俺ら東京さ行ぐだ

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俺ら東京さ行ぐだ
吉幾三シングル
A面 俺ら東京さ行ぐだ
B面 故郷
リリース 1984年11月25日
ジャンル 演歌
歌謡曲
ヒップホップ
レーベル 徳間ジャパン
作詞・作曲 吉幾三
プロデュース 千昌夫
チャート最高順位
  • 週間4位(オリコン
  • 1985年度年間21位(オリコン)
吉幾三 シングル 年表
津軽平野
(1984年)
俺ら東京さ行ぐだ
(1984年)
ゲゲゲの鬼太郎
1985年
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俺ら東京さ行ぐだ」(おらとうきょうさいぐだ)は、歌手吉幾三1984年に発表したシングル・楽曲である。作詞・作曲とも吉幾三が担当した。主人公が故郷の田舎を出て、東京へ出ようとする歌詞である。なお、間違われることが多いが「行くだ」は誤りであり、正しくは「行だ」である。

本項では、映画「俺ら東京さ行ぐだ」についても記述する。

背景[編集]

吉は1977年に最初のヒット曲『俺はぜったい!プレスリー』を発表した後、ヒット作に恵まれない低迷期が続く。アメリカのLPレコードでラップ音楽に触れ、そこから着想を得て作った[1]。本楽曲を各レコード会社に売り込むも、全て断られてしまう。最終的に千昌夫が数百万円で吉から原版権を買い取り、この千の支援により1984年に本楽曲がリリースされた。

本作は当時のオリコンでは演歌チャートではなく「フォーク、ニューミュージック」チャートでランクインしていた。これ以前にもスネークマンショー小林克也山田邦子らがラップテイストの強い曲を発表しているが、ラップ音楽の特徴であるプロテストソングを(自虐的ではあるが)盛り込んだところに特徴がある[2]。この歌の歌詞が吉の出身地の言葉である津軽弁と勘違いされることも多いが、津軽弁とは全く異なる。

反響[編集]

歌詞の「電話ガス電気もない」などの部分が、発売当初は出身地である青森県北津軽郡金木町(現・五所川原市)から「うちはそんなに田舎じゃない」と猛抗議を受けた、と後日語っている。発売当時、日本中の小さな農村から「ふざけるな!!」「オラたちの村をバカにしてるのか!?」と凄い数のクレームが押し寄せてきたとも語っている。しかし、彼自身の幼少期は本当に歌詞の内容と近いものだったという[2]。一方で、曲の全国的大ヒットを喜ぶ人も地元に多くいたという。

レーザーディスクは何者だ?」と歌詞にあり、後日製造元のパイオニアから吉にレーザーディスクの再生装置と一部の映像ソフトが贈られ、その後しばらくの間「レーザーディスクは化け物だ!」と歌詞を変えて歌っていたという逸話もある。[3]

この曲がラジオで流れたところ人気が急上昇し、ザ・ベストテンTBS系列)の「今週のスポットライト」コーナーに登場することになったが、本人が緊張のあまり途中で歌えなくなってしまい、再度歌い直すというハプニングが起きた(ザ・ベストテンは生放送であった)。本番中に本物のを演出のためにスタジオに持ち込み、エンディングの絶妙なタイミングでこの牛が鳴いている。

ザ・トップテン日本テレビ系列)では、吉の地元の北津軽郡金木町にある金木駅から地元の人達が見守る中、生中継で歌ったこともある。

1985年4月10日放送の『夜のヒットスタジオDELUXE』(フジテレビ系列)において、金木町民がスタジオに集合。吉は感慨もひとしお、この曲を熱唱した。青森県では、この年の4月から青森放送で夜のヒットスタジオのネット放送が始まったばかりであった。

この曲が有線を中心にヒットチャートを上り始めたことに注目した徳間ジャパンは、1984年にプロモーションの一環として、吉幾三本人主演による60分のオリジナル歌謡ドラマを製作。1985年5月25日にビデオ、同年7月25日にレーザーディスクが発売された[4]

作品発表から24年が経過した2008年にはこの楽曲がきっかけで、インターネット上において「IKZOブーム」(後述)が巻き起こった[2]

アレンジ曲[編集]

本作発表から6年後の1990年、彼は同じメロディーで歌詞の違う『これが本当のゴルフだ!!』という曲を発表した。こちらはゴルフが下手な人を主人公としている。

収録曲[編集]

  1. 俺ら東京さ行ぐだ
  2. 故郷
    • 全作詞・作曲:吉幾三/編曲:野村豊

映画[編集]

1985年、この楽曲をモチーフにした映画が松竹の配給により製作・公開された。東京でカメラマンの助手として働く息子と、その生活ぶりに落胆する両親との確執を描いた人情コメディ。吉自身もタクシー運転手役で出演した(最後の方でそのタクシー運転手とは別人の吉幾三本人役で出演している部分もある)。

キャスト[編集]

ほか

スタッフ[編集]

カバー[編集]

2003年に、Daカルロス喜田造が『俺ら東京さ来ただ』のタイトルでカバー(シングル『TOKIO』収録)。こちらは、上京した主人公が故郷の田舎へ帰ろうとする歌詞。

2006年に、NO BOTTOM!がダンスミュージックでカバーしたシングルが吉の公認でリリースされている。後にコナミPlayStation 2用音楽ソフト「pop'n music 12いろは」に版権曲として収録されている。

2009年仙台貨物がアルバム『凸〜デコ〜』でカバー。

2011年には、元光GENJI諸星和己が『俺らなんにもね〜』(シングル)のタイトルで現代風にアレンジカバー。この曲は「俺ら東京さ行ぐだ」の続編という位置づけで、都会の荒波に飲み込まれ自分を見失ってしまった田舎者の悲哀を歌っている。作詞は諸星が手がけ、歌うにあたって諸星が吉を7年がかりで口説いたという。シングルのカップリングには同曲の英語版「.I a'int got」が収録されている。

IKZOブーム[編集]

2008年4月頃から、ニコニコ動画YouTubeなど動画共有サイトを中心に、Perfume宇多田ヒカルTM NETWORK電気グルーヴ坂本龍一マイケル・ジャクソンAKB48PSYももいろクローバーZなど他のアーティストの楽曲とこの曲のマッシュアップ(例:「ポリ幾三」、「無ェ」、「おらtravelingさ行ぐだ」、「農場のメリークリスマス」、「俺らゲットワイルだ'89」、「俺らSmooth Criminalするだ」、「俺らフライングゲット」、「青森スタイル」、「サラバ、愛しき幾三たちよ」など)や、この曲自体のリミックスがブームとなった[2]。これをきっかけに、ニコニコ動画内ではIKZO (IKUZO) の愛称が自然と定着し、これはのちに公式の愛称となった。その後もMADムービーの題材として多数のマッシュアップ作品がアップロードされている。

これらのアレンジは個人が非公式で作成したものであったが、吉はこのブームについて「温故知新。私の曲に限らず昔の曲が注目されるのは音楽業界にとって喜ばしいことだ」「ジャンルは違うが音楽の基本は底辺で共通する部分が沢山ある。私の昔の楽曲との間にたまたま同調する部分があったのではないか」とコメントし、好意的に受け止める姿勢を見せた[5][6]

その後、吉から2008年7月4日に開かれたニコニコ動画の公式イベント「ニコニコ大会議2008」に花が送られた[7]。同月にはこのブームがきっかけで、ドワンゴ(ニコニコ動画を運営するニワンゴの親会社)が運営する携帯電話向けコンテンツ「dwango.jp」で本人の肉声ボイスが配信されることになり、ニコニコ動画でそのレコーディング風景が公式の動画として配信された[8]

同年10月には「上京した主人公が、親に忠告された言葉を思いだす」という設定で書かれた、吉自身の作詞作曲によるアンサーソング「NDA!」(んだ!)が発売された。さらに11月には、ブームのきっかけとなったマッシュアップの作者と吉自身による完全新規レコーディング曲を収録したマキシシングル「IKZO CHANNEL 441.93」(『441.93』は『よしいくぞう』の語呂合わせで、実在のチャンネルではない)も発売され、吉本人もIKZO名義でキャンペーン活動に積極的に参加した。

脚注[編集]

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  1. ^ 故郷への想いから生まれた「俺ら東京さ行ぐだ」…歌手・吉幾三[私の上京物語]”. スポーツ報知 (2009年7月16日). 2009年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年7月16日閲覧。
  2. ^ a b c d 「うたの旅人 - 元祖ラップ若者が支持」『朝日新聞』2008年11月29日付 Be on Sunday Entertainment、e1-e2面
  3. ^ https://www.youtube.com/watch?v=lJKp7_owm2U
  4. ^ 監督:後藤秀司 / 脚本:高梨安英 樽見弘紀 / 出演:吉幾三新井今日子鈴木正幸ほか / 収録曲:『俺ら東京さ行ぐだ』『ヨイ・ヨイ・ヨイ』『故郷』『酒もって来い!』『津軽平野
  5. ^ 日経エンタテインメント!』2008年7月号176ページ
  6. ^ しかしその一方で、「(IKZOブームは)全くわからん。何やってんだか。「どうなってるか」っていう説明も受けたくない」という発言もしている。[1]
  7. ^ 吉幾三から花、「おっくせんまん」のゴム登場 ニコ動イベント”. ニコニコ動画 (2009年7月16日). 2009年7月16日閲覧。
  8. ^ 「IKZO(本人Ver.)」”. ニコニコ動画 (2009年7月16日). 2009年7月16日閲覧。