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EAST END(イースト・エンド)とは、1MCと2DJからなるヒップホップグループ。FUNKY GRAMMAR UNITの一員。
[編集] メンバー
[編集] 略歴
- 高校入学時、同じクラスで出席番号も1つ違いであったGAKUとYOGGYが出会う。ブレイクダンスから始まりヒップホップに傾倒し、「ファンキー・ニュー・スタイル」というユニットに参加していた。ちなみに、当時はYOGGYもMCだった。その後GAKUはラップのコンテストなどに出場するようになり、そこでROCK-Teeと出会う。そして、GAKUとROCK-Teeが大学の入学式で偶然再会するという劇的な出来事を経て、1990年EAST END結成。当時は日本のヒップホップ史における黎明期であり、現在のシーンにおいては大御所的な存在となったRHYMESTER、ZINGI、MUROらとしのぎを削っていた。
- 1991年、ZINGIが中心になったイベント「YOUNG MC'S IN TOWN」に参加。後にここからRIP SLYMEを輩出した。
- 1992年、ファイルレコードからデビュー・アルバム『Beginning of The END』をリリース。この頃、SUやTAKE(DJ FUMIYAの兄)のダンスグループ"MELLOW DOWN"をバックダンサーに迎えている。
- 1993年、RHYMESTERのアルバム『俺に言わせりゃ』に収録された「FUNKY GRAMMAR」にMELLOW YELLOWとともに客演したことがきっかけで、ヒップホップ・コミュニティ「FUNKY GRAMMAR UNIT」を結成。その後、レギュラー・イベント「FG NIGHT」を開始。
- 1994年、ファイルレコード・佐藤社長の発案で東京パフォーマンスドールの市井由理と「EAST END×YURI」を結成。音楽性の違いからROCK-Teeが一時EAST ENDを離れるが、このユニットは日本のヒップホップにおいて初のミリオンセラーを記録し、NHK紅白歌合戦に出場するなど、かつてない商業的成功を収めている。セルアウトの代表的な存在として叩かれることも多く評価も分かれるが、日本のメジャーシーンにおいてラップやヒップホップを認知させた。
- 1998年、EAST END×YURIの活動休止。GAKU-MCがソロ活動開始。
- 2003年、ROCK-Teeが復帰し、オリジナルメンバーで活動再開。CRAZY-A、童子-T、そしてFUNKY GRAMMAR UNIT全員が参加というマスターピース『Beginning of the Endless』をリリースした。
- 2005年、『Three』をリリース。前作から一転、一切客演を迎えず3人のみで完成させた。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
[編集] アルバム
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク