2月21日にメジャーデビュー。
- 1999年、『Grateful Days』のPVで、アフロヘアーにバンダナを巻いて、手で十字を切りながらラップを歌う降谷の姿が話題となった。ゲストボーカルとしてZEEBRAとACOが参加した。
- その後Steady&Co.によるSugar Soulのプロデュースやwyolicaとの共演等を行った。また、TMC(「Total Music Communication」より命名)というイベントを開催。
- 2001年3月、AIR(車谷浩司)のシングル「Right Riot」に参加。7月、BOTSとのプロデュースユニットSteady&Co.にRIP SLYMEのILMARI、SBK(スケボーキング)のSHIGEOを加え、『STAY GOLD』を発表。
- 2002年、シングル『Life goes on』『Fantasista』を発売、大ヒットさせる。だが同年、キングギドラの『公開処刑』という曲の中で名指しで酷いdis(誹謗、中傷)を受ける。この後、降谷は目に見えて寡作になる。
- 2003年、MONDO GROSSOの楽曲『SHININ'』に参加。表立った音楽活動を再開。
- 2004年5月、m-floのアルバム『ASTROMANTIC』に参加。楽曲は『WAY U MOVE』。
- 2005年6月、「nido」を始動。旧友である武田真治などとのチームで、映画のサウンドトラックなどを制作する。
- 2005年9月、Dragon Ashとして発表したフルアルバム『Río de Emoción』がオリコンチャート1位を獲得。
- 2006年4月、映画「Last Days」にインスパイアされたアーティスト達によるトリビュートアルバム『Last Days - Tribute To Mr.k』にLAS VELAS(Kenji Furuya+Shigeo)として参加。楽曲は『injurious』。
[編集] 関連人物
友人、知人
- 渋谷陽一(ロッキング・オン代表取締役社長)
- 甲本ヒロト
- ACIDMAN
- MONGOL800
- 10-FEET
- RIP SLYME
- m-flo
- SBK(スケボーキング)
- GNz-WORD
- KO-JI ZERO THREE
- POSSIBILITY
- 大沢伸一
- ユースケ・サンタマリア(タレント)
- モンキッキー(タレント)
- MEGUMI(タレント)
- YOU(タレント)
- 岩尾望(フットボールアワー)(タレント)
- 武田真治(タレント)
[編集] 映画出演
- ゲレンデがとけるほど恋したい。
- けものがれ、俺らの猿と(友情出演)
- 手紙(父の古谷一行と共演)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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